(2009年10月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第128号



若い単身者に、家賃補助と公営住宅入居資格を 住まいの保障が、いきいきした、居心地いい社会を生み出す





今、若者たちが住宅問題に直面している。不安定な雇用で所得は低下し、若者たちの独立への第一歩だった低家賃の住宅も減少。日本の住宅政策は世帯の持ち家取得を促進するもので、単身者への補助はほとんどない。今こそ住宅政策の発想の転換が必要だと、住宅問題の研究を続ける平山洋介さん(神戸大学大学院教授)は語る。






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増える、親の家にとどまる若者たち



世帯内単身者、つまり親の家にとどまる若者が非常に増えているんです」。そう語るのは、若年層の居住類型についての調査を行った平山洋介さん。

一時期、成人後も親と同居する若者は「パラサイト・シングル」と揶揄され、自立心を欠いているなど精神論をもって非難されたことがある。しかし実は、世帯内単身者は若年層の中でも最も所得が低く、雇用条件が悪いということがわかってきた。新自由主義的な労働市場の再編で若者の雇用が不安定化した中、親と同居するというのは暮らしを守る合理的な手段にならざるを得ないという。

「これほど低所得で、非正規の不安定就業者が増えても、社会がまだもちこたえていられるのは親世代の持ち家という受け皿があったから。しかし、いずれは親の所得も下がり、高齢化する。いつまでも受け皿とはなりえません」





若者が親の家を出て独立するためには、最初のステップとして低家賃の住宅が必要だ。しかし、バブル後、所得は下がり、デフレが続いた。デフレだったら家賃は下がるはずだ。ところが、実際には、家賃だけは市場に反応せずに上昇した。

賃貸住宅市場が再開発や投資の対象とされてしまい、昔ながらの2~3万円という低家賃の住宅が激減したせいである。所得が低く、安い住まいがないとあっては、親の家を出るのは難しい。




若者の未婚率の上昇や雇用条件の悪化と同様に、このような住宅問題がもっと取り上げられていいはずだと平山さんは指摘する。

「当事者である若者自身は『自分の給料が安いから家を借りられない』と考えてしまいがちですが、これは低家賃の家がないという社会政策の問題。安い家賃の良質な家が十分にあり、若い人がそこに住めたならば、職探しもしやすくなる。結婚したい人や子どもをもちたい人も、将来の見通しを立てやすくなる。社会が大きく変わるはずです」




日本の、メンバーズオンリー社会と持ち家政策は破綻



ここで、これまでの日本の住宅政策や社会政策を振り返ってみよう。

平山さんは日本の社会を、「グループに所属することによって安心感が得られるメンバーズオンリーの社会」だと言う。会社に所属して正規雇用の仕事を得る、結婚して家族をもつ、住宅を購入する、それが昔ながらの標準コースでありメインストリーム。その流れに乗ってメンバーになれば、充実した支援が得られる。

その結果、日本社会は身分社会ともいえるほど、正規雇用と非正規雇用、大企業と中小企業、既婚者と単身者、男性と女性、といった、それぞれが属するグループによって所得や暮らしの格差が生まれている。

たとえば、大企業に就職すれば住宅補助や社宅など住宅に関する企業福祉が受けられる。その間に資金を貯められ、家を購入する段になれば住宅取得に対する公的な補助も手厚い。一方で、単身者が賃貸住宅に住むことを想定した公的な補助はほとんどない。




「もともとはその流れに乗れない人を差別するという意図はなく、『さあ、みんなでメインストリームに参加しましょうよ』という考えだったんでしょう。一億総中流といわれた80年代までは、実際に多くの人がそのメンバーになれた。でも今や、メンバーになれない若者が激増している。今後、グループ主義を中心に政策を立てていくのは無理。住宅などの社会保障をグループや家族単位ではなく、個人単位に変えていく必要があると思います」





後編「平山洋介さん「国の家賃補助政策がないのも先進国で日本だけ」(2/2)」を読む


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前編を読む




そんな彼らが、住む場所に一番求めるものは何なのだろうか?

5人に1人が「利便性」(街へのアクセス、通勤、交通、最寄り駅との距離)を求めている。東京では、「居心地」や「環境」(広さ、快適さ、安心、安全、公共施設)についても3人に1人が望んでいる。

さらに6人に1人は家賃そのものや家賃とのバランスをあげるが、これは東京の家賃が高いからだろう。一方、大阪では「居心地」(安らぎ、くつろぎ、落ち着き、暮らしよさ、清潔感)をあげる人が多い。

「暮らしやすさ。防音、清潔感、台所の広さすべて。前に住んでいた部屋が電話の会話が聞こえるぐらい壁が薄かったり、台所が狭かったり、生活する家ではなく、単に『寝に帰るだけの家』の造りだったので、引っ越す時にこの点を考えた」(25歳/男性/法律事務所/大阪)という意見が象徴的だ。

結婚(同棲)したら住みたい家についても聞いてみた。「広いところ」と答えた人が、3人に1人。「自分の空間を持ちたい」という人を加えると半数におよぶ。現在住む住宅は狭くても、結婚したら自分の空間を確保したいという願望が強く現れている。






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家賃補助賛成は半数、4人に1人は条件つき賛成か、否定的



国の住宅政策については、半数近くが「家賃補助」に賛成している。具体的には、「求職活動中の身なので、その間に受けられる補助制度があれば、家賃を気にせず仕事探しに専念できてよい」(26歳/女性/求職中/東京)、「敷金や礼金、家賃の補助があれば非常に助かる」という意見があった。

