(2010年6月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第144号より)













台湾、「一刑務所一品」政策




台湾では刑務所オリジナル商品の年間売り上げが2億6千万元(約7億7千万円)を超えた。人気商品は屏東刑務所の「アニキ醤油」、台中女子刑務所の手作りチョコ、台北刑務所の陶器等、中には3ヵ月待ちの商品もある。

刑務所工場の主流だった委託加工の受注が激減し、2005年から「一刑務所一品」政策が実施され、全国49ヵ所の刑務所は商品開発と共に人材育成に乗り出した。良質で安いと評判を呼び、売り上げは毎年上昇し、昨年は35パーセントの伸びを見せた。

台中県豊原市は日本統治時代に漆器産業が盛んだったが、機械化の波で衰退してしまった。しかし、その技術は刑務所で継承されていた。「刑務所は伝統技能の継承に最適な場所です」と技術指導者は言う。外国の賓客への贈答品として総統府から注文がくるほどになっている。利益の半分は貢献度等に応じて受刑者に還元されている。

だが、そうした受刑者の再犯率は受刑者全体とさほど変わらないことが課題となっている。

(森若裕子/参照:台湾光華雑誌、全球中央雑誌、中央広播電台)


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(2011年3月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 163号より)





『毛皮のマリー』はR-15。大人をノックアウトする、新しい人形劇文化



一人で何体もの人形を演じ分け、時には自らも出演者となって、
人形と対等に迫真の演技を見せる。その平常さんが人形劇を通して伝えたいこととは?







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(人形劇俳優・平常さん)






両親が作った小さな舞台 表現の引き出しを開けてくれた



平常さんには、人形劇に初めて触れた瞬間の記憶がない。「物心ついた頃には呼吸と同じくらい当たり前に、人形劇を見たり披露したりしていた」という。三味線奏者であった父と薩摩琵琶法師の母は、文楽や腹話術、前衛舞踏など、息子が興味をもちそうなあらゆる番組を録画して見せてくれた。

平さんが小学校に入学すると、両親は日曜大工で木の枠をこしらえ、小さな舞台を作ってくれた。両端のひもを引くとオペラカーテンのように上がる、どん帳まで付いていた。

「それがうれしくて、2〜3週間ずっと上げ下げしていたのを覚えています」




小柄で体が弱く、同級生の遊びについていけない平さんだったが、人形劇を見せると友達が寄ってきて「ふれあい」が生まれた。「人形を通せば背の高い王子様にもなれるし、恥ずかしくて言えない『愛してるよ』だって口に出せる。そうかと思えば魔女や怪物にもなれる。人形が、私の表現の引き出しを次々と開けてくれたんです」




11歳になった平さんは母の薦めで、地元・札幌の児童劇団「やまびこ座遊劇舎」に入団。半年後には、宮沢賢治の『どんぐりと山猫』をひとり人形劇で披露し、12歳で舞台デビューを果たした。その後も日舞や人形浄瑠璃を学びながら、演劇や人形劇の公演を重ねた平さんは19歳で上京し、個人の人形劇事務所を設立した。

東京では、寺山修司の義弟である森崎偏陸さん宅に下宿した。平さんは小学6年生の時に、彼が助監督を務める映画に出たことがあった。上京後、いっこうに表現活動の場を見いだせない平さんの背中を押したのも森崎さんだった。「海外にでも行ったら?」と、10年の期限付きで渡航費を貸してくれたのだ。

そのお金でアメリカに渡った平さんは、全米の人形遣いが集うイベント「パペッティアーズ・オブ・アメリカ」に飛び入り参加。『さくら さくら』を熱唱しながら、着物を着た女の子の人形に舞をさせた。

