どうすれば大人は、子どもや10代の若者たちが体験する苦しみを理解し、サポートできるのだろうか。オーストリア・ザルツブルクのストリート誌『Apropos』が、児童・思春期を専門とする精神科医であり子どもや10代の若者たちの悩みに精通しているレオンハルト・トゥーン=ホーエンシュタインに話を聞いた。

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-子どもたちがあなたのクリニックを訪れるのはどんなときですか?

学校や家族、彼らの人間関係において「お前なんていらない」「手に負えない」と言われるなどして、社会的な輪から切り離されたと感じるときです。家庭や社会に余裕がないために、問題が大きくなってしまうのです。

アイデンティティの危機に直面している、自傷行為や自殺願望に悩んでいるケースが多いです。その原因は、不安障害や学習障害、クラスメートとの問題、集団いじめなど。現在、外来患者は年間1300人、入院患者は500人ほどです。

-子どもたちはどんな話をするのですか?

苦痛、絶望、感情の高ぶり、不安、ときには壮大なストーリーを語り出す子もいます。どんな風に生きてきたのかから始まり、今直面している厳しい状況、心の中にあるけどうまく表現できないイメージのことまで、さまざまです。

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- 診察を始めるにあたって、効果的な質問はありますか?

「何をするのが好き?」「どんな場所が好き?」「何に興味がある?」「なぜそう思うの?」といった質問から始めると、うまくいきやすいです。何かしらポジティブな面について質問すると、会話が広がりやすいですね。

- 若者たちに自分の感情を出してもらうコツはありますか?

こちらが心を開き、しっかりと耳を傾け、子どもたちが安全を感じられる環境をつくることです。絵を描く、話す、文章を書く、もしくは動きで表現する等、どんな方法だったら自分を表現しやすいかを聞くようにしています。そんな選択の自由があれば、子どもたちもいろんなことを見せてくれるようになります。

-子どもや若者たちが困難に直面したときの特徴は?

これぐらいの年代の子らは、感情的にとても繊細で、否定的な気持ちを抱きがちです。そんな時に大人がどれくらいサポートできるかが重要です。十分なサポートがあればあるほど、子どもたちも困難を乗り越えやすくなります。

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思春期に起こりがちなトラブルと言われるものは、自身のアイデンティティ喪失、自分が社会にいる意味、性に関することなどが多いです。そういった問題を一緒に乗り越えてくれる大人がまわりにいないがゆえに、彼らは私たちを頼ってくる。しかし大人側にもいろいろな理由があるのでしょう。大人たち自身が体を壊しているなど困難な状況にあるかもしれませんし、相談しようにも片方もしくは両方の親がいないということもあるかもしれません。

-「良い聞き手」であるために必要なことは?

人を好きになり、時間をかけることです。そして適切な質問を適切なタイミングですること。そうすれば、相手も口を開いてくれるようになり、物事を掘り下げやすくなります。

-もし子どもが頑なに押し黙り、何の反応も示さなかったら?

そんな時にできることはただ一つ、黙っているという事実を受け入れることです。「何も話したくなくても大丈夫だよ。また別の日にしてもいいし、なんならメールでもいいからね」などと言う。これはいつもうまくいくわけではありませんが、彼らが沈黙・抵抗していることを「尊重」しているということを相手に理解してもらう、これはとても重要なポイントです。

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-なぜ児童・思春期専門の精神科医になったのですか?

私自身とてもやりにくい子どもで、悪い仲間とバカばっかりやっていました。拘置所行きになった仲間もいたほどです。なので中学二年で学校をやめさせられ、全寮制の学校に入ることになりました。最初の一年はすごく大変でしたが、私の人生を今振り返ると、よい結果をもたらしたひとつの分岐点になったと思っています。

15歳くらいの頃、年下の子らの面倒を見るのが得意なことに気づき、リーダーやチューターを引き受けるようになりました。自分が他の人の役に立つと気づけたのは良い経験でした。そのころですかね、児童精神科医を意識するようになったのは。

-若者たちへの最適なサポートとはどうあるべきですか?

