BIG ISSUE ONLINE

カテゴリ: 世界のストリートから


(2014年12月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第252号より転載)

エボラ危機とホームレス


米国内でエボラ出血熱の感染が疑われる人を強制隔離することが、人権侵害かどうかをめぐり、議論が続いている。路上生活者にも関係がある問題だ。
 
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ビッグイシュー・オンライン編集部より:スイスのストリートペーパー「SURPRISE」から、「ソーシャルデザイン」なプロダクトの情報が届きました。


ニュルンベルクに本拠を置くアーティスト、ヴィンフリート・バウマンは、アートと建築、デザインと社会運動を融合させて、ホームレス状態の人々やノマドのための作品を手がけている。

From "SURPRISE"


By Florian Blumer
Photos: Courtesy of Winfried Baumann

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オランダでは、ツイッターを駆使するホームレスや元ホームレスの人たちが続々と出現している。そして新たに人と交流したり、ホームレスにまつわるサービス情報を入手したり、また路上生活についてフォロワーに語ったり。彼らをつなぐのが、@straatvogels (路上の鳥たち)というアカウントだ。


Written by  Petra Hunsche

(Z magazine - Netherlands, (c)www.street-papers.org/)

【Photos: Sander Heezen】

翻訳:長島咲織 編集:ビッグイシューオンライン編集部

Tweet luc
「(ツイッターは)バーチャルな世界ではあるけど、確実に現実の生活に影響を及ぼしています」 「人々が抱える問題というのは、彼らの物語の半分でしかありません」 ――路上の牧師、ルーク・タニヤ(@LucTanja)
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「私は決して路上のビッグイシュー販売者を無視しません。  彼らは、もう一度やり直そうとしているのですから」

マンチェスター・ユナイテッドを世界一のビッグ・クラブに育て上げた伝説の名監督、サー・アレックス・ファーガソン。彼はストリートペーパーの大ファンでもある。ビッグイシューの独占インタビューに応えて、引退後の充実した生活について語ってくれた。

(by David McDonnell / (c)www.street-papers.org / The Big Issue UK / 2015年1月12日掲載)

Uk ex manchester united manager alex ferguson at old trafford rtxzjvk

(Photo : Phil Noble)


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ビッグイシュー・オンライン編集部より:ホームレスワールドカップのスター選手、マービン・ドゥドラさんの取材記事です。貧困状態を脱するために、スポーツは何ができるのか。ヒントにあふれたストーリーをお楽しみください。(提供:www.street-papers.org、翻訳・編集して掲載)

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(THE CURBSIDE CHRONICLE – USA  2013年9月2日掲載)

I'm homeless, not dogless



愛犬は飼い主にとって、とても重要な存在である。それは、ホームレスのコミュニティーであっても変わりはない。 変化が激しい不安定な生活の中で、愛犬は忠実に側にいてくれる。生活が苦しいときは癒しの源になり、日が暮れると番犬になる。アメリカでホームレス生活を送るライター、クリムソンさんは自分の犬への愛情と、オクラホマ州で献身的に進めている野良犬の援助と里親探し活動について書いた。


愛犬は一般家庭において、とても大切な存在であるのと同じように、ホームレスのコミュニティーにとっても重要な存在である。犬は不安定な生活の中で、支えとなってくれる忠実な友だちであり、コンパニオンである。苦しいときは癒してくれ、街灯が点くころになると番犬にもなる。私はホームレスで家を失ってしまったが、愛犬を失うことは無かった。

私は7人の仲間と一緒に、元生鮮食品店で、火事で焼けてしまったウェアハウスに住んでいる。焼け跡の部屋を住める場所に変えるのは難しい作業だけど、みんなでうまく改造をした。私は14年間ホームレス状態で、テント・シティ(テントでつくられた仮設住宅地)や廃ビルを転々としてきた。家族はアメリカのあちこちにいて、ドイツに住む親戚もいる。路上の生活はものすごく不安定だ。そばで慰めてくれる友だちや家族がいないとき、飼っている犬が頼りになる。私が傷ついたときも、彼らは絶えず私に喜びを与えてくれる。

