Genpatsu

(2011年8月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 172号より)




気温が30度を超える日が続いている。オゾン層がいっそう薄くなったのか、陽光が突き刺さるようだ。長期予報では平年並みらしいがとても信じる気になれない。メディアも電気予報を流して熱く注目している。まだ余裕があると知ると使いたくなるのが人の常。複雑だ。

東京では7月から工場などの大口の需要家には15パーセントの節電が発令されている。夏休みをずらすとか、自宅での仕事を認めるとか、さまざまな対応策が話題となっている。自宅では集中できないと、職種を越えて、にわか共同事務所まで出現したという。どこにいても仕事ができるコンピュータのなせる技だ。

節電は東京だけの話ではない。現在、19基の原発が定期検査で止まっているが、検査が終わっても運転に入れない状況だ。こんな中で、電力消費が一気に増えると大規模な停電が起きるかもしれない。節電令は売上を落とすと、経済界が原発必要キャンペーンを執拗に繰り広げている。第2のフクシマの可能性より目先の電力確保が重要だというわけだ。

原発が運転に入れないのは、自治体が福島事故後の新たな基準で検査を行うべきと強く主張しているからだ。原子力安全委員会は新たな基準づくりを始めた。安全第一と思われたが、古川康佐賀県知事から、国が原発の安全を保証してくれるのなら、と再稼働を容認する発言が飛び出してきた。経済界の意向を受けた経済産業省が突破口を作ろうとしたのだが、九州電力が仕掛けた「やらせメール」事件が発覚。社長の辞任で 運転再開は遠のいた。

からみ合った状況の行方を心配していたら、新たな安全確認法が官邸から提案された。ヨーロッパで導入されているストレステストというもので、安全の余裕度を確認する。突然の提案に大騒ぎだが、再稼働よりも安全確認を優先する流れとなって一安心。さらに、関西電力は検査終盤の大飯原発1号機の運転を止めた。

19基の再稼働なしに夏を越える見通しとなったが、供給優先か安全優先か、まだまだ予断を許さない熱い戦いが続く。






伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)






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「きのう食べたごはん」を検証。20代若者男女55人に聞いた



「食事は、生活の活力源」。わかってはいるけれど、ついつい忙しい仕事に追われ、作るのが面倒で、手を抜いてしまうのが日々の食事。ひとり暮らしの身なら、なおさら。まともに食べる気さえ起こらない…。ということで、最も食が乱れがちといわれる20代の男女に教えてもらいました、彼と彼女の「きのう食べたごはん」。





2食抜きの男性「食事は、義務」



たこ焼き



朝にコンビニでおにぎりとパン、野菜ジュースを買って食べた以外は何も摂らなかった。編集プロダクションに勤務するショータさん(25歳)は、昨日、昼食と夕食の2食を抜いた。仕事が忙しく、不規則なこともあるが、普段からあまり食事に興味がない。「旅行などで地方に出かけると、地元の美味しいものを食べたいと思うけど…」。ショータさんにとって、食事は「義務」と感じる。

アルバイト勤務のユースケさん(23歳)も、昨日まともに摂ったのは昼食のハンバーグ定食だけだった。朝はミルクティー、夕食は「仕事が深夜12時まであったので、仕事中にチョコレートやアイスクリーム、シュークリームなどを食べて、寝る前にドーナツ二つを晩御飯代わりに食べた」

1〜2食を抜いたり、お菓子やカップラーメンの軽食で済ませるのは、男性ばかりではない。独身女性の食の風景も、心もとない。

飲食店勤務のケイコさん(29歳)は、朝、電車の中でおにぎり二つを放り込み、昼にはパンを食べ、夜にようやくレストランでのちゃんとした食事にありついた。ヨウコさん(24歳)も、朝こそカレーライスを食べたものの、昼はおにぎりとチョコレート、夕食はカップラーメンとサラダ。キョウコさん(24歳)の場合は、朝サンドイッチ、昼は外食のラーメン、夕食はたこ焼きだけだった。


