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(2006年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第60号 [特集 ナチュラルに美しく 生き方大転換]より)




P18


未来のストックをつくる人たち 



植物がその体内に持っているリグニンと糖を資源としてうまく使うことが、地球温暖化を食い止める力になります。また、間伐材が放置されるなどの問題を抱えている林業、枯渇しつつある石油を材料として製品を作っている化学工業にとって、リグニンと糖は魔法の薬となります。


P18 プラント
(三重大学の植物資源変換システムプラント)

2001年、三重大学に、実験室だけではなく、大規模にリグニンと糖の分離ができる、植物資源変換システムプラントが生まれました。これで事業化への第一歩が開かれたのです。




リグニンと糖を資源として使う「持続的な工業ネットワーク」を成立させる主役は、林業、木材工業、分子分離工業、植物系分子素材工業、精密化学工業の、それぞれの分野で働く人たちです。このネットワークは、きれいにつながったシステムであり、どれか一つが欠けたり途切れたりしても、無効になります。

CO2の循環の旅で学んだとおり、私たちにもできることがあります。一人ひとりが植物資源から作られた製品を使うと同時に、リグニンや糖を含む古家具や新聞紙などを、植物資源として大切に扱うということです。

一人ひとりが、あるいは、工業ネットワークの分野の一つでも自分の役割を放棄した瞬間、CO2の流れはストップして、CO2は大気中へ戻っていってしまいます。

「植物系分子素材工業」を成立させるために、すでに行動を起こしている人たちがいます。事業化を通して、そんな未来をストックする人たちの一例をご紹介しましょう。




岡山県真庭市の企業では、木くずを木粉にして木質プラスチックの原料などにして販売しています。木粉の生産量は、年間約300立方メートル。分子分離工業、植物系分子素材工業が登場すればいつでも対応できるように、木粉をストックしています。

また、林野庁の事業として約20の企業がコンソーシアムをつくり、2003年、北九州エコタウンにリグニン分離製造実験プラントを完成させました。ここでは1ヶ月に10トンの木粉を処理しリグノフェノールを2トン取り出すことができます。

さらに、トヨタ車体では自動車のボディパネルや内装材に、愛知県小牧市の企業ではリグパル(木質材)の製造や接着剤の開発に着手しています。




今、石油を必要としなくなる持続型の工業のかたちが、はっきりと見え始めました。それをまず実現するのは、石油のない国、日本の私たちなのです。

(水越洋子)

photos:中西真誠




SPECIAL THANKS

共同企画と監修: 舩岡正光さん(三重大学大学院生物資源学研究科教授)
相分離系変換システムの取材と実験協力: 青柳充さん(舩岡研究室研究員)
相分離系変換システムの実験協力: 三重大学大学院生/科野孝典さん/米倉聡子さん
取材協力: 前田美代子さん(三重大学舩岡研究プロジェクト秘書)
参考文献: 『緑のループ』/「緑のループ」編集委員会+船岡研究室/森の風プロジェクト 





P18 船岡教授


舩岡 正光(ふなおか・まさみつ)

三重大学大学院生物資源学研究科教授。農学博士。三重大学助手・助教授を経て、1987〜88年ミシガン工科大学客員教授、90〜91年ニューヨーク州立大学客員教授、02年ドイツ森林資源研究所客員教授。専門は資源環境化学、リグノセルロース変換工学。04年日経地球環境技術賞受賞。




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(2006年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第60号 [特集 ナチュラルに美しく 生き方大転換]より)




分散・持続型の地域工業ネットワークへ




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いよいよ、万能の工業素材となるリグニンを使って、持続的な工業ネットワークを、社会につくる準備に入りましょう。

樹木をはじめ植物資源は、分子レベルまで見てみると、どんなものでも糖とリグニンに分けられます。そのうち、糖から食品に使うブドウ糖、エタノールやエチレンを製造する技術は、すでに確立されています。糖から石油に替わる燃料を作る試みもされています。(注1)

舩岡さんによると、精密な分子設計と慎重な取り扱いをすれば、糖の相方であるリグノフェノール(リグニン)から、リグパルという人工木材や、医薬品、衣類、パソコン、携帯電話、自動車の車体まで、いろいろなものを作ることができます。


