(2006年8月15日発売 THE BIG ISSUE JAPAN 第55号 特集「愛と暴力の狭間で—D.V.(ドメスティック・バイオレンス)からの出口はある」より)
(中原俊監督)
結婚3年目のある日、それまでやさしかった夫が突然変わり始めた——銀行口座を解約し、家計を管理しようとする、妻の仕事を辞めさせるため、実力行使に出る、味付けが気に入らないと調味料を投げつける、テーブルをひっくり返す、殴る、蹴る、レイプ同然のセックスを強要する……暴力はどんどんエスカレートし、妻は命の危険まで感じるようになっていく。夫の豹変ぶりと激しい暴力、そして最後に妻が取った究極の復讐……そのすべてがあまりにリアルで恐ろしく、背筋が寒くなってしまう。
「男にとっても女にとってもゾッとする作品だったかもしれません。モンスターに出会ってしまった不幸な女の話にだけはしたくなかったので、男女両方の視点で描くよう工夫しました」と話すのは、映画『DV—ドメスティック・バイオレンス』の中原俊監督。
当初、監督の元に持ち込まれた脚本は、どちらかと言えば男の立場から書かれたものだった。そこで2チームに分かれ、殴る男性の心理、殴られる女性の心理を洗い出していき、それを脚本に反映させていったのだという。
映画の設定はDV法施行後。夫の暴力から逃れるため、妻は公的相談所を訪ね、警察に助けを求める——しかし、公的相談所は気休めしか言わず、警察では夫婦喧嘩不介入と追い払われてしまう。病院に行って傷を見せると、暴力も愛情のうちとさえ言われる……。
中原監督は、映画監督としてデビューした日活ロマンポルノの時代から、男女の恋愛、性愛を撮り続けてきた。
最近これらの問題がクローズアップされる背景について、中原監督は、“恋愛過剰主義”を指摘する。
さらに“男性的な男性”は、それが暴力に変わっていく可能性があるということを知っておく必要があると中原監督は言う。
そして簡単ではないけれど、男性も女性も、自分の思いや考えを相手にはっきりと伝えること——それもDV防止に役立つそうだ。
(飯島裕子)
Photo:浅野一哉
・「デートDV」とは何か?—暴力=愛情という理屈がデートDVを生む
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・なぜ、妻や彼女を殴ったのか?DV加害男性たちの脱暴力化を追う
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DVか?愛か?映画の中で探してもらいたい
モンスターに出会ってしまった不幸な女の話にだけはしたくなかった。
男女の恋愛、性愛を撮り続けてきた中原俊監督は語る。
男女両方の視点から描かれた映画『DV ドメスティック・バイオレンス』。
(中原俊監督)
夫の暴力、妻の復讐 男女両方の視点から描く
結婚3年目のある日、それまでやさしかった夫が突然変わり始めた——銀行口座を解約し、家計を管理しようとする、妻の仕事を辞めさせるため、実力行使に出る、味付けが気に入らないと調味料を投げつける、テーブルをひっくり返す、殴る、蹴る、レイプ同然のセックスを強要する……暴力はどんどんエスカレートし、妻は命の危険まで感じるようになっていく。夫の豹変ぶりと激しい暴力、そして最後に妻が取った究極の復讐……そのすべてがあまりにリアルで恐ろしく、背筋が寒くなってしまう。
「男にとっても女にとってもゾッとする作品だったかもしれません。モンスターに出会ってしまった不幸な女の話にだけはしたくなかったので、男女両方の視点で描くよう工夫しました」と話すのは、映画『DV—ドメスティック・バイオレンス』の中原俊監督。
当初、監督の元に持ち込まれた脚本は、どちらかと言えば男の立場から書かれたものだった。そこで2チームに分かれ、殴る男性の心理、殴られる女性の心理を洗い出していき、それを脚本に反映させていったのだという。
