5月1日発売のビッグイシュー日本版214号のご紹介です。



スペシャルインタビュー 佐藤タイジ×加藤登紀子


70年代以降、数多くのヒット曲を世に送り出してきた加藤登紀子さんと、「絶滅危惧種ロックスター」を公言する、ロック界のカリスマ、シアター・ブルックの佐藤タイジさん。世代もジャンルも違う二人が、昨年以降のコラボレーションと「革命」、3.11後の音楽の可能性について語ります。





特集 「なりわいのススメ」―生き方としての仕事


大正9(1920)年の国勢調査で申告された職業は約19万種。77年後の平成17(2005)年には、それが3万種、6分の1にまで激減しました。今、仕事の多様性が急速に失われ、会社に就職して一つの仕事をする生き方が主流となり、これに適応できず、過労やうつで会社を辞めたり、就職できないニートの人が増えています。
ベンチャー企業で燃え尽きた伊藤洋志さんはいくつもの「ナリワイ」(生業)を組み合わせて生計を立て、3・11で福島を離れた前田敏之さんは「月3万円ビジネス」の複業を目指し千葉県木更津市に移り住みました。二人に、自分の生活と人生を取り戻すための、それぞれの新しい仕事について聞きました。
また、生きるための「なりわい」を模索する「なりわい創造塾」(NPO法人「共存の森ネットワーク」)の吉野奈保子さんと塾生OBのみなさんに取材。
さらに、歴史学者の横田冬彦さん(京都大学大学院教授)に、日本の近世史の「なりわい」について語っていただきました。
いつ破綻するかもしれないグローバルな市場経済に対峙し、生活と仕事を一体化させ暮らしの楽しさをつくり出す仕事のあり方を考えたい。



リレーインタビュー ヒルデガルト・デニンガーさん


今号のリレーインタビューは番外編。ドイツのストリートペーパー「BISS」発行人のヒルデガルトさんが登場です。
「BISS」は、販売者の正式雇用に挑戦しており、これを実現させたヒルデガルトさんが、自身のターニングポイントとなった夫との出会い、「BISS」とのかかわりについて語ります。



クリエーターの視点 水川千春さん


各地に滞在し、その生活の中から出てくる廃材や生ものを素材に作品を創作し続ける水川千春さん。お風呂の残り湯から始まったその旅は、7年を経て海にたどり着きました。



この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

最新号は、ぜひお近くの販売者からお求めください。
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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。


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(2012年10月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第200号より)




被災地から 震災遺族支援シンポ
(郡山市で開催されたシンポジウム(9月11日))





福島、各地で「わかちあいの会」開催へ—大切な人を亡くした人同士、語り合い聴き合う場へ



原発事故による放射能の影響が現在も続く福島県で、大切な人を亡くした人同士が語り合う「わかちあいの会」が各地で開かれることになった。

NPO「ライフリンク」や、地元の支援団体「福島れんげの会」などが準備を進めているもので、すでに行政の支援も受けて開かれている南相馬市に加え、福島、郡山、会津若松の各市でも開催が決定。いわき市、相馬市でも開催の検討に入った。




わかちあいの会立ち上げを記念して、震災から1年半となる9月11日、ライフリンク主催によるシンポジウムが郡山市で開かれた。

精神科医・斎藤環さんの講演に加え、津波で家族を亡くした地元の保健師・佐藤宏美さん、自死遺族福島れんげの会・金子久美子さん、グリーフサポートリンクの杉本脩子さん、そして斎藤さんの4人によるパネルディスカッションがあり、参加者はわかちあいの会や自助グループの重要性について理解を深めた。




わかちあいの会参加の経験がある佐藤さんは「震災から1年半が過ぎ、普段の生活に戻ったように感じた時、ふと、『大切な人がいない』『思い出も、思い出が詰まった物もない』と喪失体験を再認識し、居場所がないような空虚さを感じたことがある。わかちあいの会のような、大切な人や物などの思い出を話せる場所は必要」と意義を語った。

金子さんは「『地元で開かれるわかちあいの会には参加しにくい』という話を伺ったことがある。避難先や地元以外で会が開かれることは参加しやすさの面からも重要。震災から1年半が過ぎたが、ますます、これからの支援が大切なってくる。長く続けていくことが必要」と話した。