P17 リグパル画


例えば、古紙繊維とリグノフェノールからつくるリグパルは、熱も圧力もかけず自由な形に成型することができ、椅子や机などにもなります。さらに素晴らしいのは、新しい分子に転換して、何度でも何回でも違う製品に生まれ変わらせることができることです(注2)。そして、最後にリグニンを一番シンプルな構造に解体し、化学工業に素材として渡し、現在の石油由来製品と同じものをつくった後、最後の最後にはCO2として大気中に戻していきます。

このような持続的な工業ネットワークを具体的に考えてみます。





P17 21世紀の循環型工業画像

まず、植物資源を使う最上流に「林業」があり、樹木の光合成という自然界の営みを助けます。次の「木材工業」は樹木を素材として、その加工を引き受けます。ここで出る木片のかけらはごみではなく大事な資源。それに古新聞や古家具なども加えて「分子分離工業」に手渡します。ここで糖類とリグニンの分子に分離。分けられた糖類とリグニンは「植物系分子素材工業」で何度でも使える材料となります。そして最終的に「精密化学工業」に手渡され、「持続的な工業ネットワーク」が完成します。

これこそ、21世紀型の循環型工業ではないでしょうか。 それを可能にするために必要な植物資源は、信じられないかもしれませんが、地球上の森林資源のたった1%でよいのです。

「植物系分子素材工業」を誕生させるのは簡単ではありませんが、それを現在の工業の流れの中に組み入れることは、やる気さえあればすぐにでも実現できます。

地域でのしくみづくりも必要です。

植物資源から分子へ変換するための変換プラント(分子分離工業)は、地域分散型がベスト。できるだけシンプルな自動化した小規模なものにして、そこからタンクローリーで分子屋さん(植物系分子を扱える、分子のわかる技術者)のいる拠点「植物系分子素材工業」まで運びこめるようにネットワークを作ります。それも一極集中ではなく、日本各地に網の目のように点在させます。そうすれば何か問題が起こっても近隣地域で補い合うことができます。分散型の地域工業ネットワークは、持続的な地域の繁栄にも貢献できるのです。




注1/バイオ燃料とも呼ばれる糖から作られる自動車用の燃料。木材などからエチルアルコールやメチルアルコール、食用油などからメチルエステルなどを作る。
注2/薬品を選ぶことで、何度でも製品を作りかえるようなリサイクル設計ができる。




エピローグへ




イラスト:トム・ワトソン


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(2006年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第60号 [特集 ナチュラルに美しく 生き方大転換]より)






「リグニン」をはずす、相分離系変換システム





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リグニンは樹木を、生物の生態系のなかの母体のような存在にしました。一方で、リグニンは地球上に大量に蓄積している有機資源なのに、人間がどうしても使えないものでした。その原因は、糖とリグニンはまったく性質の違うものなのに、糖とリグニンに同じ環境で同じ働きかけをして取り出そうとしてきたことにありました。そうして、うまく取り出せたセルロースだけを使い、うまく取り出せなかったリグニンは捨てるという扱いをしてきました。

1988年、舩岡正光さんは、糖とリグニン、それぞれの違いに応じた働きかけをして、まったく熱も圧力もかけず、植物資源から酸とフェノールでリグニンを取り出すという「相分離系変換システム」をつくることに成功しました。このシステムによって、糖とリグニンのからまりを自然に無理なくはずして分離することができるようになったのです。

では、どのように分離させるのでしょうか?





