YouTubeで2018年11月末に公開されたホームレスの男性を題材とした漫画動画(「フェルミ研究所」制作)が12月下旬現在で200万回以上再生されている。

仕事探しに苦労すること、最初は食べ物を確保するのに苦労することなど、実態に即していると感じられる点もあり、ホームレス問題への関心が高まる素材を提供いただけることは大変ありがたいが、いくつか誤解を招く表現が散見された。

そこで日常的にホームレスの人々と接するビッグイシュー日本のスタッフが、この動画で特に誤解を招く点について検証・解説してみたい。

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誤解1:「家賃を滞納して家を失ったホームレスが約6,200人」?

動画キャプチャ:
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©フェルミ研究所

動画の冒頭で、国内のホームレス問題についての説明がある。
「家賃を滞納して家を失ったホームレス」と表現されているが、実際にはホームレスになる理由はそれだけではない。たとえば
寮つきの会社で仕事をしていた人が、リストラや倒産で住まいを失う
例)https://www.bigissue.jp/vendor/144/
仕事を求めて上京し、就職活動するもうまくいかず、飯場(建築現場にある食事つきの集団生活寮)や簡易宿泊所、ネットカフェなどに寝泊りする日雇い生活となる
例)https://www.bigissue.jp/vendor/182/
仕事がなくなり、自立支援センターに入るも期限が来てしまう
例)https://www.bigissue.jp/vendor/198/
虐待、DVの被害を受けていて、家族の元から逃げだす。
などである。「家賃を滞納してホームレスになる」だけでなく、路上生活に至る前の段階で既に不安定な居住状態にある人も少なくない。

なお「ホームレスの人の数が約6,200人」とあるが、平成30年7月に発表された厚生労働省の「路上生活者」を目視確認した調査結果では4,977人。フェルミ研究所が引用している数字は平成28年の調査結果の数字かと思われる。最新の数字を引用されたい。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_00075.html


誤解2:「ネットカフェでは最低限の生活は確保されている」?

動画キャプチャ:
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©フェルミ研究所

動画のなかで、家を失い、路上に出る前にネットカフェ生活になる人が多いと紹介されているのは、事実である。
しかし、ネットカフェについて主人公が「とにかく最低限の生活は確保されている」というセリフには要注意だ。

「飢え死にしない」「凍死・熱中症などで死亡しない」という意味かもしれないが、日本国憲法では「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定められている。

この定義においては、住民票を置くことができないネットカフェ生活は、最低限の福祉のサービスを受けること、参政権もなく「最低限の生活」とはみなされない。ネットカフェに住む余裕がある時点で、行政の福祉窓口に相談に行くのが「最低限の生活」を維持するために必要である。

参考:ビッグイシュー基金「路上脱出・生活SOSガイド」

誤解3:「公園での寝泊まりはもちろん違法」?

動画キャプチャ:
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©フェルミ研究所

また、動画の前半において<公園内で寝泊まりするのは「もちろん違法」>という表現あるが、日本において都市公園法で定められている禁止事項は、「設備」を設けたり、「占有」したりすることである。
公園での寝泊まりは推奨される行為ではないが、テント設営などなく身一つであり、占有するのでなければ、そこで眠ることは違法というわけではない。

誤解4:「ホームレスが生活保護を受給しないのはプライドが高いから」?

動画キャプチャ:
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©フェルミ研究所

動画の終盤になると、ホームレスの人たちはプライドが高い、という表現が出てくるが、これもよくある誤解である。

路上生活を続けるということは、夏の暑さ・冬の寒さが苛酷であるというだけでなく、盗難、襲撃といった命にかかわるリスクが降りかかる。「プライドで選ぶ」というような状況ではないのだ。

ホームレス状態になった際に、生活保護を選ばない理由としてまず挙げられるのは「ホームレス状態から生活保護を申請できるということを知らない、相談先がわからない」ということだ。

これは「家がないと生活保護を受けられない」「障害のある人のためのもの」と誤解をしていたり、そもそも生活保護という制度を知らない人たちもいる。

そういった人たちは、適切な情報さえ届けば生活保護を利用する可能性がある。この場合、当たり前だがプライドが関係しているわけではない。

*NPO法人ビッグイシュー基金では、『路上脱出・生活SOSガイド』という冊子を作成し、ホームレス状態や生活に困っている人々に配って、相談先を知らない人にも情報が届くようにしている。
また、ビッグイシューの事務所に相談に来られた方には、本人が受けられる各種支援についての説明を必ずしている。
参考:「路上脱出・生活SOSガイド」