動物への愛情が芽生え始めたのは私がまだ幼かったとき。その頃、私の家族は常に移動をしていた。移動遊園地の一団の一員としていろんな場所を訪ね、10日ごとに違う町を訪れていた。そのため、私は同い年の友達をつくることができなかった。動物を好きになったきっかけはそこにある。母は私の姿が見当たらないときは動物たちと遊んでいるのを知っていて必ず動物がいる小屋まで探しに来てくれた。ショー用の馬の飼い主たちに恐る恐る声をかけ、何でも良いから手伝わしせてほしいとお願いしたりもした。馬の毛をブラシでとかし、餌を運び、一度は、赤ちゃんヤギの出産の手伝いをしたこともある。

父は移動遊園地の乗り物を動かすメカニックで、母は乗り物のチケットの売り子だった。10歳のとき、私はその遊園地の見世物小屋の見世物の一つになった。蛇や蜘蛛やトカゲがいっぱいいる幅1.5メートル、高さ2.4メートルの檻のなかに座る役で「ジャングルガール」と名づけられた。親に髪の毛をボサボサにセットしてもらい、手を泥だらけにして、皮のパンツとヒョウ柄の服を着て登場した。カーニバルが終わって食事をしに街まで行くと、いろんな人が私のことをジャングルガールとして覚えてくれていて、私が喋れることに驚いていた。

今は路上で暮らしているけど、動物への愛情は昔と変わらない。オクラホマシティーの路上には捨てられてしまったペットがたくさんさまよっている。動物たちはやせ衰え、虐待を受け、闘いの傷だらけだ。私が以前飼っていたハーレー・ダビッドソン(以下:ハーレー)という真っ白いチワワも、出会いは路上だった。第10番ペン通り沿いに座っていた私にハーレーが近寄ってきたのだ。骸骨のように痩せこけていて、首の左側には大きく裂けた傷があった。私はハーレーを連れて帰り、健康になるまで3ヶ月くらい看護を続けた。

ある日、ハーレーを町の配食施設(Rescue Mission)に連れて行ったとき、そこにいた牧師さんがハーレーに一目惚れをして、ハーレーを引き取ってくれたのだ。新しい家族と過ごして数ヶ月たった後のハーレーの写真を見たときは驚いた。豚みたいに丸々と太っていて、首の傷跡がなければ、あの日第10番ペン通りで会った虚弱な犬と同じ犬であることがわからないくらいだった。

私はこれまでに、オクラホマシティーで60匹の犬に新しい飼い主を見つけた。犬の世話と里親探しはとても難しい仕事である。多くの場合、里親の募集ができる状態までに野良犬の健康状態を快復させるため、自分で餌や医療費を出さなければならない。ワクチンや不妊・去勢処置、餌やリードなど、ペット用品を安い価格で提供しているボランティア組織の 「Spot Clinic」や「Pet Pantry」「Ice Angels」とも協力している。

やりがいがあるから続けているのではない。ついつい助けてしまうのだ。動物が好きすぎて、路上で苦しんでいるのを見るのが耐えられないからだ。私自身、今2匹のチワワを飼っている。名前はミッシーとマグナム。数日前に子犬連れのメス犬を見かけたとき、私は一緒にいる夫に向かって思わず「見て...」と声をかけてしまったけど、「ハニー、今は無理だよ」と言われた。今は、自分たちが食べるのさえ厳しい状況だからだ。

野良犬たちにどれくらい助けの手を差し伸べられるのか、自分たちの限界を知るのは大事なことである。しかし、動物が好きすぎて全員を助けようとする人もいる。例えば、14匹の犬と一緒に狭いワンルームのアパートで暮らしている友達がいるのだけど、それは路上でほったらかしにするのと同じくらい残酷だと思う。

私は愛犬たちがきちんと食事ができ、健康でいられるために自分のことを犠牲にすることもたくさんある。自分の食費を犬に使うこともあるし、一度は、食べ物を買うために祖母の残してくれた首飾りを売らなければならなかったこともあった。助けを求めるのはいつでもできるけど、人の施しを請うことがどれほどつらいのかは、実際にその立場に立ってみないと理解はできないだろう。

自分の生活状況に関わらず、これからも野良犬たちに「ホーム」を見つける活動を続けたいと思っている。動物はとても大切な存在であり見捨てるわけにはいかない。彼らは恐くてもどこかが痛くてもそれを言葉で表すことができないのだから、彼らが「声」を上げることができるか否かは、私たち次第なのだ。