反対に、「会社が福利厚生として社員に補助すればいいこと」(33歳/女性/会社員/東京)など、否定的な意見も4人に1人あった。

また4人に1人は条件つきで賛成している。具体的には、「若者に限定する意味は? たとえばひとり暮らし支援制度のようなものができれば住宅の分散が進んでしまい、ますます住宅環境が悪化してしまうのではないか。ルームシェアやハウスシェア、ドミトリーハウスのようなものの需要への補助は賛成」(24歳/男性/音楽家/東京)、「ハウジングプアが発生しないようにしてほしい。派遣切りの際に生じたような、仕事を失うと住宅を失う状況が生じないようにしなければならない。若者への家賃補助がいいのか賛否は留保するが、安くてまともなところに住む権利は奪われてはならない」(35歳/男性/会社員/東京)

そのほか、「最優先して税金を投入すべきは耐震性の確保。100年住宅など、日本らしい街並み形成も視野に入れる」「敷金、礼金の見直しを」「増改築への補助」「相続税の軽減」「低所得者全体へ」などの意見が寄せられた。




同居から独立へ、ネックは親との関係(東京)とお金(大阪)



現在、親と同居している若者(20人)に、ひとり暮らしの意向について聞いてみた。

東京では7割が独立してひとり暮らしをしたいと考えている。その理由としては、「いい歳だから……。自宅ってちょっと格好悪いかも……」(31歳/女性/会社員/東京)、「職場が家から遠い(通勤1時間半)、残業で終電に間に合わない」(25歳/女性/DTPデザイナー/東京)、「親元を離れて自立しなければと思い、親からもそろそろ家を出て行く時期なのではと促されている」(29歳/女性/染織り物染色工場勤務/東京)など。

それに対し大阪では、「作品制作のアトリエを確保したい」(33歳/男性/フォトグラファー/大阪)という意見もあるものの、6割がひとり暮らしをしたいと思っていない。




では、独立のネックになるのは何だろうか? これについても、東京と大阪は際立った違いを見せている。東京ではたとえば、「母親が病気がち」「親に甘えてしまう」など「親との関係」が4割あるのに対して、大阪では8割が「収入面での不安」など「お金」をその理由にあげている。

住宅を探す第1条件は、東京では「環境・立地」、大阪では「住宅条件」(広さ、水まわりなど)が多く、東京と大阪で共通するのは、「利便性」であった。

ルームシェアについては、「してみようとは思わない」人が6割を占め圧倒的に多い。現在、親と同居中であるから、ひとり暮らし優先でルームシェアは検討外ということかもしれない。

結婚(同棲)したら住みたい家については、3人に1人が利便性を望み、東京では半数にも及ぶ。

国の住宅政策については、「家賃補助など住宅政策が必要」と答えた人が半数弱あるのに対し、「住宅政策自体がいらない」と答えた人が約3人に1人あった。親と同居することでそれなりに良質な住環境を得ているので、住宅そのものへの要求が生まれにくいともいえる。

日本の若者の住宅要求の弱さは、親との同居を許容する風土が生んだのかもしれない。




最後に、親と同居する27歳、女性の意見を紹介したい。

「突然の不況によりワーキングプアやネットカフェ難民になってしまった人たちに対して、住宅だけでなく医療保険、年金なども含めて包括的に支援する政策があればよい。今後格差がますます広がり、生活保護までいかないが困窮する人は増えていくのではないか。高齢化社会に向かって若者の存在が今以上に社会を支えていく必要があるのだから、セーフティネットをもっと幅広くしてもいいのではないかと思う」(保育士/東京)

(奥田みのり/沢田恵子/中島さなえ/野村玲子/山辺健史/編集部)


イラスト:Chise Park
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[編集部より:〈もやい〉理事長の稲葉剛さんの「衆議院厚生労働委員会における発言要旨(2013年5月31日)」を、〈もやい〉ウェブサイトからビッグイシュー・オンラインに転載させていただきました。生活保護法改正に関しての貴重な提言、ぜひご一読ください。]





5月31日午前、〈もやい〉理事長の稲葉剛が衆議院厚生労働委員会に参考人として呼ばれ、生活保護法「改正」法案に関する意見を述べました。
その動画は以下のページでご覧になれます。

*衆議院インターネット審議中継ビデオライブラリ
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=42847&media_type=wb


以下に、発言の要旨と委員会で配布された資料を掲載します。





衆議院厚生労働委員会での発言要旨



(NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長 稲葉剛)

本日は発言の機会を与えていただき、ありがとうございます。

私は過去20年間、東京都内を中心に約3000人の生活困窮者の方の生活保護の申請に同行してきました。なぜ申請の同行が必要かというと、一人で行くとほとんどの場合、「家族に養ってもらいなさい」、「働けるからダメ」などと言われて追い返されるからです。私たちが同行することで、生活保護につながった方もたくさんいますが、一方で支援の手を届けることができずに、路上生活のまま、貧困状態のまま餓死した人、凍死した人を、私は何人も見てきました。また、かろうじて生活保護につながっても、その時には結核やガンなどの疾患が手遅れの状態になり、命を落とした人にもたくさん会ってきました。

