ちょっと、こんな状況を想像してみてほしい。

あなたは街中にいて、急な便意を催してきた。しかし公衆トイレが見当たらない。あいにくその日はお金の持ち合わせも乏しく、買い物やカフェの利用もできない。あたりのお店にあたっても「こちらのトイレはお客様専用です」とある。さて、一体どこでトイレをすればいいのだろう。


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写真ACからの写真

これは路上で暮らす人々が日々直面している問題だ。「公衆トイレの少なさ」がもたらす影響について、グエルフ大学社会学准教授のマービン・ホーガンと社会学修士エディス・ウィルソンが、カナダ・トロント市でおこなった調査結果を学術研究ウェブメディア『The Conversation』に発表した。

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誰だってトイレを使う必要があるが、トロントの街中で公衆トイレを見つけるのは容易ではない。子どもが大至急でトイレに行きたがったことがある人、もしくはクローン病や大腸炎を患っている人なら、この切羽詰まった状況がよく分かるだろう。実際トロント市内には無料公衆トイレが、住民9213人あたり一つしかないのだ。

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© 2019 Pixabay

本気でトイレが必要な場合は、どこに行けばいいのか。実のところ、街中の「ご利用はお客様に限らせていただきます」と注意書きされたトイレを、店にお金を落とすでもなく利用したことがある人もそれなりにいるだろう。

2018年、カナダ・ブリティッシュコロンビア州のドーナツチェーン店「ティムホートンズ」で、店側からトイレ利用を拒否された若い女性が、我慢しきれず店内の床でいたしてしまい、さらにはソレをスタッフに投げつけた事件が報じられた。聞くだけでゾッとするような話だが、この一件には「人間の尊厳」について重要な問題が潜んでいる。トイレ利用を必要とする我々全員にとっての尊厳、及びトイレという人間にとって不可欠な設備の利用可否を判断させられている(主には)パート・アルバイトの人たちの尊厳だ。

「お客様専用」の掲示はあっても、実際に断られるケースは稀

 意外なことに、トイレの「お客様専用」ルールの実態を調べた研究はほとんどない。そこで我々がこのルールの徹底ぶりについて調査したところ、予想とは異なる結果となった。

「こちらのトイレはお客様専用です」の掲示は、北米ではあちこちで目にする。実際、トロント市内にある5つの商業エリアにあるカフェやレストラン計202店舗を訪れたところ、なんと3分の1以上の店舗でこの掲示が確認された。チェーン店ではほぼ半数、個人経営の店では5店舗に1店舗の割合だった。しかしこの数字は、問題全体のごく一部を示しているに過ぎなかった。

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写真ACからの写真 

この目視調査をさらに深めるべく、エディスは店舗従業員とトイレを使いたがっている人とのやり取りを、チェーンと個人経営のコーヒーショップ両方で観察した。計92件のやり取りを観察したところ、「お客様専用」の掲示があるにも関わらず、実際にトイレ利用を拒否されるケースは一度もなかったのだ。店側は何らかの意図を持って制限ルールを設けたのだろうが、現場で働く従業員たちはトイレを要している人たちの尊厳を守り、自らの裁量で「トイレ使用可否」を判断していたのだ。

トイレの利用可否を判断しているアルバイトたちに聞き取り調査

では具体的にどう判断しているのかーー カフェやレストランでトイレの利用可否を判断する立場にある従業員15人にインタビューを実施した。すると、一人を除いて全員がトイレ利用を拒否することは「めったにない」と回答。制限なく利用できるようにすることで、店舗の方針にあえて“歯向かっている”と言う者もいた。

中には、攻撃的な人・行動が不審な人・薬物使用のおそれがある人に対しては「拒否している」と回答した者たちもいた。しかし、自分の判断は正しかったのか心苦しく思うこともあると付け加えた。失礼な人には利用を拒否したことがあると答えた者もいた。

またインタビュー参加者の多くが、トロント市内に公衆トイレが足りていない現状を指摘した。市のガイドブックにもトイレ案内は掲載されていなかったため、エディスはあらためて市内にある公衆トイレをすべて網羅したリストと地図を作成した。




判断が難しい状況でどう対処するかは、対応しなければならない「人数」と、そうしたコトが起きる「頻度」にもよるようだ。

精神疾患・薬物依存者や路上生活者が多い繁華街にある店舗では、従業員らは必要とあらば迷いなく警察に通報するが、より落ち着いた場所にある個人経営店などでは、どんな状況が起きようとも(警察に通報せず)自分たちで対処していると回答した。いわく、警察はそういった人たちへの対応に慣れておらず、警察が関与することでより悲惨な事態に陥る可能性があるからと。(トロントでは2013年、精神疾患のある18歳の青年サミー・ヤティムが路面電車の中でナイフを持って立てこもったことで警官から3発撃たれ、倒れて動かなくなった後も6発もの銃弾を受けて殺害された事件があり、それが未だに人々の記憶に強く残っているのだ。)

インタビュー調査の結果、ほとんどの従業員が、「お客様専用トイレ」のルールを日常的には適用していなかった。ルールはあくまで、安全上の理由からトイレ利用を断る必要があると“感じる” 際の「盾」のような存在だったのだ。

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photo:Olivier Collet(Unsplash) 

「用を足す」以外にも使われている公衆トイレ事情

公衆トイレの内部では、“用を足す” 以外にも起きていることがあった。

インタビュー対象者の半数以上が、トイレで「使用済みの針を処理したことがある」と回答。「薬物の過剰摂取者を見つけたことがある」と答えた者も2人、「月に1回は緊急の医療サポートが必要な人と遭遇する」と言う者も1人いた。そして、ほぼすべての従業員が「危険なごみ(血液、排泄物、嘔吐物など)を処理したことがある」と述べた。

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©Pixabay

社会的弱者に向けた公共サービスが不十分。だからこそ、街のカフェやレストランで安い賃金で働く自分たちのような者がこんな危機管理まで対処しなければならないのだ、というのが彼らの実感のようだ。

どのような政策が必要と思うかを訊くと、「インジェクション・サイト」の増加(*1)、公衆トイレの増設、「ハウジング・ファースト」の拡大を挙げた。ハウジング・ファーストとは、精神疾患や依存症などを抱えた人を不適切なシェルターや一時施設に送り込むのではなく、個別事情にあった支援とともに定住用の住居にできるだけ早く住まわせること。トロントでもパイロットプロジェクト(*2)が実施されているが、依然、市内には5千人を超えるホームレス状態の人がいる。

*1 医療専門家の監督の下で安全に薬物を接種できる施設。現在、トロントには3施設ある。
*2 カナダ政府が5都市で実施している4ヶ年プログラム「At Home/Chez Soi Project」。


今回の調査により、社会的弱者(ホームレス状態、精神疾患、薬物依存者など)への基本的支援をしっかり提供できていないことの「意外な影響」が明らかとなった。これらのニーズに応える包括的サービスを提供できない限り、この街の低賃金の労働者たちは、これからも日常業務のなかで、難しく、時に恐ろしくもある事態に対処していかねばならないだろう。

マービン・ホーガン:グエルフ大学社会学准教授/イエール大学社会学部の客員研究員
エディス・ウィルソン:社会学修士。トロント市内の「お客様専用トイレ」事情について研究。

Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
By Mervyn Horgan and Edith Wilson


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