 

「朝食抜いた」20%、半数はどれか1食を抜く



おにぎり


「朝はパンorおにぎり、昼は外食orコンビニ弁当、夜は単品モノ」

今回、本誌が20代の男女55人をヒアリングした結果からは、こんな20代男女の食生活が浮かび上がった。朝はパン、トーストなどの軽食で済ませ、昼は外食やコンビニ弁当などの中食が主体。夕食は、カレーやラーメン、丼物、居酒屋メニューなど、単品モノが多く、主食のおかずにごはん、一汁三菜といった日本食の定番は少数にとどまった。

だが、何より目立ったのは、3食のうち「1食を抜く」、あるいは「軽食で済ます」傾向。全回答中、「朝食を抜いた」と答えた人は20%(11人)に上り、「昼食を抜いた」は約7%(4人)、「朝・昼食兼用」も9%(5人)いた。これに「昼・夕食両方を抜いた」「夕食を抜いた」を併せれば、3食のうちいずれかの1食を抜いた人は全体の40%(22人)に達する。また、3食を摂った人の中でも、朝食では栄養ドリンクやビタミンウォーター、昼食ではチョコレートやクッキーなど、食事とはいいがたいものを挙げているケースもあることから、20代の半数以上は、「3食のうち1食を抜く」傾向があるといえる。

なぜ、食事を抜くのか? その理由は、さまざまだ。テレビ番組ADのヨシフミさん(28歳)は、基本的に昼食を摂らない。「仕事が忙しすぎて食べられないのもあるけど、朝いっぱい食べたらお腹が減らない。あと、食べた後は歯を磨きたいから、誰かと一緒だったら食べないことが多い」。また、夕食をちゃんと摂っていないというユキエさん(25歳)は、「夕食は、父のご飯を横からつまむ程度のもの」と言う。

このほか、食事そのものに興味がないと言う人も。「小さい頃から個食が多く、味気ない食事が多かったため、食べることは仕事の一つに感じる。美味しいかどうかも、よくわからない」(マサコさん、24歳)、「食事は、プロテインとビタミン剤でかまわない。美味しいものが氾濫しているので、感覚が麻痺してる」(ツヨシさん、26歳)、「食べるより、お酒を飲みたいタイプ」(マサノリさん、27歳)など、美味しい食事や栄養バランス云々以前の段階で、食事はめんどくさいものとして映っている。



 

「食事に興味」80%以上だが、半数近くはグルメ志向?食事に人とのつながり求める傾向も



P14 15図1 2  更新済み




3食の食の風景が乱れる傾向にある一方、80%以上が「食べることに興味がある」と答えるなど、食への関心と実際の食事との間に大きなギャップもあった。

「食べてる時がとにかく幸せ」というOLのナツミさん(28歳)は、朝食を抜き、昼はラーメン、途中スイーツをはさみ、夜は飲み会の居酒屋メニューだった。「食事は身体だけでなく心もつくるもの。だけど、普段は外食が多く、ダメダメな食生活」と言う。

フリーランスライターのタダシさん(27歳)も、「仕事で地方に行けば、お金に糸目をつけずに地方特産のイイものを食べる」が、昨日は朝昼兼用でラーメンと高菜チャーハンを外食し、夜はファストフード店のハンバーガーとポテトで済ませた。サトコさん(27歳)も、「食べることには興味があるが、関心が高いのは相手がいる場合に限る。ひとりなら、美味しいものを食べたい欲求は湧かない」と言う。

20代男女の多くは、食べることがとても好きで、食事の楽しみがなくなったら人生がつまらなくなると考えている。栄養バランスにも気を使うが、その反面、食べることに興味があると答えた80%の約半数は「美味しいものを食べたい」「甘い物が好き」「栄養より見た目」といったグルメ志向、さらに「食事は大切に思っている人とのコミュニケーションの場」と考えているようだ。そこには、普段の食生活では、あまりお金と手間をかけずに軽く済ませるが、美味しいものを食べたり、たまの友人・家族との食事には精一杯はりこむ傾向がうかがえる。栄養バランスの取れた食事や自炊を普段から実践できている人は、アトピーを発症した人や出産して子供の栄養に気をつかうようになった主婦など、ごく少数に限られた。

