(2006年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第56号より)





スローフード2




世界の厄介者?日本はフードマイレージNO・1(ナンバーワン)———食糧輸入、食事の環境負荷、いずれも世界一




低い食糧自給率に安心できない食材、不健康な食習慣……。
今や、日本は「食不安大国」さながら。
食環境ジャーナリストの金丸弘美さんが警告する
日本のフードクライシスと、その処方箋。





東京都の小学生60%がアレルゲンに感作





「おたくのお子さんは、肌がキレイですね」「子供の肌がキレイなのは普通じゃないんですか?」「とんでもない。いま子供の半分は、肌がザラザラなんですよ」

『フードクライシス 食が危ない』の著者、金丸さんは、子供を幼稚園に送り迎えしている時、先生からこんな風に言われた。加工食品や添加物の多い商品など、食べ物の影響でアトピーやアレルギー体質の子供が増えていることを、その時初めて知らされた。

同時に、妻が若い頃、深刻なアトピーで苦しんだ事実も初めて知った。彼女は10代にして白髪になり、車椅子生活を経験。医者からは「20歳まで生きられない」と宣告を受けた経験があった。

「自分たちが、普段、食べているものはいったい何なのか?」。その疑問が、金丸さんの食環境ジャーナリストとしてのスタートとなった。

「全国を歩いてアトピーの親子300人に会いました。アトピーの子供たちは、顔や身体が血でただれて悲惨でした。医者にも会って、人工添加物や農薬、ファストフードやインスタント食品などの高たんぱく、高カロリーの偏った食事がアトピーを引き起こす要因になっていることを身をもって知りました」

東京都の調査によると、現在、都内の小学生の実に60%が何らかのアレルゲンに感作(アレルギーの性質を獲得)している、という。しかし、危険な食にさらされているのは、何も子供に限ったことではなかった。



 

フードマイレージ、米国の8倍も



フードマイレージカード


「30代、40代男性の31%は肥満」「日本人の食生活は、外食と調理済み食品が43・6%を占める」「45歳以上の高血圧性疾患の患者は700万人」…。

「アトピーや便秘、肥満、糖尿病、高血圧、ガンなどの生活習慣病のほとんどは、ファストフードをはじめとする簡単で高カロリーのバランスを欠いた食など、生活リズムの乱れが大きな要因になっている」と金丸さんは言う。

将来、日本の食卓を奈落の底に落としかねない日本の食物自給率の低さも、深刻だ。

「日本の農産物の純輸入額はダントツの世界1位」「1200万人が生活する東京都の自給率はわずか1%」「もし食料輸入が止まったら、肉や卵は10日に1食しか食べられなくなる」など。私たちは、まさか豊かな日本で食糧危機など机上の空論に過ぎないと思いがちだが、金丸さんは「もし戦争や大災害で輸入がストップすれば、日本はたちまち食べるものがなくなるポジションにある」と指摘する。

食糧危機の実例は、キューバに見ることができる。かつてキューバの食物自給率は、ちょうど今の日本と同じ40%だった。だが、貿易の大半を占めていたソ連が崩壊、続くアメリカの経済制裁で、キューバは食生活が破綻。食糧ばかりか、農薬や石油がストップしたため、農作業機械も動かせない事態に陥った。「当時、キューバでは野菜を食べられなくなった子供たちがビタミン不足で失明しかねないという悲惨な事態になり、政府が農水省の敷地を畑に変え、率先して街角のいたるところで都市農業を推奨したんです。その方法は、現在の日本にも参考になる」と話す。

また、最近では食糧が遠くから運ばれるほど、輸送による二酸化炭素の排出などの環境負荷がかかり、環境汚染につながるという「フードマイレージ」(食料の輸入量t×輸送距離km=tkm)の考え方も生まれた。フードマイレージで、日本の1年間の輸入食糧を計算すると、一人当たり4000tkmとなる。これはアメリカの一人当たり500tkmのほぼ8倍に達する。日本は世界で最も環境負荷をかけた食事をしている国だ。




アメリカの上流階級は、日本食を食べている



野菜3

しかし、こうした食をめぐる数々のクライシスの根っことなる問題は、何か?