「ここで私は、人生初のスタンディングオベーションを経験しました。大人たちがこんなふうに人形劇を楽しめる文化を日本にも根づかせたい。そう誓って帰国しました」





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つらく悲しい経験をした大人だけに見える人形の表情



03年の初め、森崎さん宅で何気なく寺山修司原作『毛皮のマリー』の台本を手に取った平さんは、雷に打たれたような衝撃を覚えた。浮かんでくるイメージをノートに書き留め、ひとり人形劇で演じるプランを一気に書き上げると、その年の暮れから公演を始めた。

「会場は30人も入れば一杯になるギャラリーでした。初めは3人だったお客さんが口コミでだんだん増えて、24公演が終わる最後の1週間は、立ち見が出るほどになりました」

今年も新国立劇場で公演される『毛皮のマリー』には、15歳未満は観劇できない「R-15」指定が付いている。そこには、「つらく悲しい経験をした大人にしか見えない人形の表情を見てほしい」との願いが込められている。さらに、「大人がチケットを買って見に行くだけの価値がある人形劇を子どもにも見せたい」と思わせることで、子どもに人形劇を広めていく狙いもあるという。




「うれしかったのは、10歳の頃から私のファンだという男の子とお母さんが5年経って、一緒に『毛皮のマリー』を観に来てくれたこと」。アンケートにお母さんは「5年越しの夢がかないました」と書き、男の子は「衝撃が強すぎて、まだ頭の中で感想が整理できていません。これからゆっくり考えます」と書いていた。






泉鏡花原作の『天守物語』などR-15指定の作品は他にもあるが、多くの幼児向け作品や『オズの魔法使い』といったファミリー向け作品を含む、平さんの作品すべてが「大人も楽しめること」を大前提につくられている。

09年には、アーティストが芸術や表現についての授業を行う「アウトリーチ事業」の一環として、全国の小学校を回った。3年生のクラスでは、「本当の自分に戻れたみたいでドキドキしました」と感想を書いた女の子がいた。「子どもができたら人形劇で遊んであげたい」と、赤ちゃんに人形劇をしてみせる自分の絵を描いた男の子もいた。

「そんな子どもたちや、子育てに悩むお母さんとじかにふれあう場がほしい」との思いが募り、昨年11月、平さんは西新宿に自分専用の小劇場「THEATER JO」を開設した。毎月30日にはここで、0・1・2歳児を対象とした「赤ちゃんのための人形劇」を開催している。
「命続く限り、見る人が自分自身の魅力に気づき、生きる力を得て、前に一歩踏み出せるような作品をつくり続けていきたい」それが平さんの夢だ。


(香月真理子)

Photo:浅野カズヤ




平 常(たいら・じょう)

1981年札幌市生まれ。小規模公演から大ホールでの大型人形劇ミュージカルまで、すべてを一人で演じ分け、演出・脚本・音楽・美術をも自らプロデュース。『毛皮のマリー』で日本人形劇大賞銀賞を最年少で受賞。オリジナル作品が厚生労働大臣より表彰されるなど、受賞多数。
http://tairajo.com/



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どうしたら身近な異性に興味を持つことができますか?




周りの男の子に興味が持てません。大好きな俳優は何人かいるのですが、彼ら以外の男の子がいつもかすんで見えます。クラスの男子に告白されたこともあるのですが、断ってしまいました。友達もこんな私のことをからかったりするので、最近自分の恋愛観も普通ではないのかもしれないなあと思っています。どうしたら身近な人に興味を持つことができますか。(16歳/女性)





「自分の恋愛観は普通でないのではないか」ということなんですが、これは誰にでも起こることです。特に思春期の女の子が年上に憧れるということは多々あることなので、気にしないで大丈夫ですよ。

例えばクラスの男子が大人の雑誌とか持ってきて騒いでたら、女の子は「ばかみたい!」って思ったり、そんな感じじゃない? 18歳くらいまでは男の子の方が頼りなくて精神年齢も下に感じると思うし、ひいちゃう部分もあると思う。身近な人に興味? 別に持たなくてもいいんじゃない? きっとそのうちにこの子を大事にしてくれる彼氏ができるから、今は長い目でみとけば、のんびり構えとけば、いいんじゃないかな。

