前編を読む




「かわいい」から「すごい」へと変わる歓声



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実はこのエピソードのなかに、旭山動物園が今のような人気を得た秘密がある。

「彼らにエサを探す努力をしてもらおうと動物園にはさまざまな仕かけがしてあって、キリンなんかだとわざわざ遠いすみっこのところにエサを隠してあったり。そういうふうにして、彼らが自分で発見し、自分で取るという野生の状態を少しでも再現しようとしてるんだ。たった1粒のピーナッツかもしれないけど、それを求めてオランウータンが綱をわたっていく。そういう自分の能力をいかんなく発揮できる瞬間を彼らに提供していくこと。その瞬間がまた、人間にとって極めて感動的なんだな」




動物たちの秘める野性の力。それを十分に発揮してもらえるような環境をつくることで、動物たちはのびのびとした幸せを感じられるし、そこにいる人間もまた幸せになれる。

動物と人間、お互いの幸せはどこにあるのかを探し求めてきた旭山動物園。だからこそ、ここには魅力的な施設が次々と生まれ、人が集まった。動物たちのすごい姿が北海道で見られるらしい、その噂を耳にして——。


けれど、よくよく考えてみれば不思議なこともある。動物たちがのびのび暮らせる環境をつくることに、どうして私たちは今まで気づけなかったのだろうか? ただただ動物を檻に放り込んで満足していたのは、一体なぜだろう?




レッサーパンダが2本足で立ち上がって、いつか話題になったことがある。あのときのことを思い出してみよう。小菅さんは当時、事件をこんなふうに見ていた。

「なぜ立っているのか、ということを誰も考えなかったな。動物たちは目的のない行動はしないんだからね。みんなあまりにも表面しか見てなかったんだ」




レッサーパンダが立ち上がる理由は、外をのぞきたい、エサがもらえるかもと期待してのこと。立ち上がること自体は彼らにとってなんでもない、当たり前にできる行動だ。それを「かわいい」と言って立ち上がったのは、むしろ私たち人間の側。レッサーパンダのような動物が人のように2本足で立つことの、いったい何が「かわいい」のか、説明することは意外と難しいはずだ。


「そこはね、動物を下に見ているからなんだよ。例えば年齢のことを考えたってさ、自分より年上のしっかりした人を見てね、『きゃーかわいい』とは言わないわけでしょ。だけど赤ちゃんとか、幼稚園児だとか、そういう子供を見たら『ああ、かわいい』と。その『かわいい』というなかにはそれを庇護しようという、逆にいえば、こちらの思いあがりがあるわけだよ」

もちろん、旭山動物園でも「かわいい!」という悲鳴はよく聞こえてくる。特に「あざらし館」なんかに行けば、それはすごい歓声だ。けれど眼の前に飛び込んでくるホッキョクグマや、すいすいと泳ぐペンギンを前にして、その声は次第に「かわいい」から「すごい」へと変わっていくことに気づかされる。

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動物園の3分の1は地元で保護された動物



「それが重要なの。『すごい』というのは尊敬の対象だから。自分のほうが上で、相手が下というよりも、同等の存在として見ると。もしくはある切り口からいったら、野生動物のほうがよっぽどしっかりした生存であると認識することが重要なんでね。そういうふうに人間の側が変化しないと、ぼくはこれから100年、200年、野生動物はもたないと思う。『かわいい』と言っているうちはね、絶滅しても人間の都合で仕方ないと思っちゃうんだけど、彼らが尊敬の対象になったら仕方ないでは済まないでしょう?」

かつて動物園という存在は、野生動物の絶滅に手を貸したともいわれた。動物のためには何の役にも立たないどころか、単なる野生からの収奪者。密漁して、自分たちが楽しむために動物を使い捨ててきたことは間違いない事実だ。