子どもたちは「失敗」を許されるべきで、我々はそこに手を差し伸べなければなりません。「失敗」というプロセスには、そこから立ち上がり、進み続けることも含まれているのです。子どもが歩くことを覚えたとき、おそらくその前に100回は転んだことでしょう。でも、そのたびに立ち上がり、挑戦したのです。失敗したら、立ち上がり、続行する...。これは人生の本質を現しているように思います。

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この繰り返しの中で、人はアイデンティティを育んでいけるわけですから。「うまくいくときはどうしてるから?」「うまくいかないときは何が悪いのだろう?」「どうしたらまた立ち上がれるだろう?」といった問いに答えていくうちに、「どうすれば転ばずに済むだろう?」といったことがわかってくるわけです。

-子どもたちが専門家のサポートなしに危機を乗り越えるにはどうすれば?

心を安定させることが大切です。困難にぶつかった時に自分で自分を救い、周りの人たちと一緒に環境を整えていく方法を教えるようにしています。たとえば両親が病気の場合は、普通よりも少しだけ責任感を発揮してみようと教えています。「お母さんが病気だけど、大人だから自分で解決するよ。きみは自分のことを自分でできるようになるだけでいいんだよ」といった風に。「この状況をうまく対処するにはどうしたらいいだろう? しっかり落ち着いて、きみまで参ってしまわないようにしないとね」と言葉をかけます。家族でしっかり会話することも重要です。

- 子どもが持つ責任感を呼び起こさせる、そして内面に隠された罪悪感を明らかにしてあげることが大事なのですか?

はい、多くの若者が「おまえがそんな手のかかる子でなければ、家族はもっと幸せだったのに」といった非難の言葉を浴びせられ、罪悪感を抱えていますから。若者が直面している問題を探り当て、解決を図ること、これがとても大切です。

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ほとんどの親は、一生懸命、物事をはっきりさせようとします。摂食障害など多くの深刻な病気によって、家族全員がその病につきあうこととなります。それでうまくいくこともありますが、そうではないときもある。というのも、不適切かつ効き目のないやり方を用いるからです。「どうすれば、子どもにとっても親にとってもストレスのない状況をつくりだせるだろう」と家族全員で団結し、考えることができれば、もっとうまくいくでしょう。とても単純なことに思えるかもしれませんが、実際は長くて困難な道が待ち受けています。

-なぜ摂食障害について家族全員で話すことがそんなに難しいのでしょうか?

摂食障害になると、「本当の自分」と「摂食障害」とが区別できなくなるのです。「お前は太りすぎだ。足もぶっといし、お腹もたぷたぷ。もう何も食べるなよ。お母さんにしっかり食べなさいと言われたって聞く耳持っちゃいけない」子どもたちの頭の中では、ずっとこんな声が聞こえるのです。母親が「ほら、今日はあなたの大好物よ!」と言っても、「やせろ!」と言ってるように聞こえる。両親にとって最もつらいのは、こうして食事を拒絶されるときです。

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子どもたちに、自分の考えと、摂食障害だからこそ湧き上がってしまう発想との「違い」を気づかせられたら、そこでようやく話し合える余地が生まれます。「どうすれば今の状況をコントロールできる?」「私たちにできることは?」と聞くことができ、親ができることも一緒に考えられます。

-つまり、本人と「病気がもたらす考え」とを切り分ける必要があると?