斎藤さんは、「喪失体験には定型がない。福島の被災者は『放射能の影響で自宅に住めなくなるかもしれない』という、日本人が過去に体験したことのない、非常に複雑な喪失体験をもっている。『ただ聴く』『ただ共感する』ということがいかに大きな支えになるか、わかちあいの場への参加を通じて、それが大事な作業なんだと感じてもらえたら」と語る。

(文と写真 藍原寛子)
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世界にはたくさんの面白ペットが存在します。ビッグイシューオンライン特別記事として、世界の面白ペットギャラリーをお届けします。




サル(中国、上海)



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(REUTERS/Stringer Shanghai)

中国は上海、ホームレスの男性とサルの二人が、路上で一緒にうたた寝をしています。




シェットランドポニー(オーストラリア、シドニー)



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(REUTERS/Tim Wimborne)

スパゲッティ・ボロネーゼをムシャムシャと食べるシェットランドポニーの「プリンセス」。写真に写っているのは、キャリッサさん。脳性マヒに苦しんでいおり、プリンセスの飼育はセラピーとしても役立ってしています。




4メートルの大蛇(カンボジア、Sit Tbow)





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(REUTERS/Chor Sokunthea)

自分の体の何倍もある大蛇を抱いているのは、カンボジアに住むウーエン君(3歳)。大蛇と仲良しのウーエン君はドラゴンの息子であると信じられ、すっかり村の人気者となっています。




イノシシ(フランス、コルブスハイム)




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(REUTERS/Vincent Kessler)


イノシシの「マーセル」と一緒に散歩しているのは、ストラスブールにほど近い村、コルブスハイムに住むクリストフさん。捨てられていたマーセルを見つけ、夫婦で育てています。




アカホエザル(コロンビア、ラ・ピンターダ)



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(REUTERS/Albeiro Lopera)

トイレを使って用を足すアカホエザルの「ジュリアン」。とっても器用!




アルパカ(ペルー、リマ)




Peru peruvian surfer pianezzi with his alpaca pisco at san bartolo beach in lima rtr2bpsl
(REUTERS/Pilar Olivares)

ペルーはリマのビーチで、ドミンゴさんと一緒にサーフィンを楽しんでいるのは、なんとアルパカ。




ライオン(コロンビア、カリ)



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(REUTERS/Jaime Saldarriaga)

ライオンの「ジュピター」にキスをしているのは、ジュリア・トレスさん。ジュリアンさんは過去16年間、傷ついた動物の保護に取り組んでおり、ジュピターもまた、10年前にサーカスから保護されたライオンです。




カエル(タイ、パタヤ)




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(REUTERS/Sukree Sukplang)

ミニチュアのバイクに乗っているのはカエルの「ウィ」。飼い主のトンサイさんいわく、彼は人間のオモチャで遊び、写真を撮られるのが大好きだそうです、






(www.street-papers.org / Reuters)
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(2011年4月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第165号より)




Sekaitanshin logo2012




ドイツ、ロマ人の児童がベルリンで急増



ベルリン・ノイケルン地区の小学校で最近、ロマ人の子どもの数が急激に増え、学校側は受け入れに苦慮している。




子どものほとんどはブルガリアやルーマニアからの移民。

現在、ノイケルン地区の小学校に在籍しているロマ人の子どもは548人にのぼるが、そのうち120人はこれまで学校に通ったことがなく、213人はまったくドイツ語を話すことができないという。学校側はドイツ語の補習授業などを行うために、ベルリン市に対して教職員の増員を要求している。




ロマ人は、同系集団であるシンティ人と共に「ジプシー」「ツィゴイナー」などの蔑称で呼ばれてきた自分の国をもたない民族で、ヨーロッパ各地に1200万人がいるとされている。

その多くが、根強い差別と貧困の下で生きているため、教育や就労の機会を得られずにいるケースが多い。ドイツでは過去にナチス政権下で、ユダヤ人と同様に迫害を受け虐殺された歴史がある。

ノイケルン地区の小学校校長を務めるシュッツマンさんは「ロマ人の子どもたちは概して内気ですが、学習意欲のある子が多い」と述べている。

(見市知/参照:Berliner Zeitung)


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(2012年8月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第196号より)





