新型コロナウイルスの大流行を受け、観光業界が世界レベルで「停止状態」となった*1。数百万もの人々が収入や生計手段を失う大打撃を受けているが、ホームレスがツアーガイドを務める観光案内ビジネスもその例外ではない。厳しい事態を受けて、ロンドンのツアー主催団体が打ち出した新たなアプローチが好評だという。

 *1「全世界の国々の 96%が旅行制限を課す」国連世界観光機関(UNWTO)

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2010年にロンドンで始まった社会事業「アンシーン・ツアーズ(Unseen Tours)」では、路上生活者やまともな住まいをもっていない人たちがツアーガイドとなってロンドンの観光案内を行なう活動を展開している。社会から排除され、街から“隠すべきもの”とされてきた者たちが新たな生計手段を得るとともに、実経験にもとづいた知識を観光客に披露できる機会となっている。

これまでに20人の「ホームレス・ガイド」 を雇用し、大勢の観光客をロンドン市内各地へ案内してきた。ストリート・アートや古着屋が集まるブリック・レーン地区、パンクロックな街として知られるカムデン・タウン、 アートやセレクトショップが立ち並ぶショーディッチ、ロンドン橋、異文化の街ブリクストン、高級地区メイフェア、賑やかなコヴェント・ガーデン地区......メジャーな観光地もあれば、あまり観光客が足を運ばないスポットを訪れるコースもある。ガイドの経験談を聞きながら、参加者たちはロンドンのホームレス問題の内情を知ることができるツアーとなっている。

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 Photo by Janis Oppliger on Unsplash 

社会から疎んじられてきた人々を巻き込むことで、社会的汚名(スティグマ)の軽減を目指したビジネスだ。ガイドたちは観光客を案内することで、自身の存在ならびに体験に日の目を当てることができ、自分たちが路上で生活していることを受け入れてもらいやすくなる。

「歓迎される観光者」と「隠されるホームレス」

「観光ビジネス」は、人々がその地域をどう経験し、どう捉えるのかを決める上で重要な役割を果たしている。その印象をもってして、人はその場所に適切なもの、不適切なものを判断していく。その一例となるのが「観光」と「ホームレス問題」の関係性だ。

旅行者たちがこれといった目的もなく街をぶらつき、その辺りの雰囲気を味わいながら、目新しいものを見つけては楽しむといったことはよくあること。一方で、路上生活者たちも、食べ物や寝泊まりできる場所、寒さをしのげる場所を探して同じように街を動き回っているわけだが、社会からは「不適切な存在」と見なされがちだ。

また、主要な観光都市では、旅行者と路上生活者は多くの空間(広場、公園、ベンチなど)を「共用」しているが、旅行者たちがそうした空間を主観的に体験することは大いに歓迎され、新聞・ソーシャルメディア・パンフレットなどで取り上げられるのに、ホームレスの人たちは“見えない””隠すべき” 存在とされている。

英国の路上生活者の数はこの10年で増加傾向にあるにもかかわらず、この状況はほぼ変わらない。2019年秋の時点で、英国の路上生活者の数は4,266人(うち1,100人以上がロンドン市内)、2010年より約2.5倍も増えている。アフォーダブル住宅(手頃な価格で取得または賃貸可能な住宅)が不足していること、住宅難に見舞われている人々に対する政策立案者らの配慮のなさ、そして「住まいがない人」への偏見が大きな問題となっている。そして、この課題に挑み、「ソーシャル・ツーリズム」といわれる旅行者と路上生活者の両者を豊かにしようとする観光ツアーを提供しているのがアンシーン・ツアーズなのだ。

ホームレスガイドが出題者となる「オンライン・クイズ大会」

英国政府は都市封鎖後、路上生活者約5,400人をホテルに宿泊させる緊急措置を取った。だが、長引くコロナ禍では観光をはじめとする「おもてなし」分野の仕事は激減、路上生活者の数も増えている。この緊急措置がいつまで継続されるのかも定かではなく、懸念の声が上がっている。

そんな中、アンシーン・ツアーズを運営するボランティアたちが企画したのが「オンライン・クイズ大会」だ。ホームレス・ガイドが出題者となり、歴史や映画、音楽、演劇、人気スポットに関するクイズを出す。自らが生活しているエリア、または観光客を案内してきたエリアに関し、ガイド自らが考え出したクイズだ。

そして、気楽にクイズを楽しみたい一般の人たちは、1チーム(5名程度)につき5ポンド(約700円)の参加費を払って回答者となる。夜8時にZoomにログインするだけ、クイズ大会は約90分。優勝チームはアンシーン・ツアーズの観光ツアー無料チケットがプレゼントされる。クイズを楽しみながら、ホームレス問題への偏見を軽減させ、ガイドは収入も得られるというわけだ。月1回のペースで開催されており、これまでに160名以上が参加した。

今まで「観光客のもの」とされ、コロナ禍ではアクセスすることすら難しくなった「観光スポット」に、ホームレス・ガイドらの導きによりバーチャルから “アクセス”。「観光地クイズの出題者」という新たな役割を手にしたホームレス・ガイドたちが自信を持てる場となっている。ロンドンの街がコロナ危機に見舞われるなか、このバーチャル空間が「社会を変革する手段」となっているのだ。

4月25日に初開催された「NOT-IN-A-PUB QUIZ」の様子


このクイズ大会が好評だったため、現在は「組織向けプログラム」が提供されている。リモートワークで働く従業員たちのチームワークづくりに、そして自分たちがビジネスをしている地域をより深く知るために、このクイズ大会を活用する企業が出てきている。

この先、世界の観光業がどうなっていくかはまだ分からないが、バーチャル空間というホームレス・ガイドが“占有”できる場所が、これまでにはない新たなビジネスをつくっていくのかもしれない。

【オンライン編集部追記】
その後、アンシーン・ツアーズのツアーはコロナ対策を取った上で再開されている。

Unseen Tours 公式サイト
https://unseentours.org.uk

By Claudia Dolezal (ウエストミンスター大学・観光開発学部上級講師)
Dominic Lapointe(ケベック大学モントリオール校・都市・観光学教授)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo



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