つい先日、5月24日にも、大阪市北区で28歳の女性と3歳のお子さんが亡くなっているのが発見されました。死因はまだ特定されていませんが、餓死の疑いがあると言われています。報道によれば、ドメスティックバイオレンスの被害から逃れるために転居をされており、大阪市に引っ越し前に一度、守口市で生活保護の相談をされていたということです。なぜ生活保護制度につながることができなかったのか、徹底した究明をしていただきたいと思います。




昨年1月には札幌市白石区で40代の姉妹が孤立死をされるという事件がありました。白石区の福祉事務所に三度にわたって相談に行っていたにもかかわらず、非常用のパンを渡されただけで、事実上追い返されていました。

お手元の資料の7ページ目から9ページ目にかけて、情報公開請求で明らかになった白石区福祉事務所の面接記録の写しを添付しています。「急迫状態の判断」という欄を見ていただければわかりますが、ライフラインの状況など詳しい聞き取りをほとんどしていません。

二回目、三回目の相談では、「保護の要件である、懸命なる求職活動を伝えた」とあります。要するに「がんばって、仕事を探しなさい」と言って追い返したわけです。




こうした餓死事件、孤立死事件は「氷山の一角」に過ぎません。

資料の2ページ目にあるように、厚生労働省の「人口動態調査」に基づく統計で国内の餓死者数は1995年から急増し、95年から2011年までの17年間に「食糧の不足」が原因で亡くなった方は実に計1129人に及びます。年間70人近い方が「食糧の不足」により亡くなっているのです。

しかも、実際は餓死であっても何らかの疾患を伴っていることが多いので、別の死因になる場合もあります。この数字自体が「氷山の一角」であるということを知っていただきたいと思います。




さまざまな事情により生活保護制度などの社会保障制度につながることができずに餓死、孤立死してしまう。制度の知識がなかったり、制度を利用するのが恥ずかしいという意識、スティグマから制度の利用をためらう人もたくさんいます。

また、窓口に行っても、いわゆる「水際作戦」によって追い返されてしまう。貧困ゆえに餓死や凍死、孤立死に追い込まれる人は跡を絶ちません。これは政治の責任であり、私たち社会全体の責任です。




資料の6ページにあるように、国連の社会権規約委員会からも先日、日本政府に対して勧告が出されました。そこには生活保護の申請手続きを簡素化し、かつ申請者が尊厳をもって扱われることを確保するための措置をとるように求める、また生活保護にともなうスティグマを解消するよう政府は務めるべきだと書かれています。





そうした事実を前提に、今回の生活保護法改正案をめぐる動きを見ると、残念ながら改正の方向性が正反対を向いていると言わざるをえません。


政府が提出した生活保護法改正案について、私たちは、24条1項・2項の規定が、申請書や添付書類の提出を要件化するもので、違法な「水際作戦」を合法化する内容になっていること、親族の扶養義務を強化することで事実上、扶養を要件とするものだと批判してきました。

このうち、申請権侵害の問題については、与野党による法案修正により、一定の歯止めがかかったと評価しています。しかし、もう一方の扶養義務強化の問題は未だ解消されていません。

扶養義務が強化され、生活保護を申請した親族の資産や収入に対して徹底した調査がおこなわれることになると、当然、それは水際作戦の口実に使われることになります。資料3ページ目に掲載した日弁連の電話相談会の報告でもわかるように、今までも「家族に養ってもらえ」というのは最も多い追い返しの手法でした。今回の法改正により、各福祉事務所がこうした「水際作戦」を強化しかねないと懸念しています。

また、扶養義務が強調されると、生活に困って役所に相談に行く人にとって、「自分が申請すれば、親族の資産や収入が役所によって丸裸にされてしまい、家族に迷惑をかけてしまう」という意識が働くことになり、申請の抑制につながってしまいます。DVや虐待が過去にあったケースでは、親族に連絡されてしまうことで、自分や子どもの身の安全にも影響することがあり、これまでも問題になってきました。大阪で亡くなった母子の方も、もしかして家族に知られたくないという意識から助けを求められなかったのではないかと推測します。




生活保護の捕捉率は2割~3割と推計されています。扶養義務が強化されてしまうと、ただでさえ低い生活保護の捕捉率がますます下がってしまいかねません。それは餓死・孤立死、貧困ゆえの死者が増加するという結果をもたらすものです。

それゆえ、改正法案の24条8項、28条、29条の各規定については削除または修正していただきたいと考えます。




ほかにも、生活保護利用者に生活上の責務を課すなど、修正案にはさまざまな問題が残されています。国連の社会権規約委員会が求める「尊厳をもった扱い」や「スティグマの解消」とは正反対に、生活保護の申請者や利用者、その家族を上から管理しようという発想が随所に見られます。

暴走している機関車が今まさに人々をひき殺そうとしている時に、自ら列車に飛び乗って軌道を変えてくれた方々には感謝しています。しかし残念ながら、列車の暴走は止まっていません。

今回の生活保護法改正は63年ぶりの抜本改正であり、拙速な形ではなく、もっと時間をかけて審議すべき問題だと思っています。生活保護を利用している当事者の声も聴いた上で、慎重に議論を進めていくべきです。




生活保護制度につながることができずに亡くなった方は、もはや声を出すことはできません。しかし、生きている私たちは、貧困ゆえに餓死された方、凍死された方、孤立死された方々の無念や絶望を想像することはできるはずです。

貧困による死をなくすには何が必要なのか、何を変えるべきで、何を変えるべきでないのか。ぜひこうした観点から国会での議論を進めてください。ぜひ、政治の責任を果たしていただきたいと思います。