ダンスが人生を変えてくれた。売春とドラッグの人生から「路上の星」に



ブラジルのストリートチルドレンたちが、スペインを訪問。
暴力が支配する、過酷な路上で暮らしてきたブラジル、フォルタレザの若者たち。ここではダンスが、支援者と彼らを結ぶ懸け橋となっている。







Ips brazilian street stars dance and shine in spain
(マラガの町で、アフロ・ブラジリアンダンスを披露する若者たち)




スペインで27回のダンス、5000人を集客



自ら作り上げた色鮮やかな衣装に身を包んだ6人の若者。今年5月、ブラジル北東部の都市フォルタレザにあるダンスチーム「路上の星」に参加する13〜21歳の若者たちが、スペイン南部の都市マラガを訪れた。

彼らはスペインで20日間にわたり27回の公演を行い、伝統舞踊を披露。学校や文化センター、市民団体の施設、マラガの市庁舎を舞台に、5000人の観客を集めた。




現在21歳のジョナタンが「ASMMF(フォルタレザのストリートチルドレンを支援する会)」の運営するプログラムに参加するようになったのは、今から4年前のこと。人口250万人のフォルタレザは、ブラジルで5番目に危険な都市とされている。

もし路上から救い出されなかったら、売春とドラッグの人生に身を落としていたはずだよ」。かつてストリートチルドレンだったジョナタンはそう話す。

ストレートの髪を伸ばした、ほっそりと背の高いジョナタンは、資金援助を受け縫製のコースを修了した後、体育学を勉強している。さらに彼は、自身初の仕事として「ASMMF」にやって来る子どもたちや若者にダンスを教えている。




他の「路上の星」メンバーたちも、それぞれの人生経験を語った。

プログラムに1年前から参加している19歳のダヴィドは「ダンスが人生を変えてくれたんだ」と話す。「踊ることが大好き」で、7歳の頃から筋金入りのダンサーだったという彼は、協会のおかげで人見知りを克服し、大人に近づけたと言う。

同じく1年前に入った16歳のビアンカも「ひったくりとかけんかとか、路上は暴力だらけだったわ」と言う。「だから、ダンスのリハーサルを見に行って、すっかり気に入ってしまったの」




彼らのこのようなスペインへの訪問は、今回が初めてではない。20年前に創設された「ASMMF」は、マラガの「ストリートチルドレン協会」と17年来の協力関係にあり、資金援助を受けている。両協会は、10代の性的搾取の被害者やシングルマザー、トランスベスタイト(異性装)の若者を力づけ、彼らの就職を支援することを使命として連携してきた。

マラガの協会で働くブラジル人教育者マリオ・アルメイダは、「ダンスがいかに彼らの人生を変える手助けをしたかを示し、マラガの人々に関心をもってもらいたいのです」と話す。




縫製ワークショップ受講者約400人。うち90パーセントが脱路上



フォルタレザでコーディネーターを務めるレジーナ・メスキータは、フォルタレザを途方もない社会格差と暴力の連鎖が続く街だと説明する。

まだ9歳の幼い少年少女が、家計を助けるために売春をするようなところです。多くの若者が違法なドラッグにかかわるようになりますが、それはつらい人生をやり過ごすための手段であることも多いのです」




97年、「ASMMF」は、路上で声をかけた子どもたちがすぐに立ち寄れる場所として、デイセンター「アンダルシアの家」を開所した。ここでは子どもたちに、「路上の星」や裁縫ワークショップのほか、読み書きの訓練といった教育プログラムへの参加を勧めている。

センターには4人の先生がいて、児童売春を仕事にする、あるいはそうなりかけている少女たちの支援に特に力を入れている。




過去17年間で「ASMMF」のプロジェクトへの参加者は数千人にのぼる。縫製のワークショップを受講した若者の数はおよそ400人で、そのうち90パーセントが脱路上を果たした。前回の受講者募集の際は40人の定員に対して500人の応募があったそうだ。

さらに、「アンダルシアの家」の何らかのプログラムに参加した若者の30パーセントが仕事を見つけ、40〜50パーセントの人が再び学校に通うようになった。




今回のスペイン訪問の間に、参加した若者たちは学資金の援助を、6人全員分取りつけることができた。コーディネーターのメスキータは、自分たちの目標は子どもたちを学校に通わせること、彼らの自尊心を育てること、そして訓練の場を提供し就職の機会を与えることだと話す。「それは一歩ずつ、とても時間のかかる道のりなのです」