「その作業だけで約半年はかかったんですよ。また、DVについて知るきっかけになればと思い、あえて典型的なDVのパターンを散りばめるようにしました。映画の中に、『これはDVですか? 愛ですか?』という問いかけが出てきますが、DVを受けている本人が、被害者であることを自覚できない場合が非常に多い。その答えを映画の中で探してもらいたいという意図もありましたね。さらにDVを語る上で非常に重要でありながら、表に出されることのない性の問題も、しっかり取り上げるようにしました」
映画の設定はDV法施行後。夫の暴力から逃れるため、妻は公的相談所を訪ね、警察に助けを求める——しかし、公的相談所は気休めしか言わず、警察では夫婦喧嘩不介入と追い払われてしまう。病院に行って傷を見せると、暴力も愛情のうちとさえ言われる……。
「これらの場面は、公的機関に携わる人たちへのメッセージを込めてつくりました。実際は観てもらえてないようですが、ははは。どんなに立派な法律でも、それを運用する人たちがしっかりしてくれなければ、何の意味もありません。これまでは、夫婦の問題だから自分たちで解決しなさいと言ってきたのが、逃げなさいというメッセージに変わった、それ自体はいいことです。けれど根本にあるのは、人間の問題、男対女の問題なんですから、法律ができたから、即解決するということではないんですよ」
恋愛過剰主義—DVはそのツケか?
中原監督は、映画監督としてデビューした日活ロマンポルノの時代から、男女の恋愛、性愛を撮り続けてきた。
「僕は人間の一つの恋愛、性愛のかたちとしてDVの問題を撮りたかったんです。愛し合っていたはずの男女が、ちょっとしたことからとんでもないことになっていく。それはDVというかたちもあるでしょうし、セックスレスというかたちで現れることもある。DVもセックスレスも根本は違わないと思うんです」
最近これらの問題がクローズアップされる背景について、中原監督は、“恋愛過剰主義”を指摘する。
「ビビッときて一目で恋に落ちたという話をよく聞きます。とってもロマンチックに聞こえるけれど、それは多くの危険をはらんでいることでもあるんですよ。最初の印象がいいほど、その後の落胆は激しくなるもの。女性も男性も相手に求める要求が過剰になっているのではないでしょうか? 恋人も夫婦も、所詮は他人同士なんだから、100パーセント理解しあうのは無理だと悟るべきです」
さらに“男性的な男性”は、それが暴力に変わっていく可能性があるということを知っておく必要があると中原監督は言う。
「女性は男性的な人に憧れる傾向が強いですよね。例えば二人で歩いていたら向こうからチンピラがやってきて、道を開けろと言う。そんな時、おずおずと引き下がる男性よりもチンピラとやりあう男性のほうがかっこいいと多くの女性が思うでしょう。でもその強さが暴力に変化することだってある。もちろん、みんながそうではないけれど、そういう危険がゼロではないということを知っておく必要があるんですよ」
そして簡単ではないけれど、男性も女性も、自分の思いや考えを相手にはっきりと伝えること——それもDV防止に役立つそうだ。
「この映画、ぜひ夫婦やカップルで観てほしいですね。最後まで問題なく見るか、途中で飽きてしまったら(笑)、DVの危険度は低いでしょう。逆に『男の気持ちが全然わかってない』と男性が言うようなら、要注意。二人のセルフチェックに役立ててもらえたら何よりです」
(飯島裕子)
Photo:浅野一哉
中原俊(なかはら・しゅん)監督
1951年、鹿児島県生まれ。東京大学文学部宗教学科卒業後、76年日活入社。日活ロマンポルノ『犯され願望』でデビュー。日活退社後、『櫻の園』、『12人の優しい日本人』を監督。最近では『コンセント』、『でらしね』、ドラマ『スカイハイ』(一部)の監督など、幅広く活躍している。次回作は青森でカーリングに励む人々を描いた、吹石一恵主演『素敵な夜ボクにください』。
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