Genpatsu
(2014年6月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 241号より)

移動するセシウム、見えない放射線との格闘。福島、除染作業の今

福島へ環境放射線の調査に出かけた。事故が起きた年に始めたので、今年で4回目となる。ルートはいわき市から国道399号線を北上し114号に入って福島市へ向かう。定点観測を目指したが昨年からできなくなった。帰還困難区域に指定されて地元の住民以外は入れなくなったからだ。

全体的に毎年少しずつ放射線量率は下がってきているが、場所によっては昨年より高くなっているところがあった。風雨の影響でセシウムが移動してきたのだろう。

測定には環境省が発表した汚染マップを肌で確かめる意味合いがある。一口に福島といっても、いわき市は東京と大きく変わらなくなった。これに比べて福島市はだいぶ高い。1時間あたり0.6マイクロシーベルトを超える、いわゆる放射線管理区域と同等の場所が多くある。人が日常的に立ち入る場所は除染されていて低いが、除染されていない場所が依然として高いのだ。

いわき市の北部では、放射線量率は比較的高い。ようやく今年から除染が始まった。ここは山間部で市内と違って民家が点在している。しかも山が民家に迫っているため、除染範囲が家屋と敷地から20メートルとされている。山側の樹木を伐採して下草などを取り払う。しかし、これが行われていないようだった。

除染業者の放射線測定員と話す機会があった。彼の説明によれば、困ったことに、山を背負っているような家では樹木の伐採と下草取りでむしろ線量が上がる。事故で降り積もり地表付近に留まっている放射能をあらわにするからだという。測定器一つで見えない放射線と格闘しているようだった。

今年は初めて大熊町の居住制限区域に入った。第一原発からおよそ7キロメートル。壊れたまま、まったく手つかずの駅舎に静かに波打つ海が迫って見えた。びっしり家々があったのに……。しばし茫然としていると、応援にきている神奈川県警の2人組が車から降りて「道に迷う人が多いから」と話しかけてきた。実は盗人が多いらしい。地元住民と一緒に放射線測定を行っていることを告げると放免された。



伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)



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Genpatsu
(2014年6月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 240号より)

毒性強い廃棄物。処分地の選定前に「脱原発を」の声、7割


原発は放射能をつくりだす。一部が海や大気に日常的に放出されていることは問題だが、大部分を廃棄物として処理・処分しなければならない。

なかでも厄介なのが、原発の使用済み燃料だ。多くの国々はこれを高レベル放射性廃棄物(以下、高レベル廃棄物)とするのに対して、日本は処理してプルトニウムやウラン、その他の放射能に分ける。いまの日本では後者を高レベル廃棄物という。軽視されているが、回収したプルトニウムやウランがいっそう厄介な放射性廃棄物となることは必然だ。

高レベル廃棄物が厄介なのは、放射能の毒性が極めて長く続くからだ。いずれ環境に漏れ出ることは避けられないので、数万年の間は漏洩しない対策が考えられている。しかし、その確実性を含めて十分とは言えない。

ところで、高レベル廃棄物を処分できている国はない。日本では2000年に法律が作られて、300メートルより深い地層に処分すること、処分主体として原子力発電環境整備機構(NUMO)が設立された。機構は02年から処分地の公募を開始している。07年に高知県で応募があったが、住民の反対で取り下げになった。この事件を契機に国が自治体に申し入れる方式も導入されたが、未だ候補地が定まらない。

昨年、経産省審議会として発足した放射性廃棄物ワーキンググループはこのほど中間取りまとめを行った。内容は、原子力を使用した世代の責任として地層処分を進め、処分候補地の受け入れは地元住民の参画による合意のもとに決める、このためには提供される情報が客観的かつ公正であることを確認する仕組みや途中で引き返せる仕組みを整備して取りくむ。その上で、科学的に考えて有望な場所に国が処分候補地として申し入れる。一歩進んだ取りまとめになっている。

この報告案に寄せられたパブリックコメントでは約7割の人が、これ以上廃棄物をつくりださないこと(脱原発)を訴えた。政府はこの声を真摯に受け入れるべきで、このまま処分地選定を進めるべきでない。


伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)



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「ビッグイシュー日本版」242号より、読みどころをピックアップいたします。


世界で進む水道の「民営化」と「再公営化」:水道インフラの未来はどうなる?