ペットをこれから飼いたいと思っている人は必ずそのために必要な環境を備えよう。そして、ブリーダーから買うのではなく、保健所や里親募集の告知をまず見てほしい。

あなたは動物に対して私のような愛情を感じていないかもしれない。けれど、動物に対して誰がどんな考えを持っているかに関係なく、動物は思いやりのある扱いをうけて当然なのだ。動物は喋れない。だから、私たちが代わりに彼らのために発言しなければならないことを忘れないでほしい。

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(©www.street-papers.org/ダニエール・バティスト/2012年7月9日に掲載された記事を邦訳)

ホームレスはオリンピックに参加するべきだ



ホームレスがオリンピックで公式な出場機会を得たのは史上初だ。本大会に先行し、ロンドンにてイベントが一回行われただけだが、それは重要な政治声明だったと主催者は言う。「ホームレスのニーズではなく、才能を披露するのが目的だ」

文化オリンピアード運営委員会が2012年のロンドン・オリンピックにホームレスをどう参加させるかという疑問に直面したとき、マシュー・ピーコックさんは既に答えを持っていた。ホームレスや元ホームレスの人たちが出演するオペラを主催する会社、「ストリートワイズ・オペラ」の創設者であり代表を務める彼は、音楽や美術が、人々の人生を変えるために、そして、ホームレスに関する先入観をなくすために、大きな力を持っていることを知っていた。

1年後、「ウィズ・ワン・ヴォイス」(2012年ロンドンフェスティバルの舞台にて300人の元ホームレスが出演したイベント)が開催され、今後のオリンピックのお手本となる成功を収めた。

ピーコックさんはストリートワイズ以外にも国内から30組の合唱団やミュージシャン、劇場団体を、ロイヤル・オペラ・ハウスの名門舞台へ集結させたことを誇りに感じている。しかし、リオ・オリンピック2016を踏まえ、彼はさらに先を見据えている。

「これはホームレス状態の人がオリンピックに参加できる、というだけのものではないのです。ホームレスという状態をめぐる様々なストーリーを伝えることでもあるのです。そして、彼らのニーズよりも、才能を披露するのが目的です。私たちは、こういった場を提供することで個々人がそれを実現することを可能にしました。そして、すべてのオリンピックにおいて、このような取り組みが組み入れられるようにしたいと思っています。

IOCとリオ2016の主催者宛に請願書を作成し、署名活動を開始しました。そして、今までの経験と実績をプレゼンする予定です。ロンドンでの今回のイベントのチケットは完売しました。これは多くの人々が賛同しているという証拠です」

*ストリートワイズ・オペラのオンライン署名活動

「ウィズ・ワン・ヴォイス」で出演した300人のなかの4人― ポール、ジェーン、クレア、とアンドリューさんは「VITA NOVA」で詩やスポークン・ワードのパフォーマンスを披露した。イギリスのボーンマスに所在するVITA NOVAは、アルコールや麻薬依存症から回復中の人たちのためにワークショップなどを運営している団体である。

パフォーマンスの開始直前の経験を「良い意味で恐ろしい」とクレアさんは語った。

「こういった機会を与えられるのは本当に素晴らしいことです」。

仲間のパフォーマーのポールさんも、

「パフォーマンスは自信をつけるために本当に役に立ちます。ホームレス状態や依存症の経験をしてきた私たちにとって、ここはまさに自分自身を表現する場なのです」

と語っている。

ライティングのワークショップを通じて、VITA NOVAの参加者たちは自己の経験や気持ちを詩に表現する方法を学ぶ。その内容に含まれる問題などについてより多くの人に知ってもらうために、彼らは刑務所や学校など、あらゆる場所でパフォーマンスを披露してきた。

ジェーンさんは4年半前に麻薬の使用を止めたその日からずっと、VITA NOVAへの関わりを続けている。

「自分がこういった活動に参加するとは思いもしなかったわ。以前の私は常にハイだった。VITA NOVAは新しい家族のような存在を与えてくれた。寂しいときは必ず仲間が側にいてくれるのよ。娘のマリとの連絡は途絶えたままだけど、どうか私の努力がいつか娘にも喜んでもらえたら、と思っている。」

ホームレスの人たちによるパフォーマンスの力強さはイベント開催の夜、ロイヤル・オペラ・ハウスのステージで証明されたる。シンガーソングライターのアダム・オニールさんが暗い過去を弾き語り、亡くなった母に歌を捧げたとき、観客は目に涙を浮かべた。

