2020年6月15日、米連邦最高裁は「LGBTの職場差別は違法」との判決を下した。性的マイノリティに関しては、2015年6月に同性婚を合法とする判決が最高裁で下されたが(オーバーグフェル対ホッジス裁判)、さらに今回の判決によって、雇用、昇進、解雇など職場における差別が禁止されることとなり、公民権運動の歴史に刻まれる画期的な出来事となりそうだ。

2019年10月、米最高裁では「LGBTを理由とした労働者への職場差別」に関する訴訟3件の審理が始まった。ゲイの労働者の不当解雇を巡る訴訟2件と、トランスジェンダーの労働者の不当解雇を巡る訴訟1件だ。3件の訴訟が合わせて審理され、2020年6月15日に「ボストック対クレイトン郡裁判」として判決が下された。結果は賛成6、反対3、LGBTの権利が守られる判定に。保守派で知られるジョン・ロバーツ最高裁長官とニール・ゴーサッチ判事が判決支持にまわったことに驚きを隠せないニュース解説者たちもいたようだ。

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裁判所前でLGBTの人権擁護を訴える人たち(2019年10月)
SAUL LOEB/AFP via Getty Images

原意主義と条文主義

しかし近年、裁判官の法解釈において「原意主義(originalism)」と「条文主義(textualism)」が存在感を増していることを踏まえると、この結果は驚くに値しない。「原意主義」とは、裁判官が制定当時の意図・目的に基づいて憲法を解釈すべきとの考え方で、「条文主義」は、法律の文言を重んじ、そこに記載されていない事柄は考慮しないとする考え方。

今回の裁判で争点となったのは、1964年公民権法の第7編にある「人種、肌の色、宗教、性別、出身国に基づく雇用差別を禁止する」の文言の解釈だ。原意主義と条文主義の両方の立場を取ることで知られるゴーサッチ判事が、「性別に基づく」の解釈を見直し、「職場差別からの保護は大勢の人々に拡大されるべき」との考えを示したのだ。

F. MuhammadによるPixabayからの画像
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判決文の第1段落にはこう記されている。

“雇用主が従業員を同性愛者またはトランスジェンダーであることを理由に解雇することは、その従業員が別の性であれば問題とならなかったであろう特徴や行為を理由としている。その決定において、性が必要かつ明らかな役割を果たしており、これはまさに公民権法第7編が禁じるところである”

すなわち、「性別に基づく」という文言は「性別の理由から」ということであり、男性や女性といった一般的な性別に限定してはいないということだ。

判決文は続く。
公民権法でも何度も言及されているように、われわれ判事は「集団」ではなく「個人」に目を向けるべきである。

そして、ステレオタイプ化された性別に関して最高裁が公民権法第7編を適用した過去の判例2件を挙げた。 1989年、雇用主から会社とパートナー契約を結びたいなら女性らしく振る舞うようにと要求された女性社員アン・ホプキンスが訴えを起こした「プライス・ウォーターハウス対ホプキンス裁判」では、女性らしさの欠如を理由に雇用機会を奪う行為は違法であるとの判決が下された。

1998年、採油労働者である同性愛者の男性が同僚の男性社員たちから女のようだと嫌がらせを受けたと訴えた「オンクル事件判決」では、同性愛者に対する嫌がらせ行為は公民権法第7編の下では性差別にあたると全会一致で認められた。この判決文を書いたアントニン・スカリア判事は”原意主義者”を公言しており、第7編の解釈拡大の可能性を開いたとされている。

この2件の判例を「条文主義」と位置付けたゴーサッチ判事は、「女性らしさが足りないからと言って女性を解雇した雇用主も、男性らしさが足りないからと言って男性を解雇した雇用主も、男性および女性を”集団”としてみなしているのかもしれない。しかしどちらの場合も”性別”が解雇理由に含まれる以上、第7編において、この雇用主の行為は違法にあたる」と述べた。

判決文の第2段落では「原意主義」について述べられている。

公民権法の制定当時は、この法律がこのような状況にまで関わるだろうとは予期していなかったかもしれない...だが、起草者の想像力が及ばなかったからといって、法律が定義していることを無視してよいわけではない。

さらにゴーサッチ判事は、第7編に「性別」を加えるにあたっては当初から多くの混乱があったが、明確な法律用語が使われている場合は、起草者のそもそもの意図など関係ないと述べた。

最高裁は長年、再三にわたり、「法の条文の意味するところが明白であれば、我々の仕事はそれまでだ」とコメントしてきた。

したがって、法律が「性別」に言及しており、原告がその「性別」によって差別されている場合は、原意主義どうこうではなく、法律がそのまま適用されるべきであると。

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最高裁前でLGBTの象徴「レインボーフラッグ」を振る人(2020年6月15日)
JIM WATSON/AFP via Getty Images


今後の展開-LGBTの権利と信教の自由はどちらが優先されるか?

今回の判決結果に、LGBT支持者たちは祝福の声を上げてよいだろう。LGBTの権利を勝ち取った今回の判決が、今後は「信教の自由」にどう影響していくかに注目していきたい。

というのも2012年、コロラド州レイクウッドのケーキ店の店主が、訪れた同性愛者の客が希望したウェディングケーキの製作を自身の信仰を理由に断ったことから始まった裁判(マスターピース・ケーキショップ対コロラド州公民権委員会事件)がある。米国では多くの州法で信教の自由が認められており、最高裁も国家レベルでこの問題を検討してきた。

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コロラド州公民権委員会はケーキ製作の拒否は差別にあたるとの判断を示し、店主側は最高裁に上訴。最高裁は米憲法修正第1条「宗教の自由」を限定解釈した判決をぎりぎりの過半数で採決、「信仰の理由による同性婚への反対は保護される」として店主の主張を支持、ケーキ製作の拒否は差別にあたらないとしたのだ。そして、事業主は信念と矛盾するサービスを提供しなければならないのか、という大きな問いについての判断は保留とされた。

今後、性的マイノリティの権利を“より直接的に”求める訴訟が増えていくのは確実だろう。


著者
Julie Manning Magid
インディアナ・パデューインディアナポリス大学教授(専門:商法)

※ こちらは『The Conversation』掲載記事(2020年6月18日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
The Conversation

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