ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相、台湾の蔡英文(さい えいぶん)総統、ドイツのアンゲラ・メルケル首相。コロナウイルスのパンデミックに抜きんでた対応を見せたとされるリーダーには、女性が目立つようだ*1。

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EPA/Bianca De Marchi 

 *1 3カ国の感染状況(2020年7月27日時点)
ニュージーランド(人口約482万人):感染者1,556名、死者22名
 台湾(人口約2380万人):感染者458名、死者7名
ドイツ(人口約8380万人):感染者 206,667、死者9,124名(*ドイツの評価について、記事末尾に補足あり)

ここまでの段階で良い対応をしたとされているリーダーたちは、協働的なアプローチをとることで称賛を集めていることが多い。専門家の科学的知見に耳を傾け、現場の関係機関と連携し、国民と効果的な対話を重ねることができている、というのが概ねの評価だ。混乱の渦中にあっても透明性を保ち、説明責任を果たすリーダーであるとの印象を世間に与えたことが大きいと言える。

これと著しいほどに対照的なのが、英国、米国、ブラジルといった、コロナウイルスへの対応をひどく誤った国々の、いわゆる「マッチョな」リーダーたちだ。好戦的なレトリックを多用し、専門家の意見よりもお気に入りの側近たちに耳を貸す。一貫性と明確さに欠ける彼らの発言は、「ガスライティング*2」と比喩される。独自路線の一匹狼リーダーたちは、協調、共感、適正手続きの尊重といったやり方を積極的に否定することで権威を築き、「超マッチョスタイル」が選挙戦略として効果的だと証明してきたのだから、このような行動パターンをとることは当然といえば当然だ。

Olya AdamovichによるPixabayからの画像
Olya Adamovich / Pixabay

*2 巧みな嘘で他人の現実認識能力を狂わせようとする試みを指す心理学用語。同様の手法で夫から追い詰められる妻を描いた映画『ガス燈』に由来する。

コロナ禍で、例に挙げた女性リーダーの活躍をはじめとした「マッチョでない」リーダーシップスタイルが幅広い称賛を集めているのは素晴らしいことだが、その一方で、成功したのは女性だからと性別を強調しすぎることは、性差に基づく思考を助長し、結果としてマッチョなポピュリスト型リーダーに力を与えてしまうことにもなりかねない。

古い「型」を打ち破ってきたリーダーたち

新型コロナ感染症に首尾よく対応したリーダーたちの成功要因を理解するには、そうした優れた人物が権力の座につくことを可能にした各国の政治風土や制度に注目する必要がある。

女性リーダーたちのパンデミック対応を称賛するとき、人はステレオタイプ的な「女性らしさ」にばかり目を向けがちだが、それ以上に、彼女たちがいかにして古くからの慣例を打破してきたのかにも目を向けたい。

ニュージーランドのアーデーン首相は、在任中に出産した史上2人目の首相である*3。共感と思いやりを中心に据えるのが彼女の政権運営スタイルで、これ自体、画期的なことなのだが、彼女は強さや判断力を見せるとき、軍の指揮権を行使するとき、さらには危機管理対応においても、このスタイルを貫いている。このように物事を見る首相を、ある宗教指導者は「過保護国家」を実践する「口うるさい親」のようだと批判*4。英国BBCも、アーデーン首相について「国全体をお仕置きしている」と皮肉った。

* 3 パキスタンのベナジル・ブット首相(当時)が1990年に出産したのが初めて。アーデーン首相は2018年6月に出産、6週間の産休後に公務に復帰した。
*4 アーデーン首相がコロナ対策として10人以上の集まり自粛延長を発表したのを受け、ペンテコステ派キリスト教組織であるデスティニー教会の代表がこう批判した。


メルケル首相には子どもはいないが、彼女は“ドイツのお母さん”と呼ばれている。女性政治家がどう見られるのかを大きく左右する演説手法などを研究して権力の座に登りつめ、倹約家の「シュヴァーベンの主婦*5」とも称される経済手腕を発揮している。さらに量子化学の博士号を持つ彼女は、今回のパンデミック対応においても自然科学を重視し、専門家の見解を小まめに引用した政策発表などが評価されている。

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EPA :メルケル首相の成功を支えたのは“ドイツのお母さん” イメージだけではない 

*5 伝統的に勤勉と倹約の精神を持つ人が多いことで有名なドイツ南西部のシュヴァーベン地方に由来。

台湾の蔡総統も法学博士号の保有者。パンデミック下での迅速な行動が称賛を集めた上に、米国など他国にも人道支援を行った。同様の行動をとったアーデーン首相は彼女の慈悲心によるものとされたが、蔡総統の場合は台湾の独立を強く主張する彼女の政治思想に沿ったものとみられている。感染の世界的拡大は、地政学上、中国に有利に働くやもしれないとの危機感があるのだ。



必要なのは信頼に足るリーダーを据えられる政治システム

優れたリーダーたるゆえんは高い能力と資質と経験のたまもの、それは言うまでもないことだが、注目すべきはそうした人物をリーダーに据えることのできた各国の政治システムである。「優れた対応に必要なスキル」に価値が置かれ、マッチョなポピュリスト指導者を寄せ付けないよう設計された政治システムが機能したゆえだ。

ニュージーランド、台湾、ドイツはいずれも、執行権のチェック・アンド・バランス*6 を図る制度が複数担保されている上、トップダウン方式ではない、地方の政治参加を促す強力な地方行政機関がある。

*6 国家権力を立法権、行政権、司法権の3つに分け、お互いに 抑制と均衡を図る制度。

もちろん、これらの国の制度が完璧なわけではないが、今回のコロナ禍で顕著に表面化したのは、独自路線の一匹狼的なリーダーがのし上がれるシステムの危険性と、彼らの気まぐれ施政を監視する強力な仕組みの必要性であろう。

コロナ禍はまた、医療・介護と社会インフラという、経済の中でも“女性的”な領域として見過ごされてきた2つの分野に投資を行なう必要性を浮き彫りにした。

Klaus HausmannによるPixabayからの画像
Klaus Hausmann / Pixabay

政治リーダーシップのあり方を改革しつつある新たなタイプのリーダーたちが打ち立てている実績、そうした人物を政権トップに押し上げた政治制度。コロナ禍の危機を迎えたこれからの時代、広く開かれた政治プロセスを再考するにあたり、大きなヒントになりそうだ。


<補足>
ドイツは感染者数は多いが、1.検査体制を迅速に整えたことで検査数が多かったこと、2. 介護施設の隔離を徹底するなどして高齢の感染者数を比較的抑えたこと(感染者数に占める70歳以上の割合はドイツ19%。イタリアは39%)、3.それにより全体の死亡率を西欧主要国の間では最低水準に抑えたこと(7月29日時点で4.4%。イタリアは14.25%、英国は15.26%)、4. 充実した医療設備(人口10万人あたりの救急治療病床数がドイツ621床に対し、イタリアは275床、英国は228床)などにより、医療崩壊を起こしていないことが高く評価されている。


著者 Kate Maclean
Professor of International Development, Northumbria University, Newcastle
※ こちらは『The Conversation』の元記事(2020年6月29日掲載)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

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