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カテゴリ: 原発ウォッチ!

Genpatsu

(2016年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 298号より)


学校サナトリウム「希望21」年間5千人の子どもが利用

 9月末、チェルノブイリを初めて訪問した。1986年4月26日の未明、旧ソ連(現ウクライナ)でチェルノブイリ原発4号炉が爆発事故を起こした。火災は10日間にわたって続き、膨大な放射能による汚染は今も続いている。放射能の飛散を防ぐために、破壊された原子炉建屋は「石棺」と呼ばれる巨大な壁で覆われたが、急ごしらえであったために穴が開き、今では崩壊の危険がある。そこで、石棺をすっぽり覆うアーチ型のシェルターの建設が、27ヵ国の支援を得て07年から始まった。続きを読む
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20161016日に投開票された新潟県知事選において、原発慎重派の米山氏が当選した。米山氏は16日夜、新潟市内の事務所で「命と暮らしが守れない現状で原発再稼働を認めることはできない、とはっきり言わせてもらう」と支持者に述べたという(17日付読売新聞朝刊)。慎重・反対派には心強い宣言だ。

11月に行われる柏崎市長選の動向にも注目が集まる。

 

ここで全国の慎重・反対派、そして推進・中立派にも読んでもらいたいのが1015日発売の297号の特集<29の原発を止めた人とまち>。今号の読みどころとしてピックアップしたい。
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Genpatsu

(2016年10月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 296号より)


中・韓・露・日をつなぐ風力発電の送電網計画、日本政府のみ消極的

自然エネルギー財団が設立5周年の記念シンポジウムを開催した。米国、カナダ、中国、ロシア、韓国などの国々からパネラーたちが参加し、参加者も1000人を超える超豪華な催しとなった。同財団は自然エネルギーを基盤とする社会の構築を目的に設立され、提言活動やビジネスモデルの研究、それらの情報提供などを行っている。設立者の孫正義氏は、設立の契機は福島原発事故で、事故の悲惨さを二度と繰り返さないために原発に代わる自然エネルギーの促進を決意したという。 続きを読む
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ビッグイシューオンライン編集部より:ビッグイシュー本誌の294号より、原発ウォッチ 連載114回を紹介します。

余剰プルトニウムの利用難航 日本48トン、米国62トン

国際会議2
広島市で行われた「被爆71周年原水爆禁止世界大会国際会議」

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Genpatsu

(2014年8月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 246号より)


法廷での決着へ。検察審査会、東電旧経営陣を「起訴すべき」と議決

検察審査会が福島原発事故当時の東京電力社長ら3名を起訴すべきだと7月31日に議決した。福島の人たちの思いが通じた瞬間だった。

これまでの経過を振り返ってみる。生命・健康・財産に重大な被害を及ぼしたのに原子力を強力に推進してきた人たちが責任を問われないのは許されないと、2012年3月に福島原発事故告訴団が結成された。告訴団は全国に広がり、同年11月までに1万4586人が、東京電力の重役たちや原子力ムラの33人を告訴した。福島県の検察庁に申し立てたが、東京に送られ、13年9月9日に不起訴処分された。これに対して原告団は被告訴人を東電関係者6人に絞って検察審査会に申し立てを行った。

6人は勝俣恒久(取締役会長)、鼓紀男(取締役副社長)、小森昭生(常務取締役原子力・立地本部副本部長兼福島第一安定化センター所長)、武藤栄(前・取締役副社長原子力・立地本部長)、武黒一郎(元・取締役副社長原子力・立地本部長)、榎本聡明(元・取締役副社長原子力本部長)の各氏である。

検察審査会の議決で「起訴相当」とされたのは勝俣、武藤、武黒氏の3人、「不起訴不当(※「不起訴不当」の場合、検察は議決を参考に、改めて起訴または不起訴を決める)」とされたのが小森氏だった。

「起訴相当」などの議決は12人で構成される審査会で詳細に検討され、8人以上の合意が得られた結果だ。その理由は、事故が起きる前に津波が想定を超える可能性があり、その場合に炉心溶融事故に至ることを、これらの3人は知っており、対応を指示すべき立場にありながらこれを怠った。そして事故を避けるための具体的な対応策についても検討し、それらが決して対応できないことではなかったと結論。事故の重大性を考えるなら、起訴されるべきだとした。