「だから今までの歴史を帳消しにはできないけどさ、とにかく今、野生動物を代弁できるのはオレたちなんだよ。オランウータンの代わりにさ、『冗談じゃねえよ。オレらの森に手をつけねえでくれや』とか、地球温暖化展なんかを少しでもやって、ホッキョクグマを救いましょうよ、ということをやっている。これぜんぶ、動物の代弁者として訴えてるんだ」




船の浮かんだプールに、浜辺でよく見るテトラポッドが沈んでいる。ここ「あざらし館」では、観客にあるクイズが出される。

「この施設は北海道の港をイメージしてつくられました。ただし、実際の港にはあって、このセットにはないものが一つあります。それは、いったい何なんでしょう?」

バケツから魚が放りなげられ、アザラシがそれをパクッとキャッチする。正解は、最後にバケツの中から出てきたもの。「この”ごみ“です」




アザラシの周りにいるウミネコたちは、地元で保護された傷病動物なのだと飼育員が説明を続ける。羽がないため、もう空を飛ぶことはできない。ここにいるおよそ3分の1の動物がそうして保護されてきたという事実を訪れる人たちは見逃しがちだ。

「地元の動物を手に入れる手段っていうのは、もうぜんぶ保護される動物なんだもん。動物園に持ってこられるのはほとんど人間が原因。一番多いのは交通事故と農薬。これぜんぶ人間がまいた種やろ? 原生復帰できない動物は、動物園でしっかりと飼う。必要であれば繁殖させて、元に戻してやる必要があると思うんだよ。オレは義務だと思う。それをうちはずっとやって来た」




だからこそ、もしここへやって来たら、あちこちで見かける手書きのメッセージにもぜひ眼を向けてみてほしい。そこには、野生動物たちの置かれる状況が飼育員の想いとともに綴られている。あなたがかわいいと思ったオランウータンが、すごいと感じたホッキョクグマが、もう何年か後にはいないかもしれないのだと、そこには書かれている。

「ただ見せるだけの動物園は、これからどんどんなくなっていくよ。そういう目的なくして、これからの動物園は存在しないんだ」

謙虚な客人こそ、動物たちは温かく迎えてくれる。「ちょいと失礼」と言っておじゃまするのが、これからの新しいマナーだ。動物たちはいつでも、こちらを見つめている。

(土田朋水)
Photos:高松英昭





こすげ・まさお
1973年、北海道大学獣医学部卒業。在学中は柔道に打ち込み、主将もつとめた。旭山動物園の獣医師としてスタート。その後、飼育係長・副園長などを歴任し、1995年園長に就任。一時は閉園の危機に立った旭山動物園を再建。日本最北にして日本有数の入園者の動物園にまで育て上げた。2004年には「あざらし館」が日経MJ賞を受賞した。著書に、『旭山動物園園長が語る命のメッセージ』竹書房、『「旭山動物園」革命—夢を実現した復活プロジェクト』角川書店、共著書に『戦う動物園—旭山動物園と到津の森公園の物語』中央公論新社、などがある。






(2007年7月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第75号より
※肩書きは当時)


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(2012年6月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第193号より)




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中国、戸籍問題がもたらす新卒者の給与格差



先日、北京で就職を希望する新卒者対象の就職説明会があり、同じ職種の仕事でも、企業が「都市戸籍」の取得を保障する場合の給与は3000元(約3万6千円)程度、保障しない場合は8000〜13000元と、2〜3倍の格差があることが明らかになった。

中国には元々、都市への人口集中を回避するために「都市戸籍」「農村戸籍」の区分がある。そのため、新卒者の多くは大都市での就職を望みながらも、地方出身者が都市戸籍を得るのはたやすくない。

しかし、都市戸籍を得ないまま就職すれば、福祉サービスなどが受けられないため、医療や教育で負担を強いられる。政府も新卒者を採用する企業や機関に一定数の「戸籍」枠しか与えない。