稲葉発言資料P1~6
稲葉発言資料P7~9
http://moyai-files.sunnyday.jp/pdf/130531inabahatugen_p10.pdf" target="_blank">稲葉発言資料P10

稲葉発言資料 一括ダウンロード(ZIPファイル)




特定非営利活動法人 自立生活サポートセンター もやいウェブサイト


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前編<研究者・酒井章子さんが語る「花が美しい理由」>を読む




ボルネオの熱帯林のてっぺんはさわやか



花と送粉者の関係を研究してきた酒井さんの調査地は、マレーシア、ボルネオのランビル国立公園の熱帯林。60mの巨木がそびえ立っている。

ここには、高さ80mのクレーンが建てられていて、そのアームの先につるしたゴンドラに乗って、熱帯林の林冠(キャノピー:森林で樹冠どうしが接して横に連なる部分)で植物や昆虫を観察する。クレーンは林冠の上を360度ぐるりと動く。この林冠クレーンを使うと、アームの内側ならば、どこにでも重い測定装置を持って移動できる。




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「熱帯林中は湿度が高くてじとっとしているんですけれど、林冠の上に出てしまうと、日差しはきついですけれど、空気はさわやかですね。木に登ると、鳥とか昆虫など動物との距離がちょっとだけ縮まる気がするんです。地上より動物の数が多いせいもあって、鳥も少し警戒を解いているような気がします」





月面よりわかっていないといわれる熱帯林の林冠。

「まだ基本的な情報も限られていて、教科書に書いてあることがどんどん簡単にひっくり返っていく。そういうおもしろさがあります」


熱帯林には、温帯よりもずっと生物の種類が多いという。植物の数はほぼわかっているが、昆虫はいったい何種類いるのかもわかっていない。

「地球上の昆虫の多くの種が熱帯に分布しているわけですけれど、どれだけの種類の昆虫がいるのかわからない。昆虫学者によって、推定値が一桁とか二桁とか簡単にずれるような状況なんです」





なぜ、ボルネオ熱帯林の樹木が60〜70mもの高さになるのかも、わかっていない。

「樹木が60〜70mになると、相当の圧力で水を持ち上げなければならない。強い風が吹かないので高くなれる、光をめぐって競争しているという説もありますが、なぜそこまで高くなるのか?」と首をかしげる酒井さん。

熱帯林と日本の森林の林冠の風景は、上から見ると違いがよくわかる。

「ボルネオ熱帯林は、林冠がボコボコしているんですよ。日本の森林は風も吹くし、樹の種類も少ないので頭が揃っているんですが、熱帯林にはところどころに「突出木」と呼ばれる高い樹があって、ちょうどカリフラワーみたいにボコボコしているんです。でも、なぜ突出するまで高くならないといけないのかがよくわかっていない。例えば、となりの樹から葉っぱを食べる虫が来るのを防ぐために、ほかの樹と肩を並べないようにしているとか、いろいろとおもしろいことを言う人もいますが、本当のところはわからないんです」






人間の想像をこえる昆虫の生きかたがおもしろい




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(アザミの花を訪れるマルハナバチ)




酒井さんにとって、熱帯林の魅力とは何なのだろうか。

「研究者によって熱帯林の魅力は違うと思うのですけれど、わたしが一番おもしろいと思うのは、生物の多様性というか、いろいろな生物がそれぞれ個性的な生きかたをしていること。例えば、昆虫は人間の想像をこえて、いろいろな生活をしているんです。それにはいつも驚かされます」


ここで、酒井さんが見た、彼女の想像をこえていた昆虫の話を四つほど紹介しよう。




①パナマで見た昆虫の話。

あるとき花に来る虫の中に、羽のないハエがいた。しかもメスだけ羽がない。どうやら、オスがメスをつかんで運ぶらしい。オスがメスを運んで、ちゃんと産卵場所まで連れて行く。面倒見のいいハエである。




②放浪するミツバチの話。

オオミツバチというミツバチの仲間は、数千、数万匹の家族で旅をする。いつも偵察隊を出して、花がある場所を調査している。花がなくなると花があるところに、意を決して移住する。数十キロも放浪生活をして、巣を移動させる。エネルギーと冒険心もあるミツバチだ。




③あるアリの話。

ある植物の幹には穴が開いていて、その中に特定のアリが住みつくという。植物はアリに餌を与え、アリは餌をもらってその植物の防衛をする。毛虫が来ればせっせと追い払い、つるが伸びてきて樹に巻きつけば、それを噛み切る。家と餌を提供してもらう代わりに、その植物を守る住み込みボディガードだ。




④奇妙な匂いを出す花の話。

花は「蘭に似た」という名を持つほどきれいなのだが、変わった匂いがする。いったいどんな動物が花粉を運んでいるのか? 実はその花粉を運んでいるのは、エンマコガネというフンコロガシの仲間だった。花なのに、動物の糞の真似をして昆虫を呼んでいた。




そんな数々の、謎と不思議と活力に満ちた、生物多様性の宝庫が熱帯林だ。だが、最近、酒井さんが気になるのは、熱帯林が伐採や開発のために減り続けていることだ。また、そのような森林の縮小や過剰な狩猟によって、大型哺乳類がいなくなるという「森林の空洞化」がすでに各地で起こっている。

花粉を運ぶ昆虫が消滅すれば花を咲かせる植物が困るように、大型哺乳類の数が減れば、彼らに食べてもらうはずだった果実を実らせる樹木が困る。せっかく実った果実が食べられもせず、種子も運ばれず朽ちていく。