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最初に、植物、森林資源を集めます。とはいっても、木材などのバージン資源である必要はなく、木片や古新聞紙(シート状木材)、古い家具などがそのまま資源となります。そして、資源の表面積を増やすために、それらを粉状に砕きます。

実際の分離作業を、舩岡さんの三重大学の実験室で、見せてもらうことにしました。まず、木粉をリグニンに親しい媒体(注1)で包み、酸の水溶液に浸します。そうして、単に30分から1時間ほど攪拌しそっと置いておくだけで、がっちりと絡まったリグニンと糖が分かれ、リグニンを含む層が上に浮いてきます。

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糖のほうは水となじみやすいので、酸の水溶液に溶けてしまいます。こうしてリグニン(リグノフェノール)と糖類に分けることができるのです(注2)。そして最終的に、リグノフェノールは白い粉として私たちの目の前に現われました。




20世紀には、狂わない、腐らない、燃えないというような、環境変化に対応しないものが高機能材料といわれました。ところが、人間が化学工業で作った高機能素材は、法隆寺の柱のように千年ももつことはありません。

いったい、リグニンの環境変化への対応の秘密とは何なのでしょうか? 実は「我慢しない」ことにあるのです。モノに強い力をかけると、あるところで素材の内部にストレスがたまり自己崩壊し、折れたり壊れたりします。リグニンはそうならないように、内部にストレスを残さない設計図を持っているのです。
 
一見、矛盾するようですが、リグニンは周辺の環境変化には敏感です。例えばリグニンの入った新聞紙は日にちが経つとすぐに黄変します。これは分子レベルで環境に対応しストレスを解放している姿です。つまり素材として長期的な安定を得るために、短期的には環境変化に対応する設計なのです。「相分離系変換システム」もこの性向を生かし、少ないエネルギーで糖類とリグニンを分離できるものになっています。

人間もバイオです。バイオが他のバイオを考えるとき、人間の行動基準ではなく、自然界のしくみを尊重することが重要なポイント。樹木から取り出したリグニンは、相手を尊重する工業素材となります。

注1/木粉を包む薬品を選ぶことでリサイクル設計ができる。
注2/この分離作業は、超音波エネルギーを使うと5分ぐらいに短縮できる。




第6幕へ




イラスト:トム・ワトソン


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(2006年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第60号 [特集 ナチュラルに美しく 生き方大転換]より)





「リグニン」の秘密、その見えない設計図を読む



地球の陸地をおおうほど繁茂するようになった樹木は、生態系を守りながら長い歴史を生きてきました。彼らにそれができた秘密は何だったのでしょうか?

樹木の細胞は糖類とリグニンの二つからできていて、リグニンと糖類は1対2か、1対3ぐらいの比率です。そしてリグニンは樹木が立てるような強度をつくり、同時に樹木を微生物から守ってきました。

このリグニンには、どのような設計図が書き込まれているのでしょうか? さらに、小さな分子の世界へと踏み込んでみることにしましょう。





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上図はリグニンの分子構造の一例です。専門的にいうと、亀の甲(ベンゼン環/注1)をたくさん持っています。

そこにメトキシル基(—OCH3/以下、メトル君と呼びます/注2)というものがついています。けれど、不思議なことに、それがなぜついているのか、これまでまったくわかりませんでした。このメトル君は、もともとは活性であった構造を、わざと働けないように手にキャップをつけて、ブロック状態にされているのです。




では、メトル君は必要のないものなのでしょうか?

人間は、目に見える形、地上に立っている樹木の形を主役だと思ってしまいがちです。

植物は地球の生命をつくり上げた一つのシステムでした。植物によって地球の大気のバランスが保たれてきたのです。そんな歴史を持つ植物が、今も昔もリグニンを持っているのは、人間の目からは必要ないように見えても、地球上のシステムには必要だったからです。地上で立っている間はまったく働かず、用なしのメトル君なのですが、実は、樹木が倒れた後に土壌の中でキャップをはずして大変身し、仕事をします。




どのような仕事をするのでしょうか?

地上での樹木は、水に溶けた窒素、リン、カリ、マグネシウムなどの栄養分を吸い上げています。しかし、雨が降ると、水に溶ける栄養分は土壌から抜けて流れ出てしまいます。そのとき、メトル君は起き上がります。キャップをはずし活性となったメトル君は、その両手で栄養分をしっかりつかみ、水に溶けて流れないようにするのです。そして時が来ればそれを少しずつ離します。すると樹木はそれを少しずつ水と一緒に吸い上げるというわけです。