大好きな俳優が何人かいるとおっしゃっていますが、私もいてます! 私も昔は追っかけやっとりました。ぎゃあぎゃあ追っかけ倒しましたから。おかしいことでもなんでもないので安心して下さいね。もし、周りからからかわれても「うん、わたし年上好みなの。どこか素敵な大学生いないかしら」とか、笑い飛ばしとけばそれでいいんじゃないかなぁ。

年上好きになるか年下好きになるかっていうのは、おもしろいことに育った環境の影響もあるみたいですよ。例えば、その女の子に兄や姉がいたとしたら、その子は弟がほしい。そうして年下の男の子にいくっていうのもある。下の兄弟がいたら逆に年上に憧れたり。自分にないものを求める、恋愛はみなそうですよ。それがある程度の年をこえて大人の段階に入った時点で、またちょっと価値観が変わってきたりするんです。

まだ16歳なんだから、今は今の自分をさらけ出したらいいと思う。2~3年したら自分と同年代の男の子に興味を持てる時期が絶対に来ます! それまでは幅広いおつきあい、広く浅くを心がけてください。遊園地でも部活でも男の子がいるところに顔を出して、一緒に遊んだり話してみましょう。気分的には自分のかわいい弟だと思って。そのうち「ああ、自分と同じ年の男の子はこういうことに興味持つんだ」とかきっとわかってくると思うんで、そしたらどんどん興味も出てくると思う。自分と同年代の男の子をまずは友達・弟としてかわいがってあげてね!

(大阪/N)




(THE BIG ISSUE JAPAN 76号より)










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朝なかなか起きられず、仕事の能率もあがらず困っています



とにかく朝が苦手です。深夜まで働いているせいか、夜ベッドで横になっても目がさえてなかなか寝つけません。朝は目覚まし時計をかけて、携帯のアラームをセット。その間に2度寝を挟み、最終的には家族に起こしてもらったりしてようやく起きます。 出社してもボーっとしている時間が長く、当然、仕事の能率が上がらず、結局はまた残業という悪循環に陥っています。何かいい方法ありませんか?
(DTPデザイナー/25才/男性)





自分の場合、この人みたいに残業っていうのがないし、1日中立ちっぱなしで疲れて寝つけないってことがないんだけど、体調や天気によっては、まだ寝てたいって日もあるよ。

それでも毎朝5時10分になると必ずガードマンが「時間ですよ」って起こしにやって来る。次にガードマンが巡回に来るまでの間、寝床を片づけてカンタンな運動をしている。全身がスッキリするから、この人もやってみたらいい。

立って手首と足首をグルグルっと回すのさ。それからつま先を持って片足をグーッと上げる。これは”ソケリッサ“でダンスの練習を始める前にやった柔軟運動。




夜は寝る前に本を読んだらどうかな? この場合、薄い本ね。週刊誌みたいに薄い本。小説とか分厚いのは逆に興奮したり、話によっては結末が気になったりしちゃうからさ。

そういうわけでビッグイシューはオススメだね。真ん中の特集ページなんかいいね。あ、違うよ!内容的に眠くなるっていう意味じゃなくって、一晩で読み終わるっていう意味だから。「今月の人」もいいね。自分も読む度に明日も一日頑張ろう! って気になる。




自分は販売員仲間と寝床を一緒にしているんだけど、夜、寝るまでの時間に、その日あったこととかいろんな話をする。それから仕事を始める朝9時までの間に、他の仲間を訪ね歩いたりする。そのかわり、仕事を始めたら夕方までお昼を除いて立ちっぱなし。仕事に集中する。全然、苦じゃない。

この人に必要なのは、気分転換だね。お昼はどこで食べてるのかな。職場の机だとしたら、食べても食べた気にならないと思う。自分はね、売り場を離れてお店に出かけるようにしている。お店といっても、ファストフード店を順番にだけど。たとえ短い時間でも場所を替えるだけでも違うよ。ちゃんと休むから仕事に集中できるのさ。