そして、「これまで一番心に残った食事」を聞いた設問では、20代男女が考える理想の食事の一端も垣間見えた(表1参照)。

「父が作った卵焼き」「阪神大震災の日に、母が冷蔵庫にあるもので作ってくれた味噌汁」「家族とのありふれた食事」「小学校時代のキャンプカレー」「外国で別々に知り合ったまったく人種の違う3人で食べた食事」「パンとバナナと水だけの1ヶ月の貧乏旅行から帰った時に、彼女が作ってくれたおにぎり」など。心に残った食事は、誰と、どこで食べたかが大きな比重を占めている。粗食ではあっても、家族が作った愛情のこもった食事、友人や恋人と食べた食事は、栄養バランスの大切さ以上に、特別な味がしたようだ。

(稗田和博)







アンケート:これまで一番心に残った食事(複数回答あり)



家族と食べた(家族がつくった)食事 21人

 ● 茅葺屋根の家で家族と食べたアユ料理
 ● 父が作った卵焼き
 ● 子供の頃に母が私だけに作ってくれた大きなおにぎり
 ● 家族とのありふれた食事
 ● 風疹で遠足に行けなかった時に母が作ってくれたサンドイッチ
 ● 仕事などで忙しくて1日何も食べられなかった時に母が作ってくれた塩おにぎり
 ● 子供の頃、母と一緒に作ったハンバーグ
 ● 子供の頃、川の岩の上で家族と食べた、たらいうどん
 ● 小学校の頃の家族でのバーベキュー
 ● 父が入院した時,母と弟と2日ぶりに食べた熱いラーメン
 ● 阪神大震災の日に、母が冷蔵庫にあるもので作ってくれた味噌汁、など




旅先・地方の名物料理、変わった場所での食事 12人

 ● 大分県で食べた「だご汁定食」
 ● お腹を壊した北京ダック
 ● NYのホームステイの時の手巻き寿司パーティ
 ● 富士山のシルエットを見ながら食べた屋台のドネルケバブ
 ● 外国で別々に知り合ったまったく人種の違う3人で食べた食事
 ● 山奥で食料がなくなった時に食べたブラックバス、など




恋人・友人と食べた(つくった)食事  11人
 ● 小学校時代のキャンプカレー
 ● 料理ができない彼氏がつくったパスタ
 ● 友人がつくった晩ごはん
 ● 友人が作ってくれたオール魚料理
 ● 両親の離婚調停中、大学合格祝いに
母の元カレがご馳走してくれた中華料理
 ● 小学校の時の調理実習
 ● 彼からプロポーズを受けた後の食事
 ● パンとバナナと水だけの1ヶ月の貧乏旅行から帰った時に、
彼女が作ってくれたおにぎり、など




グルメなどその他 8人

 ● 自分でつくった食事
 ● ホテルのフォアグラ
 ● 北海道の新鮮なネタの回転寿司
 ● 京都の料亭の天ぷら
 ● 子供の頃に食べた指輪型の飴
 ● アメリカで食べた、やたら量の多いファストフード
 ● 卵アレルギーで食事制限していた時に食べたケーキとご馳走
 ● 奈良県の天然酵母パン
 ● 小さい頃によく食べた某ブランドのミートボール




(2006年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第56号より)





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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。

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P23 02



こんな母にどんな言葉をかければいいのでしょう?



