(2006年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第56号より)




なほみさんイメージ




枝元なほみさんの「照葉樹林ごはん」、朝・昼・夜


  
日本の文化の基層で、日本人のおいしさの元にある照葉樹林文化。
枝元なほみさんに、「照葉樹林ごはん」朝・昼・夜のメニューを提案してもらいました。
なつかしく、あきない、心が安定するごはんです。








照葉樹林文化、という言葉は本で知りました。中尾佐助著『栽培植物と農耕の起源』という本から。ちょっとむつかしいような気もしましたが、料理を仕事にする身にはとても興味深いものでした。

照葉樹林地帯、アジアの中で椿の葉のようなつやつやとした樹木が茂る地帯では、米を主食にし、酒などをふくむ発酵食品や発酵調味料を多く使う特徴がある、というもの。比較して、例えば、新大陸文化として分けられる南米などでは、とうもろこしが主食。小麦から作るパンが主食の地中海農耕文化などもあげられていて、なるほど、日本の食の特徴はよその文化と比較することで、すごくわかりやすくなるのだな、と心に焼きついた覚えがあります。

納豆をかき混ぜながらねばねばと引く糸を見て、確かに、こりゃ納豆なぞ見たこともない文化の人が見たら、ほんとに不思議な、オーマイゴッドなものだろうなぁ、なんて思うんですね。

アジの開きを焼く匂いも、それをほぐして味噌と混ぜて焙るときの匂いも、日本人には、鼻から入って骨の髄にまで到達するかぐわしき香りなのに、朝食がミルク&ハニーの土地の人からしたら、信じられないような︿なにこれなにこれ?﹀な匂いともいえるんですよね。海に囲まれた土地で、魚介や海藻を食卓にのせ、きれいな水に育てられた野菜や米を糧にする、穏やかな平和な暮らし。

先祖が大昔から育ててきた食べ物がいとおしく感じられるようになりました。しみじみおいしい、という感覚はDNAが記憶しているものなんじゃないかしら、とも思うようになりました。

異なった気候風土のさまざまな文化の下、みんなが自分の思うおいしいを育てている、いいですよね、土地土地ではぐくまれる<おいしい>を大事に、誇りにしていきたいものだと思ってるんです。「くー、やっぱりこれだねえ」って言えるような食べ物があるって、平和で、健康的なことだとしみじみ思うんです。 (枝元なほみ)





あさごはん
朝食 冷汁たて

冷や汁 4人分

【 材 料 】
 アジの干物 2枚
 白いりごま 大さじ5
 味噌 大さじ5
 水 3〜4カップ
 きゅうり 1本
 みょうが 2個
 細ネギ 3〜4本
 麦ご飯 適量




過程2


【 作り方 】
1.アジの干物はグリルで焼いて、皮と骨をよけて身をほぐす。
2.みょうがは輪切りにして水に放す。きゅうりも輪切り、細ネギは小口切りにする。
3.すり鉢で、いりごまをすり、1の干物を入れてすりまぜ、味噌も加えてペースト状にすり混ぜる。ゴムベラで、すり鉢の内側にすりつけるようにしてから、直火にかざして、軽く焦げ目がつくまで焙る。
4.水を少しずつ加えて溶きのばし、2を浮かべる。麦飯にかけていただく。
※ 糠漬けのにんじんときゅうりを 添える。






photos:浅野一哉




後編はこちら





えだもと・なほみ

料理研究家。料理雑誌やテレビ番組で活躍中。『枝元なほみさんの根菜&豆おかず』別冊主婦と生活、『おりおりのおりょうり』集英社be文庫、など著書多数。








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(2006年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第56号より)




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料理を手段に人間教育「キッズ・キッチン」。かまどのごはん、味噌汁、そして魚料理



