(2007年7月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第76号より





家は日曜大工で建てられる




20年以上前、日曜大工の延長でマイホームを建ててしまった藤岡等さん。そのマイホームづくりは、今も続いている。素人向きの2×4工法と、自分で家を建てることの醍醐味を聞く。







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安いだけじゃない、こだわるところにはお金をかける醍醐味



大阪市内から北に車で1時間弱。木々の緑が眩しい山道を走り、峠をこえると、そこはもう周囲を山に囲まれた小さな町(豊能郡能勢町)。その住宅街に入ると、ひときわ目立つ戸建て住宅が見えてくる。

アーリーアメリカン調の大屋根構造。屋根には屋根裏部屋の存在を連想させるドーマー(屋根窓)がついていて、玄関の扉はハリウッド映画に出てきそうだ。離れにある中2階の仕事部屋や赤煉瓦を敷いた中庭には、さらに家主のこだわりが凝縮しているようでいて、訪れた者をワクワクした気持ちにさせる。

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日本ののどかな山の風景とはかけ離れた、このオシャレな家は、実は家主の手づくり。つまり、日曜大工で建ててしまった家なのだ。




「ローコストでマイホームを建てたいとか、屋根裏部屋がほしいとか、いろいろ理由はありましたけど、要するにモノづくりが好きだったんです。陶芸などを自分でつくりたい人っているじゃないですか、あれと同じです」と家主の藤岡さん。




手づくりマイホームのよさや楽しさがわかるのは、なにも見た目のカッコよさだけではない。パッと見ただけではわからない「こだわり」が随所にある。


例えば、あまり日本では見かけない窓。ほとんどすべての窓は北米製の木製ペアガラスが使用され、二重ガラスになっているため断熱効果が高く、どんなに寒い日でもいっさい結露しない。日本でよく使われている窓はアルミサッシの1枚ガラス。藤岡さんによると、「性能的にも値段的にも最低のもの」なので、結露するのも当たり前なのだ。また、お風呂の壁には長年使用しても腐ったり、カビが生えない、水に強いアメリカ杉が使用されている。


なにより家の品質は自分で建てたからこそ信頼できる。最近でこそ、あらゆる建物で手抜き工事が話題になっているが、自分が住む家を骨組みからつくるとなると、手抜きはありえない、と藤岡さん。「私たちは素人だから、最初からマニュアル通りで『ココに釘5本を打つ』と書いてあれば、必ず5本打つんです。でも、業者の場合は大手の受注元から値段を叩かれていたりするから、見えないところで手を抜くことだってある」


「自分で家を建てたっていうと、すぐに普通の半値で家を建ててスゴイねって、経済的な面ばかり注目されるけど、私たちは逆に性能のところにお金をかけてるんです。それもアウトレット建材など独自のルートで安く手に入れた明朗会計。それが、手づくりマイホームの醍醐味」と話す。




後編に続く


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4月1日発売のビッグイシュー日本版212号のご紹介です。



スペシャルインタビュー マリオン・コティヤール


『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』でフランス人女優として史上2人目のアカデミー主演女優賞を手にしたマリオン・コティヤール。
『君と歩く世界』では、事故により両足を失った女性を演じました。映画が紡ぐ、荒々しくも至高の愛の物語について語ります。



リレーインタビュー さかいゆうさん


ミュージシャンのさかいゆうさんは、18歳より前の自分がどんな人間だったか、ほとんど覚えていないと言います。バンドを組んだことも、楽器にさわったことすらなかったさかいさんの人生をがらりと変え、音楽の道へといざなった出来事とは?