そのほか、生活保護の存在を知っていても申請をしない背景にはこのような理由もある。
家族に連絡されたくない
→生活保護申請すると家族などに照会がある。しかし虐待された経験などがあり、居場所を知られたくない事情がある、心配をかけたくない、受給申請を自分がすると地元で家族に迷惑がかかる〈と思っている〉、など
いわゆる行政の「水際作戦」を恐れて申請できない
→窓口担当者が、生活保護申請をさせないように「水際作戦」をすることがある(あった)。窓口で「路上の人は生活保護の受給資格が無いと言われる」「トラウマについてなど、聞かれたくないことを根掘り葉掘り聞かれる」「心無い言葉を投げかけられる」など。一度当事者がそういう経験をすると、今度は大丈夫だと説明しても恐怖がよみがえり、窓口に行けなくなる
集団生活が難しい事情がある
音に非常に敏感にあるといった障がいなどの集団生活が難しい背景や、生きづらさを抱えた人ほど、施設での集団生活から始まる生活保護の利用がなじまない場合もある。
生活保護ビジネスに搾取された経験がある
ホームレス状態から生活保護を申請しても、生活保護ビジネスに狙われることもある。複数人での相部屋に入れられ、管理者に暴力を振るわれたり、「出て行け」と言われたり、身の危険を感じて逃げ出したりしたケースもあった。

また、人里離れた施設に連れていかれ、寮費や食費、管理費などを受給費から引かれ、手元に残るのは一日数百円程度となりハローワークに通う交通費すら捻出することも難しかったといった声もある。

生活保護の制度そのものと生活保護ビジネスは別物だが、受給者が生活保護ビジネスに狙われてしまった場合、延々と搾取されてしまい、自立への道は遠のく。
「生活保護を受けても」とあきらめている
上記のような経験を路上仲間から聞いて、そもそも諦めている。
などなど、様々な事情がある。「プライドが高いから受給したくない」が生活保護を申請しない事情として紹介するのは、まったく実態に沿っていない。

誤解5:「努力ではなく工夫が必要」?

動画キャプチャ:
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©フェルミ研究所

動画の最後に流れるメッセージは「成功するためには努力ではなく工夫する必要がある。努力に逃げるな」というもの。

ホームレスになる前に、良好な人間関係や健康や、通信環境などがあれば工夫もできるかもしれない。しかし、現在すでにホームレス状態に陥り、頼れる人間関係もなく、住所や携帯電話を使えなくなり、日々生きのびるだけで精いっぱい、という状態の人が「工夫」をする余裕があるだろうか?
また、障がいや病気などで「工夫」が難しかったがゆえに、ホームレスになってしまう人も多い。

いま川で溺れている人に対岸から「努力ではなく工夫をしろ」というアドバイスはなんの役にも立たない。溺れてしまった人がどんどん増えてしまうと、個別に助けるのにも限界がある。
川に落ちないよう声を掛け合う、川に落ちない設備をつくるなどに工夫を凝らせるのは、溺れていない状況の人だからこそできることなのだ。

「努力ではなく工夫をしろ」と対岸から言うだけで、ホームレス状態の人の数は減ることはない。しかし、望まないでホームレス状態になる人をなくす社会を創ることはできるはずだ。

個人の工夫を呼びかけることもしながら、路上で苦しんでいる人を減らすために地域や団体でできること、行政や国ができることについてまで思いを馳せてほしい。

番外:「ビックイシュー」ではなく「ビッグイシュー」です…

動画キャプチャ:
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©フェルミ研究所

『ビッイシュー』を「ビッイシュー」と間違われることがあるが「BIG ISSUE(ビッイシュー)」が正である。

ビッグイシューは1991年にイギリスではじまった事業で、日本では2003年9月に有限会社ビッグイシュー日本が『ビッグイシュー日本版』を創刊。 この15年間で811万冊の雑誌を販売、12億1915万円の収入を販売者に提供し、延べ1822人が登録、199人が卒業している。

なお動画のなかで、「社会復帰をすることを決意したホームレスだけが販売できる」とあるが、これも誤りである。販売希望の人へ、登録時に「あなたは社会復帰を決意していますね」などの確認はしていない。「現在ホームレス状態であり」「販売者行動規範」を守る約束をした人であれば誰でも販売者として受け入れている。
なお余談だが、認定NPO法人ビッグイシュー基金では、販売者を含むホームレス当事者の生活面での相談にのり、医療や福祉、就労支援といったサービス、支援団体に繋がる手伝いをしている。


フェルミ研究所へのメッセージ

正しいリサーチと、ホームレス支援に関わる団体へのヒアリングなどのうえ、ぜひ第2弾の動画を制作頂けると嬉しい。


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ビッグイシュー基金では、毎月東京と大阪で月に1度「ボランティア説明会」を行っています。
ホームレス問題の現状や課題など、気になることがあればぜひご質問ください。
ボランティア説明会の日程はイベント一覧よりご確認ください)


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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。