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今回の特集は「おいしい『水』—水道を考えた」。世界的に再評価が進む「生物浄化法」について、「古式水道」について、「水道の民営化と再公営化」についてのインタビューが掲載されています。

なかでも、特に興味深かったのが水道インフラの「民営化」と「再公営化」にまつわるインタビュー。世界の水道事情に詳しい佐久間智子さんのお話を伺っています。


水道管の耐用年数は40年と法的に定められており、戦後に作られた水道インフラが転換期を迎えています。水道インフラの更新・修繕のために、今後50年間で57兆円の予算が必要になる、という試算も出ています。

そこで議論になるのが、水道の「民営化」。日本でも議論が始まっており、先日大阪でも水道事業の民営化の方針が打ち出され、話題を呼んでいました。

大阪市が水道事業の民営化を決定、そのタイムテーブルを明らかにした。自治体全域の水道事業運営民営化は全国初のことで、「’15年度中にも民営化する」という。

現在の案では、大阪市が100%出資する民間企業へ2300億円以上で売却。民営化による事業効率化で、「現在1か月950円の基本料金から100円の値下げを実現する」としている。

大阪市が「水道事業民営化」を決定。本当にメリットがあるのか? | 日刊SPA!

こうした民営化はどのような未来を創るのでしょうか。佐久間智子さんは、民営化を進めた他の国々を事例に挙げ、興味深い指摘をしています。

89年から水道の民営化を始めた英国では、その後の10年間で水道料金が値上がりし、水質検査の合格率が85%に低下。漏水件数も増え、何百万もの人々が水道を止められた。しかもその間「株主配当」や「役員特別報酬」は十分に支払われたという。

また、二大水道メジャーと呼ばれる多国籍企業「スエズ社」「ヴェオリア社」の本拠地であるフランス・パリでは、85年から09年のあいだに水道料金が265%上昇した。

(中略)英国では、99年のブレア政権となって水道料金の引き下げが行われた。それによって経営が悪化した民間企業は、次々に外国資本に買収・合併され、水道事業が"金融ギャンブル"の投機対象となっていった。

「毎日24時間、水道事業は安全な水を出す必要があります。それがシナリオ通りにうまくいかなかった起業はぽんぽん撤退してしまう。そうした例がアフリカやアジアなど、海外でたくさん起きている。急に撤退された後の復旧は大変です」

単に民営化すればうまくいく、という話ではないわけですね。こうした流れを受けて、世界では、再び水道を公的事業にする「再公営化」が進んでいます。

フランス・パリでは、10年に水道を再び公営化。その際「Obsebatoire」という組織を設立し、市民が代表を担い、事業者のマネジャーや技術担当者が参加しながら、水道事業や水問題について議論する場をつくった。それまでは企業秘密によって不透明だった投資計画や財政報告も公開され、内部データベースにアクセスできる権限も与えられた。

その結果、45億円のコストを削減し、水道料金を8%下げることに性向。効率化を"再公営化"で実現させた。こうした動きは、過去15年間に86以上の地域で生まれているという。

その他にも、英国・ウェールズでは非営利事業団体が米国資本の水道会社を買収し、非営利というスタイルで運営しているなど、興味深い事例が紹介されています。


「水道民営化」は日本においても重要なトピックです。242号の特集を読むと、これからの水道のあり方についてたくさんのヒントをもらえるはずです。ぜひ路上にてお買い求めください!

一部オンラインでもご覧いただけます。
水道「民営化」から「再公営化」へ。パリ、市民参加で45億円のコスト削減、ウェールズ、非営利法人による運営


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関連バックナンバー
THE BIG ISSUE JAPAN312号

ビッグイシューアイ「水道民営化はNG、世界の潮流はすでに"再公営化"へ」もおススメです!
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https://www.bigissue.jp/backnumber/312/








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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。


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(2009年1月12日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 110号より)


日本では土地を買っても未来永劫には守れない。 “トラストの土地、開発できない法律”をつくりたい

17年前、中学生として活動した室谷悠子さん。「日本熊森協会」の立ち上げに馳せ参じ、今は活動を続けながら日本のトラスト法の策定をめざしている。とことんやるのが楽しい、そこから希望が生まれると語る。