「狩猟の問題もありますが、森林の伐採や開発も大きな問題です。例えばマレーシアの低地で、オイルパームのプランテーションがすごい勢いで広がっている」と、酒井さんは指摘する。

オイルパームからは、日本では環境にやさしいと宣伝されているヤシ油がとれる。皮肉な話だが、温暖化対策としてのバイオエネルギーの導入による植物油の需要が、多様性の喪失という別の環境問題を加速しているのだ。




そんな熱帯林の問題に思いを馳せながら、酒井さんは、人と生物のかかわりを大事にすることが生物多様性の存続を考えていく一つの手掛かりとなるのではないか?と考えている。

「生物多様性がなぜ大切なのか、という問いにはいくつもの答えがあります。私は、人間が生物多様性から受けてきた文化的な豊かさは小さくないと思っています。例えば日本人は、いろいろな色を表現するのに、生物にちなんだ名前をたくさん使ってきました。いろいろな生物に象徴的な意味を持たせたりもします。年中行事で何か決まったものを食べるとか、祝いごとで何かを飾るとか。また、野球やサッカーのチームで動物をシンボルとして使ったりする。生物多様性は一度なくしたら取り返しがつかない。そんな文化的な豊かさをどれくらい大事に思えるのかということが、これから生物多様性を守っていくことにつながっていくと思うのです」

(編集部)
プロフィール写真:中西真誠
写真提供:京都大学生態学研究センター





さかい・しょうこ
京都大学生態学研究センター准教授。千葉県生まれ、1999年京都大学博士(理学)。日本学術振興会海外特別研究員、筑波大学講師などを経て現職。専門は植物生態学。主な著書に「森林の生態学・長期大規模研究から見えるもの」文一総合出版(共著)。






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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

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(2009年10月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第128号





若者住宅アンケート調査:劣悪な住宅に住む若者たちの、住宅へのつつましい要求



デフレ社会なのに、家賃だけが下がらないという。若者たちは今、どのような住宅問題を抱えているのだろうか? 20~34歳の、都市圏で親から独立してひとり暮らしをする31人(東京21人/大阪10人)、また親と同居している20人(東京10人/大阪10人)にアンケートをして、ひとり暮らしの現状、住宅に対する悩みや意見、そして提案を聞いた。








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進学、就職、転勤、親との関係、夢の実現—独立した理由



まず、ひとり暮らしをする若者(31人)に、親から独立した理由を聞いてみた。東京のひとり暮らしをする人の4割は、その理由に「実家が北海道で、高校に通うため東京でひとり暮らしを始めた」(21歳/男性/会社員/東京)など、「進学」をあげている。

次いで、「就職したら親から独立するのは当たり前と思っていた」(33歳/女性/デパート勤務/東京)など、4人に1人は「就職」が契機となり、「転勤」がきっかけになった人もいる。

また「19歳の時に、父親と大げんかをして家を出た。一定の距離があった方が親との関係もうまくいくと思った。現在は上京してひとり暮らし」(31歳/女性/会社員/東京)といった「親との関係」を理由にあげる人、さらに「音楽バンド活動のため」(23歳/女性/フリーター/東京)、「夢の実現」(32歳/男性/フリーター/大阪)を目指す人もいる。




15㎡未満に住む人が3人に1人の東京、家賃は月収の4分の1



では、ひとり暮らしをする若者は実際、どんな住宅に住んでいるのだろうか?

5人に1人は30~40㎡未満の住宅に住んでいる。15㎡未満、15~20㎡未満、25~30㎡未満の住宅に住む人もそれぞれ5人に1人に迫っている。40㎡以上に住む人はたった1人と圧倒的に少ないことがわかった。

15㎡未満、15~20㎡未満、25~30㎡未満の住宅はワンルームまたは1K、30~40㎡未満の住宅は1K~1DK程度と考えられるから、ほとんどの若者がワンルーム、1K、よくて1DKの住宅に住んでいることになる。

また、大阪と東京の住宅スペースにはかなりの差があり、大阪では30~40㎡の住宅に住む人が約半数あるのに比べ、東京では約3人に1人が15㎡未満の住宅に住んでいる。15㎡未満といえば6畳の部屋にユニットバスなどが付いている部屋が想定でき、東京での住宅環境の厳しさが感じられる。




このような部屋に住む若者の3人に1人が当然ながら、住宅に対する不満をもっている。中でも多いのが、「壁が薄く隣室の音が響く」で、「狭い」「老朽化」「暑い」「風通しが悪い」「耐震性」など、住宅の構造自体にかかわる不満だ。

また4人に1人は、「キッチンが狭い」「収納スペースがない」「換気が悪い」「洗濯機置き場がない」など住宅設備に対する不満を述べている。

社会環境については4人に1人が不満を述べる。その内容は、「本屋」「スーパー」「駅」に遠いこと、「狭い道」「ごみ捨ての不便さ」などである。自然環境についてまったく言及がなかったことも注目されよう。

理想の住宅スペースとしては、3人に1人が30~40㎡未満の住宅を望んでいる。これは東京も大阪も変わらない。

現状の家賃が収入に占める割合を聞いてみると、3人に1人が4分の1以下ともっとも多く、3分の1以下がそれに続く。仮に月収20万円とすると、5万円〜6万円程度になる。しかし、5人に1人は理想の家賃として、収入の5分の1以下を望んでいる。月収20万円の人なら家賃4万円というところである。