御食国(みけつくに)として知られている福井県の小浜市では、就学前の幼児が本物の包丁を使って魚をさばいている?! 子供対象とはいえ、本格的なこの「キッズ・キッチン」、いまや子供たちの人気のまと。中田典子さん(福井県小浜市食のまちづくり課勤務)にその誕生の経緯と人気の秘密を聞いた。






始まりは1回だけの予定だったイベント「キッズ・キッチン」




Kamado


2003年11月2日、若狭おばま食文化館の1階キッチンスタジオで、就学前の幼児対象に2時間に及ぶ食のイベントが行われていた。

子供たちに本物の包丁を持たせ、地場で取れた食材を使って料理をする。メニューはクッキーでもスイートポテトでもなく、白いごはんと具だくさんの味噌汁だけ。親はいっさい手を出さず、固唾を呑んで見守るだけの「キッズ・キッチン」。

さあ、この2時間、どんなことになるのか?

だが、普段は危ないから触っちゃだめと言われている包丁を、きちんとルールを守って使う。出汁を取るのに、煮干を使うが、それを「金魚すくい」だと言って楽しむ。たっぷり2時間集中して料理に取り組む子供たちがいた。自分が包丁で刻んだきゅうりやナスはその子供にとって特別なものになる。最後まで見守っていた親とできあがった料理を一緒に食べる子供たちの顔は誇らしげに輝いた。

「好き嫌いがなくなるとか、たくさん食べるとか、そんなレベルではなく、子供たちはこの体験を通して『やった!』という達成感を感じたんですね」。指導した中田典子さんは、そのときのことを「私がイメージしていたとおり、イベントの最初と最後で、本当に子供が変わったんです」と振り返る。

実はその年、中田さんは食のまちづくりを進める小浜市に食育専門職として社会人採用された。その時点で小浜は既に生涯食育のまちとして名を馳せており、「私がやれることは何だろう」と考えた末の「キッズ・キッチン」だった。

「いまさら子供の料理教室なんて?」「ケガでもしたら…」と否定的な意見が多かったにもかかわらず、中田さんの熱意に試しに1回だけやってみたらと開催されたイベント。結果は大好評。それ以降3年間で、小浜市の幼稚園、保育所の全年長児を含め、延べ2500人の子供たちが「キッズ・キッチン」を体験した。




食の持つ力はすごい。人を幸せにする力がある




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「キッズ・キッチン」の基本メニューは、ごはん、味噌汁、魚料理で、食材には必ず地場の野菜や魚を使う。魚は市場で中田さんが仕入れるし、野菜は地元特産の根元の白い部分が曲がった「谷田部ねぎ」などを意識して使っている。

「ゆっくりゆっくり包丁を下ろして、下につかえたと思ったら、そこで押したり引いたりしないで、包丁を上にあげるのよ」と中田さんが話しかけると、子供たちは緊張しながらも、そぉっと豆腐に包丁を入れる。しばし張りつめた緊張のあと、「できたぁー」「見て見て!」と歓声が上がる。中田さんはそのたびに感動で胸が熱くなる。

「自信のない子には『見ててあげるから、やってみる?』と声をかけます。子供は信頼されると、いじらしいくらい、それに応えようとしますよ」と中田さんは語る。

子供たちがお米を研ぐ。キッチンにすえられたカマドでお米が炊きあがると、みんなで鍋蓋をとる。もうもうと上がる白い湯気と炊き上がったばかりのごはんの匂い。「鳩が出てくるのかと思った」と言う子供の言葉に笑いが起こる。

小松菜を包丁で切るとき、じっと見つめている子供がいた。「この菜っ葉、生きている。血が通っているよ」と、その子は葉脈を発見したのだった。

魚を触るのにも何ら抵抗がない。4歳児がいわしの手開き、アジの三枚おろしもいとわない。魚の胃袋に「小さいお魚が中に入っているよ。餌だったの?」と、まな板に並ぶまで生きていた魚の命について考える。さらに、「キッズ・キッチン」での体験が忘れられず、「金魚すくいして、お出汁を取ろうよ」と意図せず自宅で親を教育したりもする。