(Inés Benítez/IPS, ©www.streetnewsservice.org)
Photo: Inés Benítez/IPS
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(2012年8月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第197号より)






あきらめで社会は弱体化、市民の絶望は深い




国民の4割が何らかのかたちで麻薬にかかわるといわれるメキシコ。闇社会の恐怖を命がけで伝えようと奮闘するジャーナリスト、ハビエル・バルデス=カルデナスに、アルゼンチンのストリート誌が話を聞いた。





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表現工夫し書き続ける。でも、この作業は命がけ



メキシコ北西部シナロア州の州都クリアカンは、世界でも最も凄惨な麻薬取引の拠点として知られる。カルデロン大統領が進めるマフィア撲滅戦争が激化するなか、2011年には麻薬取引にからむ抗争で死亡した人の数が、前年度比で84パーセント増加したとされている。

そんな状況にあって、ハビエル・バルデス=カルデナスは人間の尊厳に光をあてた勇気ある記事が評価され、昨年、優れたジャーナリストに授与される米国のマリア・ムーア・カボット賞とニューヨーク・ジャーナリスト保護委員会賞を受賞した。




バルデス=カルデナスは02年に『リオドセ』という週刊新聞を仲間と共同で創刊した。彼の署名入りコラム「マライエルバ」はジャーナリズムの一つのジャンルとして確立され、シンプルで力強い文体は、クリアカンの町や住民、彼らの生活や恐怖のありさまを、臆することなく率直に描き出す。





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昨年、メキシコでは毎日27人が麻薬マフィアと警察の衝突のはざまで命を落とした。バルデス=カルデナスが関係者や犠牲者のライフ・ストーリーを綴ることには、どのような意義があるのだろう? この問いに彼はこう答える。

「警官対悪党あるいは軍隊対凶悪犯といった、善対悪の構図ではなく、麻薬ビジネスの現実を理解するための手がかりになります。たとえば〝恐怖で緊張する括約筋〟や、〝こわばる頬骨〟など、優れた表現には物事をよく伝える力がある。私は麻薬密売の現状を足元に近いところから描きたいと思っています。舗道や路地や小さな空き地、民家や商店街など、日常にあふれる恐怖や悲しみ、憎悪や愛しさを」


「記事には関係者を特定するような具体的な事実は書かないことにしています。彼らが自分のことを書かれたと思うことは、私たちにとってのリスクとなるからです。ジャーナリズムの素材と物語性の組み合わせによって、書き続けることができます。この仕事は命がけ。ここでは、文字を支配するのは麻薬マフィアのボスだと言われています。記者が執筆する際、彼の脳裏をよぎるのは編集者や読者ではなく、ボスのことだからです」




バルデス=カルデナス自身は恐怖を感じているのだろうか。

恐怖は私のもっとも身近な友人です。同僚のアレハンドロ・アルマサンは『クリアカンでは、生きていることが危ない』と言うんです。私が記者であること、そしてもっている知識を記事にすることが私にとってのリスクです。ここに暮らすすべての人にとっての状況と同じように」




私はよく泣き、歩くことも音楽も好き。そうやって生きのびている



地元新聞での記事だけでなく、バルデス=カルデナスの本は、米国などでウォルマートのような大手スーパーでも売られており、麻薬密売という題材はある種のはやりのように受け取られることもある。

重要なのは伝えること。私のジャーナリストとしての責務です。無能を決め込み、検閲ばかり気にする沈黙の記者になることも可能ですが、それは私にとっては死も同然です




クリアカン市民の絶望は深い。彼らはもはや落胆することも憤ることもなく、身内を殺された時でさえ、公正な裁きを求めたり記者に訴えたりすることはなくなったという。記事に公式なコメントを求めると、それがたとえ麻薬に関連しない内容でも、人は匿名でしか話をしない。

「メキシコの著名な作家であるカルロス・モンシバイスは、暴力とは段階的に慣らされていくものであり、子どもや若者は、撃たれて死ぬことも自然な死に方だと思っていると言っています。私たちの暮らす社会はあきらめによって弱体化し、それが国全体を一層荒廃させていくのです」