人間関係がネック、ルームシェアはNG。結婚したら自分の空間を



友人や知人とのルームシェアについての意向も聞いてみた。広い住宅の確保や家賃を軽減できることから、ルームシェアは有効な1つの選択肢ともいえるが、回答は予想を裏切った。

約6割がルームシェアを「してみようとは思わない」と答え、その理由として、「他人との関係がわずらわしい」が多く、人間関係をあげる人が多い。

反対に、「してみたい」人は、3人に1人。その理由は「家賃負担が少なくなる」が圧倒的だった。また「広い住宅に住める」「他者との交流を楽しめる」という理由も多い。




後編へ続く


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6月1日発売のビッグイシュー日本版216号のご紹介です。



特集 再考! 民主主義


日本国籍をもつ20歳以上の誰もが選挙権をもち、民主主義が保証された社会、日本。
なのに、“どうせ何も変わらない”という政治への無関心と無力感をもつ人たちが多いのは、なぜなのでしょうか?
そこで、「必要なのは、民主主義の前提条件となる“時間”と“場所”をつくり出すこと」と言う、市民運動家の湯浅誠さんをゲスト編集長に迎えました。湯浅さんは、ホームレス問題にかかわるなかで貧困問題を発見し、2年間の内閣府参与を体験して民主主義の問題に突き当たったといいます。
湯浅さん自ら、「民主主義とは何か?」について、官僚、マスコミ、研究者に問い、民主主義の萌芽を求めて、政治参加を考える高校生、市民政治連盟、地域再生にかかわる住民の活動を取材されました。
湯浅さんとともに、7月の参院選を前に改めて、“民主主義とは何か”を考えます。



スペシャルインタビュー マムフォード&サンズ


UKフォークロックバンドのマムフォード&サンズ。ラジオなどでも、バンジョーに彩られた彼らのメロディーを耳にした方も多いのではないでしょうか? 彼らが語るのは、信仰から下ネタ、将来のビジョンに至るまで。チームワークのよさを見せます。



リレーインタビュー 私の分岐点 時任三郎さん


「救命病棟24時」「ふぞろいの林檎たち」など、さまざまなドラマに出演し、活躍を続ける時任三郎さん。ビジネスマン役でブレイクしたこともあり、同じイメージの配役ばかりで苦しみましたが、4年間のニュージーランド生活が自身の分岐点となります。



国際記事 パキスタン、「ストリート・ストライカーズ」


パキスタンでは、貧困や家族の虐待を理由に、路上に逃れた子どもたちが120~150万人いるとされています。南部の大都市カラチで、彼らのためのサッカーチームが始動。来年にブラジル・リオで開かれる「ストリート・チルドレン・ワールドカップ」出場も決定し、サッカーを通してチームプレーと生きる意味を学んでいます。



ビッグイシューアイ コレクティブハウス沼袋


賃貸住宅でありながら、居住希望者が建築の企画会議に参加でき、家づくりとコミュニティづくりに関われる「コレクティブハウス沼袋」。人々の議論の場を取材しました。



この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

最新号は、ぜひお近くの販売者からお求めください。
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花はなぜ美しい?—ボルネオの熱帯林に登って考えた



子どものころから木登りが好きだったという酒井章子さんは、長じて研究者になりボルネオの熱帯林で60mの樹木に登るようになった。そんな酒井さんの研究とは?







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花は植物の生殖器官



野に咲く可憐な野草、あるいは花瓶に生けたゴージャスな花々。それはどちらも美しいけれど、そもそも、なぜ花は美しいのだろうか? 哲学問答のようではあるが、酒井章子さんのこの問いに対する答えはシンプルである。

「花は植物の生殖器官。一番大事な花の機能は、子ども(種子)を残すこと。そのために美しくなったんです」


動物には雄と雌がいて交配することによって子どもを残すが、多くの植物にも動物と同じように性がある。種子をつくるためには遺伝子交換が必要で、植物はそのために花を咲かせる。遺伝子の詰まった花粉というカプセルをつくり、それを昆虫や鳥などの動物(送粉者)に託して同種の植物に届けてもらうのだ。




人間は古来、植物を寡黙な存在だと思ってきた。「花は植物の生殖器官」という発見が広く認められるようになったのは18世紀に入ってからのことである。

花粉を送粉者に託すというのは、
「植物の進化の歴史の中で、非常に大きな発明でした。いろいろな美しい花があるのは、植物がさまざまな動物に花粉を運んでもらっているからです。それぞれの花粉の運び屋にあわせていろいろなかたちの花が進化し、多様化してきたからなんです」


その進化の歴史は、植物と動物(送粉者)がお互い相手に合わせて、チューンナップしながらつくってきたと、酒井さんは説明する。

例えば、鳥に花粉を運んでもらいたい植物は赤い花をつけていることが多い。
「鳥は赤が見やすいといわれています。ほかの色が見えないわけではないんですけれど、鳥は自分の花は赤いんだということを知ってるんだと思いますね」






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花粉の送粉者となる昆虫の中でも、特にミツバチなどのハナバチの仲間は一生花の蜜と花粉に依存して過ごすという。

「一生涯、花から食べ物を得ているという意味で、特異なグループの一つです。重要なのは、彼らが自分のおなかをいっぱいにするためではなく、巣にいる仲間や子どもたちのために花粉を集めていること。自分の食べる量よりずっと多くの蜜や花粉を集める働き者なので、植物からみてもありがたい。身体をおおうふわふわした毛は、おそらく花粉集めに都合のよいように発達させてきたと思いますね」



そのような植物と動物のパートナー関係が密接であればあるほど、仮に花粉を運んでくれる動物の数が少なくなってしまうと、植物は繁殖の危機に瀕するのではないだろうか?