金丸さんは、1970年代の食品保護政策の緩和によってもたらされた「食品の大量生産、大量消費の弊害」と言い切る。最近でこそ、日本でも食を賢く選択し、健康な生活を送るための「食育」が推進されているが、その「食育」という言葉が初めて登場したのが1970年代のアメリカだった。

「当時、アメリカでは急激に増えた突然死が社会問題化していて、その突然死と食の関係を調査、報告したのがマクガバン上院議員の『マクガバン報告書』です。その報告では脂肪分を多く摂るアメリカ型の食事が人々を生命の危機に至らしめると警告し、逆に最も理想的な食事は穀物や野菜中心の日本型の食生活と指摘しているんです」

アメリカ国内で敬遠され始めたアメリカ型の食生活と、緩和された日本の食品保護政策という1970年代に起きた二つの変化。同じ頃、グローバルなアメリカ型食生活の輸出に対抗して、イタリアではスローフード協会が誕生し、フランスでは味覚教育のプログラムも始まっている。金丸さんは、「アメリカ国内でいらなくなったアメリカ型の食生活が、外圧によってまるごと日本に輸出されたのではないか」と指摘する。

現在、日本人の一人当たりの肉消費量は、1960年から約7倍に増えている。一方、今や欧米では日本食がブーム。欧米や中国で急激に消費量が増えている魚の価格は高騰し、豆腐も世界中でひっぱりだこ。

「なにも日本文化が珍しがられているわけではなく、魚や穀物、野菜を中心とする本来の日本型の食生活が、欧米で好んで食べられている。今はアメリカの上流階級も、食べているのは日本食なんです」




長寿県沖縄も、今や県別の肥満1位



かつてダントツの長寿県といわれてきた沖縄県にも、変化が表れている。現在もかろうじて長寿県1位を保っているものの、男性の平均寿命は1位から転落。現在26位まで順位を下げている。しかも、現在の沖縄県は、県別の肥満1位という喜ばしくないランキング結果もある。これも、駐留米軍の影響による食生活の変化が大きな引き金になっている。そして、今や、沖縄の若い世代には本土の生活習慣がどっと入り込み、かつて長寿の人が食べていた穀物や島野菜、魚料理などの伝統的な和食はすっかり影を潜めてしまった。

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(c)photo-ac


金丸さんは、「沖縄といえば、豚と泡盛が長寿の秘訣ともいわれましたが、実際は家畜量や酒量は今とは比べ物にならないほど少なかった。それに今の養豚はかつて沖縄の人が食べていた豚とはぜんぜん違うもの。油物や炒め物などの高カロリーの食事が多く、暑いためにコーラなどの清涼飲料水も他県より多く飲むなど複数の要因が沖縄を肥満トップにした」と言う。




市場に行こう。危機回避は味覚を取り戻すこと





まぐろ 1

では、こうした数々のフードクライシスを回避するためには、どうすればいいのだろうか?

金丸さんは、「ホンモノの味を見分けられる味覚を取り戻すことが危機回避の第一歩」と話す。インスタント食品やファストフードに慣らされた舌では、もはやホンモノの野菜や果物の価値もわからず、ホンモノの価値がわからなければ、食の安全や健康を取り戻すことも難しい、というわけだ。味覚を取り戻すため、誰でも簡単にできるのは、市場に行くこと。東京なら築地市場、大阪なら黒門市場がある。家の近所の市場でもいいし、最近、増えている直売所のファーマーズマーケットでもいい。

「市場に行って、食材のプロたちに旬の食材を聞き、ホンモノを口にする。同じ野菜でも、すべて味が違うし、栄養も違う、それぞれに個性があることを知るだけでも普段の食生活は変わってきます。なにより旬のものは、一番安くて美味しい。そのうち、いつ、どこで食べても同じ味しかしない加工品を買うのがつまらなくなってくるはずです」

(稗田和博)

photo:高松英昭




金丸弘美(かなまる・ひろみ)
1952年、佐賀県唐津市生まれ。食環境ジャーナリスト。全国の農村をめぐり、農業、食材、環境問題などを取材・執筆。大分県の食育アドバイザーも務める。著書に『本物を伝える日本のスローフード』岩波アクティブ新書『子どもに伝えたい本物の食』NTT出版、『フードクライシス 食が危ない』デイスカヴァー・トゥエンティワン、など多数。