特集 生き残りのしくみ―春、植物の生き方に学ぶ


植物は自分で必要な栄養をつくり出すとともに、地球上のすべての動物たちの命を養っています。しかし、植物もまた人間と同じ地球環境のなかで、さまざまな方法で病気や虫などから自分のからだを守り、逆境に立ち向かって生きているのです。
そんな植物の悩みとは? そして、その悩みを解くための、植物の「生き残りをかけたしくみと工夫」とは?
植物の「自力」「病気」「護身」「逆境」「工夫」など、生物学者の田中修さんにお聞きしました。
桜や草木の花が咲き始める春爛漫の今、植物たちのすごい生き方から、学びたい。



監督インタビュー 『セデック・バレ』ウェイ・ダーション監督


セデック・バレとは「真の人」を意味します。台湾史上最大スケールでつくられたこの作品で、ウェイ・ダーション監督はセデック族の誇り、日本軍との衝突、そして彼らを襲った悲劇を生々しくよみがえらせました。



この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

最新号は、ぜひお近くの販売者からお求めください。
販売場所検索はこちらです。

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(2011年11月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第179号より)




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インド、女の子を増やす政策に異論噴出



第3子は教育費を含めて政府が面倒をみます。ただし、その子が女の子なら——。2021年に中国を追い抜き、世界一の人口大国になる見通しのインドで、マハラシュトラ州政府が打ち出した新方針が物議をかもしている。

インド政府は、40年前から「僕たち2人、僕らの2人」を合言葉に人口の抑制に取り組んできた。この結果、出生率の引き下げには成功したものの、農村部への医療の普及に伴う産み分けと、男児を好む伝統的な価値観が相まって、新生児の男女比の不均衡という新たな問題が浮上したのだ。

新方針について、学識者らは「性選別禁止法に自ら違反している」と批判した。個人的な問題への干渉が、そもそも人権侵害との見方もある。

人口抑制の先進国、中国では、女性不足が原因で結婚できない男性が2020年にも2400万人を超えるとみられている。学識者の1人は「優遇策と刑罰はコインの表と裏であり、政策の内容をしっかりと見極めるべき」と指摘している。

(長谷川亮/参照:タイムズ・オブ・インディア、アウトルック、AFP)
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(2012年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第182号より)




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メキシコ、麻薬組織に使い捨てにされる未成年



「妹は何とか事件を忘れようとしています」と、16歳の少年が言う。彼は麻薬組織に「かっこいい車」を贈られ、メンバーの移動を手伝っていたが、今は組織に命を狙われる身となり、妹(12歳)とともに人権団体に保護されている。

母親が、組織を裏切った女性の手伝いをしていたためだ。その母は誘拐され、行方不明。彼と妹は米国への亡命を申請している。

「組織で出会った同世代の子は、“もう何人も殺した”と話していました」という少年の証言通り、組織の殺し屋となっている少年少女もいる。麻薬売買から暗殺まで、何らかのかたちで麻薬組織で働く未成年は少なくとも3万人、大半は貧困層の若者だという。

「教会からの帰り道、後ろから来た黒い車にいきなり押し込まれました」。そう話すのは、15歳の少年。誘拐され、麻薬組織への参加を迫られたが、手にしていた聖書を見せて信仰に没頭したいと懇願し、解放されたという。

「メキシコ児童権利ネットワーク(REDIM)」代表のフアン・マルティン・ガルシア氏によると、「未成年は安上がりで使い捨てできる、組織の格好のターゲットになっている」。

逮捕されても少年法に守られて早く釈放され、組織へのダメージが少ないことも一因のようだ。

(工藤律子)
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前編を読む





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「70年代のアメリカのヒッピーなんて、自分たちで家を建てて村までつくっちゃいましたからね」。

その名も、ドロップアウトした連中による「ドロップシティ」は、既存の社会の枠組みに飽き足らなかった若者たちによるコミュニティだ。「より少ない資源でより効率的なデザイン」を提唱した建築家バックミンスター・フラーに多大な影響を受けた西海岸のヒッピーたちによる、生活に根ざしたムーブメントとなった。


この頃出版され大いに話題になったのが『The Whole Earth Catalog』(全地球カタログ)。アップルコンピュータのスティーブ・ジョブスも愛読者の一人として知られているこのカタログは、衣食住においてつくってもらったものを消費して満足するのではなく、自分の生活は自分でつくり上げるという時代の機運を反映している。

70年代に入ると、セルフビルドの家は、その土地の風土や気候のみならず、自分たちの生き方をも雄弁に語るようになった。




小屋を建てて遊ぶ本能の回復へ



一方、21世紀の日本に住む私たちの住む家は、どうだろう? 住まいづくりを人任せにした結果、私たちは「家づくり」という本能を失い、そのつくり方まで忘れてしまったようだ。

