(2009年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第126号より)




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ボールを追いかけているうちに仲間たちとの輪ができて、気持ちも前向きになってきた



「この左耳のピアス? 若くして亡くなった恋人との思い出がつまった宝物なんだ。だから、生きている限り、ずっと外さないつもり」

そう言って人なつっこい笑顔を見せる日高進さん(53歳)は、大阪・なんば高島屋前でビッグイシューを販売し始めて約半年。目の前のビルにかかる大型ビジョンの迫力に負けないようにと、明るい色の服を着て奮闘中だ。




そんな日高さんが今、販売の仕事のほかに全力で取り組んでいることがある。それは、スタッフに声をかけられて始めたサッカー。この9月、イタリア・ミラノで開催される第7回ホームレス・ワールドカップに、日本代表「野武士ジャパン」の一員として出場する。

「疲れは思いのほかたまってないよ。好きなことをして楽しんでいるからかな。サッカーを通じて何か得られるものがあればいいなと思ってチームに入れてもらったんだけど、すでにたくさんの収穫があってね。一番大きな収穫は、明るい気持ちになれたこと。他の販売者と一緒になってボールを追いかけているうちに、いつの間にか何にも代えがたい人の輪ができた。仲間たちとあれこれ話している時間は、まるで心の洗濯だね」




これまでは自分のことで精一杯だったが、緊張している新人販売者に積極的に声をかけることが増えるなど、徐々に他の人に目を向けられる余裕も出てきたという。また、1日に2箱吸っていたというタバコも1箱に減った。

「これまでは売り上げのよくない日が続くとただ落ち込むだけだったけれど、サッカーをしていると束の間でも悩みを忘れられるし前向きにものを考えられる。本当にいい汗をかいてるよ」

目の前に迫ったワールドカップへの抱負を尋ねると、「1勝できたらうれしいなぁ。たとえ負けたとしても、1点を取って帰ってくるのが目標だね」と目を輝かせた。




日高さんは5人きょうだいの末っ子で、中学3年生までを埼玉県で過ごした。

「ちょっとやんちゃ坊主でね。15歳の時に母が亡くなって、そのショックもあって一人で当てもなく沖縄へ行っちゃったんだ。胡差焼の工房でお皿や湯飲みをつくるアルバイトをしながら数カ月過ごして、そのあと東京へ出た。東京では黒服のようなことをしたり、飲み屋で働いたり。28歳の時に九州へ行って、そこで結婚して10年ぐらい過ごしたかな」

その後離婚を経て、一人で北海道へ。山の斜面に落石防護のための網を整備する仕事を5年ほど続けていたが、腰を痛めてしまった。新たな仕事を求めて向かった名古屋では、主に土木工事の仕事をしていたが、景気の悪化とともに仕事が減少してしまった。

「埼玉から沖縄に行って、東京に北海道に名古屋、そして大阪に来たのが去年の秋。大阪なら何か仕事があるだろうと期待していたんだけど、まったくなかった。そんな時にビッグイシューのことを知り、販売者に加えてもらった。スタッフの皆さんは僕と同じ目線で何ごとも一緒に考えてくれて、アドバイスをくれる。それがとても温かく感じられて、心のよりどころになっているよ」





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1週間のうち6日はダンボールの上で眠るが、1日は自分へのご褒美としてドヤに泊まる。布団の温かさに触れ、「当たり前に生活すること」への執念をもち続けるのだという。

「以前、テレビの取材で『声をかけてもらえるだけで元気が出ます』と言ったら、それを見た人が100人ぐらい声をかけてくれて、ありがたかった。でも、残念ながら本を買ってくれたのはその中の8人だけ。次からはもっと本にも興味をもってもらえたらいいなぁ」

今はまだ社会復帰のための基礎訓練中だという日高さん。どんな夢や目標をもっているのだろうか。「何かを作ることに喜びを感じるので、ものづくりにかかわる仕事に携わりたい。そして一所懸命働いてお金を貯めて、晩年はどこかの国の片田舎で畑を耕し、のんびりと自給自足の生活をしてみたいね」

真剣な表情でそう話し、最後にまたくしゃくしゃの笑顔を見せてくれた。

(松岡理絵)

Photos:BI