(2006年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第60号 [特集 ナチュラルに美しく 生き方大転換]より)




「リグニン」登場、繊維細胞の精密な設計図 



14p 屋久杉


なぜ、樹木は石油の代わりになるほどの働きができ、屋久島の屋久杉は7千年もの長い間立っていられるのでしょうか? 

ここで、植物の歴史上の重要な事実をお話しましょう。太古の昔、地球上に最初に登場した藻類やコケ類は地上を這っていました。実は植物が体内にリグニンを生み出したことで、初めて立ち上がることができたのです。




さて、ここからは目に見えない世界、顕微鏡でしか見えない世界にご案内することになります。

14p 細胞

樹木の細胞は、セルロースやセミセルロース(糖類)という物質でその骨格ができあがっています。ひも状になっているセルロースの束が、緻密な紡錘形の籠に編んだような構造をつくっています。

そして、その籠のような細胞と細胞をしっかりと接着しているのがリグニンです。幾つもの籠の形をした細胞が並んでいる3次元の空間の隙間に、リグニンが絡まって細胞を固定させているのです。これは人間の技術では作れない高度なつくりで、いくら引っ張っても絶対にはずれない構造になっています。精巧なジャングルジムに、縦横に接着剤がからまっているようにも、見えますね。

地球の重力に抗するほどの強度をつくるリグニンがあるおかげで、屋久杉のような大木も立っていられるのです。

また、樹木の重量の25〜30%はリグニンで、糖が70〜75%を占めています。糖は微生物の大好物。なのに、なぜ7千年もの間、屋久杉は微生物に食べられなかったのでしょうか? このリグニンの剛直かつ複雑な構造には、糖を食べる微生物はまったく歯がたたないからなのです。




リグニンの登場によって、地球の生態系が大きく変わりました。植物は立てるようになると、枝を伸ばし葉っぱを広げて樹木という立体的な構造をつくり、太陽の光をより受けやすくなりました。光合成をする葉っぱの表面積を増やせるように進化したのです。

やがて、植物、樹木は地球の陸地のいたるところに進出し、大繁茂する時代を迎えます。その恐竜時代(ジュラ紀、白亜紀)のシダ類などが地中に大量に堆積して化石化し、石油ができあがりました。

このように、樹木にとってリグニンは大変重要なもの。ですが、人間が柔らかな紙をつくるときには邪魔ものです。人間は、紙の製造過程でリグニンをずたずたに切断して取り除き、細胞をばらばらにして横に並べ替えます。そうしてできあがったものが紙です。

この過程で取り出されたリグニンは工業リグニンと呼ばれますが、これはもはや樹木の中にあったものとはほど遠く、細胞と細胞を接着する能力は持ちません。一方、リグニンを抜かずに、木材のかけらを力まかせに繊維状にすりつぶしシート状にしたものが、新聞紙なのです。




第4幕へ




イラスト:トム・ワトソン