「日本でも、縄文時代なんかは、大工さんも建築家もいないから、絶対セルフビルドの家にみんな住んでいたはずなんです。これは、僕にとって励みになりますね。僕らより縄文時代の人のほうが冴えてたなんて楽しいじゃないですか」と鈴木さんは愉快そうに笑う。

「例えば、ここにペットボトルがあるな、レンガしかないなっていうところで悩みに悩んで家をつくってみると、大昔の人たちと気分を共感できるんじゃないでしょうか。自分でつくってみる体験をして大昔の人の家を改めて見ると、その知恵に感動できるし、時代をこえて共感できるんじゃないかと思うんです」




身近なもので、と空き瓶や空き缶で家をつくってしまった人もいる。1960年代、ハイネケンビール創始者の孫、アルフレッド・ハイネケンは、バカンス先のカリブ海の島に自社製ビールの空き瓶があちらこちらに転がっているのが気になって仕方なかった。

そこで考えたのが、空き瓶を使って家をつくれないか、というもの。こうして「ワールドボトルプロジェクト」が始動した。また、大阪にある民族学博物館では、増岡巽さんが1万個以上の空き缶で作った家が展示されていた。




鈴木さんも2005年冬から、群馬県にある赤城山頂の大沼で、ワカサギ釣りを始めた。もちろん、釣りを楽しむための小屋も氷上に作った。「海でも山でも、ゆったりした楽しみ方ができるような、小屋を建てて遊べるような場所があってもいいんじゃないかな。そういうのが文化として出てきてもいいんじゃないかと思うんですよね」

本能を取り戻すためのセルフビルドの小屋作りは、私たちの生き方をも考え直す機会になるのかもしれない。

(八鍬加容子)
写真提供:鈴木明
photo:中西真誠




すずき・あきら
1953年生まれ。武蔵野美術大学院造形研究科、修士課程修了。新建築社編集部などを経て、現在神戸芸術工科大学教授。著書に『子どもとあそぶ家づくり』(建築・都市ワークショップ)など。
建築・都市ワークショップのホームページ | telescoweb



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(2012年2月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第184号より)




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ミャンマーとビルマのあいだ



国際社会で、ミャンマーへの関心が高まっている。一昨年の総選挙を受け、政権側が民主化の方向にかじを切ったとみられているためだ。

クリントン米国務長官の訪問では、ミャンマーとビルマ、どちらの国名が使われるのかが注目を集めた。

米政府は、クーデターで権力を奪取した軍事政権の正当性を認めず、一貫してビルマと呼び続けてきた。一説では、ビルマは多数派の民族を、ミャンマーは土地の名称を指すとされる。

今後は反政府勢力との和解などが課題になるが、彼らの立脚点は、故アウン・サン将軍が取りまとめ、少数民族に独立の権利を認めた1947年のパンロン合意だ。

国名に関しては、反政府勢力の間にも「意味としてはミャンマーの方が適切」との見方がある。

だが、これを公に認めれば、独立の権利がほごにされかねず、独立を果たせば、そこはビルマとは別の国になるとの事情がある。クリントン長官は訪問中、「この国」と呼び続けたという。

(長谷川亮/参照資料:AFP、シャン・ヘラルド)


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究極の家、ツリーハウスの系譜



子供の頃、木登りをしたときの気分を覚えていますか? 上空から世界を見下ろす爽快さ。ちょっと孤高の気分と優越感が混ざった感じ。それが人目につかないところであれば、とっておきの秘密の隠れ処にもなる。

手を回したって抱えられないような大きな木。かおるくんも、そんな木の上にツリーハウスをつくる空想をふくらませる。長くまがりくねったはしごを登りきったところにある自分の部屋。ホットケーキも焼ける台所! 夏には小屋の中でセミがなき、冬にはストーブが燃える暖かい部屋にクルミを持ってリスが遊びにくる…。(『おおきなきがほしい』文・佐藤さとる/絵・村上勉/偕成社)