Q:実家の母に悩んでいます。些細なことで父を罵り、隣近所の人に対する陰口もひどい。で、毎日のように私に電話してきて、泣いたり、怒ったり。最近、体調が悪くて体が動きづらいのかもしれませんが、病院に行くよう説得しても聞く耳をもたない。もうウンザリ。こんな母にどんな言葉をかければいいのでしょう?
(30代女性・派遣社員)





A:とても難しい相談やね。親について発言する資格が僕にはないような気がするから。
僕は、親孝行とは無縁の人生を送ってきたんです。30歳の時に離婚して、自殺未遂ばかりして、その度に親に苦労をかけてた。手に負えなくなって、親は僕を精神病院に入れたんです。仕方なかったんですね、実家には兄のお嫁さんもいて、折り合いがうまくいかなかったし。その時、故郷も家族も捨てた。

20年近く連絡を取らなかったんだけど、ある日、建築現場で大事故に遭ってね。あばら10本折って両肺も潰れて、生死の境をさまよったけど、その時、会社の社長が「お前の親は冷たいな。電話したら、もう勘当した息子だからって言われたぞ」って。ショックだったね。死んだ方がよかったのかなって思った。そしたら労災のお金で親孝行をできたかもしれないから。

最後に会ったのは、5〜6年前。その時も、やっぱり実家には兄の家族がいるから、親が近くの旅館をとってくれて。母は毎日、旅館に来て、おにぎりをにぎってくれて、最後の日は父も駅まで送ってくれた。お互いどうすることもできなくてね。なんにも言葉にならなかった。

そんなんだから、西成の町には「尋ね人」の貼り紙が多いけれど、それを見たら、羨ましいなーと思うの。西成には、僕みたいに尋ねてももらえない人がたくさんいるから。

だからって、この相談者の方に「親孝行しておいた方がいいよ」とは簡単には言えないけどね。自分もできなかったことだし、ねじれた関係を言葉で解きほぐすのは難しいこと。ただ、そばにいてあげるだけでいい、それで母親への愛情を持ち続けているだけでいいんじゃないかな。僕もね、親を恨む気持ちは一切ない。今は生きているかどうかもわからないけど、いつも心の中では両親に手を合わせてる。

泣いたり、怒ったり、近くにいるからこそ、辛くてウンザリすることもあるかもしれない。でも、愛すべき人がそばにいるということはそれだけで幸せなことだと僕には思えるんだね。
(回答‥赤間啓太)




THE BIG ISSUE JAPAN 第53号より)








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Genpatsu

(2011年7月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 171号より)




巷に雨の降るごとく、わが心にも涙ふる……。能天気な自分も年に一度くらいは、長雨に映る紫陽花をぼんやり見ながらアンニュイな気分になれる季節なのだが、今年ばかりはその気になれない。

爆発事故を起こした福島第一原発の1号機の循環冷却システムにアメリカ、フランスの技術を導入して鳴り物入りで設置した放射能除去装置が、わずか5時間で機能停止になった。

通常の原発では水の管理は厳密で、放射能で汚染されたといえどもそれは把握できている。しかし、処理しようとする水は放射能が混じった海水だ。不純物だらけのものを吸着材に通せば、セシウムより先に吸着されてしまうと危惧していたことが的中してしまった。

こうなると、設計し直しになるのだろうか? 1トン当たりの処理費用は21万円、1号機だけでも531億円になると予想されていた。これがのっけからつまずいてしまった。お粗末というしかない。

ここに梅雨の長雨が来たら、天然冷却などと喜んでばかりいられない。汚染水は薄まるかもしれないが量が増えてしまう。溢れでもしたら海の汚染がいっそう広まる。堤防を築くというが、時間がかかりそうだ。西で豪雨が報じられるたびに、ついつい余計な思いをめぐらせて、憂鬱より不安になってくる。

梅雨の次は台風の季節。地球温暖化によって気候の変動が激しくなり、台風も大型化が懸念されている。05年のハリケーンカトリーナはどんどん大きくなって甚大な被害をもたらした。台風も大きくなると地震に劣らず怖い。4号機の使用済み燃料プールには、使用中の燃料が定期検査のために一時的に全部移されていた。そこで起きた爆発。この衝撃でプールの健全性が危ぶまれている。雨でプールがいっぱいになってしまったら、壊れるかもしれない。そんなことにでもなれば、風と共に流れる放射能がまたまた心配になる。