地上の樹木のために、土壌の中の栄養分をその場所にキープし、徐々に栄養物を放していく…。土壌の中で、メトル君は実にしっかりと働いているのでした。




このように、リグニンは、樹木が朽ちて腐食し、最後にCO2となって大気などに戻るまで百年から千年単位の長い期間、メトル君の活躍によって土壌の中で活動し続けるのです。

これが、樹木が生態系の中で「持続性を持つ」秘密であり、樹木の基本設計です。

このようなリグニンの働きによって、樹木は全生物の母のように、生物が生きていく生態系を整えていったのです。




注1/ベンゼン環は化学工業に必要なもの。現在は石油からしか取り出していないが、リグニンからも取り出せる。
注2/メトキシル基と呼ばれる置換基。活性な構造(OH)が、キャップ(CH3)によってブロックされた構造を持ち、不活性。




第5幕へ




イラスト:トム・ワトソン


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「リグニン」登場、繊維細胞の精密な設計図 



14p 屋久杉


なぜ、樹木は石油の代わりになるほどの働きができ、屋久島の屋久杉は7千年もの長い間立っていられるのでしょうか? 

ここで、植物の歴史上の重要な事実をお話しましょう。太古の昔、地球上に最初に登場した藻類やコケ類は地上を這っていました。実は植物が体内にリグニンを生み出したことで、初めて立ち上がることができたのです。




さて、ここからは目に見えない世界、顕微鏡でしか見えない世界にご案内することになります。

14p 細胞

樹木の細胞は、セルロースやセミセルロース(糖類)という物質でその骨格ができあがっています。ひも状になっているセルロースの束が、緻密な紡錘形の籠に編んだような構造をつくっています。

そして、その籠のような細胞と細胞をしっかりと接着しているのがリグニンです。幾つもの籠の形をした細胞が並んでいる3次元の空間の隙間に、リグニンが絡まって細胞を固定させているのです。これは人間の技術では作れない高度なつくりで、いくら引っ張っても絶対にはずれない構造になっています。精巧なジャングルジムに、縦横に接着剤がからまっているようにも、見えますね。

地球の重力に抗するほどの強度をつくるリグニンがあるおかげで、屋久杉のような大木も立っていられるのです。

また、樹木の重量の25〜30%はリグニンで、糖が70〜75%を占めています。糖は微生物の大好物。なのに、なぜ7千年もの間、屋久杉は微生物に食べられなかったのでしょうか? このリグニンの剛直かつ複雑な構造には、糖を食べる微生物はまったく歯がたたないからなのです。




リグニンの登場によって、地球の生態系が大きく変わりました。植物は立てるようになると、枝を伸ばし葉っぱを広げて樹木という立体的な構造をつくり、太陽の光をより受けやすくなりました。光合成をする葉っぱの表面積を増やせるように進化したのです。

やがて、植物、樹木は地球の陸地のいたるところに進出し、大繁茂する時代を迎えます。その恐竜時代(ジュラ紀、白亜紀)のシダ類などが地中に大量に堆積して化石化し、石油ができあがりました。

このように、樹木にとってリグニンは大変重要なもの。ですが、人間が柔らかな紙をつくるときには邪魔ものです。人間は、紙の製造過程でリグニンをずたずたに切断して取り除き、細胞をばらばらにして横に並べ替えます。そうしてできあがったものが紙です。

この過程で取り出されたリグニンは工業リグニンと呼ばれますが、これはもはや樹木の中にあったものとはほど遠く、細胞と細胞を接着する能力は持ちません。一方、リグニンを抜かずに、木材のかけらを力まかせに繊維状にすりつぶしシート状にしたものが、新聞紙なのです。




第4幕へ




イラスト:トム・ワトソン


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長い生命力をキープする二つの循環




13p


石油製品に替わってすべての製品の材料になれる植物、その秘密は何でしょうか? 