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悲惨な状況に、 元気でめげない中学生

室谷悠子さんは、この物語の発端となったツキノワグマ狩猟禁止を呼びかける署名運動をした中学生の1人である。

「自然破壊や野生動物の絶滅はどこか遠いところで起こっている出来事と思っていて、身近なところに苦しんでいる動物がいることに衝撃を受けました。胸が痛み、その原因をつくった人間として、クマを殺して問題を解決していいのかという気持ちがこみあげてきたことを覚えています」


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(保護飼育中の行き場をなくした子グマ)


中学2年生だった室谷さんは、入部していたソフトボール部の仲間とともに、「今、聞いたらびっくりするような名前ですが(笑)、『野生動物を増やす会』を立ち上げた」と話す。1000人の学校で300~400人が活動に参加したという。

署名を持って県庁へ行った時は、けんもほろろの対応。地元に電話をかけたら、「熊を守ろうなんて何事なんや」って怒られたり。どこへ行ってもさんざんな状況だった。

「悲惨な状況だったんですけど、本当に中学生って元気でめげなくって、『これがダメやったら次あれやってみよう~』と、どんどんアイディア出しながらやってました」

「当時、東京大学農学部の名誉教授をされていた高橋延清先生も『本当に中学生の言う通りだ』って言ってくださった」。

調べていくうちにわかったのは、クマの問題だけではなく、スギ、ヒノキだけの人工林の山は表土が流れてしまって、川の水量がどんどん低下していることだった。

「森がなくなってしまったら、自分たちが50~60代になった時に水道の蛇口から水が出るのかと、考えました。目の前が真っ暗になったような気がしたんです」

武庫東中学校はごく普通の公立中学校だが、「学年の先生をはじめ、校長先生も応援をし

てくれ、兵庫県の知事さんに会いに行く時は、公欠扱いにしてもらいました」。

中学生の活動の結果、学校からいじめなどの問題が消えたという。

「弱いものを守れって言いながら、誰かをいじめたりはできなくなったのだと思います。それに必要に迫られてやった調査が活動に役立ち、勉強が意味をもつものになっていったんです」


トラスト法が必要、法律の道へ

大学生になった時に、森山さんから「日本熊森協会」を立ち上げると声がかかった。すぐに参加した室谷さんは、会員十数人の発足当時から、環境教育や機関紙の発行など、さまざまな活動に取り組んだが、やがて転機が訪れる。

「法律の問題にぶつかることが多くなりました。99年、野生動物を簡単に殺せるように鳥獣保護法を改悪するような議論になって何度も国会に乗り込んで動いた時、会が大きくなり1000人を超えた時の組織運営、それぞれ法律の知識の必要性を感じた。さらに、トラストで土地を買うことになった時は切実になりました」

英国のナショナルトラストは国土の1.5%以上を買い取って永久保存し、海岸線の4分の1以上をトラストしているが、英国にはナショナルトラスト法やナショナルトラストに関する法律が数多くあり、その活動を支えている。

「会を大きくして自然保護を実現していく時に、トラスト法が必要だと感じた」室谷さんは、当時、大学院で社会学を学んでいたが、思いきって法科大学院で法律を学ぼうと方向転換した。

熊森協会は現在、NPO法人「奥山保全トラスト」を立ち上げ、1266haの原生林を買い取っている。

「今ある森を民間で永久に保全していくような団体を立ち上げる必要があると思って話をする中で、賛同してくださる方が出てきて、その中で実現しました」  では、どんな方法で土地を入手してきたのだろうか?

「各支部がこの場所と決めて交渉することもあるんですけど、トラストの話をいろんな方にする中で、希望の場所で手放したいとか、売ってもいいという人が見つかったりするんです。トラスト地が活動の拠点にもなっています」

「奥山保全トラスト」の理事長である四元忠博さんとの劇的な出会いもあった。

「四元さんは日本のナショナルトラスト研究の第1人者です。鹿児島の志布志湾の開発反対運動をする中でトラストの研究をされた。著書を読んでお会いでき、一緒にやりましょうって言っていただいた」

英国だけでなく、トラスト法はオーストラリア、それに最近、韓国でも成立した。

「日本では、土地を買っても未来永劫守れるかというと、そうではない。開発の対象となった時に収用にかかる可能性もあります。そこで、法律でトラストした土地は開発できないという仕組みをつくりたいんです」