現代科学の粋を集めた原発といわれるが、今や、台風よ、それてくれと神頼み。今年の梅雨時は、神の火(原子力)を制御できると思っている人間の業を考え直す時としたい。





伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)



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世界各国の怒り、男女の怒り——怒りの地域・性別比較



カット

怒りを言葉にする前に、人は身振りや態度でそれを表す。
その国で使われる怒りのジェスチャーを知らないと大変なことに…。





国によって違う怒りのジェスチャーと表現



日本では、人差し指を立てた両手をこめかみの横につけて、角のような形を作るのは、怒っていることを表すジェスチャーだが、アメリカでは「悪魔」、フランスでは「寝とられ男」の意があるという。

同様に、誰々が怒っているというニュアンスを表す、目をつり上げる仕草も、欧米では、侮蔑の意味を含んだり含まなかったりする「東洋人」を意味するジェスチャー。

逆に、シリアで、「私」というつもりで、人差し指で自分の鼻を指すと、「怒りが鼻に達している」、つまり我慢の限界、怒りで爆発寸前ということになってしまう。知らずに使うと、会話がちぐはぐになる、いや、けんかを売っていることになってしまいそうだ。

ちなみに、イタリアでは、親指と人差し指で輪を作り、上下に強く動かすジェスチャーは、「激怒」。手を下から上へと、ものを宙に放り投げるように振り上げるのは「地獄へ行け」「消えうせろ」の意味になる。しぐさが大きければそれだけ怒りも大きいということに。

ロシアの「頭にきた」は、頭の上に手の平をかざして、額から後頭部へと向かって通過させること。同じしぐさで「理解をこえている」を示す国もあるが、ロシアではより怒りの度合が高い。

怒りの表現が日本人と比べて強くてストレートな韓国では、怒りや悔しさの感情を拳で胸をたたいて表現する。

民族が多種多様なインドネシアでは、同じ国内でも人種や宗教ごとに典型的な性格があるという。ただし、ある程度共通しているのは、大声で人をののしったり、しかったりするのはタブーだということ。会話の際に腰に手をあてるのも怒りのしぐさとされているので注意が必要だ。

万国共通、とまではいかないが、国際的に認知されている怒りの表現といえば、中指を立てて相手に手の甲を見せる、あのジェスチャーだ。強烈な怒りや不快感だけでなく、性的侮辱を表す国も多い。左手を右腕の内側の関節に勢いよくぶつけて、右腕を折り曲げ、力こぶを出すようなジェスチャーは、中指を立てるのと同様のさらに強い意味がある。つい「大丈夫」というような意味でやってしまうと、大変なことになりそうだ。




映画にみる女性の怒り



男性は自分を侮辱した相手を攻撃した後、血圧が下がるが、女性はそうはならない、という攻撃性と暴力についての研究結果がある。女性が攻撃性をあらわにすることは、自己コントロールの失敗で恥だと捉え、反対に男性の場合は他者にコントロールを課すことだと考えるというもの。

女性と男性の攻撃性の表現の違いは、社会的文脈に由来するということだ。その人が攻撃性をあらわにした場合、気分がおさまるか、それとも恥を感じるようになるかは、その国や地域で女として男としてどのように育てられたのかということが影響するという指摘である。