人間も含めて、すべての生命体(有機体)はCO2からできあがっています。この有機体が生命を持ち、個体としての姿を現わし消えるまでの長さを比べてみましょう。

草の場合は発芽して成長して枯れるまで約1年。人間の場合は生まれてから85年で、だいたい寿命が尽きます。ところで、樹木に寿命はあるのでしょうか? 屋久杉のように7千年も生きる樹木がありますね。樹木にも寿命はあるのですが、数百年も生きるうえ、地中で百年から千年単位の時間をかけて解体されていくという、人間の一生をはるかにこえる長い循環サイクルを持っています。

循環サイクルの視点から、物を燃やすことを考えてみましょう。草は仮に燃やしても、CO2に戻るまでの1年の循環サイクルをそんなに縮めることにはなりません。ところが、樹木を燃やせば、その数百年の循環サイクルを途中で断ち切って、一気にCO2に戻してしまうことになります。樹木がCO2を固体(樹木)化している時間や土壌中に滞在している時間を極端に短くしてしまい、気体で存在するCO2を増やしています。

樹木はずっと同じ場所に立ち続け、枝を茂らせ幹を太らせていきます。どのように栄養分を吸収しているのでしょうか?

彼らは、二つの循環を持っています。

樹木が生きていくのに必要な栄養分は、土壌の中のマグネシウム、リン、カリ、窒素など。水に溶けたこれらの養分は根元から吸い上げられて、生命を営む細胞の要素となります。


13p 小循環

動けない樹木は自分の立っている場所で、じっとしたままで持続的に栄養分を取れないと生きていけません。そこで、落葉樹は秋に、常緑樹は常に、土壌から吸い上げた栄養素を葉っぱに移動させ、地上に落とすのです。土壌の中で落葉は微生物によって分解され、樹木はこれを再び栄養分として吸い上げます(小循環)。

落ち葉は樹木にとって身体の一部で、栄養源となるご飯のようなもの。ごみではありません。


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もう一つは、樹木の中心部(幹)をめぐる循環(大循環)です。樹木を輪切りにしてみると、樹木の樹皮の内側に0.3㎜ほどの幅の形成層と呼ばれるところがあります。この形成層の内側と外側の両方で、新しい細胞が生み出されてきます。実はこの内側の細胞は数ヶ月で死んでしまって、樹木の幹(心材と辺材)に蓄積されていきます。こうして樹木の幹は歳月とともに太っていくのです。しかも、この幹の部分は、空気中のCO2と地下から吸い上げる水から「光合成」によってつくられたもの。炭素と水素と酸素が99%を占めています。

だから、樹木の幹を山から切り出しても、森林の土壌を持ち出したことにはなりません。しかし、山から切り出す以上、植物に依拠して地球に生きる人間は、その樹木の循環サイクルの長さに匹敵する時間、切り出した樹木を使うことをルールにしたい。それができれば、持続的な循環ループが回復できるのです。




第3幕へ




イラスト:トム・ワトソン


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P12





樹木は“CO2の固まり” 樹木に従属してこそ生きられる人間



P12 石油も元は生物

日本が輸入している石油の約5分の1は、私たちの身の回りのさまざまな製品を作るために使われています。あなたは信じますか? 石油を使わず、植物や森林資源からもそれと同じものが作れることを。石油も元は樹木などの生物でした。石油から作れる物は樹木から作れるはず。植物を深く知り、その生き方に学ぶことさえできれば、それが可能になるのです。

では、早速、お話をすすめていきましょう。

地球上のすべての物質は何もしないとバラバラになる方向に動いていきます。(注1)CO2も地球全体に拡散しています。緑の樹木は、太陽光エネルギーの力を借り、そんなCO2を集め、地中から吸い上げた水(H2O)とで、糖類(炭水化物)を作りながら、酸素をはき出します。そして、でき上がった糖類は樹木の身体になります。これが「光合成」です。


P12 注


もし、あなたが床のじゅうたんの上にコップの水をこぼして、それをもう一度コップに集めなければならないとしたらどうしますか? じゅうたんに染みこんだ水を100%回収するのは不可能です。この不可能を可能にするのと同じくらい、樹木の「光合成」は奇跡的なことをしているのです。

それは、大気という果てしない天空から、太陽エネルギーを使ってCO2を取り出して濃縮し、樹木という固体に形を変え閉じ込めるという仕事です。地球上で、このように地球外の太陽エネルギーを使える生物は、植物のほかには存在しません。