100万人の自然保護団体をつくる

欧米には数十万人規模の自然保護団体がざらにある。98年、室谷さんは100年の歴史をもつ米国最大の自然保護団体「シエラクラブ」を訪ねた。組織の規模、さまざまな分野の専門家、日本とは雲泥の差だった。

「日本にもこれだけの規模の自然保護団体があったら、熊の絶滅も止められているだろうにと寂しい気持ちにもなった。その時に、必ず『日本熊森協会』を大きな団体にすると、誓ってきました」

鳥獣保護法を改悪の際は、国会議員さんに、「国会議員を動かしたいと思ったら、2万人の会になってから来なさい」と言われた。ついに今、2万人。「100万人の自然保護団体をつくるのが目標です」

熊森協会は、草の根の現場主義をつらぬいてきた。

「自然を守るために野生動物を守るために必死で汗を流している団体だから、会員になったり、ボランティアをしたいと思うんだと言ってもらえるようでありたい。いかに本当に自然を守れる大きな団体にしていくかですね」

淡々と静かに会の将来像を語る室谷さんだが、中学生の頃と同じくポジティブであることは変わらない。

「とことんやる方が楽しいんですよね。思う存分やると、かえってその苦しい状況でもおもしろい仲間が生まれるし、いろいろとアイディアも出てきます。じゃあ助けてあげようかって言ってくれる人も現れる。必死で立ち向かうからこそ、希望とか笑顔とか喜びとかが生まれることを、活動を通して知りました」

最後に、とりあえずはしっかりとした弁護士になってと言いながら、室谷さんはつけ加えた。「熊森の将来もやっぱり支えていきたい。またそれをやることによって勉強も活かせると思っています」


(水越洋子)

Photo:中西真誠


室谷悠子(むろたに・ゆうこ)

兵庫県尼崎市生まれ。1992年尼崎市立武庫東中学校在校時、仲間たちと活発なクマの保護運動を起す。1997年日本熊森協会の設立に参加し、以後、会の先頭に立って活動を大展開させる。京都大学文学部卒業、京都大学文学研究科修士課程修了、大阪大学高等司法研究科修了。中学生だった時から17年間、クマの棲む豊かな森を次世代に残すため、森山会長と心をひとつにして、熊森を100万人の自然保護団体に成長させようと活動を続けてきた。


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前編を読む


温暖化で奥山は大混乱。多くの動植物がやがて水没する

植物の異常は、共生関係にある昆虫にも影響を与えている。

もともと植物の開花や芽吹きは、昆虫の孵化期と時期が合うことで共生関係が成立しているが、このタイミングがズレることで、新芽や花をエサとする多くの昆虫が絶滅する恐れがある、と主原さんは言う。

「たとえば、桜の開花前線は、九州から開花が始まるはずなのに東京から始まることが多い。これは冬の低温を経験しないと休眠解除できない植物の春化作用が影響していて、関東以南の暖かい地域の開花が遅れ始めているんです。すべての生物が気温の変化だけで生物季節を決めているなら、温暖化はそう怖くはありません。でも、多くの昆虫や鳥は光周性、つまり昼と夜の日の長さによって周期を決めているから、発生の時期がズレてしまうんです」

芦生の森では、春から初夏にかけて順番に咲いていたはずの植物が、いきなり一斉に咲き始めるという異変が起きている。その結果、初夏に花がなくなり、チョウやガなど多くの昆虫が激減した。昆虫が消えれば、鳥類も消えていく。この連鎖は、すでに芦生の森で観察されているという。

また、積雪量の減少でシカの生存率が高まって増殖し、食害によって林床植生の植物が絶滅の危機に瀕しているほか、笹類は春に凍死するという異変も起きている。

奥山は、まさに大混乱の様相だが、主原さんは「変わったのは、冬の温度と秋(落葉)の1ヵ月の遅れで、これが生物に影響を与え、彼らを変えてしまう」と言う。

英科学誌『ネイチャー』は、温暖化で2050年には陸上の動植物の15~37%が絶滅する恐れがあると報告しているが、日本も例外ではない。

「気温1度の上昇は、気候帯を水平的に北へ200キロメートル移動させ、垂直的には166メートル上昇させます。そうすると、21世紀は30年間で1度の上昇が見込まれていますから、ブナの木やクマなどが生息する冷温帯気候はどんどん高いところに追いやられ、標高1000メートルに満たない丹波山地では、おそらく2060年にはすべての地域で冷温帯気候が失われます。水にたとえれば、水没ということです」


