(2013年4月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 212号より)





廃墟の駅、一頭の雄牛と遭遇—震災から、まる2年。警戒区域は今






富岡町役場前に仮置きされた除染廃棄物
(富岡町役場前に仮置きされた除染廃棄物)




震災から、まる2年の3月11日、住民の居住が禁止されている「警戒区域」の富岡町に入った。

福島県の南端にある、いわき市から国道6号線を北上、広野町、楢葉町を通って富岡町へ。除染作業の重機と黒いコンテナバッグの山があちこちに見える。町の黒澤真也商工係長の先導で検問を通過し、まず福島第二原発の煙突が見える富岡町の小浜海岸に向かった。海岸に向かう道路の民家はみな1階部分が津波で壊されたままで、車が何台も放置されている。車体のさびが2年の時間を感じさせる。

小浜海岸から道路を迂回しながら、海に面した約15メートルの高台にある旅館「観陽亭」へ。風光明媚な「ろうそく岩」は地震と津波で流されて、なくなっていた。津波は崖の上まで押し寄せ、旅館の建物は一階部分が完全に壊れたままだ。南の方角には、東電の福島第二原発の煙突と建屋が見える。眼下の海岸沿いでは、行方不明の殉職警官の捜索作業が行われていた。

海岸沿いを走るJR常磐線の富岡駅に回ると、線路やホームには津波で流された車両が残されていた。ホーム上部の屋根に取り付けられた看板が津波の力で曲がっている。線路を覆うように雑草が伸び、駅舎の向こうには、津波で窓や柱が壊された建物が続いている。人けのない廃墟で、海から流れる風の音だけがしていた。

富岡駅に向かう途中、一頭の雄牛と遭遇した。200メートルぐらい離れた雑草の中に一頭、立派な角を持った牛がこちらを見ている。震災直後、酪農家が牛を放した「離れ牛の群れ」が話題になったが、この雄牛は群れずに一頭だけで行動しているのだろうか。生き物の気配がしない地域の中でも、自分の命を自己主張しているような存在感があった。




富岡町の離れ牛
(富岡町の離れ牛)




ショッピングセンターのある町中心部を歩く。すると突然、手持ちの線量計の数字が跳ね上がった。7マイクロシーベルト。この地域はまだまったく除染がされておらず、植え込みの低木、側溝などが高い放射線量を出していた。

政府は今月、富岡町のほかに浪江町、葛尾村の3町村で避難指示区域の再編を決めた。富岡町は現在、住民の立ち入りが禁止されているが、3月25日以降は空間放射線量に応じて、除染後に帰還できる「避難指示解除区域」、帰還には数年かかるとされる「居住制限区域」、帰還は困難で5年以上かかる「帰還困難区域」の3区域に見直される。

しかしこの日、線量計を手に現地を歩いていて、突然線量が高くなるマイクロホットスポットがあちこちにあることを実感した。町は、住民が戻れるように除染を進める方針だが、今住民が避難している会津や福島、いわきとは放射線量がケタ違いに高い。そういった現実を、町民はどう受け止めるのだろうか。

(文と写真 藍原寛子)