週末にダンスの練習をやっていた夜は、特によく眠れたね。ふだんの日は無理でも、週末に仕事以外の友だちと会ったり、運動したりして、いつもと違うことをするといいんじゃないのかな。

(東京/N)





(THE BIG ISSUE JAPAN 73号より)













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(2010年5月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第143号より)









南アフリカ、霧から飲料水をつくる




南アフリカ共和国、東部ケープ州のあるコミュニティでは、地域の霧のおかげできれいな飲み水を確保することが容易になった。

これは、ネットを使って山の霧から湿気をとらえるもので、南アフリカ大学の気候学のジャナ・オリヴィエ教授によって考案されたものだ。重力を使って坂を伝わらせて水を採取するため、電気も必要としない。今年3月から、アイリフ(Ayliff)山近くのカバゼイン(Cabazane)村で使われ始めており、好評だ。

この仕組みでは、1年のうち少なくとも40日以上、1回につき数時間霧が発生する地域で有効となる。同地域では、1日に何百リットルもの水が確保されているという。

南アフリカの田舎では飲料水の確保が難しく、そのため水を媒介にした病気も発生しやすい。また、水汲みに何時間も歩かなければならないことも多い。

カバゼイン村の村長グキニカヤ・ンプムザによると、この地域に住む40パーセントの人々には水へのアクセスがないという。ジャナ教授の仕組みによって、定量の水が確保されれば、野菜作りを始めることもできるなど、夢は広がる。

(Sarah Taylor)


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(2011年4月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 164号より)




樹脂に閉じ込めた金魚が今にも動き出しそうに泳ぐ



本物かと見まがうような立体作品を生み出す“金魚絵師”は、
誰もが知る小さな魚に、どんな想いを抱いているのだろうか。







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(美術家・深堀隆介さん)





自暴自棄になった時、目にとまった赤い金魚




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手前:「和金(にきこがね)」、
奥:「月光(げっこう)」 
2009年制作、木桶、超難黄変エポキシ樹脂に着彩




深堀隆介さんは子どもの頃、長崎の祖父が正月に送ってくる「干支を描いた書画」が楽しみで仕方なかった。将来の夢は漫画家になることだった。母が週に1度、会社からどっさり持ち帰る使用済みのコピー用紙の裏に絵を描きまくり、使い切るのが日課となっていた。
大学でデザインを学んだ深堀さんは卒業後、樹脂で遊園地の造形物などをつくるメーカーで2年ほどアルバイトをしたのち、別の会社に就職した。

「そこでは主に、百貨店のショーウインドーを飾るディスプレイをつくりました。昼つくって夜設営するので、毎日寝不足でした。丹精込めてつくったものを『作品として売ってほしい』と言ってくれる人もいましたが、納品した商品なのでそうもいかず、結局廃棄されました」





後世に残るものをつくりたいと思うようになった深堀さんは、26歳で美術家を目指し始めた。「そうはいっても、作風はバラバラ。大きな立体をつくったかと思えば、急に平面作品をつくったりと、僕には自分の作風というものがありませんでした」

焦りは募り、「俺はもうダメかもしれない」と自暴自棄になっていった。

その時ふと目にとまったのが、枕元の水槽で糞にまみれた赤い金魚だった。それは学生の頃、金魚すくいのおじさんが「閉店だから持ってけ」と30匹ほどの金魚をくれた中の1匹だった。次々と死んでいく中で、その1匹だけが7年も生き続け、20センチ以上に成長していた。




「以前、金魚は人がフナを改良し、つくり出したものだと聞いたことがありました。鑑賞用として高く評価されるエリート金魚の裏では、先祖返りしたり、身体の部位が奇形になってしまった金魚がたくさん生まれているという現実に深く興味をいだいたんです」