しかし、やがて樹木にも朽ちる時が訪れます。樹木は土壌の中で微生物によって徐々に解体され、水とCO2になり、再び大気中へCO2として放たれ散っていきます。この解体にかかる時間は数百年から数千年ほど。CO2は今日も、大気、樹木、土壌の中を長い年月をかけてゆっくりと巡る旅を続けています。

しかもCO2の旅は必ず一方通行です。

真っ赤なトマトと腐ったトマトがあるとしたら、腐ったトマトは絶対に真っ赤なトマトに戻りません。腐ったトマトは解体されてCO2になり、もう1度「光合成」によって真っ赤なトマトになって戻ってきます。地球上の生態系のシステムは全部この方向に流れ、持続的な循環ループ(注2)をつくっています。

CO2の循環の旅のバランスが崩れ、地球をおおう大気中に存在するCO2の量が急増して、循環ループがゆがんでいる状態が、温暖化したといわれる今の地球の姿です。

一見、宇宙の中で独立しているかのように見える地球ですが、太陽という電源がなければ植物による光合成は不可能になり、たちまち地球のモーターは停止。宇宙と地球の接点には森林があって、人間はそれに従属してこそ生きていける存在なのです。




注1/エントロピーと呼ばれる。物理学のエントロピーは「乱雑さ」とも訳され、物質やエネルギーの局在(偏り)の度合いをあらわす。
注2/CO2があるバランスを持って持続的に樹木と大気の間を循環する輪のこと。持続的な循環に対して、今のリサイクルは持続的な循環のループとは逆向きで、真の循環とはいえない。例えばバージンパルプに使い古しの紙を混ぜこんで紙を漉くのは、腐ったトマトと真っ赤なトマトでサラダを作るようなもの。




第2幕「植物、そして樹木の生き方(3/8)」へ




イラスト:トム・ワトソン


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(2006年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第60号 [特集 ナチュラルに美しく 生き方大転換]より)




P11




〈プロローグ〉人間は樹木に救われる



宇宙から見た地球は青い惑星。地球の縁が少しぼやけて“もや”のように見えます。この“もや”のようなものが地球の大気、つまり空気です。この大気に守られて生物も人間も生きています。そして、この大気は27億年前、植物が光合成によって酸素をつくりだし、酸素のない大気から酸素に満ちた大気へと大転換したものなのです。

0.7℃ —20世紀後半に人間の生産活動が原因で上がってしまった地球の平均気温です。今後これが2℃をこえると一部の生物や地域、食糧生産に致命的な結果をもたらすといわれます。今の産業構造を変えない限り、地球温暖化を阻止しようとつくられた国際協定・京都議定書を守っても、2050年には2℃をこえ、2075年には3℃上昇するといわれています。20世紀後半、人間が地中にあった石油や石炭などの化石資源を掘り起こして、大気中にCO2(二酸化炭素)としてばら撒いてしまったことが原因です。

20世紀前半まで、人間は「地球は無限」だと信じて生きてきました。今、人間は初めて「地球は有限で、劣化する」ことに気がついたのです。

地球温暖化を止めるために、私たちは何ができるのでしょうか?

それは、大気中にCO2を拡散させてしまう石油資源を使わないで、反対に大気中のCO2を体内に閉じこめ固定できる樹木、植物資源を使う方向へと、大きく舵をきることです。

しかし、そんなことができるのでしょうか?

舩岡正光さん(三重大学)は、植物の生き方に学ぶことから、樹木を構成する分子「糖」と「リグニン」のうち、これまで使用されず廃棄されてきた「リグニン」を活用する方法を発見しました。この「リグニン」と糖をともに利用する”森林資源社会“をつくれば、石油から植物資源への大転換が可能になります。それが、私たちの生き方をナチュラルに美しく変えていくでしょう。


リグニン
(リグノフェノール:植物資源からとれ、何度でも別の製品に生まれ変わる粉)

ようこそ、来るべき植物資源社会へ。では、植物の偉大さを知り人間の存在に希望が持てる近未来の物語へ、舩岡さんにご案内いただきましょう。




第一幕へ





イラスト:トム・ワトソン photos:中西真誠


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