空想だけでは飽き足らず、実際にツリーハウスを作ったのは『スタンド・バイ・ミー』(スティーヴン・キング/新潮文庫)のクリス、テディ、バーン、ゴーティの4人組だ。楡の木の上に廃材でつくった小屋で、タバコを吹かしあったり、くだらない冗談を言い合ったり。木の上の秘密基地という非日常の空間が、かけがえのない時間をくれる。







一方、都会のマンション暮らしに飽き飽きして、木の上で暮らし始めたのはアグライアとビアンカ(『木の上の家』ビアンカ・ピッツォルノ/汐文社)。コウノトリに運んでいた赤ん坊を押しつけられてしまった二人。セントバーナード犬のドロテアを乳母として雇い、赤ん坊4人の世話をさせたり、電気はシビレエイから取ったり…とマンション暮らしでは味わえないスリリングな日々が展開される。






ツリーハウスの歴史は古い。紀元1世紀頃の『博物誌』に記されているのは、ローマ帝国3代皇帝カリギュラが庭園に作った、15人ほどの招待客らが上がれる樹上宴会ホールだ。『ツリーハウスをつくる』(ピーター・ネルソン/二見書房)を見れば、世界には遊び心あふれるツリーハウスが数多く存在していることがわかる。





『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』のイウォーク族の森をイメージしたもの、まるで船が緑の海を悠然と進んでいるようなボート型のもの、ハワイのマウイ島ハレヤカラ山などには、ツリーハウスを気軽に楽しめるホテルもある。




ごつごつと温かみのある幹、しなやかな枝。木々の肩を借りてつくられたツリーハウスは、人類揺籃の場所、セルフビルドの原型といえるかもしれない。


(八鍬加容子)
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(2007年7月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第76号より




人は“家づくりの本能”をもつ




「僕らより縄文時代の人のほうが冴えてた」と語る建築家の鈴木明さん。
家づくりの本能を忘れた現代人に、セルフビルドの小屋作りの楽しさを語る。






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標準の発想を捨てるところから始まるセルフビルド




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芝生の上には、うず高く積まれた新聞紙のブロック。ドームのような形をしたその山の中に、子供が一人消えていった!

実はこれ、鈴木明さんの小屋作りワークショップの作品だ。建築家は小学生などの子供たち。12段に積み上げられた1・5トンの新聞紙、その「秘密基地」の中で、ご満悦の様子だ。植木鉢がサッカーボールのように幾何学模様に組み立てられた小屋では、ひょこっと顔を出しピースサインしている子もいる。




鈴木さんは、大学で建築を学んだ後、建築関係の雑誌編集に8年間携わった。誌面をつくるために「毎月15〜16軒の建物を見てきたので、8年で1000軒くらい見てきたと思います。それで、若気の至りでだんだんと『日本の建築おもしろくないなぁ』と思ってしまったんですね」と笑う。




海外で建築を見歩き、ロンドンのAAスクールなど教育現場を訪れる日々の中で、ワークショップの構想が湧き上がり始めた。

帰国後まず始めたのが、若手建築家を対象に、ピーター・ウィルソン、ナイジェル・コーツ、ザハ・ハディド、アルビン・ボヤスキーなど有名な建築家を招いてのワークショップ。できあがった作品を前に「この作品をつくった目的は何?」と参加者に聞いても、みんな黙りこくってしまったことにショックを受け、「子供の頃から建築を教えたい」と切実に感じた。その経験が目黒区美術館のキュレーター、降旗千賀子さんとタッグを組んだ、「子供たちとともに家をつくる」ワークショップにつながっていく。




建築を子供に教えるにはどうすればいいのか。小難しいことの羅列よりも実物を作るほうがおもしろいにちがいない。それは、建築家の限界、利用者の立場のデザインというものを少しずつ感じ始めた時期でもあった。

「例えばトイレ一つにしてもね、研究は実験室っていう限られた状況で考えるから、『標準のウンチの仕方はこう』っていうところからしか始めようがないわけなんです。本当は一人ひとり方法は違うわけじゃないですか。でも、『標準化の仕方なんてわからないよ』っていうところからは絶対始まらないわけなんです」




「標準」から始まってしまう建築には、大事な何かがかけ落ちてしまうのではないか、そう考えた鈴木さんは「セルフビルド(自分でつくる)の家」にたどりついた。現在のワークショップでは、新聞紙、ベニヤ、竹、水道管など、身近な素材で小屋作りをする。ごみのように置かれていた物が自分たちの空間を構成していくプロセスに、大人も子供も目を輝かせる。