もはや人間の介入なくして、原生林は守れない

植物や昆虫、動物たちが次々に消えゆく森。だが、日本では温暖化問題でホッキョクグマが話題になっても、自国のクマの絶滅が語られることはほとんどない。原生状態の森を残す芦生も、やがて里山になる可能性がある、と主原さんは指摘する。

「気候や風土に恵まれた日本は他の国と違って、放っておけば、やがて木が生えてくる国です。でも、そのために生態系への理解が薄く、自然も、国の借金も、放置しておけばやがて戻るという発想がどこかにある。でも、自然林は野生動物が生み出した森で、生物間のバランスを失えば、もう昔のように放置して戻る状態ではないんです」

主原さんは、樹木が枯れて倒れると、地権者に相談する前に木を植える「ゲリラ植樹」という作業を行っている。森にとって何より大事なのは、次の世代の樹木だからだ。

「原生林は人の社会と共通しています。得てして、古木や巨木だけに目がいきがちですが、本来、原生林というのは、暗い環境で育つ木の中に明るい環境の木が混ざり、樹齢も赤ちゃんから老人までバランスがとれて、何百年経っても構成種が変わらない森のことなんです。それが、豊かな生物を生み出してくれる。奥山の動植物を守るためには、もはや地道な植林と今いる生物を守るという両方の人間の介入なくしては成り立たないんです」

(稗田和博)

Photo:中西真誠


主原憲司(すはら・けんじ)

1948年、京都市生まれ。88年、植物の交配育種のため京北町(元右京区)に移る。「芦生の自然を守り生かす会」の副会長を歴任し、現在は「北山の自然と文化を守る会」幹事、「日本熊森協会」の相談役。研究分野は、ブナ科植物の種子に発生する昆虫類、稀少植物の生態と増殖、ホンシャクナゲの生態、セツブンソウの群落推移、カシノナガキクイムシによるナラ枯れ防衛など多岐にわたる。


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7月1日発売のビッグイシュー日本版242号のご紹介です。

スペシャルインタビュー カエルのカーミット
5分間の白黒テレビショー「Sam and Friends」に初登場してから実に60年。カーミットは「セサミ・ストリート」「マペット・ショー」などで数えきれない子どもたちに笑いを届けてきました。英ビッグイシュー記者の直撃取材に応え、人生の極意を語ります。

国際記事 ベネズエラ、世界最高層のスラム「ダビデの塔」
ベネズエラの首都、カラカスの中心部にそびえ立つ45階建ての高層ビル。施工主が破産した後、スクオット(不法占拠)した人々が、インフラを整え自治組織を築き上げました。「ダビデの塔」の活気あふれる暮らしぶりをレポートします。

特集 おいしい「水」―水道を考えた
3・11の後、電気に対する意識は大きく変わったけれど、水、「飲み水」についてはどうでしょうか。
今、もう一つのライフラインである水道は老朽化、水道管や浄水場などの施設で更新が必要になっています。しかも、水道事業をめぐる負債はおよそ11兆円。この施設更新や財政難を、政府や地方自治体は「民営化」によって乗りきろうとしています。
ところが、世界ではむしろ、民営化した水道を「再公営化」する動きが湧き起こっています。
そこで「水道の歴史と生物浄化法」について中本信忠さん、保屋野初子さん(NPO「地域水道支援センター」)に。また「現代につづく古式水道の知恵」について、神吉和夫さん(元・神戸大学工学部助教)に聞きました。さらに「世界で起こる水道の民営化と再公営化」について、佐久間智子さん(「アジア太平洋資料センター」理事)にインタビュー。
市民がつくる地域水道、「再公営化」の未来を考えてみました。

ビッグイシュー・アイ “フルーツは総合食” 身をもって証明したい
中野瑞樹さんは2009年9月28日から1700日以上、フルーツを中心に果実だけしか食べていません。いったい、それはなぜ? “現代の木食(もくじき)”“フルーツの伝道師”、中野さんにインタビューしました。