バルデス=カルデナス自身、5年ほど前、クリアカンを離れ移住することを検討したという。

「それでも私がここに残るのは、自分の街とこの仕事が好きだからです。弾丸はすぐ近くを通っていきますが、この仕事は今こそやるべきだと思っています」




彼には、17歳の娘タニアと、12歳の息子フランシスコ・ハビエルがいる。

「子どもたちには戦争に備えるような調子で話しますね。銃撃戦に遭遇したらどう行動すべきか、家の前で発砲されたらどうするか、姿勢を低くして声を出さず、家の奥の部屋に向かって這っていくこと、窓の外に顔を出さない、すぐに私か妻に電話して知らせること、などを教えています。内心とてもつらいですが、子どもたちには真実を語るべきだと思っています。なるべく、彼らの心が絶望感にさいなまれないように工夫しています」




そして、どんなに厳しい状況でも、子どもには寛容さと人への尊敬の気持ちを教えたいと話す。

「アルゼンチン出身の人気グループ『レ・リュティエ』のコメディ・ミュージカルを聴いて、何でも笑い飛ばすようにしています。子どもたちはティム・バートン監督の暗く秀逸な作品が好きですね。多様な文化に触れてほしくて、一緒にサビーナやクリーデンス、ビートルズやカレ・サーティーンもよく聴いています」




子どもの頃から強い精神力をもっていたと言う、バルデス=カルデナス。「生きのびることを習得してきました。私はよく泣きますし、セラピーにも通います。歩くことも音楽も好きですし、書物には魅了されます。私自身はウイスキーやテキーラのボトルの底に答えを求めたり、カフェの隅にただじっと座っていたりしません。でも、これがあるから、みんなは時に心が折れそうになったり負けそうになりながらも、何とかやっているのかもしれませんね」




(Dante Leguizamón / HECHO EN BUENOS AIRES-ARGENTINA, ⓒwww.street-paper.org)

Photo:Gentileza Río Doce





(特別コラム)「クリアカンの空」




クリアカンの天気は晴れのはずだが、どうもそのようには見えない。鋭く切断された熱い鉛の板でできたような雲と雨のように降るミサイルの弾。それらがクリアカンの天蓋を覆いつくしている。

わずか1週間半の間に、40近い「死刑」が執行された。うち12人が自治体や政府の職員だった。うち1人は首を切り落とされていた。4人の記者が軍服を着た集団に殺害され、10を超える「ナルコメンサヘ(※)」が市内いたるところに貼られた。

(※麻薬マフィアが敵を脅したり自らを誇示するため、張り紙や横断幕などのかたちで公共の場に残すメッセージ)




これは戦争だ。テロだ。春のクリアカンの空はただれ、通りは破壊され、街角や家や商店や広場には火が放たれた。生活の一部となっている「恐怖」。「昨日の晩の銃声、聞いた?」と孫とおぼしき子どもたちを前に、一人の女性がもう一人の女性に尋ねる。子どもたちは駄菓子屋の中でかき氷をすすっている。

(中略)若い男性が散歩に出ようとする。「遠くへは行かないよ。ちょっとそこの公園に行って身体を動かすだけだ」。妻は深刻な顔をする。そして言う。「わかった」。そして「それなら防弾チョッキを着ていきなさいね」といたずらっぽく忠告する。男性は微笑む。「冗談に決まっているでしょ?」。しかし、心の中では、心の奥深くでは、到底笑えない冗談だとわかっている。

こうして街は眠りに落ちるのを恐れ、目覚め続ける。新たなメッセージが新たな紙に貼られる。新たな殺害者統計が発表される。毎日更新される恐怖の数だ。灰色の鉛の空に銃弾の雨の降る街では、到底数えきれない。

(週刊新聞『リオドセ』に掲載されたバルデス=カルデナスのコラム「マライエルバ」より)


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107人生相談





気になる女友達に、「お金を返して」と言えない



女友達に1万円貸したのですが、2ヵ月経っても返してくれません。自分から「返して」と言えばいいのですが、彼女はかわいくて、ちょっと気になる女性なので、「せこい男」と思われるのも嫌で、なかなか切り出せません。1万円というのも微妙な額です。返してもらうべき? それとも男らしくスパッとあきらめるべきでしょうか?
(24歳/男性/公務員)






僕の若い頃によく似てるな~。僕も、似たような体験をたくさんしてきたから、この人の気持ちがよくわかる。

自分の体験でいうと、僕は昔から優柔不断で、それなのに「ええカッコしい」のところがあるから、お金を貸しても、相手になかなか返してと言えない。相手が気づいてくれるまで言えずに、結局、あきらめることが多かったように思う。