その通りです。病気は患者と「別もの」と捉え、どうコントロールしたらよいかを学ぶ必要があります。仏教には、恐怖を自分のそばに座る犬のように飼いならすという「怪物を飼いならす」ということばがあります。そばにいて、身を守ってくれる存在。好き勝手に走り回り、人に噛みつくのはダメな犬。飼い主の「かかれ!」という命令にだけ従わなければならない。

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人が打ちのめされる感情にも同じことが言えます。その感情をコントロールし、自分に従わせるのです。恐怖という感情について文章を書く、又は具体性のあるものに想像すれば、それほど恐ろしいものではなくなります。

摂食障害に関しても、まるで食卓の隅に座る「招かざる客」のように捉えられたら、それは非常に高度な考察ができている証拠です。そうなれば「自業自得」の問題ではなくなり、一緒に食卓についている家族みんなで共有できるようになる。このようにして、家族で最善の策について合意がとれ、解決に向けて協力し合えるようになるのです。

-長年この仕事に従事されてきた中で、最も影響を受けたものは?

(考えながら)やはり、そのときに接している患者さんですね。私自身の「鏡」のような若者もいて、私自身が試され、成長させてくれるんです。このクリニックの責任者になってからは、担当する患者さんの数はあまり多くありませんが、より深刻なケースを担当するようになりました。なので、快方に向かっている患者さんを見ると、喜びもひとしおです。

最近、23歳女性の元患者から連絡をもらいました。今は、すてきな仕事に就き、世界中を飛びまわり、順調に過ごせていると。何ヶ月もかけて自殺を思いとどまらせるなど強い忍耐力が求められる日々にあって、こういった連絡は私の原動力になります。

-治療の甲斐なく子どもや若者が自ら命を絶ってしまったら、どんな思いがしますか?

ここで働いている10年間で、3人の患者さんが自殺しました。すでに退院していましたが、それは問題ではありません。当然、自分を責めますし、何かやり方がまずかったのかと思い悩みます。たとえ私達の責任ではなかったとしても、「もっとうまくやれていたかも」と思わずにはいられません。もちろん、どうすることもできない状況もあるとは分かっています。だから、受け入れなくてはならないのです。かつて小児がんの施設で働いたことがあり、死について多くのことを学びました。

-死についてどう捉えていますか?

生命は死の中に繰り広げられるもの、と捉えています。いつかは死ぬと分かっていれば、どう生きるべきか、人生で成し遂げたいことは何か、やりたいことはもうやったのかと自問します。

命は自分が何かをして得たものではなく、自分に与えられた「ギフト」だと思っています。ですから、この命を使って何をするかに私たちは責任を負っているわけです。こんな風に考えられる若者たちが少しでも増えたらいいのに、と思っています。

若者たちはよく「もう我慢できない。もう無理。なにもかもダメ」と口にし、生きることがギフトだとはなかなか理解してもらえません。ですから、どうすればそんな袋小路から抜け出せるか、代替案を一緒に考えていくことが私たちの仕事なのです。

-若者たちのどういうところを重視していますか?

彼らの率直さ、行動力、驚くべき創造性、どこでもどんなときでも生きていける能力はすばらしいと思います。成長するスピードと、その過程で身につけていく力にも魅了されています。

この社会では、子どもたちがはなから好意的に受け入れられないことがあります。うるさいし、いらいらさせられる、走り回ってじっと座っていられない、大人たちが望むようにはふるまってくれないと。しかし子どもたちはそのままで良い、というのが私のモットーです。何が必要か、子どもたちの思いをもっと聞き出し、彼らが与えられるべき場所を用意してあげるべきです。私たちはもっと子どもや若者たちを信頼すべきです。そうすれば、彼らにとって何がベストなのかが分かってきます。

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-子どもや若者たちが人生という旅を全うするために、どんな言葉をかけたいですか?

自分の声を聞き、自分を大事にすること。自分自身に手をかけ、いたわってあげることですね。私が大きな影響を受けたエーリヒ・フリートの詩をよく若者たちに聞かせています。ありのままを受け入れることこそが、他でもない「愛」なのだというメッセージです。

By Michaela Gründler
Translated from German to English by Edward Alaszewski

Courtesy of Apropos / INSP.ngo


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