ビッグイシューオンライン編集部より。1月15日発売の303号から、「被災地から」を転載します。

16年オープン「コミュタン福島」
市民による見学と勉強会

 今年3月を目途に、原発事故と避難者に対する政策や予算、支援事業が、大幅に打ち切られる。そんな中、福島第一原発事故の被害の記録や当事者の記憶を将来にどう残していくのかを考える市民勉強会が11月23日、「コミュタン福島」(福島県環境創造センター内/三春町)で開かれた。主催は市民グループ「フクシマ・アクション・プロジェクト」。県外からも多数の参加者が訪れた。講師は、後藤忍さん(福島大学大学院准教授)。 303hisaichikara1


 当日の会場となった、福島県環境創造センターは、3・11の原発事故を受け、事故後の影響の調査・研究、情報収集・発信、教育・研修、交流の場として、福島県が建設を進めていたが、2016年7月に全施設がオープン。放射能の影響調査などのため、日本原子力研究開発機構(JAEA)、国立環境研究所、国際原子力機関(IAEA)の緊急時対応能力研修センターが施設内に誘致されている。交流棟として造られた「コミュタン福島」には、原発事故や津波の記録、放射能汚染と環境に関する展示があり、小学生も社会科見学で訪れる。

 参加者は「コミュタン福島」の展示を視察。後藤さんからウクライナの「チェルノブイリ博物館」の展示についての話を聞いた後は、果たしてこれが、福島原発事故の記録として残されるのに十分なものなのか?という議論が続いた。

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「チェルノブイリ博物館」は防護服や医療器具の展示、4千人以上の顔写真

 後藤さんは「チェルノブイリ博物館」の写真を紹介しながら、説明。「オリジナルの資料」の展示物としては、事故処理作業で使われた実際の防護服、核燃料が地下と接するのを避けるため原子炉の下に鉄筋コンクリートの構造物を造った際に使ったトロッコ、診察に使った医療器具などだという。この展示から、「当時の防護服はいかに粗末だったものかがわかる」と後藤さん。

 ほかに、「被害者の〝顔〟が見える展示」として、作業員や市民など放射線による病気の影響で亡くなった4000人以上の人々、避難生活中に亡くなった人の写真も展示し、実際の被害者の記憶をリアルに伝えていること。安定ヨウ素剤が配布されなかったり、当時のソ連の医療行政が災害の深刻な影響や被曝基準が意図的に高められて健康影響が過小評価されたりといった負の歴史も、隠すことなく記録されていること。被曝による血液の遺伝的変化の可能性や甲状腺がんの可能性などについても言及されていることを解説した。

 後藤さんはさらに国際的な視点を紹介。
「7ヵ国語の音声ガイダンスがあったほか、福島原発事故後の避難や災害関連死、甲状腺検査の様子、除染や、除染廃棄物が詰められたフレキシブルコンテナバッグの写真、そして世界の脱原発運動の解説や写真も展示されています」
 ウクライナの「チェルノブイリ博物館」の展示と「コミュタン福島」の展示を比べてみると、その違いが見えてくる。「チェルノブイリ博物館」にあって、「コミュタン福島」にないものは特に、人権と「加害と被害」の視点、「教訓の継承」「オリジナル(現物)の資料」「被害者の〝顔〟が見える展示」「国際的な視点」「失われたものの記録」「対応や政策の誤りと教訓」などではないかと筆者は考えた。

 後藤さんは、チェルノブイリ原発事故後に住民が避難して無人になった地域を「死の町」と表現した解説文を紹介しながら、「現物の展示もあり、1階のスペースから、度肝を抜かれた。福島でも、二度と原発事故は起こしてはならないという思いを強くするような展示の工夫が必要だ」と語った。

 フクシマ・アクション・プロジェクトは、この日の勉強会を踏まえて、県に改善を求める要望を行うことを確認。原発事故後の避難や賠償、健康問題など、人々の苦悩の実態や、除染で出たごみや生活空間の現状や対策、汚染水と漁業、生態系への影響なども展示することなどを求めていく方針を決めた。
(写真と文 あいはらひろこ)

あいはら・ひろこ

福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。

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