普通はね、やっぱりちゃんと相手に話して、お金を返してもらうべきだと思いますよ。もしかしたら、相手もうっかり忘れているだけかもしれないし、言い出せなかったことでお互いの関係が悪くなるというのは、もったいない。話してみて、それでも返してくれなかったら、この人はそういう人なんだと思って、つき合い方を変えるしかないよね。




ただ、この相談者は僕と同じで、ちょっと「ええカッコしい」で、ちゃんと相手に言えないタイプなんじゃないかな。彼女によく思われたいと思っていて、できればつき合いたいとか思っていたら、「1万円ぐらいいいか」って考えてしまう。男って、気になっている女性がすることを悪いようにはとらないもんだから。「うっかり忘れているだけだ」って、いい方に考えちゃう。

 だから、もしスパッとあきらめるなら、これだけは絶対にしてはいけないことだけど、共通の知人に愚痴をこぼしたりしないこと。僕も経験した失敗例だけど、お金のことで相手を中傷する言葉や悪口を言っていると、どうしてもまわり回って相手に伝わってしまうもの。

そういうかたちで、第三者から相手の耳に入ると、相手はすごく傷つくから、一度スパッとあきらめると決めたら、絶対に口に出さないこと。

お金を返してくれない相手に、「お金の問題を言いふらす人」みたいに逆に言われて、自分の人間性を疑われることにもなりかねないから、あきらめるなら、尾を引かず、スパッと忘れることが大事だと思うな。

(大阪/I)




(THE BIG ISSUE JAPAN 第107号より)







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こんにちは、オンライン版編集長のイケダです。最新号から読みどころをご紹介する本コーナー、今回は「グルテンフリーダイエットとセリアック病(8〜9P)」についてです。




「セリアック病」の患者の助けとなるか




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「グルテンフリーダイエット」は、昨年の夏頃から日本でも話題になりつつある新しいダイエット法。海外セレブがこぞって実践おり、ビクトリア・ベッカムは数キロのダイエットに成功し、テニス選手のアンディ・マレー、歌手のマイリー・サイラスもその信奉者だとか。

そもそもグルテンとは何か、詳しく知っている方はそんなに多くないでしょう。Wikipediaによれば「グルテン (gluten) は、小麦、大麦、ライ麦などの穀物の胚乳から生成されるタンパク質の一種」で、欧米での主食のほとんどに含まれている成分です。グルテンフリー食材を販売するメーカーいわく、このグルテンを摂取しないことで、健康・生活が改善されるという効果が期待できるとか。




ダイエットの選択肢として盛り上がっているグルテンフリー食材。実は食材自体は、実は「セリアック病」という免疫疾患の患者にとって、必要不可欠なものでもあります。

「セリアック病」とは、「グルテンを含む食品を取ると腹痛や吐き気などを起こすだけでなく、長期的には骨粗しょう症や腸がんを発症する恐れがある」、深刻な病気です。英国では100人に1人がセリアック病だと見られているというから、その規模に驚かされます(現在は欧米人に特有の病気とされ、日本での発症例は調査中)。




一般的に、グルテンフリー食材の価格は、通常の食材の数倍となります。セリアック病の息子を持つカレン・ガンストンさんは、次のように語っています。

普通の食料もひどい値上がりが続いていますが、もともと高価なグルテンフリー食品の値段まで上がっています。普通のビスケットは1袋60ペンス(約85円)ですが、グルテンフリーのビスケットは18枚入でその4倍近くするんです。





高価なグルテンフリー食材ですが、ダイエット需要によって生産量が増えれば、値下がりも期待できます。思わぬ効果といったところですが、これでカレンさんのような困っている人たちの負担が、少しでも楽になればいいですね。

市場と医療、社会問題について考えるヒントをくれるいい記事でした。ぜひ手に取ってお読みください。




最新号の表紙はあのディカプリオ。詳しい内容は最新号紹介をご覧下さい。




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(2012年9月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第199号より)




東インド、“誰からも忘れられた戦争”の村—67年から続く抗争の果てに



東インドのジャールカンド州は、インド政府がテロ組織に指定する毛派グループの中心地だ。農民の多くは毛派の思想に共感を寄せるが、その暴力的な手法には否定的だ。








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(元ナクサライト戦闘員のアジャイ)