「だから、キッズ・キッチンは料理教室ではありません。あくまで料理を手段にした人間としての教育なんです」と中田さんはきっぱりと言う。「本物の食材に勝る教材はないんですよ。えんどうのサヤむき、柔らかい葱と硬い大根を包丁で切り、胡麻をするときは、すり鉢の持ち役とすり役を二人で分担する。触る、匂う、むくなど、ゲーム感覚で子供たちは五感を使う。食の持つ力は本当にすごい。人を幸せにする力があります」

今年4月には、招かれて韓国の幼稚園へ「キッズ・キッチン」の出張教室も行った。そこでの子供たちの反応と母親たちの感動も日本と同じだった。中田さんは「韓国で、料理に言葉はいらないと思いました」と笑った。

 (編集部)

写真提供:小浜市食のまちづくり課





「キッズ・キッチン」
飛鳥時代から天皇に海産物を献上する御食国といわれた若狭・小浜。2001年、食のまちづくり条例を制定した福井県小浜市は、全年齢層を対象にした生涯食育で有名。「キッズ・キッチン」は、2003年に始まった就学前の幼児対象の料理を手段にした教育プログラム。小浜市の幼稚園、保育所の全年長児は全員が体験。随時行われる市内外の幼児対象「キッズ・キッチン」は人気のため抽選制をとっている。2〜3歳児対象のベビーキッチンも誕生。


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(2006年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第56号より)





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世界の厄介者?日本はフードマイレージNO・1(ナンバーワン)———食糧輸入、食事の環境負荷、いずれも世界一




低い食糧自給率に安心できない食材、不健康な食習慣……。
今や、日本は「食不安大国」さながら。
食環境ジャーナリストの金丸弘美さんが警告する
日本のフードクライシスと、その処方箋。
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Genpatsu

(2011年8月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 172号より)




気温が30度を超える日が続いている。オゾン層がいっそう薄くなったのか、陽光が突き刺さるようだ。長期予報では平年並みらしいがとても信じる気になれない。メディアも電気予報を流して熱く注目している。まだ余裕があると知ると使いたくなるのが人の常。複雑だ。

東京では7月から工場などの大口の需要家には15パーセントの節電が発令されている。夏休みをずらすとか、自宅での仕事を認めるとか、さまざまな対応策が話題となっている。自宅では集中できないと、職種を越えて、にわか共同事務所まで出現したという。どこにいても仕事ができるコンピュータのなせる技だ。

節電は東京だけの話ではない。現在、19基の原発が定期検査で止まっているが、検査が終わっても運転に入れない状況だ。こんな中で、電力消費が一気に増えると大規模な停電が起きるかもしれない。節電令は売上を落とすと、経済界が原発必要キャンペーンを執拗に繰り広げている。第2のフクシマの可能性より目先の電力確保が重要だというわけだ。

原発が運転に入れないのは、自治体が福島事故後の新たな基準で検査を行うべきと強く主張しているからだ。原子力安全委員会は新たな基準づくりを始めた。安全第一と思われたが、古川康佐賀県知事から、国が原発の安全を保証してくれるのなら、と再稼働を容認する発言が飛び出してきた。経済界の意向を受けた経済産業省が突破口を作ろうとしたのだが、九州電力が仕掛けた「やらせメール」事件が発覚。社長の辞任で 運転再開は遠のいた。

からみ合った状況の行方を心配していたら、新たな安全確認法が官邸から提案された。ヨーロッパで導入されているストレステストというもので、安全の余裕度を確認する。突然の提案に大騒ぎだが、再稼働よりも安全確認を優先する流れとなって一安心。さらに、関西電力は検査終盤の大飯原発1号機の運転を止めた。

19基の再稼働なしに夏を越える見通しとなったが、供給優先か安全優先か、まだまだ予断を許さない熱い戦いが続く。






伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)






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「きのう食べたごはん」を検証。20代若者男女55人に聞いた



「食事は、生活の活力源」。わかってはいるけれど、ついつい忙しい仕事に追われ、作るのが面倒で、手を抜いてしまうのが日々の食事。ひとり暮らしの身なら、なおさら。まともに食べる気さえ起こらない…。ということで、最も食が乱れがちといわれる20代の男女に教えてもらいました、彼と彼女の「きのう食べたごはん」。

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こんな母にどんな言葉をかければいいのでしょう?