そのため、地方出身者は農村戸籍のままで3倍の給与を選ぶべきか、都市戸籍のメリットを重視すべきか、厳しい選択を迫られる。

一方、地方は人材誘致のためにさまざまな政策を実施しており、仕事上の発展を見込んで地方を選ぶ学生もいる。清華大学の就職指導センターの主任は、今年度地方で就職する同大学の卒業生は半数に達するだろうと予測している。

(森若裕子/参照:鳳凰網、北京晨報)


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2月15日発売のビッグイシュー日本版209号のご紹介です。



スペシャルインタビュー スティーブン・スピルバーグ&ダニエル・デイ=ルイス


スピルバーグが心血を注いでつくりあげ、今年の米アカデミー賞12部門にノミネートされた映画『リンカーン』。米国史上最も偉大な大統領といわれていますが、彼を正面から取り上げた映画は、今までほとんどありませんでした。監督と主演俳優が、リンカーンの人生について語ります。



特集 脱原発を政策化し、未来へすすむ


福島第一原発事故から2年近くが経ちました。事故の収束はおろか、避難住民への賠償も決まらず、生活再建の見通しも立っていません。そんな中、脱原発に反対する動きもつくられつつあります。
そこで「脱原発にかかるコストより、原子力発電依存コストの方が大きい。原発をなくす困難さより、原発こそが社会に膨大なコストをかけさせている。節電と再生可能エネルギーの普及によって、脱原発は可能」と言う大島堅一さん(立命館大学教授)に話を聞きました。
また、避難住民の調査を継続して行ってきた山下祐介さん(首都大学東京准教授)に、原発避難住民が置かれている状況について聞き、先ごろ町長が辞職した双葉町の様子を中心に地元自治体をレポート。
さらに、脱原発のドイツで、原発から風力発電の仕事に転職した市民にインタビューしました。
脱原発か? 原発現状維持か? 改めて、考えてみたい。



リレーインタビュー 「サステナ」代表 マエキタ ミヤコさん


コピーライター、クリエイティブディレクターとして、NPO・NGOの広告に取り組んできたマエキタミヤコさん。「ほっとけない世界のまずしさ」など、様々なキャンペーンを打ち出した原点には、大学時代のバックパック旅行があると語ります。



映画レビュー 世界にひとつのプレイブック


最愛の人を亡くし、心が壊れた二人の男女が紡ぎだす人生のプレイブック(作戦図)。『ハングオーバー!』のブラッドリー・クーパーが、これまでとは180度違う役柄を演じました。躁うつ病を描きながらも、軽妙なコメディに仕上がっています。



国際記事 路上で生活しながら働く人々の極端な弱点を象徴する出来事―英国バーミンガム ビッグイシュー販売者殺される


1月にバーミンガム市内の繁華街で起きた事件について、オランダ在住の美術作家、タケトモコさんのリポートです。



この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

最新号は、ぜひお近くの販売者からお求めください。
販売場所検索はこちらです。

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(2007年7月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第75号より ※肩書きは当時)




野生では見られない、野生動物の“凄さ”を伝えたい



2002年に約67万人だった入園者が06年には約304万人、
今や日本有数の入園者が訪れる旭山動物園。
園長の小菅正夫さんが語る、その人気の秘密と旭山動物園の哲学。






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(小菅正夫さん)




オランウータンの野性が20年のブランクを吹き飛ばしてしまった瞬間



「うわぁ!」
「すごい! すごい!」
 誰もがいっせいに空を見上げて、感嘆の声をあげる。びゅん、びゅんと、何ものかがものすごい速さで空を横切る。
「ペンギンって魚? それとも鳥だっけ?」
「鳥だよ。鳥」

 二人で仲良くやって来たカップルがそんな会話をしてるうち、ほらほらと指をさした先には、もうペンギンの姿が消えている。あまりの泳ぎっぷりに、こちらの眼も追いつかないせいだ。

「知らなかった。ペンギンってこんなに速く泳げるんだね」




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上空からはゆらゆらと日の光が差し込んでくる。この水中トンネルのなかに立っていると、自分は今、水のなかにいるのか、それとも宙に浮かんでいるのか、わからなくなってきてしまう。トンネルの足元が透明なせいもあるだろう。なにしろペンギンたちは、四方八方、水のなかを飛びまわっているのだ。