だから、映画のなかで怒る男は珍しくないが、女の怒りや攻撃性をストレートに爆発させる映画は数少ない。

その一つに『テルマ&ルイーズ』(リドリー・スコット監督・91年・アメリカ)がある。平凡な主婦テルマと友人で独身生活を楽しむウェイトレスのルイーズが、ドライブに出かける。途中、テルマをレイプしようとした男たちをルイーズが射殺。逃避行の途中、なりゆきで強盗をして、警察に追われる。アリゾナ州の大峡谷で、遂に二人は警官隊に取り囲まれてしまうが、後戻りはしない。フランスで上映禁止になった『ベーゼ・モア』(ヴィルジニー・デパント監督・00年・フランス)もストーリーは似ている。殺人を犯した女性二人が意気投合。逃避行の途中で現金や銃を強奪し、男を誘惑して殺しながら、お互いの絆を強めていく、というもの。

書店へ行けば、「怒りへの対処本」「心穏やかに生きるための本」が本棚一つを占めている。欧米系の翻訳ものも多い。それらは、怒りは悪ではない、感情に良い悪いはないと言い、その上で、怒りは物事を変えるエネルギーになり得るのだから、自分の感情から怒りを完全になくしてしまおうとするのではなく、正しいかどうかの判断をするのでもなく、適切か不適切かどうかに焦点を当てよとか、過去や未来にとらわれず今に生きよ、などと説いている。

不安や怒りとのつきあい方に関心が集まるのは各国共通のようだ。

(清水直子)





関連本















関連URL

アラビア語の法則 

連載ローマっ子 


特殊辞典 

独立行政法人国際協力機構 



(2006年6月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第52号より)
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前編を読む

怒りを受けとめ、相手を引き止めておく技術



電気大教授2

自分の怒りを表出すること以上に、相手の怒りを受け止めることも重要だ。これまでに中島さんが習得した最高の技術は「相手を引き止めておく技術」。言い換えれば、相手に自分のことを全部しゃべってもらう技術である。
「人間ってみな共通でこの人は聞いてくれないと思ったら、しゃべりませんよ。私は本当に知りたいからね、どんなおかしな人の話でも聞こうと思っている。そしたら、しゃべりますよ。場合によったら、30分ぐらい男の子でも泣きます。そんな時は『泣いてなさい』っていうんです。それは一つのコミュニケーションだからね」


中島さんのところへ、行き場のない学生が相談にやって来る。
「今、私は自殺したい人を何人か抱えていて、これは死に物狂いの闘いです。私に対して彼らはすごく怒りますよ。一時、防弾チョッキを買おうか、セコムをつけようかと思ったくらいで。刺されたことはないけれど、ほのめかすことはいくらでもありますよ。先生のために一生を棒に振ったとか、先生がいなければよかったとか。何を言われてもしょうがないと思っているけれど、2年前に学生に死なれたときはきつかった。あの『夜回り先生』もそうだけれど、彼も社会的役割を感じているんでしょうね。私なんかもっといいかげんな人間だけれども、今ここに来る学生に刺されてもしょうがない覚悟でやってますね」


中島さんが学生と話す時の原理は簡単だ。
「ごまかさないで、何しろ誠実さだけ。君が死んじゃいやなんだよということだけ言う」。逆に言うと、こんな重たい体験を目の前にしているから、中島さんの普段の怒りの表出はゲームのようなものだ。

「きついことをやっていると、人間っていろんなことを学ぶんですよ。弱い人はそれを避けようとするでしょう。この場はがまんしようとしていると、やがて何もできなくなってしまう。それが私の持論ですね。長くやらないとダメですよ。怒っててよかったなあって思うまで、10年かかりますよ。怒っている理由が回りの人にわかるまで、相当時間がかかります。でも、わかってもらおうとしてもだめですよ。結果としてわかってもらうためには、ですよ。それも全部じゃなくて、何人かの人にね」





社会の厚い壁、大人が若者の話を聞く態度必要



日本社会では見苦しいとされる自己主張だが、中島さんは自己弁解を擁護する。
「自分自身がギリギリのときに、その場でしか弁解できないってことがあるんです。だから、私は、弁護が人間にとって一番重要だと思っているわけ。もし疑いをかけられたら、それに対して、みんなの前で弁護しなくちゃいけない。いつも学生に言うんです。どんなバカなことでもみんなの前で言ったことは価値がありますと。なぜかっていうと、責任をとらなきゃいけないから。あとで、こっそりメールを出すのは、いくら正しくてもダメですよ」