「天国にいる方がましかもしれない、
彼女もしばらくは僕を愛してくれるかもしれない、
僕の心が瀕死の状態にあるなんて、誰も知らない」

生々しい歌声と言葉が心の奥底から流れ出た。

ジェーンさんが自分の書いたショートストーリー、「Doorways」を朗読すると、針が床に落ちる音が聞こえるほどの静けさが際立った。

「麻薬売人が届けたドラッグ。
玄関口置かれた宣伝用見本のようなパッケージ。
天国のような味がするけど生涯を地獄に変える。
聞こえないふりをした。
探していた蝶々は現れなかった。」

定評のあるストリート・ワイズ・オペラのパフォーマンスとホームレスの人たちによるコーラスグループ「Choir with No Name」の合唱、300人の参加者が一斉に盛大なフィナーレを披露した後、観客はイベントを3語で表現するよう求められた。コメントボードに書かれた文字がこのイベントのすべてを物語っていた―「才能」「勇気」「インスピレーション」。
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日韓両国で進行するホームレスの若年化―日韓ホームレス交流プロジェクト報告



2012年8月28日~30日、「日韓ホームレス交流プロジェクト」が韓国・ソウル市で実施された。
韓国にとって歴史的な大型台風が朝鮮半島を襲い、日程の変更を強いられたものの、予定通りビッグイシューコリアや他の支援団体の視察、フットサル交流試合、「第2回日韓ビッグイシューフォーラム」を行うことができた。ホームレス問題に関わる両国の当事者、研究者、支援者が一同に会し、意義深い3日間となった。

主な交流先であるビッグイシューコリアに関する基本的な情報は『ホームレスと社会vol.6』の安基成氏のレポートをお読みいただくとして、本稿では本プロジェクトを通じて印象に残った点をいくつかお伝えしたい。

(有限会社ビッグイシュー日本・長崎友絵)



家賃月5500円の住居支援―ビッグイシューコリア訪問



2010年7月の創刊時9名だった販売者は約50名となり、販売の現場はコーディネーター6名で運営している。コーディネーターの業務は、販売のサポート、住宅入居支援、貯蓄の促進、IT教育、文化・スポーツプログラムのほか、市民参加の場作りなど、多岐にわたる。

販売者の3割にあたる15名が、敷金10万ウォン(約7000円)、家賃月8万~15万ウォン(約5500~1万円)程度(100ウォン=6.8円で換算)という安価で入居できる、国の「買上賃貸住宅制度」を利用し、住宅に入居している。

入居者には、サッカーやバレエのプログラム参加者が多く含まれるといい、文化・スポーツ活動が販売者の意欲にプラスに働く側面も垣間見えた。

住宅入居支援の意義について、あるコーディネーターは「安定した住まいが安定した就労を支える」と話す。日本でも住宅費補助制度を利用してアパートで暮らし、販売をしながら就職活動をして卒業した販売者のいたことを思い出し、強い共感を覚えた。

また、買替時に生じる中古スマートフォンの寄付を募り、すべての販売者にスマートフォンを貸与している。同時に、ネットリテラシーを学習する場も提供している。誌面の売場案内にはTwitterのIDを併記しており、読者とのコミュニケーションツールとして活用していることがうかがわれた。

「市民参加の場づくり」の面では、BIG SHOP(販売者が休憩できるスペースを提供するカフェなどの協力店)や、表紙を拡大したパネルを掲げてビッグドム(ビッグイシューのボランティアを指すことば)と共に行う小さなパレードなど、柔軟な発想で工夫を凝らしている。

雑誌の認知度を上げ、販売者の生活を左右する雑誌売上を向上させるための工夫や、販売者との関わりにおける心がけなど、事務所訪問の翌日以降も、スタッフ同士が顔を合わせるたびに熱心に質問が交わされた。

チョッパン相談センター―支援団体視察



市内の再開発が進む地域にある「龍山区チョッパン相談センター」を訪れた。

チョッパンとは、1泊7000ウォン(500円)程度、1室1坪強の宿泊所で、日本のドヤに近い。その利用者の9割は男性で、多くが高齢である。

当施設では、チョッパンで利用できない洗濯室やシャワー設備、簡単な診察、訪問看護などのサービスを提供する。政府の援助のもと学校法人が母体となり、4人のスタッフと4人のボランティアで運営している。