時の流れが止まった村。勢力増す毛派のナクサライト



アジャイ(仮名)は、ピセルトリ村のはずれの木立に身を隠した。朝の雨でぬれた水田が日の光に輝き、周囲には手作りのタイルで屋根をふいた泥と石の家々が並ぶ。

緑の丘陵地帯のふもと、四角いキャベツ畑の青緑色と収穫を終えた水田の刈り株の黄土色との間をマンゴーとタマリンドの木の鮮やかな緑がふちどっている。まさに、絵に描いたような静かな田園風景だ。

しかし、アジャイは緊張を隠せない。毛派の元戦闘員である27歳の彼は、取材中も警察のスパイや毛派シンパの住民に見とがめられることを恐れて、たえず背後をうかがっていた。

ピセルトリ村があるのは、インドにおける毛沢東主義の中心地であるジャールカンド州のグムラー県。インドの毛派は「ナクサライト」とも呼ばれ、中央政府によってテロリスト集団として弾圧されている。




アジャイは、「兄は一帯を統括するナクサライトの将軍で、弟も部隊長を務めていました」と声をひそめた。この地方で話されているサドリ語だ。

「兄は殺され、弟は刑務所にいます」。子どもの頃は、警察が毎日のように家にやって来たという。

「14歳の時には、ひどく殴られてナクサライトの居場所を言うように迫られました。当時の私は教師になるのが夢でしたが、復讐を誓いナクサライトに加わったんです」




ハイテク産業で好景気にわく大都市の喧噪を遠く離れ、グムラー県の農村地帯を訪れると、まるで過去にタイムスリップしたような気がする。ここでは牛が鋤をひいて水田を耕し、電気は通じておらず、舗装した道路もほとんどない。橋は地元のナクサライトがたえず爆破するので常に工事中の状態だ。

ナクサライト過激派の起源は、1967年に西ベンガルのナクサルバーリーの茶葉プランテーションで働いていた貧しい労働者の一団が、地主に対して起こした反乱にさかのぼる。

70年代になると各地で学校を設立し、武力でもって農地解放を進めた。80年代に運動はいったん下火になったものの、06年にネパールで革命勢力により王制が廃止されると息を吹き返し、10年にはインド国内の少なくとも4万平方キロに及ぶ地域を制圧した。

80年以降、武力闘争により1万人超の死者が出たとみられるが、その半数以上はこの10年間のものだ。






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(グムラー県、ダフパニ村。NGOがナクサライトと交渉し、集落間を結ぶ道路工事が進められている。Photos:Simon Murphy)




村の学校が戦場に。1年間に34の学校が爆破



深い森はナクサライトにとって格好の隠れ家だが、同時にインドの少数部族が代々暮らしてきた場所でもある。彼らは過去数十年にわたって、鉱山会社や地主、役所によって立ち退きを強制され、移住させられてきた。土地や生計の手段を失った者が増えるほど、毛派への支持が高まっていった。

人々がナクサライトに加わる動機はさまざまだとアジャイは語る。

「地主や鉱山会社に奪われた土地を取り返したいと考える者もいれば、職にあぶれ、毛派が与えてくれる賃金と仕事が目当ての者もいます。それに、ナクサライトは村にやって来ると、略奪などの犯罪行為を一掃してくれました」




だが、民間シンクタンクの平和紛争研究所(IPCS)によれば、ナクサライトは数百から数千人の子どもたちを強制的に連れ去り、虐待している。

逆に、政府が支援する反毛派組織や特殊警察の隊員たちも、学校を占拠し戦いの拠点にしている。そのため学校は、警察への報復として攻撃対象となることも多い。09年にはジャールカンド州内で34の学校が爆破されている。





8歳のカムラ・シンは、何年もの間、誰もが怖くて学校に通えなかったと話す。

「ナクサライトが怖くて行けない時もあったし、警察が学校を使っていたこともありました。恐怖のあまり、外から村にやって来る人もほとんどいなかったんです」


ある支援団体の職員は話す。

「警察は決して助けには来てくれません。すっかり怖じ気づいているんですよ。これは誰からも忘れられた戦争です。中央政府が助けにくることも、何か問題はないかと尋ねてくることもないのです」

(Lucy Adams/The Herald, ©www.street-papers.org)


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