人間の負の感情にある、純粋さや根源的なものを描く




人けのない土地、後味が悪い結末。
負の感情を掘り下げ、独特な魅力を放つ







Shimonishi

劇団「乞局」主宰 下西 啓正さん




巧妙な会話劇と不思議な不穏さ。幸福や不幸の曖昧さ



下西啓正さんが率いる「乞局」の芝居には独特な魅力がある。結成12年。近年、数々の戯曲賞を受賞、平田オリザや岡田利規など気鋭の劇作家からも注目される劇団となった。

舞台の設定は「空港に隣接する人けのないマンション群」「都内の下水道」「都内の中央公園脇の墓地」など、たいてい都市のエアポケットのような寒々とした風景。その中で登場人物たちは切羽詰まった状況に追い込まれ、本性をさらけ出す。決して明るい芝居ではない。派手な音楽・照明・衣装はほぼなく、結末は大抵後味が悪い。しかし、巧妙な会話劇と不思議な不穏さで観客を飽きさせないのだ。下西さんは自作の信条をこう説明する。

「世の中で悪とされる人や物事にもそれなりの“筋の通ったもの”があるはずで、それを描きたいんです。幸福や不幸、善悪だって見方によって変わる。そういった曖昧さを大事にしています」




乞局の芝居の特徴は、人のもつ「負の感情」を大きく扱うこと。昨年12月の最新公演「乞局」での設定は「金網で覆われたテーブルのある、寂れた喫茶店」。

店主は、発病以降の記憶が蓄積できない病気の妻をかかえながら、実弟への多額の借金と妻の兄に居候される生活に苦しんでいる。だが、町内の人々は病気の妻を重宝がり、愚痴や悩み相談のはけ口として利用、お金まで支払いだす―。そんなストーリーで、肉親同士の憎しみ合い、不貞、コンプレックス、金への執着など人のドロドロとした部分を描いてみせた。






Sub2





「人の負の感情の中には、ある種の純粋さ、根源的な部分があるような気がします。それを描くことで、“人間”を表現したいんです」

舞台設定も“人間”を描くことに一役買う。「人けのない、忘れ去られたような土地を舞台にするのは、そこに、描きたい『昭和』な雰囲気を感じるから(笑)。日本人が元来もっている普遍性が描けるような気がして、物語が膨らみます」





Main





演劇の強さはナマモノ。生活と創作を両立させ、劇団は新たな段階へ



もともと、大学在学中に映画づくりを志し、サークルに入った下西さん。しかし、並行して行われる演劇活動のほうにより惹かれた。

「演劇のよさはナマモノだということ。観客にも役者にも、創作を疑似体験してもらえる。そこに表現としての強さがある気がします」




ただし、「疑似体験の場」をつくることはそう容易ではない。役者に舞台上で「きちんと生きて」もらうため、台詞や動きが自然に出るよう反復した稽古を求める。7分ほどのシーンを、延々繰り返したこともあり、さらに舞台上の小道具では、やり取りされるお金も本物を使うほど細部を徹底する。




最新作で20回目の公演。下西さんは、普段は台本印刷の会社で働き、社会生活と創作を両立しながら年2回の着実な活動をしてきた。

「きちんと社会で働くことが劇作にも活きています。芝居だけで食べていくより自分のスタイルとして合ってますね」

今回の最新作では、「今までの公演とは違った感慨を得た」と下西さん。今回の設定は実は06年の公演のものだが「見せ方として、以前とはまったく違ったアプローチができて幅が広がった。自分の中で一つの踏ん切りがつけられた感じです。次回はまた新たな段階へいきたいですね」と語る。

今年、乞局はオーディションで新たな「局員」を募集する。「団体として新しい空気を入れるためです。長い年月で俳優たちも自分も変わっていくのが楽しい。だから、とにかく劇団を続けていくことに意味があると思います。今は次を早く書きたいです」(山辺健史)





Sub1


撮影:鏡田伸幸




下西 啓正(しもにし・ひろまさ)

1977年広島県生まれ。慶應義塾大卒業後の2000年より劇団「乞局」を旗揚げ。乞局「局長」=(主宰・脚本・演出・役者)として、他の4人の「局員」と共に年2回のペースで活動。劇作家協会新人戯曲賞優秀賞など多数受賞。役者としても、演劇カンパニー「チェルフィッチュ」などに客演。
http://kotubone.com/