施設を出て近隣のチョッパンを見学する途中、チョッパンの住人の男性達が道端で談笑する風景を目にし、山谷や横浜・寿町の光景を思い起こした。

ボールを介して即仲間に―フットサル日韓交流試合


唯一の晴天に恵まれた29日の午後、日韓の選手・ボランティア総勢40名以上が参加し、フットサル交流試合を行った。昨年のホームレスワールドカップ・パリ大会に参加した両国選手、今年のメキシコ大会に参加する韓国選手を中心に全8試合、4時間にわたりコートを走り回った。

日韓戦では日本チームは念願の1勝ならず、次回に持ち越しとなった。最終試合では両国のコーチやスタッフも含めた全員によるミックス戦を行い、ふだんとは違う色のユニフォームを着たプレーヤー達に熱い声援が送られた。

メキシコ大会に参加する選手たちへ日本チームからエールを送る場面もあり、1つのボールを介してたちまち「仲間」になってしまうフットサルの力をあらためて実感している。

試合後の交流会では、ユニフォーム交換が行われ、バレエプログラムに参加中の韓国選手、ダンスプログラムに参加中の日本選手それぞれから、お礼のポーズとダンスが披露され、拍手がおくられた。

若者の過酷な状況に類似性―第2回日韓ビッグイシューフォーラム


28日に予定されていた本フォーラムは、台風の影響で場所と内容を変更し、30日に開催された。両国ビッグイシューの活動報告の第1部に続き、第2部は若者をとりまくホームレス問題をテーマに進められた。

まず、日本側から、広義のホームレス支援関係の運動・政策の展開が紹介された後『若者ホームレス白書』(ビッグイシュー基金)をもとに、若者ホームレス問題の状況を紹介。家庭的基盤や人間関係の脆弱さ、福祉行政につながりにくい障害や精神疾患の問題、さらにはひきこもりや養護施設出身者の卒業後のケアの問題など、隣接する諸問題との地続き性が指摘された。

つづく韓国の支援者・研究者からの報告によると、若者の雇用不安・雇用の質の低下(非正規雇用の増加、低賃金、社会保険からの排除)が不安定な住居状況に直結しているという。考試院(元は国家資格受験勉強のための、非常に狭い部屋)やネットカフェなど、質の悪い環境で生活する若者が多い。

このことには「当事者が多数集まる場には出向かない」、「社会からの烙印を嫌って、支援の対象となるチョッパンには泊まらない」といった、韓国における40―50代の典型的なホームレス像と異なる、若者独特の行動形態が影響しているという。『若者ホームレス白書』の調査に対して、「炊き出しには並びたくない」「路上で寝るよりは食費を削ってでもネットカフェで寝る」と話した日本の若者ホームレスと、どことなく似ているように思われる。

また、大学生の12.8%が精神疾患を抱えている、10-30代の死亡率の第1位が自殺であるなど、韓国の若者がぎりぎりのところまで追い詰められている実態が明らかにされた。

質疑応答の時間には、会場から質問が相次いだ。若者ホームレス支援について、心理的ケアに関するプロボノとしての協力を希望する専門家も現れた。

両国の若者が置かれている過酷な状況の類似性には注目せざるをえないものがある。しかし、いくつもの共通点があるからこそ、政策や団体同士の連携のありようなど、互いに知恵を出し合っていけば、解決に向けた光明が見出せるのではないかという希望も感じられる場となった。

日程変更により、総合的なホームレス支援施設「タシソギ支援センター」を訪問できなかったことが、唯一惜しまれる。しかし、両国の参加者が、終始友好的な雰囲気で語らい、双方の現状を知り、意見を交換しあうことで、刺激を受ける貴重な時間を過ごすことができた。

この3日間を通じて、海の向こうでも私達と共通の課題に対して、それぞれの立場で取り組む人々が数多くいることを実感した。互いに刺激しあい、協力しあえる仲間と出会うことができて、とても心強く感じている。

出典:雑誌「ホームレスと社会」vol.7(明石書店 2012.12.20発行)
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(2012年9月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 199号より)

「普通であること」が 認められるオランダ。 これからもここで暮らしたい—アムステルダム『Z!』誌販売者、パンチョさん



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オランダの首都、アムステルダム。人口の約半数は非オランダ人というだけあって、露店には世界各国の野菜がそろっていたり、一つ角を曲がるとエスニック料理の香りがしたりと、街並みからもさまざまな文化が垣間見える。