Q:実家の母に悩んでいます。些細なことで父を罵り、隣近所の人に対する陰口もひどい。で、毎日のように私に電話してきて、泣いたり、怒ったり。最近、体調が悪くて体が動きづらいのかもしれませんが、病院に行くよう説得しても聞く耳をもたない。もうウンザリ。こんな母にどんな言葉をかければいいのでしょう?
(30代女性・派遣社員)





A:とても難しい相談やね。親について発言する資格が僕にはないような気がするから。
僕は、親孝行とは無縁の人生を送ってきたんです。30歳の時に離婚して、自殺未遂ばかりして、その度に親に苦労をかけてた。手に負えなくなって、親は僕を精神病院に入れたんです。仕方なかったんですね、実家には兄のお嫁さんもいて、折り合いがうまくいかなかったし。その時、故郷も家族も捨てた。

20年近く連絡を取らなかったんだけど、ある日、建築現場で大事故に遭ってね。あばら10本折って両肺も潰れて、生死の境をさまよったけど、その時、会社の社長が「お前の親は冷たいな。電話したら、もう勘当した息子だからって言われたぞ」って。ショックだったね。死んだ方がよかったのかなって思った。そしたら労災のお金で親孝行をできたかもしれないから。

最後に会ったのは、5〜6年前。その時も、やっぱり実家には兄の家族がいるから、親が近くの旅館をとってくれて。母は毎日、旅館に来て、おにぎりをにぎってくれて、最後の日は父も駅まで送ってくれた。お互いどうすることもできなくてね。なんにも言葉にならなかった。

そんなんだから、西成の町には「尋ね人」の貼り紙が多いけれど、それを見たら、羨ましいなーと思うの。西成には、僕みたいに尋ねてももらえない人がたくさんいるから。

だからって、この相談者の方に「親孝行しておいた方がいいよ」とは簡単には言えないけどね。自分もできなかったことだし、ねじれた関係を言葉で解きほぐすのは難しいこと。ただ、そばにいてあげるだけでいい、それで母親への愛情を持ち続けているだけでいいんじゃないかな。僕もね、親を恨む気持ちは一切ない。今は生きているかどうかもわからないけど、いつも心の中では両親に手を合わせてる。

泣いたり、怒ったり、近くにいるからこそ、辛くてウンザリすることもあるかもしれない。でも、愛すべき人がそばにいるということはそれだけで幸せなことだと僕には思えるんだね。
(回答‥赤間啓太)




THE BIG ISSUE JAPAN 第53号より)








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Genpatsu

(2011年7月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 171号より)




巷に雨の降るごとく、わが心にも涙ふる……。能天気な自分も年に一度くらいは、長雨に映る紫陽花をぼんやり見ながらアンニュイな気分になれる季節なのだが、今年ばかりはその気になれない。

爆発事故を起こした福島第一原発の1号機の循環冷却システムにアメリカ、フランスの技術を導入して鳴り物入りで設置した放射能除去装置が、わずか5時間で機能停止になった。

通常の原発では水の管理は厳密で、放射能で汚染されたといえどもそれは把握できている。しかし、処理しようとする水は放射能が混じった海水だ。不純物だらけのものを吸着材に通せば、セシウムより先に吸着されてしまうと危惧していたことが的中してしまった。