金魚は、そんな人間の〝美への欲望〟やエゴをすべて包み込み、美しさと妖しさと虚しさを一身に背負って生きている存在なのだという。「この子のもつ多面性を描くことができれば、救われるんじゃないか」との思いが、深堀さんの胸にじわっと湧いてきた。

赤い水彩絵の具を絞り出し、手近にある木片やガラクタに手当たりしだい金魚を描いた。そのうち、頭の中に金魚の大群が浮かんできて、どんどん描けそうな気がした。




一面の和紙にほうきで描く。いつかはロケットにも



「金魚救い」が起きた年、深堀さんは、銀座にある銀行のショーウィンドーをディスプレイするコンペに応募し、見事採用された。猫の身体から抜け出した金魚の大群が、そばに干された洗濯物の間を勢いよく泳ぎ回るさまを表現した作品だった。タオルやTシャツ、そして深堀さんが小学生の頃に実際はいて泳いでいた海パンにまで、大量の金魚が描かれた。

金魚の大群は見る人に強烈なインパクトを与えたようで、何年か経ち、銀座のギャラリー巡りをした時も「金魚見たよ」と声をかけられたそうだ。




深堀さんは複数の金魚を飼ってはいるが、実在する金魚を忠実に模写しているわけではない。描くのは「自分が美しいと思う金魚」だ。だから厳密に見れば、現実にはありえない品種が泳いでいたりもする。しかし、深堀さんにとっては「どの金魚にも個性があり、命が宿っている」のだという。




そのことを最も感じさせてくれるのが、工業製品用の透明な樹脂を使い、升や桶、真っ二つに割れた竹の中で金魚が泳ぐ姿を表現した一連の作品だ。器に流し込んだ樹脂の上に、アクリル絵の具で金魚の一部を描く。その上からさらに厚さ数ミリ程度の樹脂を流し込み、2日以上置いて固まったら、また金魚の一部を描き加える。この工程を何度も繰り返すことで、今にも動き出しそうな立体的な金魚が完成する。





下絵は一切描かない。「この辺にいるなぁ」と金魚のイメージが浮かんできたら、その場所に筆をおろす。中には、糞まで描かれている作品もある。「この子はおなかの調子が悪いので糞は細め」というように、糞にも個性が表れている。




すっかり樹脂作品で知られるようになった深堀さんだが、大作にも意欲を燃やす。昨年8月には、神奈川県の保土ヶ谷公園でライブペインティングを行った。池の端に掲げた和紙のキャンバスに、ほうきで巨大な金魚を描いた。描いているうちに日が暮れて、競演した舞踏家の振り回す炎が、真っ赤な金魚を浮かび上がらせた。






ライブペイント 東京国際フォーラム アート ショップ エキジビション スぺース 個展時に公開制作 2010


「東京国際フォーラム館内でのライブペインティング風景」 2010年





「いつかロケットにも巨大な金魚を描いてみたい。途中で塗料が溶けて消えてしまうかもしれないけど、宇宙へ飛んでいく姿をぜひ見てみたいですね」
大空に舞う〝深堀金魚〟が見られる日も、そう遠くはないかもしれない。(香月真理子)




深堀 隆介(ふかほり・りゅうすけ)
1973年、愛知県生まれ。95年、愛知県立芸術大学美術学部デザイン専攻学科卒業。99年、退職後、制作活動を始める。第9回岡本太郎現代芸術大賞展2006入選。09年、ドイツ・ミュンヘンにて個展を開く。

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「風になる」「路上のうた」各5冊が当たります!



こんにちは、ビッグイシュー・オンライン編集部です。

いつもご愛読ありがとうございます!9月11日にサイトをリリースしてから、毎月5,000人ほどの方々にお読み頂いております。

本サイトの内容をよりよくしていくために、このたびアンケートを実施させて頂きます。

ご協力頂いた皆様には、抽選で合計10名の方々にビッグイシュー日本発行の書籍「風になる 自閉症の僕が生きていく風景」、「ホームレス川柳 路上のうた」をプレゼントさせて頂きます!