「送粉者に来てもらえず種子が作れなくても、多年草の場合は種子を作るために使うはずだった養分を取っておき、来年の種子に回すことができます。一方、1年で死んでしまう一年草は、来年にまわすということができませんから、ほかの花から花粉を運んでもらえなかった場合に備えて自分の花粉で種子を作る仕組みを持っていることが多いんです。いわば保険をかけているんですね。ですから、送粉者の数の多少の変化は植物にとっては想定内といっていいでしょう。しかし、送粉者が生態系からまったくいなくなってしまったら、その影響は大きいと思います」







(2007年12月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第83号



後編に続く


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Genpatsu


(2013年1月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 207号より)




5500人参加、第2回脱原発世界会議



脱原発世界会議が昨年12月15、16日に行われ、のべ5500人が参加した。同年1月に横浜で行われた同世界会議に続く2回目となる。この時期に行ったのは、日本政府と国際原子力機関(IAEA)が各国の閣僚と専門家を招いて「原子力安全に関する福島閣僚会議」を福島県郡山市で開催したのに対抗して、市民側からの問題提供のためだ。

現在のIAEAの事務局長は、日本人で外務省出身の天野之弥氏だ。2009年、IAEAの特別理事会での第1回目の投票で、同氏を事務局長にするのに必要な3分の2の信任が得られず、日本側はそうとう苦労した。日本としては原子力輸出に有利になることを狙っての起用だった。しかし彼の足元であり得ないはずの原発事故が起きた。

外務省の発表によれば、玄葉外務大臣(当時)の立ち会いのもと、福島県とIAEAとの間で協力文章を交わした。その内容は、放射線モニタリング、除染、人の健康、緊急事態の準備と対応の各分野で協力していくというものだ。

福島県は復興なくして県行政は成立しないと積極的だ。福島の復興なくして原子力への信頼は取り戻せないと、原子力を進めてきた人たちもきわめて積極的だ。

他方、この陰で苦しんでいる人たちがいる。移転への補助が得られず、高い放射線環境下で暮らすことを余儀なくされている。私たちは特にこの人たちに焦点を当てたかった。さらに、脱原発が私たちの願いであることを、改めて示したかった。

筆者の団体、原子力資料情報室は「原子力を規制する」の分科会を担当した。ドイツ、米国、韓国からゲストを招き、それぞれの国の実情を聞きながら、市民の安全を守るために規制を強化するための方策を探った。

具体的な内容もあるが、何よりも市民が新しく設立された原子力規制委員会の監視をし、規制委員会と対話をもっていくことが重要であることが、みなの一致した意見だった。

会議の他に、東京では日比谷公園でブース展示や集会とデモを行った。日本未来の党の嘉田由紀子代表も衆議院選挙の投票前日で超多忙にもかかわらず、デモに参加してくれた。

郡山市ではIAEAへの抗議の他、脱原発首長会議が開催され、住民の命、健康と権利を最優先に除染などの事業を行うこと、低線量被曝を過小評価しないこと、「原発事故子ども被災者支援法」に基づく被災者の現実に即した施策を行うことなどを要請する宣言文を発表した。




伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)






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前編「オランダでたったひとりの日本人ホームレス(前編)」を読む


寒さ厳しいオランダの冬対策




Mさん「オランダ、特にアムステルダムはホームレス対策が行き届いているから、飢え死にもしないし、凍死もしないんだよ。去年の冬はかなり寒かったんだけど、凍死者がでたのは、ホームレス・シェルターに行かなかった2人だけだったんだ。ここスツールンプロジェクトの他にも、アムステルダムには幾つかのホームレス・シェルターや施設があって、DWI *4は、冬のピーク時になると、特別にベッドを多く用意するんだ。DWIは一室につき40人が定員で、基本的には、月に10日間泊まれるんだけど、気温が氷点下0度以下になると、毎日泊まれるんだよ」





ヨーロッパとの強い繋がり




タケトモコ「Mさんは不法滞在だから、オランダ政府から出て行けといわれる可能性が常にありますよね? もしオランダ政府から国外追放を言い渡されたら、どうするんですか?」

Mさん
「そうだな、まあ、とりあえずは、ベルギーあたりに出るだろうな。強制送還だけはどうしても避けたいね。5年はヨーロッパに出入り禁止になるらしいから。ちゃんと調べておかないと」
と、少し険しい表情を見せる。

「日本のことは全く恋しいと思わないね。日本に戻りたいと思ったことは一度もない。理由はわからないけど、魂が日本を拒絶しているんだ。
だから日本食も恋しくなったことは一度もない。好物は今も昔も日本食じゃなくて、フライドチキンだからね」






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Mさん(60歳)




タケトモコ「なぜ、そこまで日本のことが嫌になっちゃったんですか?」


Mさん
「日本は階級社会だから、そういったプレッシャーに絶えられなくなったんだろうな。じいちゃんは 敬虔な仏教徒で信心深い人だったから、子どもの頃からよく仏教の説教を聞かされていたんだけど、仏教の中でも階級があることを知って、死んでからも階級があるなんて思うと、嫌になっちゃったんだよ」