原告団が呼びかけて8月8日には東京地検と東電前で起訴を求める要請行動が行われた。福島からはバスに同乗して参加していた。検察庁は審査会の結果を受けて起訴して法廷で決着をつけるべきだ。



伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)




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Genpatsu

(2014年8月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 245号より)



国策に翻弄された人々の生きざま。映画『あいときぼうのまち』

映画『あいときぼうのまち』を観た。脚本は井上淳一、監督は菅乃廣の組み合わせだ。夏樹陽子や勝野洋らの名俳優の演技が光っていた。

興行収益の一部は福島原発事故の被害者救済に役立ててくれる。が、大ヒットはこれから。「映画の存在を世に広げてほしい」と、井上は東京での上映期間中、ほぼ毎日トークショーを行って、訴え続けたという。最終日の前日には井上、元NHK職員の堀潤、元東電社員の蓮池透のトークが、最終日には出演者の多くが舞台に上がりそれぞれ思うところを述べた。おかげでこの作品への理解がずいぶんと深まった。

ある家の4世代70年の物語である。戦時中は陸軍の原爆開発研究(研究の中心人物である仁科芳雄の名前「に」を取って二号研究と名づけられていた)のために、福島県石川町で学徒動員によるウラン採掘が行われた。存命の方から当時の様子を聞いて、場面構成を進めたという。戦争未亡人の母が自殺。採掘作業に動員されていた息子は、60年代の福島原発建設の用地買収に最後まで反対し、村で孤立を深めてついに自殺。

娘は成長し、今や孫がいる。あの大津波で一家は東京の借り上げ住宅に避難。祖母が流されたのは自分の責任と思い、自暴自棄になる孫の生活。福島義援募金で生活する売れない作家との奇妙な関係。

この一家の歴史を縦糸とすれば、横糸には原発被曝労働によるがん死、世話になったからと東電を訴えられない父親と家族の離散、浮気やSNSを通じて中学時代の恋人との再会などなど、社会現象が織りなしていて見応えがある。国策に翻弄された人々の生きざまが見事に描かれていた。

登場人物は架空の人物であるが、背景となっている3・11の津波は地元の人が撮影していた貴重なもの。また、福島第一原発と東京電力は実名で語られているところが脚本家としてのこだわり。東電を実名で出したことで、大手メディアが取り上げてくれないという。しかし、これによって作品は厳しい現実を突きつけ、原子力ムラへの挑戦となっている。



伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)




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(2014年4月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 237号より)

日本政府の「100ミリシーベルト以下なら安全」は間違い 国連人権理事会、特別報告担当者 アナンド・グローバーさん講演

DSC05359 グローバー氏  藍原

2012年、福島第一原発事故後の健康の権利に対する調査を実施し、13年に勧告を発表した、国連人権理事会の特別報告者のアナンド・グローバーさん(インド最高裁判所主任弁護人)。そのグローバーさんが再来日、東京、福島、京都などで、原発事故に伴う健康の権利、人権侵害の状況、そして日本の課題をテーマに巡回講演を開催した(NPO法人ヒューマンライツナウなどの主催)。

このうち、福島大学では3月21日、勧告を踏まえ、福島大学放射線副読本研究会などの共催で「放射線被曝を健康への権利と教育から考える」と題したシンポジウムを開いた。

 

グローバーさんは「日本政府が『100ミリシーベルト以下なら安全』とするのは間違っている。広島、長崎の長期低線量被曝調査でも、ゼロより少しでも高ければリスクが高まるということが明らかになっている。1ミリシーベルト以下でもがんにつながるリスクがあることを考えて、政策をつくるべき」と述べ、対象や内容を限定的にとらえた日本政府の政策により、国民の健康に関する権利や人権が侵害されている現状を指摘した。

シンポジウムで、福島大学准教授の荒木田岳さんは「原発事故前に決められた法律や内規、ガイドラインが守られていない。緊急時環境放射線モニタリング指針で定めたスピーディの公開も行われず、緊急時の食品の放射能測定マニュアルでは、(放射性ヨウ素やウランだけでなく)ストロンチウム計測が定められているものの、その測定は実施されていない。行政が勝手にルールを変えて、測定内容を省略しているのが現状で、法治国家が終わりを告げているのではないか。この流れを変えないといけない」と述べた。