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「風になる 自閉症の僕が生きていく風景」は『ビッグイシュー日本版』で大人気の東田直樹さんの連載コラム「自閉症の僕が生きていく風景」を書籍としてまとめた最新刊。

12月5日発売、1月10日まではビッグイシュー販売者による路上での独占先行販売ですが、今回特別に読者プレゼントとさせて頂きした。

通常の会話はほとんどできないという重度の自閉症者である東田さんがつづったピュアな心、内面の世界が読者を魅了しています。同時にそれは、「人はなぜ生きるのか?」という問いへの明晰な回答となっています。編集部メンバーも強く胸を打たれ「今年いちばん心に残った本だ」と評するスタッフも。

どうぞみなさま、ふるってアンケートにご回答くださいませ。




*アンケートは目標数に達したので終了させていただきました。ご協力ありがとうございました!


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(2011年1月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 159号より)





祖母、母、私、三世代の道のり。生地に残った記憶をたぐる




在日コリアンとしての
アイデンティティから生まれた、静謐な世界。







Profiel

テキスタイルアーティスト 呉 夏枝さん





織り、染織、刺繍もこなし、着物とチマチョゴリをつなぎ合わす



刺繍を施したチマチョゴリや、麻縄を使ったインスタレーションなど、布や織物を用いたテキスタイルアートを展開している呉夏枝さん。

「布はエモーショナルな表現ができる素材。それに、軽いから微妙な空気感も表しやすいんです。シルクや綿や麻、それぞれに手触りも印象も異なるので、柔らかさや力強さなど、その時に表現したいものに合うものを選んでいます」



呉さんは布を使うだけでなく、織り機を用いて糸から織る。また、染色や刺繍も自身で手がけているという。「非常に手間も時間もかかりますが、そうやって自分の手で一つひとつの工程を経ていくからこそ生まれる、確かなものを信頼しています」

洋裁をしていた母の隣で、子どもの頃から自然と布に親しんでいた呉さん。いつしか布を使って何かを表現したいと考えるようになり、美術大学へ進学。染色と織物を専攻した。在学中に主に関心をもっていたのはコンテンポラリーアートだが、卒業制作を機に向き合うことにしたのは自身のアイデンティティだった。




「在日コリアン3世であること、女性であること。それまであまり考えてこなかったことを考えてみたい」という思いのもとにつくりあげたのが、着物とチマチョゴリをつなぎ合わせた衣服。それは、「韓国人なのか、日本人なのか」という在日コリアンに向けられがちな、また自身でも悩んでしまいがちな問いに対しての呉さんの一つの答えでもある。

「着物でもなくチマチョゴリでもない、美しい衣装をつくろうと思いました。どちらにも引っ張られずに、単独で美しい衣装であるようにと、そんな思いを込めました」
そして、この制作を機に使い始めたのが、「呉」という姓。日本で生まれ育ち、ずっと使ってきた「通称名」も自分の名だが、アーティスト活動をする時には、両親や祖父母たちが生きてきた歴史を表す「呉」を使うことに決めた。





沈黙の記憶、そして新しく生み出される記憶



「その後、祖母が亡くなったのですが、母は祖母のチョゴリを処分せずに取っておいてくれました。それをいつか作品にできたらと部屋に掛けておいたところ、ある日そこから祖母の存在を強く感じ取ったんです。祖母が語らなかったこと、私が聞くことができなかったこと。そんな、『沈黙の記憶』をこのチョゴリは知っている。雄弁に語られることのない、ある一人の女性の歴史をチョゴリを通じてたどっていけたら、と考えました」






010 3つの世代
『三つの世代』(Photo:イ・ソンミン)





写真作品『三つの世代』には、祖母のチマチョゴリ、母のチマチョゴリ、そして自分でつくったチマチョゴリを着た呉さんが曲りくねった道の真ん中に立っている。

「撮影場所は、祖母の出身地の韓国・済州島。祖母も母も、私と同じ年齢の時にはどんなことを感じていたのだろうかと考えながら撮影しました」





045不在の存在1

「不在の存在」
(HIROSHIMA ART DOCUMENT 2008より)




