(2013年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 206号より)






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(仮設住宅の高齢者の様子や「までい」の精神について話す佐野さん)





全村避難の飯舘村、「農家民宿どうげ」経営の佐野ハツノさんは今?—「までい」の精神を支えに、仮設住宅でお年寄り支援



原発事故に伴う放射能汚染の影響で、全村避難になった福島県飯舘村。本誌172号(11/8/1)の特集「全村避難の村で見つけた人々の宝」で、避難直前に農家民宿「までい民宿 どうげ」の前で撮影に応じてくれた佐野ハツノさん。

現在、福島市松川町で、村の依頼で仮設住宅の管理人を務めながら、「こんなことでは負けられない。みんなに笑顔を取り戻したい」と、お年寄りの交流や支援をしている。12年11月30日、福島市内であった「福島を語り学ぶ女性たちの集い」で現在の避難生活の様子を語った。




仮設住宅は、115世帯のうち4割の48世帯が70歳以上の独居高齢者。避難や慣れない生活のストレスで、認知症やうつ状態の高齢者が急増した。

「みんなで助け合って生きていかないと。私たちには『までい』の精神があるから、がんばれる」


佐野さんは班長に毎日ミーティングを開催するよう提案、問題を話し合うようになると状況が改善してきた。全国から寄せられた着物のリメイクや布草履、小物制作も入居高齢者とともにスタート。首都圏の総合デパートや海外での販売会も実現した。




佐野さんは飯舘村に生まれ育ち、8代目の専業農家の夫と結婚。

「飯舘村は貧しくても心が豊かで、『丁寧に』『心根のよい』という意味の『までい』の精神で助け合ってきた。代々『子や孫の世代をよくするため、身を粉にして働こう』と農業を営んできた」

1989年、女性のリーダーを育成する海外研修「若妻の翼」1期生として欧州を視察、刺激を受け、「豊かな暮らしは自分たちの手で築くものだ」と実感した。息子に農業を譲った後、村外の人に飯舘村独自の豊かなスローライフ「までい」な暮らしを体験してもらおうと農家民宿「どうげ」を始めた。それが、昨年の原発事故と全村避難で大きく崩れた。




「私たちまで避難しないといけないのかと思ったとたん、頭の中が真っ白になった。孫に『この母屋も、後ろの山も田んぼもいずれお前のものになるんだよ。いつか村に戻って農業をやってくれな。それまでじいちゃん、ばあちゃんたちが守っていくからな』と言うと、孫は無邪気に『うん、わかったよ』と言ってくれた。その時は涙が止まらなかった」


「までい」の精神を心の支えにしながら、佐野さんは今日も活動を続けている。





(文と写真 藍原寛子)
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Genpatsu


(2013年7月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 219号より)





1年間棚ざらしの被災者支援法。いま市民が実効あるものにできるか?



福島原発事故子ども・被災者支援法の政府担当者が解任された。理由はツイッターで悪態をついていたからだった。「今日も大量被弾なう」「4問被弾---ああ面倒」。

被弾とは、国会での質問に対して答弁内容を準備する仕事のこと。また、3月7日に衆議院議員会館で開催された院内集会の様子について「左翼のクソどもからひたすら罵声を浴びせられる集会に出席」「白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意。こんな解決策もある」と書き込みをしていた。腰が低いとの評価もある人物の本音がツイッターで出ていたのかもしれない。




その人物は水野靖久参事官(45)で総務省キャリア。千葉県船橋市の副市長を務めたこともある。彼が担当していたのは同支援法の基本方針づくりだ。

法は、原発事故の被災者の生活を守り支える施策を推進することで被災者の不安の解消と安定した生活を実現させることを目的として、昨年6月に成立した。政府の避難指示によって避難した人たちだけでなく自主的に避難した人たちも対象となっている点ですばらしい法律だ。

そして、具体的な施策実現のために、たとえば支援対象地域などの「基本方針」を定めることが規定されている。ところが、法成立から1年がたつが、この基本方針がつくられないため、いまだに法に基づく支援が実施されない状態が続いている。