この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

最新号は、ぜひお近くの販売者からお求めください。
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(2009年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 110号より)


奥山から生物が消えていく。奥山破壊、駆除、そして温暖化

あるはずの植物がなくなり、いるはずの昆虫が次々に姿を消した。そして、人里に出没するツキノワグマたち…。今、日本の奥山で、いったい何が起きているのか? 芦生の森で長年にわたり原生林を観察し続ける在野の研究者で、日本熊森協会の相談役でもある、主原憲司さんが警告する奥山の危機。

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奥山破壊と、クマの処分規制のない有害鳥獣法

「丹波山地のツキノワグマは、もうすぐ絶滅します。むしろ、絶滅しない理由を探すほうが難しいくらいです」

丹波山地の北部に位置し、全国で唯一、標高1000メートル以下の地域に原生状態の自然林を残す芦生の森。その森を30年以上にわたって観察してきた主原憲司さんの言葉は、あっけないほど簡潔だ。同山地のツキノワグマは現在、推定40~60頭。わずかそれだけのクマを養う自然環境さえ、今の奥山にはないというのだ。

日本の原生林は、国主導の拡大造林、製紙会社による紙・パルプ材としての伐採などによって失われてきた。主原さんは言う。

「野生動物の視点からみれば、奥山も里山も同じです。1960年代から薪炭林はスギの植林地に転化され、野生動物との境界を山腹より上に押し上げてしまいました」。

しかし、このスギ林や雑木林は現在不経済林と呼ばれて放置されている。

「この里山問題と人里に下り始めたクマを、研究者は『里山の放置』に関連づけているのですが、この説は放置された年代や山の実り年(木の実などが豊作な年)との関連性がまったくありません」。

国策に翻弄されるのは、林業家も野生生物も同じだ。奥山が昔のように健全なら、クマは里に下りる必要がない。

「奥山にエサがなく、エサを求めて里に下りて来るクマを危険だと殺す。人身事故につながる学習放獣(クマを対象にした獣害対策の一つ。農作物などを荒らしたクマを罠で捕獲したのち山奥などに運び、撃退用スプレーや爆竹などで脅して人間や人里を忌避するように仕向けてから自然に帰す方法)も無策の証明です。現在の有害鳥獣法では捕獲したクマの処分には規制がない。つまり有害鳥獣の捕獲は別枠の狩猟であるともいえ、北陸地方では統計にない捕殺が横行しています」

兵庫県や京都府では、保護対策も少しずつ改善されているものの、絶滅を防げる効果的な対応ではないと、主原さんは言う。

「特に、丹波山地のクマはスギやヒノキの皮をはぐクマハギという林業被害を起こすため、林業家から嫌われています。もともとクマハギは奥山では普通のことで、天然林を伐ってしまったことが原因なんです」

広葉樹は穿入昆虫や材腐朽菌が多いので、芯が腐って空洞ができ、そこがアリや蜂の巣などクマのエサ場になります。でも、針葉樹は腐らないので、クマは歯で削り取って腐らせ、豊かな昆虫の成育場所を作っているんです」


芽吹かない樹木、 虫に出合わない森

日本の奥山で起きているのは、原生林の破壊や野生動物の駆除だけではない。なにより、ここ数年の間で、生物に深刻な変化が起きている。

 

林床の植物が消え、枯れ木や倒木の被害が拡大し、クマの好物の笹類はほぼ壊滅。ハチや甲虫などの昆虫も激減し、バッタ類は森から姿を消した。

「私はもともと昆虫が専門ですが、観察していた虫はもうほとんどいなくなり、今は森を歩いていても悲しいほど虫に出合わない」と言う。

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「奥山は、もう5年前の調査データですら現状を把握できないほど、生物相がガラリと変わっています。しかも、その変化は芦生だけでなく、やがて全国の奥山に及ぶ全体的なものです。拡大造林や林道開発など、部分的な奥山破壊だけなら、まだましだったかもしれない。これはもう温暖化の影響以外にありえないと思っています」