タケトモコ「日本が恋しくなったりしないんですか?」


Mさん
「もう死ぬまで二度と日本に帰ることはないだろうから、ヨーロッパのどこかに骨を埋めることになるんだろうな。どうせあと、数年くらいしか生きられないんだろうと思う。なぜかヨーロッパには子どもの頃から、特別な強い魂の繋がりを感じているんだよ」


「ずいぶん昔の話だけどね、24歳の頃に2年間つきあって、婚約までした女性がいたんだけど、結局うまくいかなかった。彼女の父親は厳しい人で、結婚の決断を早くと迫ってきたんだけど、自分が曖昧な返答しかできなかったんだよ。結局、彼女のために自分の生き方を変えることはできなかった。実はアムステルダムに暮らし始めるまでは、時々夢に彼女が出てきていたんだよ。彼女も自分も当時のままの若さでね」
と、照れ笑い。




アムステルダムのドラッグ事情




Mさん
「オランダは日本や他の国と比べると娯楽が少ないから、どうしてもコーヒーショップ*5に行っちゃうんだろうね。それで大麻なんかのソフト・ドラッグ*6を常用するようになる。でも、ソフト・ドラッグがあるからって、ハード・ドラッグ*6に手を出さないなんてことはないね。ソフトもハードもその気になって手に入れようと思ったら、簡単に手に入るだろうし、いろんなドラッグにはまってる奴らを、パーティでは何回も見かけたことがあるよ」


「アムステルダムは、ドラッグにはまっている奴らや観光客にも、ソフト・ドラッグを法律で認めて、コーヒー・ショップで売ってるし、それが観光業の一環として金儲けになっているんだから、ドラッグにはまったホームレスをケアするのは、ある意味、当然だと思ってるんじゃないかな。たとえば、オランダの政府は、地域別にドラッグにはまったホームレスを専門施設に入所させて、中毒の段階によって完全にドラックから足を洗わせる、社会復帰プログラムがあったりするからね。それにソフト・ドラッグを販売するだけでなく、そういった研究やプログラムの実践にも力を入れてるんだよ」






魂に正直に生きること




スツールンプロジェクトの4月末までの滞在期限を大幅に過ぎてしまい、Mさんは来週までにスツールンプロジェクトを出て行くつもりだと話してくれた。オランダの最高気温はまだ1ケタで、コートが手放せないような気候。例年よりかなり遅い春の兆しが、ようやく見え始めた。Mさんは最近、パーティやフェスティバルなど、週末の人が多い時にだけ、手作りチャイを売って生計にしているそうだ。

「とにかく、自分にとっては、魂に正直に生きることが一番大事なことだから、オランダに来ようと決意したんだ。特にアムステルダムは、その名前の通り、アムステル川をダムでせき止めて、埋め立てをして、オランダ人がオランダ人の手で作り上げた人口の土地なんだ。 だからアムステルダムには、ほとんど自然がない分、人との繋がりがより密になるところなんだと思う。アムステルダムに住むようになってからは、自分の魂に正直に生きているから、後悔はないんだよ。かつて日本に暮らしていた自分もそうだったように、今も日本に住んでいる人たちの大半は、自分を偽り、自分の魂に正直に生きてないでしょ?」


Mさんは泡の消えかけた2杯目のビールを静かに飲み干して、雨の降りしきるアムステルダムの街の喧噪の中へ姿を消した。




タケトモコ
美術家。アムステルダム在住。現地のストリート・マガジン『Z!』誌とともに、”HOMELESSHOME PROJECT”(ホームレスホーム・プロジェクト)を企画するなど、あらゆるマイノリティ問題を軸に、衣食住をテーマにした創作活動を展開している。
ツイッター:@TTAKE_NL
ウェブサイト:http://tomokotake.net/index2.html




注脚:


4. DWI (Dienst Werk en Inkomen )

アムステルダム市の自治体が運営する「雇用・所得センター」。アムステルダム市民の雇用と所得に関する業務に加え、ホームレス状態の人たちの相談、情報の提供、デイサービスやシェルターの紹介も行なっている。




5. コーヒーショップ

オランダには、「コーヒーショップ」と呼ばれるソフト・ドラッグを販売する店が存在する。コーヒーショップとは、日本で言うところのいわゆる「カフェ」ではなく、法律に基づいた量のソフト・ドラッグ(個人使用目的とし、1人にあたり5gまでに限定)の販売が認可されており、コーヒーショップでは、主に大麻(マリファナ)及び大麻加工物(ハシシ)を販売している。
コーヒーショップの店内では、ソフト・ドリンクを注文すると、椅子やソファーでくつろぎながら、店内でソフト・ドラッグの服用ができる。




6.ソフト・ドラッグとハード・ドラッグ

オランダでは大麻(マリファナ)及び大麻加工物(ハシシ)をはじめとする、マジックマッシュルーム、メスカリン、シロシビンなどのソフト・ドラッグと呼ばれる薬物の一定量の所持(個人使用目的とした5グラム以下のソフト・ドラッグ)や使用が、法的に認可されている。

日本とは違い、ハード・ドラッグとソフト・ドラッグが明確に分類されている。オランダでは、この分類が薬物による精神的あるいは肉体的中毒性があるかどうかに基づいて定められおり、そこを二分するライン引きが重要ポイントとなる。

ちなみにオランダで、ハード・ドラックと一般的に定義されている薬物は、ヘロイン、コカイン・メタンフェタミン(覚醒剤)、アンフェタミン、モルヒネ、LSDなど、ケミカル系と呼ばれるもの。








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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。

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