国会内外で基本方針策定を求める声が上がっているがなかなか定められないできたのは、被災者の実情の把握に時間がかかっているというより、政府の姿勢が問題だった。政府の中に被災者支援法を曖昧なままに放置して骨抜きにしようとする姿勢があることが、この事件ではっきりした。

水野氏は担当から外されたが、これで解決したとは言えない。法は民主党政権下で成立したものだが、そもそも原発を政策として積極的に進めてきたのは自民党であり、福島原発事故の責任の一端も自民党にある。

その責任をとって被災者支援法を実のあるものにすべきだが、どうやら姿勢は被災者でなく産業界に向いているようだ。私たち市民が法の動きに注目して、実効あるものにしていくように声をあげていきたい。





伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)






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(2012年12月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 205号より)




IAEA(国際原子力機関)って何?福島県内に研究拠点、市民がウォッチする



12月15日から17日にかけて、政府とIAEAが郡山市で「原子力安全に関する福島閣僚会議」を開催し、来年2013年には除染実施などのため、福島県内にIAEAの研究拠点を設置することが発表された。

ところが、原発事故に伴い避難生活を送る被災者、一般市民に対しては、IAEAの拠点設置の理由や研究の内容について説明がなく、原発被災者の声が反映されるのかどうかが不透明なことから、11月24日、福島市内でIAEAについて学び、その研究の透明性や公正性をウォッチしていこうという市民グループ「フクシマ・アクション・プロジェクト」が発足した。





IAEAについて学ぶフクシマ アクション プロジェクト結成
(市民により発足した「フクシマ・アクション・プロジェクト」設立集会(11月24日))




翻訳家の竹内雅文さんは「IAEAって何?」と題して講演。

IAEAは商用原子力の推進機関であり、その上部にある安全保障理事会・常任理事国は核を独占している国々。本来、福島に来て調査すべきはWHO(世界保健機関)だが、1959年にWHOとIAEAが合意書を取り交わし、それによりWHOは原子力の健康被害について発言する際には、事前にIAEAの同意を得なければならないことになった」と説明。IAEAによる福島での研究に懸念を示した。




今後、閣僚会議開催期間中に、福島県内で脱原発首長会議や県庁前でのアピール行動、IAEAへの申し入れ、市民会議を開く予定で準備を進めている。

小渕真理さん(アウシュヴィッツ平和博物館)、武藤類子さん(福島原発告訴団)、関久雄さん(りょうぜん里山学校)の3人が共同代表で、佐藤栄佐久さん(前知事)、崎山比早子さん(医学博士・高木学校メンバー)が顧問を務める。




結成集会では、国会事故調委員も務めた崎山さんが講演し、「国会事故調でわかったことは、東電の原子力部門が考えるリスクとは『原子炉の長期間停止』であり、文科省や経産省は低線量被曝のリスクが知られること自体をリスクと考えている。これは国民が考える健康影響や被曝のリスクとはかけ離れたもの」と指摘。

「100ミリシーベルト以下のリスクはわからないとされていることは、原発を推進したいとの考えがあるからだ」と述べた。




(文と写真 藍原寛子)


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114人生相談





「病は気から」、どんな気持ちをもてばいい?




「病は気から」といいますが、私は季節の変わり目に風邪をひきやすく、何度もぶり返します(おまけに鼻炎もち)。予防を怠っていないつもりですが、いつも負けてしまいます。この冬もインフルエンザの予防接種を打っていたにもかかわらず、もう一種の方を発症してしまいました。楽しみにしていたイベントの当日に限って、腹痛や病気になったりもしますよね。それもしょっちゅうです。
「病は気から」が本当なら、実際にはどんな気持ちをもつよう心がけたらいいでしょうか。(32歳/アパレル店員)





ビッグイシューでは年に2回ほど、パーティがあるんです。このパーティだけは私、風邪をひこうが何しようが絶対に行きます(笑)。みんなでワイワイおしゃべりをしながら差し入れの料理に舌鼓を打ったり、ビールの取り合いをしたりするのが楽しいんですわ。