土地の風土や気候、生き方をも雄弁に語る家たち



世界には、ユニークなセルフビルドの家がたくさんある。例えば、北米先住民イヌイットのイグルー。雪と氷に覆われた一面真っ白な世界で、彼らは氷をレンガ代わりに積み上げ、猟のための小屋を作る。

ボリビア南西部、アンデス高原のチリとの国境に近いチパヤ村の家や、ペルーのチチカカ湖近辺に住むケチュア族の家は芝でできている。原っぱに円を描き、外側の芝を剥ぎ取りブロックにして積み上げたものだ。セルフビルドの家々は、身近な素材で作られているため、その土地の風土や気候を雄弁に語る。




後編を読む


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世界は驚きに満ちている



2011年に好評を博したBBCの「フローズンプラネット」シリーズをはじめ多数の自然ドキュメンタリーで解説役を務めてきたデヴィッド・アッテンボローは、86歳にしてイギリス最高の自然ドキュメンタリー作家でありつづけている。アッテンボロー卿が、自身の非凡な人生、BBCとの60年、自然ドキュメンタリーの未来、そしてなぜ「自然界はつきない喜びをもたらしてくれるか」について語る。






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(Photo : REUTERS/Dylan Martinez)





「君は物理学者なのかね?」とデヴィッド・アッテンボロー卿は、例の朗々とした声で私に尋ねた。

なんてことだろう。ヒッグス粒子についてたどたどしく解説してみせたせいだろうか、私も科学者仲間なのだという誤った印象を、イギリスの自然史ドキュメンタリー界の重鎮に与えてしまったようだ。

赤面しながら、「いいえ、ただの科学好きのアマチュアです」と答えた。「そう」と言ってにっこり笑うと、アッテンボロー卿は私を品定めするように見た。「きっとブライアン・コックス(訳注:1968年英国生まれの物理学者。ロックバンドのキーボード奏者として活動していたこともある。テレビやラジオのプレゼンターやキャスターとしても数多くの科学番組に出演している)のポスターを部屋に飾っているんじゃないかな」

どうしてばれたんだろう? 思い切って「ある意味でコックス博士は物理の世界におけるアッテンボロー卿なのです。あなたがコトドリの鳴きまね声やゴリラの社会的行動を紹介して私たちを夢中にさせたように、コックス博士はビッグバンや宇宙のはて、原子の内部構造について、一般の人々の興味をかきたてましたから」と言うと、アッテンボロー卿は「コックス博士は私なんかよりずっと頭がいいよ」と答えた。

「本当のことだ。物理学者だからね――素粒子物理学のことを考えると、私なんかわけがわからなくてぽかんとしてしまう。本当に並外れた学問だよ。コックス博士の仕事にくらべれば、私のやっていることなどごくごく易しいことだろうね」




あまりに身近な存在であるため「とんでもなく物知りのお祖父ちゃん」のように思えるアッテンボロー卿だが、偉ぶってみせないだけなのだ。

1979年から2008年の間に8作が放送され大反響をよんだ 「Life」シリーズを制作、2001年に好評をはくした「ブルー・プラネット」ではナレーターをつとめ、60~70年代にはBBC第2局の局長、BBCテレビ全体の編成局長として、英国初のカラー放送を行い、その日のサッカーゲームをハイライトで紹介する「Match of the Day」や伝説的なコメディ番組「モンティ・パイソン」を世に送りだすなど、数々の偉業をなしとげてきた。

2012年はアッテンボロー卿がBBCで仕事をはじめて60周年となるが、今でも見るからにBBCへの誇りにあふれている。それに、隠居を決め込むつもりもさらさらないようだ。

なんといっても85歳にして初めて北極に立ち、ホッキョクグマをなでてみせた人物なのだ。そのクマは大人しく、有名人との邂逅を気にとめていないようだったが、撮影の後で飛びついてきた子グマたちに噛みつかれたそうだ。




