デンマークの都市ヘアニングにある「ポテンシャル・ホテル」は、若者たちの自立をサポートする施設だ。デンマークのストリートペーパー『フス・フォービ』が、ホテル責任者のシッセ・フィヨルド・ニールセンと、入居者二名に話を聞き、当ホテルの活動内容と具体的な効果について取材した。

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社会の中に自分の「居場所」を見つけたい、なのに十分なサポートを受けられず、既存のセーフティネットからも見放されていると感じる若者が増えている。十分な教育を受けていないため仕事を見つけられず、自分の住まいも持てない若者たち。限られた公共サービスしか受けられず、社会からは批判の目を向けられているが、彼らだって手頃な住宅を見つけたい、自分たちの可能性を信じてチャンスを与えてくれる雇用主と出会いたい、と必死にもがいているのだ。

彼らの見た目は他の同年代の若者とまったく変わらないが、外からは伺い知れない多くの問題を抱えている。デンマークの都市ヘアニングにある「ポテンシャル・ホテル」では、そうした若者たちの他の人には気づいてもらいにくい潜在能力を引き出そうと、スタッフたちが献身的に働いている。

弱い立場にある若者をサポートする上での課題について聞かれ、同施設の責任者でソーシャル・コーディネーターのシッセ・フィヨルド・ニールセンは言った。

「住む場所だけ与えればいいじゃないのか」という意見もありますが、ここで生活している若者は虐待や行政指導を受けたような人たちなのです。

彼女は他のスタッフらと協力し、若者たちが自らの可能性を発揮できるよう、職業安定所、教育の受け方、役所手続きの進め方などをサポートしている。

「ここで長く生活してもらおうとは思っていません。むしろ、個々人が自分の問題を明らかにする期間と捉えています」同施設のウェブサイトにはこう書かれている。
ポテンシャル・ホテルは、自分の家で生活しづらい、または住まいがない若者のための集中サポート施設なのです。ホームレス状態の人がここにたどり着く時というのは混乱の最中にあるので、私たちはさしずめその「水先案内人」といったところでしょうか。
ニールセンは当施設の役割をこう説明する。

彼らを少しずつプロセスに巻き込んでいきます、本人たちがストレスを感じすぎないよう気をつけながら。そうして少しずつ、彼ら自身に「責任感」を取り戻させるのです。実際、私たちはみな「実践」を繰り返しながら生きてます、それが人生ですよね。「またうまくいかなかった」で終わるのではなく、「今回はうまくいかなかったけど前に進もう。そのためには改善していかないと」と考えられるように。

例えば、同施設では入居中の若者たちに、食料品の買い物や自炊ができるようサポートしている。
彼らには何かしら「実践」が必要なので、食事の献立決めや食料品の買い出しに行ってもらってます。そして、健康的な食事のおいしさを理解してもらうのです。不健康な出来合いのものだけで生活してた人たちもいますからね。
入居者の一人は言う。
ランチの準備、後片付け、動物の世話...毎日3〜4時間は活動に取り組んでいます。
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ポテンシャルホテルの入居者 Credit: Mette Kramer Kri

ポテンシャルホテルに入居する人たち

ポテンシャル・ホテルを訪れる若者はいくつかのタイプに分けられる、とニールセンは言う。
1つ目は、路上生活者ではないけど他人の家を転々としてきた人たち。彼らは責任を持つ行動ができず、お金の管理能力も乏しい。計画的にお金を使う、月々の家賃を払うといったことができず、約束の時間にも現れない。すべてがカオス状態なのです。さらに、ほとんどの人が大麻を常用しています。学歴も低く、まわりに助けてくれる大人はいない。ブランドものの洋服を好みがちで、殻に閉じこもって自分のことしか考えない。発達に特性のある人もいます。薬物依存もあるけど、そこまで深刻ではありません。両親や里親からはすでに諦められてる。年齢は18〜30歳、多くは25歳未満です。
2つ目のタイプは路上生活をしていた若者たちです。薬物問題はより深刻で、精神疾患や社会的課題も大きい。複数の診断が下されてるのに、きちんと治療を受けていない。自力で抜け出すのが難しい状況にあります。
さらにはこんな人たちもいるそうだ。
今まさに大変な最中にある、というのが明らかな人たちです。医者にかかり治療も受けてはいる。でも家にいるのでは状況が改善しないので、彼らに合った、ここよりも手厚いサポートが受けられる施設に入るべき人たちです。高額ですけどね。彼らが自治体サポートを得られるよう私も努力しなければなりません。