こうなると、設計し直しになるのだろうか? 1トン当たりの処理費用は21万円、1号機だけでも531億円になると予想されていた。これがのっけからつまずいてしまった。お粗末というしかない。

ここに梅雨の長雨が来たら、天然冷却などと喜んでばかりいられない。汚染水は薄まるかもしれないが量が増えてしまう。溢れでもしたら海の汚染がいっそう広まる。堤防を築くというが、時間がかかりそうだ。西で豪雨が報じられるたびに、ついつい余計な思いをめぐらせて、憂鬱より不安になってくる。

梅雨の次は台風の季節。地球温暖化によって気候の変動が激しくなり、台風も大型化が懸念されている。05年のハリケーンカトリーナはどんどん大きくなって甚大な被害をもたらした。台風も大きくなると地震に劣らず怖い。4号機の使用済み燃料プールには、使用中の燃料が定期検査のために一時的に全部移されていた。そこで起きた爆発。この衝撃でプールの健全性が危ぶまれている。雨でプールがいっぱいになってしまったら、壊れるかもしれない。そんなことにでもなれば、風と共に流れる放射能がまたまた心配になる。

現代科学の粋を集めた原発といわれるが、今や、台風よ、それてくれと神頼み。今年の梅雨時は、神の火(原子力)を制御できると思っている人間の業を考え直す時としたい。





伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)



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世界各国の怒り、男女の怒り——怒りの地域・性別比較



カット

怒りを言葉にする前に、人は身振りや態度でそれを表す。
その国で使われる怒りのジェスチャーを知らないと大変なことに…。





国によって違う怒りのジェスチャーと表現



日本では、人差し指を立てた両手をこめかみの横につけて、角のような形を作るのは、怒っていることを表すジェスチャーだが、アメリカでは「悪魔」、フランスでは「寝とられ男」の意があるという。

同様に、誰々が怒っているというニュアンスを表す、目をつり上げる仕草も、欧米では、侮蔑の意味を含んだり含まなかったりする「東洋人」を意味するジェスチャー。

逆に、シリアで、「私」というつもりで、人差し指で自分の鼻を指すと、「怒りが鼻に達している」、つまり我慢の限界、怒りで爆発寸前ということになってしまう。知らずに使うと、会話がちぐはぐになる、いや、けんかを売っていることになってしまいそうだ。

ちなみに、イタリアでは、親指と人差し指で輪を作り、上下に強く動かすジェスチャーは、「激怒」。手を下から上へと、ものを宙に放り投げるように振り上げるのは「地獄へ行け」「消えうせろ」の意味になる。しぐさが大きければそれだけ怒りも大きいということに。

ロシアの「頭にきた」は、頭の上に手の平をかざして、額から後頭部へと向かって通過させること。同じしぐさで「理解をこえている」を示す国もあるが、ロシアではより怒りの度合が高い。

怒りの表現が日本人と比べて強くてストレートな韓国では、怒りや悔しさの感情を拳で胸をたたいて表現する。

民族が多種多様なインドネシアでは、同じ国内でも人種や宗教ごとに典型的な性格があるという。ただし、ある程度共通しているのは、大声で人をののしったり、しかったりするのはタブーだということ。会話の際に腰に手をあてるのも怒りのしぐさとされているので注意が必要だ。

万国共通、とまではいかないが、国際的に認知されている怒りの表現といえば、中指を立てて相手に手の甲を見せる、あのジェスチャーだ。強烈な怒りや不快感だけでなく、性的侮辱を表す国も多い。左手を右腕の内側の関節に勢いよくぶつけて、右腕を折り曲げ、力こぶを出すようなジェスチャーは、中指を立てるのと同様のさらに強い意味がある。つい「大丈夫」というような意味でやってしまうと、大変なことになりそうだ。




映画にみる女性の怒り



男性は自分を侮辱した相手を攻撃した後、血圧が下がるが、女性はそうはならない、という攻撃性と暴力についての研究結果がある。女性が攻撃性をあらわにすることは、自己コントロールの失敗で恥だと捉え、反対に男性の場合は他者にコントロールを課すことだと考えるというもの。