後半は、国や行政のプロパガンダに使われる恐れのある原発や放射能教育について、現場の教師を交えた議論が行われた。福島県内で行われている原子力・放射線授業の内容と課題、震災後の学校や教育のあり方などについて意見が交わされた。

(文と写真 藍原寛子)


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Genpatsu
(2014年7月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 243号より)

集団的自衛権で標的に?航空機の衝突に耐えられない原発

先日、柏崎刈羽原発の見学に出かけた。施設は厳重な有刺鉄線で守られ、至るところに監視カメラが据えつけてあった。また、防潮堤は津波対策のためではあるが、同時に、外部からの侵入を阻止する役目ももっていると言える。また青森県下北半島に出かけた時も、原子力施設は同様に有刺鉄線で守られていた。

かつて電力会社は原発の施設見学に積極的だった。原発を実際に見ることで理解が深まると考えられていたからだ。旅費はもちろん食事やお土産つきという時代もあった。だが、2001年9月11日以降は、厳しい身元調査が行われるようになり、今は基本的には施設内部の見学はできない。理由はテロ対策だ。

原子力規制委員会の新基準では、「故意による大型航空機の衝突」などのテロへの対応策も求めている。電源車やポンプ車など可搬型の資機材、人材、そして手順書などを整備して、燃料損傷の緩和や使用済み燃料プールの水位の確保、放射能の環境放出の低減などを可能にしなければならない。

しかし、原発は航空機衝突などを想定して造られていない。ただし、六ヶ所村の再処理工場は航空機落下を想定して建屋のコンクリートを厚くしている。それでも想定されているのは意図的な衝突ではなく、燃料がなくエンジンもオフで慣性による落下だ。燃料がたっぷり入った大型航空機が突っ込んでくれば、どの施設も耐えられるはずがない。

原子炉建屋は破壊され、しかも燃料を積んだ航空機は爆発炎上する。使用済み燃料プールも破壊されメルトダウンは避けられない。原子炉の破壊が免れたとしても、電源の確保はできず、人が対応できるような状況ではなく、大量の放射能放出は避けられないだろう。

集団的自衛権が話題となっている。米国の戦争に日本が巻き込まれることになれば、多くの人々の憎しみを買うことになり、原発への攻撃の恐れが高まる。とても賛成できるものではない。



伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)



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Genpatsu
(2014年7月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 242号より)

東電の1億円の寄付受けた田中知氏、原子力規制委員に

福島原発事故という犠牲を経て、経済産業省から切り離して、原子力規制委員会が設置された。規制が電力会社の虜になっていたとの反省からだった。ところが、この独立が危うくなるような人事案が国会で承認された。

原子力規制委員会の発足は2012年9月19日。法律によれば委員は5名で任期は5年だが、最初だけ、2名の委員は2年、他の2名は3年、委員長が5年になっている。そこで2名がこの9月に交代する。

今回、交替する委員は、島崎邦彦委員と大島賢三委員の2名。島崎委員は地震学者で、前職は地震予知連絡会の会長だった。島崎委員は活断層をめぐって厳しい態度で審査にあたってきた。ぜひとも引き続いて審査にあたってほしいところだが、交代することになった。

報道では本人が固辞したというが、いろいろな圧力が陰に陽にかかっているとの噂だったので、わからなくもない。大島委員は外務省の出身で、再稼働に向けた審査の中では陰が薄かった。

問題の人事は田中知氏の起用だ。これには、疑問や反対の声が広がった。当然のことだ。  同氏は原子力推進の論陣を張ってきた人だ。原子力推進の牙城とも言うべき日本原子力学会の会長をつとめた。

また、起用直前まで日本原子力産業協会の理事を務めていた。筆者も同席した民主党時代のエネルギー基本計画を策定する審議会では、原子力の維持を訴えて、電力に占める原子力の割合を20~25パーセントにするべきだと主張した。

また、田中氏には業界からの寄付の問題もある。個人への寄付金もあるが、同氏が担当した核燃料サイクルにかかわる研究や人材の育成をめざす講座に、08年から福島原発事故が起きるまで、東京電力から1億円の寄付があったと報じられている。

原発の維持という政府の方針に沿った人事では、再び大事故が起きるのを待つようなものと言わざるを得ない。



伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)



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