ポテンシャル・ホテルの運営体制

ポテンシャル・ホテルでは入居者たちが週に1回ミーティングを開いている。その中の1名は広報担当としてスタッフミーティングにも参加、居住者たちが体験したことを報告する。ホテル責任者は、ホームレス状態にある若者、その親、ホームレス支援施設と日々連絡を取り合っている。

薬物について、このホテルでは「ゼロトレランス(いかなる違反も容認しない)方針」ではなく、室内での大麻使用のみ禁止している。

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ポテンシャルホテルの入居者 Credit: Mette Kramer Kri

入居者は3つのセグメントのいずれかに当てはまる、と考えています。「グリーン」はよく協力できている人たち、「イエロー」は料理などの共同活動にあまり参加しない人たち、「レッド」は暴力や薬物を売りつける恐れがある人たちで、私たちはこれを容認していません。

入居者ふたりの体験談

▼デニスの場合:10歳からタバコ、次第に大麻、薬物に手を出し・・・

入居者の一人、デニスは25歳。いわゆる「カウチサーファー」で知人の家を転々としていたが、そんな生活も続けていけなくなり、「いざという時のために」1週間ほど路上生活を試してみたと言う。
ヌル・ネベル(デンマーク西部の町)の工場で生活してました。夜はそこで寝て、昼間はそれまでと変わらず友だちとつるんで。雨が降れば黒いゴミ袋をかぶったりしてね。
結局、ホームレス生活に陥ることはなく、ポテンシャル・ホテルにやって来たデニス。以前も入居していたので、よく知った場所なのだ。
2016年の夏にも3ヶ月間、ここで生活していたんだ。当時はまだ大麻や覚せい剤をやってました。
この間、れんが造り職人として働いていたが、職場で転倒して頭を強く打ったのだと言う。
3カ月ベッドで安静にしてたけど全快せず...ずいぶん長いこと、友だちの家を転々としていた。最初はうまくやってたんだけど、次第にいろんな決めごとで意見が食い違い...。もちろんルールを決めるのは家主、出ていくのは僕の方さ。
母親と暮らしていた時期もあると言う。
母とはいい関係だったけど、数ヶ月もするとうまくいかなくなってね。◯◯日までにあてを探せないならここを出ていきなさいって言われて。それが、最初にこのホテルに来たときのこと。

二度目は、自分からここの責任者に電話して、戻ってもいいかなって聞いたんだ。今のところ順調にいってる。 いまだに薬物を使ってる人はたくさん知ってるし、お前もやれよと言ってくるけど、それじゃ意味がない。そろそろ足を洗わないとね。
デニスには故郷の町で働く兄と、大学を卒業して仕事に就いている妹がいる。デニス自身も自動車整備士になるための訓練を受けていた。
あと2年訓練すれば自動車整備士になれるので、ワークショップを探してます。社会に戻れたら何かに取り組みたい。まず最初の月にカウンセリングを受けて、毎日働けるようになるには何をしたらいいかを教えてもらいたい。すぐに連絡がとれるサポート担当者もいてほしいな。まだ自活経験はないんだけど、早いうちに始めたいと思ってる。

入居者の広報担当も務めるデニスは、ホテルスタッフについてこう評価する。
みんな僕たち居住者のことを考えてくれてる。「話がしたい。サポートしてほしい」と言えば、110パーセントで対応してくれる。普通にはありえないですよ。

ありえない、とはどういうことと尋ねると、
助けてあげたいと言いながら結局こちらの話を聞いてくれないのは最悪だよ。それに引き換え、ここのスタッフは、僕らの気分が良くないとその原因を突きとめようと、深いところまで入り込んできてくれる。
デニスは薬物治療を受けたことがあり、その時のことを踏まえて言ってるのだ。
僕は核家族で育った。当初は何の問題もなかったんだけど、大規模な学校に通い始め、10才の頃から煙草を吸い始めたんだ。友達に「大麻を吸いたい?」って聞かれて「もちろん」と答えたのが始まり。一年後には覚せい剤にも手を出し、中学2年の時には、毎日学校に行ってはいるけど心ここにあらずでした。そして学校を卒業した18歳、薬物治療施設にかかり...。
薬物を使用しているところでは、誰かが気をかけてくれるなんてありえない。友人らと何時間も一緒に過ごしていようと、お互いを気にかけているわけではないからね。まともな会話なんて一つもないのさ。
そんなデニスも、今では薬に手を出していない。
昨年、やっと止めようと思えたんです。依存状態から抜け出すために多くの助けを必要とする人もいる。ここにも大麻を吸ってる人はたくさんいるけど、それは彼らが大きなプレッシャー下にあるから。ここのスタッフは、それを上手に和らげてくれる。ここには酔っばらいもいないしね。
他の人たちに「◯◯すべき」という言い方はしないようにしてる、とも話してくれた。
僕が薬物に溺れていた頃、こうすべきああすべきと散々言われたけど、知るもんかって思ってた。今、入居者たちに「部屋で吸うなよ」と言うと、あの時の私と同じ目を向けてくる。一度、入居者ミーティングでこの問題を持ち出したんだけど、その時もこうしろ、ああしろという言い方はせず、もっと一般論として話すようにしたよ。