白いオーガンジーでつくられた衣服が、部屋に浮遊しているかのように配された『不在の存在』という作品からは、今は亡き人が確かに存在していたこと、肉体はそこに残らなくとも、ある一人の人生がそこにあったことを想像させられる。


「作品を通して、そこにあったであろう物語を想像してもらえたら、そして、ご自身が関係する誰かとの記憶へとつなげてもらえたらうれしいですね。古い記憶は、その時に感じたものと合わさって、また新たな記憶が生み出されていく。悲しくつらい記憶は、永遠に悲しくつらい記憶ではなく、その記憶を受け取る人の想像力でいかなる記憶へも変わる可能性がある。だからこそ、どんな記憶をどうつないでいけるかが重要だと思うんです」





在日であることはアイデンティティを構成する一つの要素にしかすぎないが、同時に重要な部分でもあると話す呉さん。「その核を大切にしながら、さまざまな表現に挑戦していきたい。布をほぐして、また織り直していく。私の創作は、そういう作業。多くの方の思いを投影できる、そんな作品をつくっていきたいと思います」

筆者も在日コリアン3世。呉さんの作品を見ていると、亡き祖母と話がしたくなり、つい目頭が熱くなってしまった。




(松岡理絵)
Photo:中西真誠




呉夏枝(お・はぢ)
1976年、大阪府生まれ。現在、京都市立芸術大学美術研究科博士課程在籍中。02年〜04年ソウルで、言葉と韓服の縫製を学ぶ。06年「root—わたしの中の日本的なもの—」(京都・法然院)、08年「HIROSHIMA ART DOCUMENT2008」(広島・旧日本銀行広島支店被曝建造物)への出品他、個展・グループ展多数。 

http://hajioh.com/


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12月1日発売のビッグイシュー日本版204号のご紹介です。



スペシャルインタビュー ティム・バートン監督


12月15日から公開のティム・バートン監督の新作『フランケンウィニー』は、不気味でチャーミングな白黒アニメです。子どもの頃飼っていた愛犬やクラスメイト、すべてが監督自身の思い出につながる数少ない作品だと語ります。



12月1日、世界エイズデー 北山翔子さん、HIVを語る


15年前、保健師として赴任したアフリカでHIVに感染した北山翔子さん。これまでの歩みと、今をともに生きる私たちへのメッセージを語ってくださいました。



特集 過去。年末に考える「進化」論


「生物を理解するには過去を知らなくてはならない」と、分子古生物学を研究する更科功さんは言います。約30年前に始まった古代DNAの研究は、ヒトと約3万年前に絶滅したといわれるネアンデルタール人との間に交配があったことを明らかにしました。
また、アリストテレスまでさかのぼる解剖学を、新たに「遺体科学」として提唱する遠藤秀紀さんは、「身体の基本設計図」から過去の進化を説いています。ヒトの耳が昔の動物では顎のパーツであったこと、人体は前代未聞の急造品であり、二足歩行への設計変更が現代生活での苦悩を生み出しているなどの指摘に驚きます。
震災から1年9ヵ月、1年の終わりに、新しい「分子古生物学」、解剖学以来の歴史ある「遺体科学」の二つが明らかにする「進化」を通して、人間の過去を知り自らを振り返りたいと思います。
特集の最後には「本でたどる進化論の歴史」と題し、更科さん、遠藤さんがおすすめする8冊の本もご紹介。



監督インタビュー 『39窃盗団』押田興将 監督


『39(サンキュー)窃盗団』は、ダウン症の青年が主役をつとめる、軽妙なテイストのコメディ映画です。主役の押田清剛さんは監督の実弟。初監督作に弟を選んだわけは? 悲壮感なく、ありのままの障害を捉えた先に見えてくるものとは?



この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

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