昨年放送された「フローズンプラネット」シリーズは、BBCが依然として世界最高の自然ドキュメンタリー番組の作り手であることを証明してみせた。シャチの集団に襲われて安全な氷上から海に落とされる哀れなアザラシの表情が放映されたとたん、ソーシャルメディアにはかわいそうだという書き込みがあふれた。フェイスブックに感想を書き込んだ人々は、涙を誘ったのがどの番組なのかをわざわざ書く必要はなかった。皆が同じ気持ちだったからだ。





アッテンボロー卿は、こうした番組の制作に多額の予算をさける時代が終わりつつあるという危惧を示した。「フローズンプラネットは制作に4年をかけ、カメラマンは総勢40名という大変なビッグプロジェクトだった。チャンネル数が増えたので、当然ながら一番組あたりの視聴者数は減っている。こうしたプロジェクトにかけられる予算は減る一方で、資金集めもますます難しくなっている」

BBCにはまだビッグプロジェクトを実現する力があるが、孤立無援に近い状況の上、あらさがしをしようと待ちかまえている者までいる。ホッキョクグマのコグマのいくつかの映像が氷盤上ではなく動物園で撮影されたことがあきらかになったとき、マスコミは視聴者を誤解させたとしてBBCを一斉に批判した――だが、その事実を明らかにしたのはBBCの番組ウェブサイトに他ならなかったのだ。







BBCのマーク・トンプソン会長は、大衆紙は大騒ぎをすることで、政府のメディア倫理調査委員会(訳注:メディア王ルパート・マードック率いるニューズコーポレーションの大衆向け新聞ニュース・オブ・ザ・ワールドによる盗聴スキャンダルを発端に設けられた英政府のメディア倫理調査委員会)へのしっぺ返しにこの事件を利用したと批判している。

こうした厳しい批判と釈明の応酬が行われるなか、アッテンボロー卿も連日モーニングショーに出演したり、数多くの新聞取材に応えて弁明に奔走していた。そうした事情もあり、なんとこのインタビューではホッキョクグマやBBCを持ち出さないようにとの注意を受けていた。インタビューの間も、まるでこの業界の長老には付き添いが必要だというように、広報担当者がメモ帳を片手に部屋の反対側に控えていた。




もちろん付き添い役など必要ないが、アッテンボロー卿は少し疲れているように見えた。美しい白髪の分け目はいつものようにまっすぐではなかったし、淡いブルーのシャツの上に羽織ったスポーツジャケットには少ししわがよっていた。その日もすでに何時間もの取材に答えた後だったのだ。私が部屋に入ると、膝が悪いにもかかわらず礼儀正しく立ち上がり軽くお辞儀をして握手で迎えてくれた。「調子はどうです?」と尋ねると、茶目っ気たっぷりにぐるりと目をまわせてみせた。

「BBCは世界最高の放送局だ」とアッテンボロー卿が言い、ふたりして広報のお達しを無視することにした。「欠点も多いだろう。いいときもあれば悪いときもあった。だが、世界中で本当の意味で真に公共放送局といえるのはBBCだけだ。テレビはもっとも有力なメディアであり、公衆への奉仕につとめなければ。ただの金儲け以上にできることは多い」




BBCでの地位を捨ててまで、情熱のままに地球の生物について番組を作りつづけてきたアッテンボロー卿だが、今でも自然界の抗しがたい魅力にとらわれている。しかし、比類のないキャリアを築いてきた道のりは犠牲を伴った。1997年に妻のジェーンが脳出血で倒れたときには、ニュージーランドで「ライフ・オブ・バーズ」を撮影中だった。かけつけた彼が手をにぎると、昏睡状態だった妻からかすかな反応があったという。47年間連れ添った妻の死についてアッテンボロー卿が語ることはめったにないが、妻のいない生活に寂しさを感じることは認めている。

子どもたちとは親しい関係だという。妻の死後は、娘がしょっちゅう家に来て、掃除をしたり、卵をゆでるのさえやっとの父親のために食事を作ってくれるそうだ。しかし、撮影で旅行が多かったために、子どもたちが小さなころはあまり一緒に過ごせなかったと話す。「もっと一緒に過ごせればよかったけれど、お土産にサルを持って帰ってあげられたからね」と穏やかに続けた。

