(2011年8月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第173号より)
牛はかわいそうである。BSE(牛海綿状脳症)で嫌われ、その次には口蹄疫で騒がれ、いま放射能汚染で排斥されている。牛には何の責任もない。すべて人間の仕業である。
きっかけは、東京都の健康安全研究センターで測定された牛肉から基準(1キロあたり500ベクレル)を4倍以上超える放射能が検出されたことだった。福島県の南相馬市から出荷された牛だった。牛が放射能を浴びたからではなかった。犯人は稲わらだった。
屋外で乾燥された稲わらが高い放射能で汚染されていた。それを食べていた牛の肉に放射能が蓄積された。放射性のセシウムは筋肉や内臓に蓄積する性質があるからだ。汚染牛は福島にとどまらなかった。次々に発見されて、北は北海道から南は島根まで16道県に及んでいる。そして、46都道府県に出荷されていたことが明らかとなった。ほぼ日本全国である。その頭数は2900を超え、さらに増えつつある。秋田県では県産牛4500頭をすべて検査するという。検査費用も231万円というからばかにならない。
農林水産省は餌の牧草に関する基準値(300ベクレル)を通知していたが、稲わらには言及がなかった。福島第一原発の爆発で放出された放射能が100キロメートルも離れた宮城県の田んぼの稲わらを強く汚染することなど、酪農家には思いもよらなかったとしても不思議ではない。
しかし、政府や東京電力は明らかに知り得た。放射能がどのように広がったかをちゃんと把握していたからだ。政府は基準値を超える牛肉を民間の食肉流通団体に買い取らせ、同団体はその費用を東京電力に損害賠償請求するという。これらは焼却処分される。また、基準値以下でも冷凍保存を促し保管料を請求するようだ。ほとぼりが冷めたころに流通しないか心配は拭えない。
放射能はいったん環境に放出されると、食べ物を通して静かに広がっていくことを牛は教えてくれた。和牛が庶民の食卓にのぼってくるのはそれほど多くないかもしれないが、しかし、子どもたちや青年男女には汚染されていない食べ物を勧めたい。放射能による内部被曝を避けるべきだからだ。
伴 英幸(ばん・ひでゆき)
1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)
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