確かにイベントの時なんかに、妙にトイレが近くなったりする時もあります。きっと頭がそればっかりになって緊張をして、身体がおかしなことになるんと違いますかね。

だからこの方も、病気に神経を遣いすぎているのではないでしょうか。この方自身が暗示にかかっているような状態で気にしすぎて、風邪をひきやすかったりすることはあると思いますよ。

たいそうに考えず、イベント前でも、「その時はその時でいいわ!」とゆったりとした心構えで、気を楽にもつよう心がければどうでしょうか。




それでも病気になってしまった時。私は昔、医者から「このままではガンになるかもしれませんよ」と警告されたこともあったし、大きな病気も何度かしたけど、幸いにもこの歳まで健康で生きています。

もともと勝ち気で負けず嫌いな性格だから、仕事を休む時、会社に電話をするのが絶対に嫌なんですね。悔しいんです。だから頭にけがをしてたんこぶが腫れ上がっていても、足をねんざして包帯を巻いていても、身体にムチを打って会社に行っていました。

会社の同僚や上司からは「ようそんな身体で出てきたな!」と驚かれました。でも、その方が治りが早かったような気もするわ。気合で治していたんでしょうね。今でも少々のことでは販売を休んだことはありませんよ。




「病は気から」。本当にその通りだと思います。もちろん、自分ではどうしようもない時もあるでしょうけど、「なんだ!病気になんか負けるもんか!」というガッツが、やっぱり自分の中に気を入れていくんでしょうね。(大阪/Eさん)




(THE BIG ISSUE JAPAN 第114号より)




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Genpatsu


(2013年7月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 218号より)




実態を反映しない飯舘村の汚染モニター



ゴールデンウィークの前半、飯舘村に仲間と出かけた。飯舘村はのどかな山間の村で、“までい”な暮らし(今風にいえばスローライフ)をめざす村興しで注目されていたが、福島原発事故がこの村を住めない村に一変させた。ゴールデンウィーク中は区長に届ければ宿泊も可能で、家々に人の気配があり、避難所には連れていけない犬を散歩させている若いカップルもいた。

村へ出かけた主な理由は、飯舘村で文部科学省が設置したモニタリングポストの数値のチェックを行うためだった。以前からモニターが示す線量が実態よりも低い値だと多くから指摘され、文部科学省はモニタリングポストの機器類の配置を変えて「改善」した。私たちの調査は、つまりこの改善結果をチェックすることにあった。

ポストの周りはフェンスに囲まれているので、フェンス地点、1メートル離れた地点、2メートル離れた地点でそれぞれ2ヵ所ずつ、一つのポストに対して合計6ヵ所で調査した。今号で取り上げるのは、この時のデータがようやくまとまったからだ。

2日かけても、村内すべてのモニタリングポストを調べることはできなかった。しかし結果は周囲より低い数値を示していることが見えてきた。区長の長谷川健一さんも「私たちの被曝が過小評価される」と心配していた。表土を広範囲にはぎ取ったところでは、変化はそれほど見られなかったが、そんな結果は調査した10ポストのうち1つだけで、他はフェンス面でもモニターの値より高い、さらに離れるにしたがって、線量は高くなった。

そして、低い値の理由がポスト真下の土が掘り起こされているからではないかと推察された。モニターは長期にわたるだろうから、コンクリートなどで基礎をしっかり作ることは一概に間違いではないが、ならば、個々のポストが実態と合うように換算係数などで調整して周囲と同じ値を把握するべきではないか。

今回調査できた全地点での最少は0.8マイクロシーベルト/時、最大は7マイクロシーベルト/時。ざっと事故前の10倍から100倍程度の汚染が続いている。のどかな村での2日間の私の被曝線量は27マイクロシーベルト。東京での4ヵ月分の被曝線量に達していた。





伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)






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こんにちは、オンライン版編集長のイケダです。

先日、ビッグイシュー10周年記念イベントとして「希望を語るー自閉症、その内面の世界」と題し、作家の東田直樹さんと、精神科医の山登敬之さんとの対談を開催いたしました。