しかし、日本社会全体に厚い壁がある。
「実は大人は若者に期待してないんです。とうとうと若者が1時間も弁解することを望まない。よく大人がわかった、わかったと言いますが、あれはその場を切り抜けようとしてるだけなんですね」


だから、まず、大人から若者の話を聞こうとする態度を示さなくてはいけないと中島さんは言う。
「若者は賢いですよ。大人は強者で、若者は弱者。だから、あえてマイナスになるようなことは言いません。若者自身が自己弁護してもいいんだとわかるためには、かなり時間がかかります」


逆に学生が、「実は先生の授業に批判的なんです」と言ってきたら、『あっ。そうですか』と私は受け取らなきゃいけない。どんなに一所懸命にやっても、自分に対するものすごい批判がありうるということをいつも予測しなければならない。私はいつも学生たちがナイフを隠し持ってないかと思って授業していますよ。いわゆる善良な人ほど、そんなことあるはずがないと思っていますから、批判されると驚くわけです。そのことも学生は知っている。だから言わないんです」

我々、霊長類は残酷だ。
「人間は上下関係で全部動くし、もちろん弱者を痛めつけるし。文明は攻撃的なんです。それなのに今の社会は、特に男に対して、ものすごくきついことを課している。暴力振るっちゃいけません、攻撃しちゃいけませんとか。それは、自然に反するんですよ」


「何の怒りもない社会というのは、人間として生物体として不気味です。何かに才能がある人、報われている人はいいけれど、そうでない人にはきつい。自殺者が増えたりするのは当然で、攻撃性を抜いた社会だから、本人の適性が出てこない」


そういう文化が持っている不条理を中島さんは指摘する。「誰かを好きになることは、誰かを嫌いになることですよ。誰でもよければ文化も差別もない。誰かを理由なく好きになる純愛の逆は、誰かを理由なく嫌いになることです。それは地獄ですが、やはり文化なんです。そして誰かのことを尊敬するということは、誰かを軽蔑することなんですよね」

だからこそ、人間が怒りを表わすことの自然さ、重要性を理解してくれる人が周りにいた方がいい。
「大人は自分が怒らないと、若い人に対しても『怒るな!』となってしまう。私は反対に、『怒れ怒れ!』って言います。そうじゃないと、怒りを消す文化が、自分自身の安全のために再生産されていくんです」


だからこそ中島さんは言う。「怒れる身体に自己改造して、豊かな人生を取り戻そう」




(編集部)

Photos: 高松英昭






中島義道(なかじま・よしみち)
1946年、福岡県生まれ。77年、東京大学人文科学研究科修士課程修了。83年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。現在、電気通信大学教授。『うるさい日本の私』(新潮文庫)、『<対話>のない社会』(PHP新書)、『怒る技術』(角川文庫)など著書多数。
















(2006年6月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 52号より)
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どのように「好き」という気持ちを表現すればいいでしょうか?






Q:49号の「純愛」特集を読みました。今、好きな人がいるのですが、どのように「好き」という気持ちを表現したらいいのかわかりません。面と向かって、「好き」と言って、振られてしまうのも怖い。今の友達関係が壊れてしまうのが怖いのです。どうしたら、いいでしょうか?(20歳/男性)








A:いやー、やっぱり最初は面と向かって「好き」なんて言うのは、恥ずかしいよねぇ。
僕はね、好きって思ったら気持ちを伝えるタイプなんですよ、うん。今までに「好き」と言って後悔したこと? それはないねぇ。

20歳の頃にね、同じ職場の二つ上の女性を好きになってね。3ヶ月くらい迷った末に、「お茶行きませんか」って思い切って誘ったんです。「あぁー、いいですよー」っていう答えでねぇ。舞い上がってたら、そのまま何もなく半年くらい経ってしまっていて。まぁ、最初っから断られてたようなもんだよねぇ、ハハハ。