”君たち、ぼくたちがペタペタと歩いてる姿しか知らなかったんだろう?“

まるでそう言わんばかりに、1羽のペンギンがまたびゅんと、視界から姿を消していった。




「野生でも歩いているペンギンなんかを見たときにさ、ただヨチヨチ歩くだけでね、それでペンギンのすごさっていうのは感じないわけ。それが水の中に入ったとたんさ、ペンギンはああいうふうにして泳ぐために進化した鳥だというのがわかるでしょう?」

園長の小菅正夫さんはそう言って、ちょっと嬉しそうに胸を張った。

「そういうところをしっかり伝えるというのが動物園の役割で、逆にいえば野生では見られない。だけれど動物園でなら見えるという動物のすごさを伝えていくのがウチのやり方だと思ってるんですよ」




例えば、オランウータンのジャックが見せる「空中散歩」。

広島の動物園から引っ越してきたジャックは、もともと床の上で1日中ごろりとする生活を送っていたという。運動をすることもなかったので、体重はおよそ140キロあった。オスのオランウータンの平均がだいたい100キロぐらいなので、これはかなり太めといえる。

旭山動物園の「オランウータン舎」には、高さ17メートルの塔が2本立っていて、そのあいだに13メートルのロープが繋がれている。ここのオランウータンたちはエサを食べるために塔へ登っては、ロープを渡ってゆく。もし同じことを自分にやれと言われても、せいぜい塔によじ登った時点で気絶してしまうのが関の山だけれど、彼らオランウータンにとってみれば、これもなんてことはないという。ただ……

「いや正直ね、ぼくはジャックが来たとき、できないと思ってたよ。140キロだよ? 生まれて20年、高いところなんか登ったこともなくてね、床にずっと座っていてさ、あそこにいきなり登れるかといったってね」




小菅さんでさえ、最初はそんな心配をした。それでもある日、ジャックの方から行くといった。みんなの心配をよそに、ジャックが塔を登り始め、やがてロープを渡りきってしまったのだ。遺伝子に組み込まれた野性の力が、20年のブランクをも吹き飛ばしてしまう瞬間だった。




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初めての綱渡りのあとで、ピーナッツやぶどうを味わったジャック。それは彼にとってどんな味がしたのだろう?




後編へ続く


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(2012年5月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第190号より)





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南アフリカ、急成長するフェアトレード



南アフリカでは今、生産と消費の両面でフェアトレード市場が急成長しており、国内のフェアトレード製品売り上げ高は、09年の570万南アフリカランド(約6千万円)から10年には1840万ランド(約2億円)と、3倍以上に増加した。地元産のワインとコーヒーがその大部分を占めるが、すぐに他の製品にも広がっていくと期待されている。

NGO「環境モニターグループ(EMG)」によると、南アフリカのフェアトレードの特徴は、生産者の大部分が会社組織になっていることだという。

国際的なフェアトレード認証(FLO)を受けた団体が60あり、約1万2500人の農民が働いているが、小規模農家は3つのみで、他のアフリカ諸国とは際立った違いがある。FLO認証には、従業員が会社の株を25パーセント以上保持していることが求められる。

EMGは西ケープ州のルイボスティー農家を支援している。栽培技術に関する助言や融資手続きのサポートが功を奏し、150戸の小規模農家が有機フェアトレード市場への参入を果たした。

今では、農家は茶葉の精製を自分たちで手がけ、ケープタウンにある箱詰め工場の株を66パーセント保有するまでになった。EMGの次のプロジェクトは、北ケープ州オレンジ川沿いで、天日干しレーズンのフェアトレード認証を目指す農家を支援することだという。

(Sarah Taylor/参照: Fairtrade Label South Africa、 EMG)


