2011年の東日本大震災時、被災3県での障害者手帳保持者の死亡率は全住民の約2倍で、死者数の約6割を占めていたのは65歳以上の高齢者だ。
災害時に支援が必要な人をどう避難させるかが大きな課題となっている中、その手段の一つとして注目を集める「JINRIKI®」開発者の中村正善さんに話を聞いた。


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Photos:横関一浩

きっかけは「弟」「観光」「震災」
人力車のように前輪を持ち上げ、段差や砂利道もスムーズに移動

「JINRIKI」とは、けん引レバーを車椅子に装着して使う補助装置の名前。車椅子を後ろから「押す」のではなく、人力車のように前から「引く」というアイディアから生まれた道具で、災害避難用として自治体を中心に導入が広がっている。

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Photos:横関一浩

開発したのは、長野県にある株式会社JINRIKIの代表取締役・中村正善さんだ。金融系システム開発の会社で働いていた中村さんは、ある時、標高1500mにある上高地(長野県)での観光客誘致のコンサルティングを担当することになった。そこで、そこまで来られなかった高齢者や車椅子ユーザーを観光客として呼ぼうと考え、河川敷や山道にも対応できる車椅子を探したという。
弟が車椅子に乗っていたこともあって、段差や砂利道での不自由さはよく知っていました。でも、どこを探してもいい車椅子は見つかりませんでした。
どうしたら凹凸道でも楽に進めるのかと車椅子を眺めているうちに閃いたのが、前輪を持ち上げるというJINRIKIの仕組みだった。

車椅子の小さい前輪は、段差や凹凸にひっかかりやすい。そのため、介助者が押す場合は力をかけて前輪を持ち上げ、段差を越えなければならない。けん引レバーをつけて引けば、テコの原理で前輪が浮き、大きな後輪だけになるので、凹凸道だけでなく砂浜や雪道もスムーズに進めるのだ。しかし、商品開発の経験がなかった中村さんは、アイディアを思いついたものの、一旦はあきらめてしまう。

再び思い出したのは、2011年3月11日に東日本大震災が起きた時だ。
高齢者や足の不自由な人が逃げ遅れたと知り、がれきや坂道でも移動できるJINRIKIがあれば、助けられたかもしれないと思ったんです。

車椅子ではない人と同じタイムで避難可能に。
負傷者、妊婦など、広がる用途。登山や観光にも活用

思い立った中村さんは会社を退職。試行錯誤しながらJINRIKIの試作機を一人で完成させる。「大変な作業でしたが、試作機を作っていた時にかけられたひと言が私を支えてくれました」

それは、避難訓練の時だった。三重県では、2011年秋の避難訓練に初めて車椅子ユーザーも参加したが、急な坂の上にある避難場所まで逃げることができなかった。しかし、その翌年、できたばかりのJINRIKIの試作機を訓練で使ったところ、全員が車椅子ではない人と同じタイムで介助者と避難場所までたどり着くことができたのだ。

その時、参加した車椅子の男性が「あなたは私たち家族の命の恩人です」と中村さんに声をかけてきた。「津波が来たら、家族はおそらく私を置いては逃げられない。だから、その時に、私たちの人生はおしまいだと思っていました」

このひと言に、中村さんは「なんとしても商品化させよう」と決意する。

災害時に一人で迅速な避難ができないのは、障害のある車椅子ユーザーだけではない。高齢者、視覚障害者や知的障害者、妊婦や怪我、病気の人なども想定される。

「東日本大震災では、助けようとした支援者も逃げ遅れました。必要な人はたくさんいるはず」

会社員時代の貯金をつぎ込み、専門家の協力も得て3年かけて商品化。国内外での特許も取得した。

今では、災害避難用だけでなく、観光地でもJINRIKIを取り入れるところが少しずつ増えている。今年4月に障害者差別解消法が施行されたが、観光地のバリアフリー化はなかなか進んでいない。そんな中、兼六園や和歌山城、札幌の雪祭りなどでもJINRIKIが取り入れられるようになったのだ。マウントレースやビーチなどレジャーにも利用され始めている。

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前輪がとられやすい砂浜や雪道でも、JINRIKIが活躍 写真提供:株式会社 JINRIKI

「これで登山にもチャレンジしたんですよ。ワンタッチで着脱できるので、観光や旅行時に携帯して段差や坂道に慣れておけば、災害時にあわてないですみます」

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北海道旭岳への登山。車椅子1人、サポート3人で約1800mまで登った 写真提供:株式会社 JINRIKI

車椅子に乗っている人の体重のおよそ10%程度の力で持ち上がると言い、子どもでも大人の車椅子を引くことが可能だ。試しに75㎏の男性が乗った車椅子にJINRIKIをつけて引かせてもらうと、後ろから押した時には越えられなかった段差を軽々と越えることができた。坂や山道、階段などでは前後に一人ずつ介助者をつける。

「100回聞くより、一回引いたほうがわかるでしょう?」と中村さん。

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がれきの悪路を想定した、避難訓練の様子 写真提供:株式会社 JINRIKI

9割の車椅子に対応可能。いずれは東北の復興事業に

開発にあたって、こだわったことが二つある。一つは、できるだけどんな車椅子にも取り付けられること。電動式、自走式、オーダー製など、約9割の車椅子に取り付け可能なため、乗り慣れた車椅子を変えなくてすむ。もう一つは、部品を国内で分散して製造することだ。

「今は長野県内の10社に外注しています。コストで考えれば、海外でまとめて作ったほうが安い。でも、東日本大震災がきっかけで生まれた商品なので、販売台数が増えたら宮城や福島県の復興事業にしたいのです」

昨年からは、一部の自治体で、障害者総合支援法の「特例補装具」「日常生活用具」として補助の対象にもなった。

「災害時にいかに安全に速やかに避難するかは重要な課題。JINRIKIがあれば、車椅子だからとあきらめていた場所も移動できるようになります。車椅子を『引く』姿はまだちょっと見慣れないかもしれませんが、これが当たり前になるくらい、早く普及させたいですね」

 (中村未絵)


株式会社JINRIKI
〒399―4601
長野県上伊那郡箕輪町中箕輪9514―1
TEL:050―5835―1000
販売している主な商品は、ワンタッチで取り外し可能な「JINRIKI QUICKⅡ」(バッグ付。6万4800円。税別)と、常時装着タイプの「JINRIKI」(4万9800円。税別)など。器具の重さは約3㎏。累計販売台数、約5千台。
http://www.jinriki.asia/



※以上、2016.12.01発売の
『ビッグイシュー日本版』300号「ビッグイシュー・アイ」より記事転載

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