主原さんは、地道な調査をもとに、いくつもの異変を指摘する。

たとえば、芦生を代表するブナの種子、つまりドングリの仲間に見られる変化は深刻だ。ブナの正常種子率は80年代に50%だったものが、90年代に30%に下がり、現在はわずか3~8%。生理障害によって発芽できない種子が増えたためで、丹波山地のブナは05年を除き、10年以上も凶作が続いている。

通常なら、ブナやミズナラが不作の年には、ウラジロガシなど隔年周期の樹木が実をつけた。こうした自然界のバランスが、動物たちのエサ不足もフォローしてきたのだが、この隔年周期も狂い始めている。そのため、ブナとミズナラ、それにウラジロガシやコナラ、シラカシといったブナ科の樹木が連動して凶作となる、過去にない異変が起きているという。

「もうドングリの木は、何か悪いことをして罰を受けているのかと思うほど、人間にイジメられています。南方系の昆虫が侵入して深刻なナラ枯れ被害が拡大していますし、温暖化で秋の落葉が1ヵ月遅れるようになると、葉が落ちないうちから雪が降るので、枝が折れて枯れたり、倒木する。雪の夜には、パキパキと折れる音が響いています」


<後編に続く>


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(2009年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 110号より)


「あなたはどの自然保護団体にお入りですか?」が挨拶になる日

安部真理子さんが熊森協会に出合ったのは大学1年生の時。半年後には環境教育部長として、子どもたちに自然保護について伝える活動をスタートした。大学を卒業し就職してからも、熱心に活動を続ける。

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紙芝居、人形劇も。 年間30回の授業、 子どもたちに自信と希望を

「休日は、ほぼ熊森協会の活動に捧げていますね」と笑う安部真理子さん。大学1年生の時に同級生に誘われて例会に参加し、海外の自然保護運動を例に日本の自然保護の進め方について真剣に話し合う会員たちの姿を見て驚いた。

もともと環境問題に関心があった安部さん。「この団体は本気だ」と感じ、入会して半年後には、「環境教育部長」に就任。以来、社会人3年目の現在も、子どもたちに自然保護の必要性を伝える活動に情熱を注いでいる。

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そんな安部さんが見せてくれたのは、両手を広げたほどの大きさのある大紙芝居だ。「日本の動物や森の危機的状況を、実話をもとにした紙芝居や人形劇で伝えています」。絶対音感のあるメンバーが効果音をつけた。これを5人で演じると、子どもも大人も夢中になって聞いてくれるという。

「クマが猟銃で撃たれるシーンに涙を流したり、なんとかしなきゃと真剣な目をしたり、子どもたちの反応はさまざま。後日、子どもたちは『おなかをすかせたクマのために』とドングリを集めて送ってくれます。それらがまた私たちのパワーになります」

環境教育部のメンバーは大学生を含む約10人。スケジュールを調整しながら年間35回もの授業を行っている。小学校や幼稚園、最近ではNPOや市民グループからの依頼も増えているという。毎年訪れる小学校では、1年生から6年生まで学年ごとに異なるプログラムを用意している。また、森の状況は刻一刻と変化しているため、毎年教材を見直すことも欠かせない。

「準備は大変ですが、充実感も大きいです。虫嫌いだったメンバーがこの活動に参加することで、虫に触れるようになったり、思わぬ効用もあります」と笑う。

「環境教育は人間教育。子どもたちには、生き物に思いやりの心をもつこと、行動することの大切さを知ってほしい。授業の終わりには、みんなにできることは何だろうと、必ず問いを投げかけます。山に木を植えに行くことも、ドングリを集めることも、この授業で知ったことを身近な人に知らせることも、クマと森を救うためにみんなができることなんだよと話すと、子どもたちは自分も何かしようと、自信や希望をもってくれます」

本気で何かに取り組むと、 感受性が豊かになる

ボランティアとして気軽に参加するつもりが、10代で環境教育部長という責任のある役職を担うことになり、それが大きなプレッシャーとなり悩んだ時期もあったという。このまま活動を続けるのかと何度も考えた安部さん。しかし、自身のアレルギー体験もあり、「将来、子どもを産みたい。子どもたちが生きていける環境を残したい」という自分の原点に立ち返って決心した。

大学卒業後は、公務員試験に合格し市役所に勤務。熊森協会での経験を通して、市民活動の重要性やその社会的な役割を実感し、そのような活動を支援する仕事をしたいと考えたからだ。社会人となってからは、時間の制約も増えたが、森山会長がよく口にする「心に誓いしことをどこまでも」という思いに安部さんも続く。