それはすごい!面白い土産話をたくさん聞かせてあげられたでしょうと言うつもりだったが、かわりに「サルは最高のお土産話ですね」と言った。「そうだね。我が家には、小さなブッシュベイビーのコロニーがあったんだ」とアッテンボロー卿は笑うと、ブッシュベイビーは大きな目をした夜行性のサルだと説明した。「専用の部屋をつくって、寝床にうろのある木を置いた。ブッシュベイビーは赤ん坊を口にくわえて運ぶんだよ」

アッテンボロー卿が自然に興味を持ったきっかけが居間で飼っていたブッシュベイビーだったなら最高のエピソードになるところだが、実際にはごく普通のみみずを見て、「人間と生命をわかちあう生き物にすっかり魅惑された」のだと言う。

アッテンボロー卿に言わせれば、子どもなら誰もが3、4歳でそうした感動を覚えるようになるが、失うのもたやすい。「現代社会でそうした感動が失われている最大の要因がコンピューターだよ。その結果、私たちは非常に貴重なものを失っている。つまり、生命の喜びだ」





アッテンボロー卿はEメールにも断固反対だ。「私はメールをしない――絶対に。私の友人にも、朝起きたらまず1時間半ほどメールチェックなんていうばかばかしい作業にいそしむ連中がいる。だが、連絡がとりたければ郵便がある。何の不都合があるというんだろう?」

「もうひとつメールについて腹が立つのは、人間生活の何より優先されているところだね。相手が子どもの世話をするより先に自分のメールに返事をするのが当然みたいに考えられている。今メールしたのにどうして20秒以内に返事をしないんだ、とか。こっちは他のことで忙しいんだと言ってやるべきだ」





朝起きて、それほど重要な「他のこと」がある者はあまりいないだろうが、アッテンボロー卿も80代半だ。いつまでもずっとイモムシの一生や楽園の鳥の求愛行動について解説してくれることは期待できない。後を継ぐのは誰だと思っているのか尋ねてみた。

しばらく考えたあと、アッテンボロー卿は言った。「私のような存在は必ずしも必要ではないのかもしれない。人間が出演しなくても、素晴らしい自然ドキュメンタリーをつくることはできる。実際、最高の作品には解説者は出演していないからね」

アッテンボロー卿自身は、これまでの自分の業績を単なる偶然のたまもので、BBCが解説者を出演させるというアイデアをテレビの生放送からドキュメンタリーに持ち込んだおかげだと話すが、そのように簡単に片づけられるものではないだろう。少なくとも、自然ドキュメンタリーの分野で彼の後を継げるような者は見あたらない。アッテンボロー卿がいなくなれば、代わりはいないのかもしれない。

「かぎりある命だからね」とアッテンボロー卿は言った。「年をとるにつれて神について考えることが多くなったよ。今でも私は不可知論者だし、死後の世界について尋ねられれば『さあね。何の証拠もない。死後の世界はあるかもしれない。だからって、私に何ができる?』と答えるだろうがね」兄でアカデミー賞受賞監督のリチャード・アッテンボロー卿は、ロンドンの自宅での転倒事故後に車いす生活となり、70年におよぶ映画界の仕事からの引退を発表した。しかし、弟のアッテンボロー卿のほうは3Dテレビの可能性にドキュメンタリー制作への情熱を新たにしているところだ。

新年にスカイチャンネルで放送されたペンギンのドキュメンタリーを3Dでつくり、現在は今年の後半に放送予定のガラパゴス諸島のドキュメンタリーを企画中だ。60年代に新技術のカラー放送に飛びついたように、3D放送の熱烈な支持者なのだ。「3Dだとよりリアルに見せることができるからね」





アッテンボロー卿は、これからも膝の調子が許すかぎり仕事を続けていくつもりだ。何十年もの間いくつもの大陸を旅してきたが、今はなんと荒涼としたゴビ砂漠で発掘作業をするのが夢だという。理由を尋ねると、「自分の目で見るほうが見ないよりもいいからね」と単純明快な答が返ってきた。「世界は驚きに満ちた場所で、素晴らしいことが起こっている。自然の世界から得られる喜びはつきない」



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