ミーティングの中心は、どうしたらうまくやっていけるか、何をどう変えていったらいいのかとかだね。まあほとんどは、誰々がトイレ掃除してなかったとか些細なことばかり話してる。早くそこから脱したいんだけどね。
入居者たちの不安の一つは、「ポテンシャル・ホテル」を出たときに、ここと同じくらい自分たちのことを気にかけてくれる人がいるのかどうかという点だ。

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デニス Credit: Mette Kramer Kri

ポテンシャル・ホテルで生活した若者は強くなる、とデニスは強く信じている。これから直面するどんな困難においても、誰かが手助けしてくれると信じられるようになるのだから。

たしかに個人で解決すべきこともたくさんあって、問題は自分で解決するよう努力するが基本です。僕も敷金などいろんな問題を抱えています。1万デンマーククローネ(約17万円)なんて持ってませんから。でも、ニールセンさんが自治体との手続きをいろいろサポートしてくれて。組織のサポートを得られたら自分にもこんなことができるんだとわかり、自信になってます。

助けを必要としている他の人たちも同じように感じれたらなと思いますね。ポテンシャル・ホテルに来る前は、毎晩、自分が憎かったけど、今じゃ十分に頑張ってるよなって思えてる。お互いにもっと気軽に感謝しあえたらいいですよね。食事の準備を手伝おうとする人がいれば、さり気なく感謝の言葉をかける。それだけで、気分よく一日が過ごせるものです。


▼ティムの場合:4年の路上生活を経て・・・

ティムはデンマーク南部の町ハザスレウで友達とアパートで暮らしていたが、退去させられ、オーフスの街へ。そこでは、廃線となった線路にテントを張って生活した。その後、コペンハーゲンに移り、ストリートペーパーの販売者をしながら何年も路上生活をしていたが、今はポテンシャル・ホテルにお世話になっている。
4年の経験があるから、路上生活者にはすごく共感できるんだ。
ポテンシャル・ホテルに来てからの3カ月でずいぶん変わったと言う。
体の調子も良いよ。自分のベッドで寝られるんだから。最初の数日ほどぐっすり寝れたことはないね!初日なんて起きたら11時、翌日は起きた時には皆ランチを終えてたよ!

今は駅の裏にあるジョブカフェ(職業紹介所)に通ってる。仕事の面接を受けに行ったりもした。祖父はアミューズメント施設「Jysk Tivoli Park」のオーナーだったんです。家族であちこち旅をしました。トレーラーハウスには慣れてたから、ホームレス状態になった時は役に立ったよね。まずいことになったぞ、とも思ったけどね。
ポテンシャル・ホテルでの生活について、彼はこう見ている。
動物の世話、昼食の準備、フードバンクでの仕事などに登録して、みんなで協力しながら作業するんだ。僕の大好物はポテトのソース添えだけど、他にもソーセージやフライドポークなど、おいしい料理が出てきます。ハンバーガーとルッコラサラダしか食べたがらない人も多いんだけどね! 自分の部屋やリビングで過ごす時間も長い。金曜日にはみんなで映画を観に行くんだ。ボーリングにも2度行って、前回は僕が勝ったのさ。
しかし、4年間の路上生活後では、他人がそばにいることにやりにくさを感じることもあると言う。
ここの生活も心穏やかというわけではない。気持ちが乱されることもあれば、何をするにも自分のペースというわけにはいかないからね。
街に出かけることもあるが、ミーティングに合わせて帰ってくる。
2万2千歩歩いたよ。
かつての友人たちを訪ねることもあるという。
またいずれ路上に戻るんじゃないかって思うこともある。
と吐露する。 誕生日に「酒を飲まないやつばかりでつまらなかったら、俺らのところに来いよ」と言われたそうだが、かつてもらった助言に従って、
いいや、最終電車で帰るよ。
と応えたという。
まっとうに生きるべく、自分の家を持ちたいと考えている。
住宅情報サイトに登録したし、自治体からの敷金援助なども決まったんだ。
希望に満ちた笑みを浮かべた。


By Poul Struve Nielsen
Translated from Danish by Sarah Elisabeth Andersen
Courtesy of Hus Forbi / INSP.ngo