(2011年3月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 163号より)





『毛皮のマリー』はR-15。大人をノックアウトする、新しい人形劇文化



一人で何体もの人形を演じ分け、時には自らも出演者となって、
人形と対等に迫真の演技を見せる。その平常さんが人形劇を通して伝えたいこととは?







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(人形劇俳優・平常さん)






両親が作った小さな舞台 表現の引き出しを開けてくれた



平常さんには、人形劇に初めて触れた瞬間の記憶がない。「物心ついた頃には呼吸と同じくらい当たり前に、人形劇を見たり披露したりしていた」という。三味線奏者であった父と薩摩琵琶法師の母は、文楽や腹話術、前衛舞踏など、息子が興味をもちそうなあらゆる番組を録画して見せてくれた。

平さんが小学校に入学すると、両親は日曜大工で木の枠をこしらえ、小さな舞台を作ってくれた。両端のひもを引くとオペラカーテンのように上がる、どん帳まで付いていた。

「それがうれしくて、2〜3週間ずっと上げ下げしていたのを覚えています」




小柄で体が弱く、同級生の遊びについていけない平さんだったが、人形劇を見せると友達が寄ってきて「ふれあい」が生まれた。「人形を通せば背の高い王子様にもなれるし、恥ずかしくて言えない『愛してるよ』だって口に出せる。そうかと思えば魔女や怪物にもなれる。人形が、私の表現の引き出しを次々と開けてくれたんです」




11歳になった平さんは母の薦めで、地元・札幌の児童劇団「やまびこ座遊劇舎」に入団。半年後には、宮沢賢治の『どんぐりと山猫』をひとり人形劇で披露し、12歳で舞台デビューを果たした。その後も日舞や人形浄瑠璃を学びながら、演劇や人形劇の公演を重ねた平さんは19歳で上京し、個人の人形劇事務所を設立した。

東京では、寺山修司の義弟である森崎偏陸さん宅に下宿した。平さんは小学6年生の時に、彼が助監督を務める映画に出たことがあった。上京後、いっこうに表現活動の場を見いだせない平さんの背中を押したのも森崎さんだった。「海外にでも行ったら?」と、10年の期限付きで渡航費を貸してくれたのだ。

そのお金でアメリカに渡った平さんは、全米の人形遣いが集うイベント「パペッティアーズ・オブ・アメリカ」に飛び入り参加。『さくら さくら』を熱唱しながら、着物を着た女の子の人形に舞をさせた。

「ここで私は、人生初のスタンディングオベーションを経験しました。大人たちがこんなふうに人形劇を楽しめる文化を日本にも根づかせたい。そう誓って帰国しました」





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つらく悲しい経験をした大人だけに見える人形の表情



03年の初め、森崎さん宅で何気なく寺山修司原作『毛皮のマリー』の台本を手に取った平さんは、雷に打たれたような衝撃を覚えた。浮かんでくるイメージをノートに書き留め、ひとり人形劇で演じるプランを一気に書き上げると、その年の暮れから公演を始めた。

「会場は30人も入れば一杯になるギャラリーでした。初めは3人だったお客さんが口コミでだんだん増えて、24公演が終わる最後の1週間は、立ち見が出るほどになりました」

今年も新国立劇場で公演される『毛皮のマリー』には、15歳未満は観劇できない「R-15」指定が付いている。そこには、「つらく悲しい経験をした大人にしか見えない人形の表情を見てほしい」との願いが込められている。さらに、「大人がチケットを買って見に行くだけの価値がある人形劇を子どもにも見せたい」と思わせることで、子どもに人形劇を広めていく狙いもあるという。




「うれしかったのは、10歳の頃から私のファンだという男の子とお母さんが5年経って、一緒に『毛皮のマリー』を観に来てくれたこと」。アンケートにお母さんは「5年越しの夢がかないました」と書き、男の子は「衝撃が強すぎて、まだ頭の中で感想が整理できていません。これからゆっくり考えます」と書いていた。






泉鏡花原作の『天守物語』などR-15指定の作品は他にもあるが、多くの幼児向け作品や『オズの魔法使い』といったファミリー向け作品を含む、平さんの作品すべてが「大人も楽しめること」を大前提につくられている。

09年には、アーティストが芸術や表現についての授業を行う「アウトリーチ事業」の一環として、全国の小学校を回った。3年生のクラスでは、「本当の自分に戻れたみたいでドキドキしました」と感想を書いた女の子がいた。「子どもができたら人形劇で遊んであげたい」と、赤ちゃんに人形劇をしてみせる自分の絵を描いた男の子もいた。

「そんな子どもたちや、子育てに悩むお母さんとじかにふれあう場がほしい」との思いが募り、昨年11月、平さんは西新宿に自分専用の小劇場「THEATER JO」を開設した。毎月30日にはここで、0・1・2歳児を対象とした「赤ちゃんのための人形劇」を開催している。
「命続く限り、見る人が自分自身の魅力に気づき、生きる力を得て、前に一歩踏み出せるような作品をつくり続けていきたい」それが平さんの夢だ。


(香月真理子)

Photo:浅野カズヤ




平 常(たいら・じょう)

1981年札幌市生まれ。小規模公演から大ホールでの大型人形劇ミュージカルまで、すべてを一人で演じ分け、演出・脚本・音楽・美術をも自らプロデュース。『毛皮のマリー』で日本人形劇大賞銀賞を最年少で受賞。オリジナル作品が厚生労働大臣より表彰されるなど、受賞多数。
http://tairajo.com/