当日のイベントレポートに代えて、東田直樹さんのご発言の中で、個人的にグサグサッと来た言葉を名言まとめの形式でご共有させていただきます。透明な矢で心を射抜かれるような、珠玉の言葉をお楽しみください。続きを読む
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こんにちは、オンライン版編集長のイケダです。8/1に発売した220号より、読みどころをピックアップします。




高橋源一郎×伊勢崎賢治 「炎上」対談



220号の特集は「戦争と平和」。戦後68年の今、改めてリアルな平和について考えるという特集です。

そのなかでも特に面白いのは、作家の高橋源一郎さんと、東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタンなどで武装解除を指揮した伊勢崎賢治さんとの対談。ご本人たちが「僕たちの今日の発言、どれとっても、炎上しそう(笑)」と記事中で仰っているように、刺激的な意見がたっぷり収録された記事となっています。




たとえば高橋さんの「自衛隊を国連に寄贈する」というアイデア。斬新です。

自衛隊は全部国連に寄贈するっていうアイディアどうですか?自衛隊が、予算ごと全部、UN軍になるんです。米軍には出ていってもらって。当然、紛争地には行かないといけない。国連軍=日本軍って、なんかかっこいいんじゃないかなって思うんですけど。憲法変えずに、ついでに常任理事国にもしてもらう。





領土問題に関しても、炎上した経験が語られています。

(高橋さん)僕も、某テレビで舌禍問題というのをやってしまいました。尖閣の問題で、急遽その日に発言しないといけなくなって、「どう思われますか?」と聞かれたので、「そんなこと、そもそもどうでもいい問題だ」って答えたら、僕のTwitterが大炎上した。
でも、もっと大事な問題あるでしょって思うんです。要するに国家というものは、他の不満から目を逸らすために領土問題に目を向けさせようとする……。
でも、それに異を唱えると「非国民」なんていわれちゃんですよね。





これからの日本と平和に対しても、意義深い提言がなされています。

(高橋さん)僕、安倍さんの演説読んでも、経済を豊かにして、お金ばらまいてっていうのはもう無理だと思うんですよ。それだったら、美しい誤解かもしれないけど、「戦争しないから豊かになった」ってなんだかいいでしょ?
日本がいい例になれるのはそういうことなんですよね、68年間戦争しなかったおかげで。
「これは、戦争しないほうがいいのかな」っていうのが世界の凡例になればね。
それだけでも憲法9条もって瞑すべしっていうことなんですよね。


(伊勢崎さん)僕は、「この国がやられたら全世界が困る」というような、また「こんな国に無闇に侵攻したら、全世界を敵に回してしまう」と的が恐れるような国を日本は目指そうと提案してことがあります。





対談のなかでは他にも、「従軍慰安婦問題と『戦後』の終わり」「3.11前の社会が再稼働している」などの切り口で、日本と世界と戦争と平和について、エキサイティングな考察が展開されています。

特集では他にも法学者の前田朗さん、歴史学者の加藤陽子さんのインタビューも掲載されています。ぜひ本誌を手に取り、戦争と平和について考える機会としてみてください。販売場所の検索はこちらから。





http://bigissue-online.jp/2013/08/01/new-220/" target="_blank">



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前編「「蛇被害」は見過ごされた熱帯病—年40万件の手足切断」を読む




被害の大部分が医療施設から隔絶された地方の農村部で発生することも、この問題が顧みられなかった大きな理由の一つだ。このため、治療されることなく、また事故の記録がなされないという結果をもたらしている。

さらにアフリカ地域などでは病院に解毒治療を行う設備が整っておらず、多くの被害者は、シャーマンや魔術、ハーブなどによる伝統的な治療にすべてを委ねるほかない。

冒頭のスワジランドでは特に顕著である。ブラック・マンバの毒に倒れ、病院で亡くなったにもかかわらず、治療を受けなかったテンゲティレの死は正式に報告されることはなかった。

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蛇被害は見過ごされた熱帯病—年40万件の手足切断



途上国の農村部を襲う毒蛇の咬傷被害のために、毎年世界中で推定12万5千人が命を落とし、さらに何百万人が深刻な傷を受けたり、生涯後遺症が残るなどしている。それでも、この数字はまだ氷山の一角にすぎない。






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