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何でもかんでも教えてくれる上司に疲れています。




直属の上司は僕が何も知らないと思い込んでいて、とてもうれしそうな顔をして何でもかんでも自慢げに教えてくれます。黙って聞いていますが、本当は少し疲れています。以前、僕が上司の知らないことを説明したのですが、かなり気分を害したようすで、それ以来できるだけ上司に聞くようにしています。僕は今後も知らないふりを続けるべきでしょうか?
(30代/男性)





わしは23歳のときからずっと日雇いだから。会社に勤めたことはないです。全国の建築現場に行ったよ。もともとはすぐカッとくるほうだったけどな、現場では年下でも長い人が先輩。いろんな人がおるから、聞き役にもなり、言わなあかんことは言えるようになったな。

あとは監督。言われて納得のいかないことは、1回か2回は聞いて確認するんだよ。でもそれでも違うことをいったら「こうちゃいますか?」って聞く。たいていの場合は納得してくれたな。同僚と喧嘩してやめちゃった現場もあるけど、なんで喧嘩したのか、今となっては思い出せんよ。




50代まではなんとか楽しかったけど、バブルがはじけて生活が苦しくなってな。55歳すぎたら日雇いの仕事はないよ。

ビッグイシュー始めるまでは本を拾うのを一年くらいしおったんだ。夜中から朝まで歩いて15冊~20冊拾って、1000円になるかならんかだよ。足はぼろぼろになるしな。




今は楽しいよ。働くという気持ちがつながってきてる。毎日自分の売り場に立ってだな、どうして早く売ろうかとか、明日はどうして売ったろうとか考えるんだよ。

日雇いはその日払いだし、ずっとこの現場でやっていくって意識を持ったことがなかった。今まではそれでやりっぱなしだからな。ふんどしを締めてくれる人がおらんかったからな。ハハハ。

今はビッグイシューのスタッフがいて、仕事のこととかお金のこととか一緒に考えてくれるだろ?

ぜんぜん違う。




この人も、もっと上司ともっと話してみたらどうかな。まあ、それでどうしてもだめなら、違う上司を見つけるのもひとつの方法だな。

わしは今までやりたいほうだいしてきたけど、一人で立ってゆくのは大変だよ。

わしもずっと聞いているのはおっくうでだめなほうだけどな、いろいろと言ってくれる人がいるのは心強いよ。これはほんと、そう思っとるよ。

(東京・Y)







(THE BIG ISSUE JAPAN 第92号より)




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(2012年5月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第190号より)





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台湾、フェアトレードキャンパス(公平貿易校園)の試み



08年、台湾大学にフェアトレードのコーヒーショップが誕生した。学内でフェアトレード運動を推進しようと考えた学生が、フェアトレード店「生態緑」に出店を依頼して実現した。台湾初のフェアトレードキャンパスである。

コーヒーの他にお茶も販売している。経営的には楽ではないが、飲食店の入れ替わりの激しい学内で4年目を迎えた。「目的は売り上げより、フェアトレードの精神を広めることです」と「生態緑」の余宛如さんは話す。

台湾で初めて国際フェアトレード認定組織FLOの会員認定を受けた「生態緑」は販売だけでなく、講演などを通じて、貧困層が搾取される社会構造を変革していく運動を行っている。だが、学生は卒業してキャンパスを去っていく。精神をどう継承していくかが今後の課題だ。

最近、輔仁大学がフェアトレードショップの開店を計画中だという。学生自身が運営することで、運動に広がりが出るのではと期待されている。

(森若裕子/参照:女性電子報、生態緑blog)


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(2012年5月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第190号より)





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フランス、オーガニックショップが大賑わい




大手スーパーマーケットのコーヒーやチョコレートなどの売り場では、フェアトレード製品がかなりの部分を占めるようになったフランス。でも、その浸透度は米国や英国に比べ、高いとはいえない。