女性と男性の攻撃性の表現の違いは、社会的文脈に由来するということだ。その人が攻撃性をあらわにした場合、気分がおさまるか、それとも恥を感じるようになるかは、その国や地域で女として男としてどのように育てられたのかということが影響するという指摘である。

だから、映画のなかで怒る男は珍しくないが、女の怒りや攻撃性をストレートに爆発させる映画は数少ない。

その一つに『テルマ&ルイーズ』(リドリー・スコット監督・91年・アメリカ)がある。平凡な主婦テルマと友人で独身生活を楽しむウェイトレスのルイーズが、ドライブに出かける。途中、テルマをレイプしようとした男たちをルイーズが射殺。逃避行の途中、なりゆきで強盗をして、警察に追われる。アリゾナ州の大峡谷で、遂に二人は警官隊に取り囲まれてしまうが、後戻りはしない。フランスで上映禁止になった『ベーゼ・モア』(ヴィルジニー・デパント監督・00年・フランス)もストーリーは似ている。殺人を犯した女性二人が意気投合。逃避行の途中で現金や銃を強奪し、男を誘惑して殺しながら、お互いの絆を強めていく、というもの。

書店へ行けば、「怒りへの対処本」「心穏やかに生きるための本」が本棚一つを占めている。欧米系の翻訳ものも多い。それらは、怒りは悪ではない、感情に良い悪いはないと言い、その上で、怒りは物事を変えるエネルギーになり得るのだから、自分の感情から怒りを完全になくしてしまおうとするのではなく、正しいかどうかの判断をするのでもなく、適切か不適切かどうかに焦点を当てよとか、過去や未来にとらわれず今に生きよ、などと説いている。

不安や怒りとのつきあい方に関心が集まるのは各国共通のようだ。

(清水直子)





関連本















関連URL

アラビア語の法則 

連載ローマっ子 


特殊辞典 

独立行政法人国際協力機構 



(2006年6月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第52号より)
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前編を読む

怒りを受けとめ、相手を引き止めておく技術



電気大教授2

自分の怒りを表出すること以上に、相手の怒りを受け止めることも重要だ。これまでに中島さんが習得した最高の技術は「相手を引き止めておく技術」。言い換えれば、相手に自分のことを全部しゃべってもらう技術である。
「人間ってみな共通でこの人は聞いてくれないと思ったら、しゃべりませんよ。私は本当に知りたいからね、どんなおかしな人の話でも聞こうと思っている。そしたら、しゃべりますよ。場合によったら、30分ぐらい男の子でも泣きます。そんな時は『泣いてなさい』っていうんです。それは一つのコミュニケーションだからね」


中島さんのところへ、行き場のない学生が相談にやって来る。
「今、私は自殺したい人を何人か抱えていて、これは死に物狂いの闘いです。私に対して彼らはすごく怒りますよ。一時、防弾チョッキを買おうか、セコムをつけようかと思ったくらいで。刺されたことはないけれど、ほのめかすことはいくらでもありますよ。先生のために一生を棒に振ったとか、先生がいなければよかったとか。何を言われてもしょうがないと思っているけれど、2年前に学生に死なれたときはきつかった。あの『夜回り先生』もそうだけれど、彼も社会的役割を感じているんでしょうね。私なんかもっといいかげんな人間だけれども、今ここに来る学生に刺されてもしょうがない覚悟でやってますね」


中島さんが学生と話す時の原理は簡単だ。
「ごまかさないで、何しろ誠実さだけ。君が死んじゃいやなんだよということだけ言う」。逆に言うと、こんな重たい体験を目の前にしているから、中島さんの普段の怒りの表出はゲームのようなものだ。