でも、ダメだったらその時はズドンと落ち込むけど、言った方が後に残らなくて、スッキリするもんねぇ。どういうのか、こう、前に進めるというか、ねぇ。

一番覚えてるのは、高校の時のクラスメートでね、忘れ物したときに貸してもらったのがきっかけでつきあった子かなぁ。どうやって、「好き」という気持ちを伝えたかって? まぁ、「小さな親切運動」というかね、席を譲ってあげたりなんかしてね、ハハハ。まぁ、これは普通のことだけど。

あとは、やっぱり、「レター」かなぁ。写真を撮ってあげて、同封したりなんかしてね。「きれいに撮れてましたよー」ってメモ書きを入れたりして。想いを伝える時は、4枚くらい手紙書いたかなぁ。

高校の時の子とは、1年つき合って、2年目に「別れよ」って言われちゃったなぁ。どうしてかなぁって思ったけど、結局はっきりした理由はわからずじまいでねぇ。すごく好きだったからね、その時はつらかったけどねぇ。でも、40年経って、今となっては、こう何と言うか、甘酸っぱい思い出になってるねぇ。

振られたらどうしようって怖い気持ちもわかるけどねぇ、「幸せなら手をたたこう、パンパン♪」じゃないけど、「幸せなら態度で示そうよ♪」ですよ、うん。

(K/大阪)


THE BIG ISSUE JAPAN 第52号より)






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中島義道さんの怒る技術



怒れる身体に自己改造し、豊かな感受性を取り戻そう



怒りは自然な人間感情。だが日本の社会で怒りは歓迎されない。怒らないことが社会の暗黙のルールになっている。
そんな日本社会で22年、怒ることを自らに課してきた哲学者、中島義道さんの怒る技術とは?
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Genpatsu


(2011年7月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 170号より)




このほど行われた国民投票で原発ノーを再確認したイタリア。94パーセントが原発に反対という。脱原発を決めていたドイツでは、この10年の間に原発延命の流れができつつあったが、フクシマ事故を他山の石として、原発の早期停止を決めた。スイスも脱原発を決めたという。何ともうらやましい。

イタリアのニュースを伝えたNHKは、同国の電力不足を取り上げ、フランスから高い電気を買っていると伝えていた。原発大国のフランス頼りと言いたげだ。そういえばかつて、脱原発を決めたドイツに対しても原発の電気を輸入せざるを得ないなどと伝えていた。報道だけではない。原子力委員会も04年に平気で輸入データだけ出していた。情報操作だ。早速ドイツからデータを入手して同じくらいの量を輸出していると指摘すると、あっさり認めた。

フランスから電気を輸入しようが、そんなことは問題ではない。大事なことは、イタリアの人々が自分たちの国には原発はいらないと決めたことだ。

日本では、定期検査後の原発の運転再開ができないでいる。福島原発事故を受けた新たな安全基準で検査しなければ安心できないと、立地自治体の知事が言っているからだ。しごく当然のことだ。知事たちは爆発している原発を映像で見て背筋が寒くなったに違いない。世論が大きく影響している。

順次、定期検査に入っていくので、このままいくと来年の5月に全部の原発が止まる。やっと安心できると思っていたら、電気代が標準世帯で毎月1000円以上高くなると、ある経済研究所の試算結果が、上のニュースと併せて報道された。

フクシマ事故の被害総額は20兆円といわれる。これを国民にそのまま回せば、一人当たり17万円の負担になる。こっちの方がよほど問題だ。

それはともかく、電気の使い過ぎが問題となっているのに、電気をじゃぶじゃぶ使っていた昔のデータで試算して、私たちの脱原発の思いが本気なのかを試しているわけだ。何とも小賢しいことをするものだ。イタリア人のように陽気に脱原発でいきたいものだ。







伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)



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