IPSOS社の調査によると、2000年の時点では、9割が「フェアトレードを知らない」と回答。08年には「知っている」が約8割に上昇するが、「1ヵ月以内に買った」のは4割弱だった。スーパーで購入する人が大半で、一番人気はコーヒー。

そして、シリアル、お茶と続く。別の調査(09年)では、フェアトレード製品に費やすのは年間4・40ユーロ(約500円)にすぎなかった。

農業大国フランスは、グローバル化による自国産業の衰退への懸念が根強く、ここ最近、〝地産地消〟の促進に躍起だ。さらに、生産地や生産過程の見える〝賢い消費行動〟への関心も高まっている。「大量消費社会」を批判するNGOなどが、勉強会や集会を積極的に開催し、消費行動の見直しを呼びかける。

「確かな品質」を求める消費者は着実に増えた。ビオ(=オーガニック)ショップは町のいたるところにあり、いつも買い物客で大賑わいだ。

フランスのフェアトレードは、そうした流れの一つに位置づけられている。ビオ関連ビジネス成長にともない、売り上げは急速に伸び、10年前の25倍に膨れ上がったそうだ。

(木村嘉代子/参照: IPSOS)










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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。


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91人生相談




夫の単身赴任が1年過ぎて悩んでいます



夫の単身赴任も1年が過ぎ、いつ帰ってこられるかもわかりません。週末に夫が帰ってきたときの、うれしそうな子どもの姿を見ると「私たちも赴任地へ行って
一緒にいるほうがいいのかなぁ」と思うのですが、今の仕事がとても好きです。どうしたらいいのかな。アドバイスをお願いします。
(30代/女性)





ホントは娘なんて自分で育てた覚えがない俺なんかが答えられないよね。俺は営業の仕事で支店の開拓を任されていたから、ずっと単身赴任状態。それこそ1ヶ月に1度家に戻れればいいほうだったからね。

女房は「お父さんは心配しなくていいからがんばってね」って感じで何も言わないし、その代わり俺も一所懸命仕事して、お金を渡して全部まかせてた。あのころはそういう面では不自由をさせていなかったし、全部ではないけど「すべて金さえあれば解決する」とどこかで思っていたんだ。よくなかったよね。




振り返ると、娘ともっと時間を一緒に過ごせていたらという思いは絶対的にあるね。娘のほうがむしろ気をつかって、いろいろとねだったりしないんだよ。こっちはたまにしか会えないから物を買いあたえてすませてしまったりしてね。

女房は娘が中3のときに亡くなったんだけど。とにかくものすごいショックだった。子宮がんで半年くらい前から覚悟はしてくれってお医者さんからも言われてたんだけど。

亡くなる10日くらい前から仕事もせずにずっとそばにいたよ。その後も仕事で家を空けることが多かったから、同居していた母親が娘を育ててくれたんだ。




やっぱりね、いつもそばにいて話を聞いてくれる人が子どもには必要。俺の親父は運送会社を経営していて、悪いことをしたらすぐにぼこぼこにされたくらい厳しい人だったけど、でも一番の先生でもあった。遊びも仕事もぜんぶ教えてもらったしね。




でも、この人は30代でまだ若いから、お子さんもまだ小さいんだろうし、毎週末会えるなら今はそんなに悩む必要はないんじゃない?

ただ、俺は娘と話ができなかったことを今も悔やんでいるね。彼女が日ごろどんな悩みをかかえて、どんな生活をしているのか知らないから、たまに話してもしっくりこないっていうか、何か聞かれても思いつきでしか答えられなくなっちゃうんだ。

だから、その後、彼女が高校を卒業して、結婚するときも、これだけは親として言っておきたいって事があるじゃない。でも、いまさら口に出せなかったよ。




ホームレスになって1年半だけど、娘とは、2年前の正月に会ったのが最後だな。俺のこともよく聞いてくれてね。よく曲がらなかったと思うよ、ほんとに。女房のおかげだと思うんだ。

(東京/K)




(THE BIG ISSUE JAPAN 第91号より)




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