『Z!』は、この地で95年から販売されているストリートマガジン。同誌のコーディネーター、ユルン・デ・ローイさんは話す。「『Z!』の販売者のうち、オランダ国籍をもつ人が25%、残りの75%は移民です。その内訳は、約55%は欧州連合(EU)、25%が東欧諸国、15%が北アフリカ諸国(主にモロッコ、チュニジア、エジプト)、5%がその他の国々。移民の90%はいわゆる不法滞在者です」

アムステルダム東部は古くから移民色の強い地域だ。ブルガリア出身のパンチョさん(35歳)はそのイーストエンドにほど近いワーテルグラーフスメアー(Watergraafsmeer)地区、ヘルモルツ・ストリートにあるスーパーマーケット「アルバートヘイン」前で販売している。

「普通の生活がしたい、ただそれだけの思いでオランダに来たんだ」と話すパンチョさんが販売者となったのは、昨年の6月。半年間『Z!』販売をしたが、目に異常を感じたため、治療を兼ねて半年間ブルガリアに帰国。そして、今年の6月から再び『Z!』の販売者として復帰した。

「『Z!』を買う買わないにかかわらず、興味をもって話しかけてくれる人たちがいるおかげで、精神的に支援されているよ。以前の担当場所は大型複合施設の前だったんだけど、そこに父子連れが新しい自転車を買いにきて、古い自転車を僕にくれたのはうれしかったなぁ」

パンチョさんはブルガリアの黒海に面した有名なリゾート地、ポモリエで生まれたという。彼が2歳の時、父親が酒に溺れて愛人をつくり、家出。それから、数学の教師だった母親と、母一人子一人の生活が始まる。当時のブルガリアは、共産党による一党独裁制の社会主義国。1989年にベルリンの壁が崩壊するまで、その体制は続いた。

幼い頃からチェスが好きだったパンチョさんは、趣味がこうじて、子どもたちにチェスを教える仕事をしていた。だが、自宅から次々に物を盗まれる事件が発生。盗難は何度も繰り返された。たぶん知り合いの男性による犯行と見当もついていたのだが、警察もグルになっており、たまり兼ねて裁判を起こすことを決意。だが裁判所からは、その前に医師の診察が必要だと通告を受けた。

医者に行くと、そのまま精神科病院に3ヵ月半入院させられたというパンチョさん。退院後、再度裁判を起こそうとしたが、精神病患者には起訴する資格がないと裁判所に訴えを却下された。絶望したパンチョさんはこのことを契機に、故郷を離れる決意をしたという。

オランダに来てからはチェスの仕事を探すが見つからず、ナイトショップ(深夜営業の個人商店)で職を得るが、労働許可書がないという理由で解雇され、職を転々としていた。所持金が尽きた時、知人から『Z!』の話を聞き、今すぐ仕事を始めたいという思いで事務所を訪れた。

「初めて『Z!』を販売しはじめた頃は、人からどう思われるのかがずっと気になっていたんだ。それに比べると、今はずいぶんリラックスして、『Z!』を売ることが誇りに思えるようになったよ」

「書くことが好きだから、将来はポモリエでの生活や交友関係から始まり、オランダに移住してからの生活や、ここで出会ったブルガリア移民たちの話も書きたいな。実はずっと書き溜めていたものがあったんだけど、この間、鞄を盗まれちゃって全部なくなっちゃったんだ。でも、僕の頭にはストーリーは残っているから大丈夫」といたずらっ子のように微笑む。

ブルガリア語、セルビア語、ポーランド語、チェコ語、英語、そしてブルガリアの社会主義国時代に必須だったというロシア語を巧みに話し、現在はオランダ語を学んでいるというパンチョさん。人と話をすることが何より楽しみで、休みの日は公園やカフェで見知らぬ人に声をかけてチェスをしているという。これからも、「普通であること」が認められるオランダで暮らしたいと笑顔で話してくれた。

(写真と文 タケトモコ)

『Z!』
1冊の値段/2ユーロ(約197円)、そのうち 90セント(約88.7円)が販売者の収入に。
販売回数/2週間に1回
発行部数/1回につき1万2000部
販売場所/アムステルダム
http://www.zetkrant.nl/
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