「二足のわらじを履くのは簡単なことではないですが、仕事が忙しくても、未来の子どもたちにそんな理由は通用しないですからね。それに自然保護は継続しないと意味がない」と思っている。

安部さんが目指すのは、『あなたはどの自然保護団体にお入りですか?』というのが挨拶になるくらい、一人ひとりが自然保護にかかわることが当たり前の世の中。

「私が大学1年生の頃は、『自然保護』というと真面目だとか難しいというイメージがありましたが、今ではエコという概念が浸透し、多くの人が環境問題に関心を抱くようになりました。でも、本当に自然を守ろうと思ったら、もっとそのために行動する人が必要だと思います。熊森協会が自然保護活動をしたいという人たちの受け皿となり、さらに大きな運動にしていきたい」

本気で何かに取り組むと感受性が豊かになるような気がすると言う、安部さん。まだ20代だが、自分たちの後に続く熊森協会の後継者づくりも考えている。「私が会に参加する多様な大人の人たちに育てられたように、ここで若い人たちに育ってもらいたいです」

(松岡理絵) Photo:中西真誠

安部真理子

1982年東京都生まれ。神戸大学発達科学部卒。01年、大学1年の時に日本熊森協会入会。以来、実のなる広葉樹の植樹などの活動体験をもとに各地で環境教育を実施。絵を描くのが得意で、リーフレットや紙芝居のイラストも一部手掛けている。現在も市役所に勤務しながら熊森環境教育部を率いる。

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こんにちは、ビッグイシュー・オンライン編集長のイケダです。ビッグイシュー・オンライン(BIO)独自イベント「BIO CROSS TALK」の第二弾を開催いたします。

佐野章二(73歳)×税所篤快(25歳)のクロストーク



「BIO CROSS TALK」のコンセプトは「クロス」。世代、性別、価値観、コミュニティ…様々なものをリアルにクロスさせながら、新しい価値を生み出す場をデザインしていきます。

第一回は「ビッグイシュー日本版」創設者・佐野章二氏と、途上国でビデオ教育を推進する「e-Education」共同代表の税所篤快氏のクロストークを予定しています。年の差は48歳。誰もいなかったところから社会変革をスタートさせたお二人に、イケダハヤトがモデレーターとして色々と突っ込んだ質問をさせていただきます。

また、「BIO CROSS TALK」は、単なる座学ではなく、参加者のみなさまに交流の機会も提供いたします。登壇者はもちろんのこと、アンテナの高い参加者の方とも名刺交換をしていただけます。


ドリンク持ち込みも大歓迎(Bring Your Own形式)!トークと出会いと飲み物を楽しむ、いつもとはひと味違った仕事帰りの夜をお楽しみください。


当日はこんな話が飛び出します



・ 税所さんはどうやって育ってきたんですか?

・ 途上国において、動画教育はどのような社会的インパクトがあるのでしょうか?

・ 税所さんは今何をやっているんですか?未承認国家・ソマリランドで何ができそうですか?

・ ゼロからプロジェクトを始めて、どんな困難がありましたか?

・ 厳しい時期を乗り越える原動力は、どんな想いでしたか?

・ お金にまつわる問題はどうやって解決しているのでしょうか?

・ 国家、行政といった大きな主体との連携の難しさはどこにありますか?

・ 今後の展開はどんなものを考えていますか?



イベント概要:ドリンク持ち込み大歓迎です



日時:2014年7月14日(月)19:00-21:00

場所:渋谷駅徒歩3分・geechs株式会社内「21cafe」

(http://geechs.com/sp_21cafe/)


東京都渋谷区道玄坂1-14-6 ヒューマックス渋谷ビル


タイムライン:


18:45 会場

19:00 クロストーク開始


20:30 懇親会(ドリンク差し入れ歓迎!)


21:00 終了


参加費:


社会人3000円


学生席1000円(5席)

*イベント収益は「ビッグイシュー・オンライン」の記事制作費に充てさせていただきます。


定員:25名

申し込み:こちらのサイトから参加者登録をしてください。


お問い合わせ:ビッグイシュー日本東京事務所 03-6802-6073
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