「きついことをやっていると、人間っていろんなことを学ぶんですよ。弱い人はそれを避けようとするでしょう。この場はがまんしようとしていると、やがて何もできなくなってしまう。それが私の持論ですね。長くやらないとダメですよ。怒っててよかったなあって思うまで、10年かかりますよ。怒っている理由が回りの人にわかるまで、相当時間がかかります。でも、わかってもらおうとしてもだめですよ。結果としてわかってもらうためには、ですよ。それも全部じゃなくて、何人かの人にね」





社会の厚い壁、大人が若者の話を聞く態度必要



日本社会では見苦しいとされる自己主張だが、中島さんは自己弁解を擁護する。
「自分自身がギリギリのときに、その場でしか弁解できないってことがあるんです。だから、私は、弁護が人間にとって一番重要だと思っているわけ。もし疑いをかけられたら、それに対して、みんなの前で弁護しなくちゃいけない。いつも学生に言うんです。どんなバカなことでもみんなの前で言ったことは価値がありますと。なぜかっていうと、責任をとらなきゃいけないから。あとで、こっそりメールを出すのは、いくら正しくてもダメですよ」


しかし、日本社会全体に厚い壁がある。
「実は大人は若者に期待してないんです。とうとうと若者が1時間も弁解することを望まない。よく大人がわかった、わかったと言いますが、あれはその場を切り抜けようとしてるだけなんですね」


だから、まず、大人から若者の話を聞こうとする態度を示さなくてはいけないと中島さんは言う。
「若者は賢いですよ。大人は強者で、若者は弱者。だから、あえてマイナスになるようなことは言いません。若者自身が自己弁護してもいいんだとわかるためには、かなり時間がかかります」


逆に学生が、「実は先生の授業に批判的なんです」と言ってきたら、『あっ。そうですか』と私は受け取らなきゃいけない。どんなに一所懸命にやっても、自分に対するものすごい批判がありうるということをいつも予測しなければならない。私はいつも学生たちがナイフを隠し持ってないかと思って授業していますよ。いわゆる善良な人ほど、そんなことあるはずがないと思っていますから、批判されると驚くわけです。そのことも学生は知っている。だから言わないんです」

我々、霊長類は残酷だ。
「人間は上下関係で全部動くし、もちろん弱者を痛めつけるし。文明は攻撃的なんです。それなのに今の社会は、特に男に対して、ものすごくきついことを課している。暴力振るっちゃいけません、攻撃しちゃいけませんとか。それは、自然に反するんですよ」


「何の怒りもない社会というのは、人間として生物体として不気味です。何かに才能がある人、報われている人はいいけれど、そうでない人にはきつい。自殺者が増えたりするのは当然で、攻撃性を抜いた社会だから、本人の適性が出てこない」


そういう文化が持っている不条理を中島さんは指摘する。「誰かを好きになることは、誰かを嫌いになることですよ。誰でもよければ文化も差別もない。誰かを理由なく好きになる純愛の逆は、誰かを理由なく嫌いになることです。それは地獄ですが、やはり文化なんです。そして誰かのことを尊敬するということは、誰かを軽蔑することなんですよね」

だからこそ、人間が怒りを表わすことの自然さ、重要性を理解してくれる人が周りにいた方がいい。
「大人は自分が怒らないと、若い人に対しても『怒るな!』となってしまう。私は反対に、『怒れ怒れ!』って言います。そうじゃないと、怒りを消す文化が、自分自身の安全のために再生産されていくんです」


だからこそ中島さんは言う。「怒れる身体に自己改造して、豊かな人生を取り戻そう」




(編集部)

Photos: 高松英昭






中島義道(なかじま・よしみち)
1946年、福岡県生まれ。77年、東京大学人文科学研究科修士課程修了。83年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。現在、電気通信大学教授。『うるさい日本の私』(新潮文庫)、『<対話>のない社会』(PHP新書)、『怒る技術』(角川文庫)など著書多数。
















(2006年6月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 52号より)
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