<前編を読む>
「現在、マサイマラ国立保護区の周辺で起きている問題に、マサイの個人所有の土地の貸し出しがあります」と指摘する滝田さん。主にナロックと呼ばれる町の周辺で起きている状況だが、ここではマサイが持つ土地を白人やインド人経営の大規模農園がリースし、今までサバンナだった地域が麦畑に姿を変えている。
野生動物と共存することが可能なライフスタイルを送る遊牧民と違って、農耕民族(農業)の野生動物との共存は不可能に近い。農作物を野生動物に荒らされないようにするため、農地はフェンスで囲まれる。そのフェンスは野生動物の食糧を奪うだけではなく、水や草を求めて移動する動物の妨げとなる。
「年間わずかのお金で大農園にリースされる、サバンナ。そして、小規模な炭作りのためにリースされた土地の、消え行く森林。観光客たちが触れることのない、マサイランドの中で起きている問題なんです」
伝統的な家畜業をいとなむマサイは、言ってみれば、サバンナの守り神である。マサイが家畜業を止め自分たちの土地を外部に貸し出し始める日。それは、サバンナが消えてしまう日だ。そして、保護区との境界線のサバンナが消え、フェンスが立てられることによって、今までより、さらに野生動物と地域住民との衝突が増える。
一方で、乾季などによる栄養失調や風土病などの問題から、マサイのゼブー牛は痩せていて「屠殺利益」は他の牛種に比べ、かなり低い。教育を受け、今までのライフスタイルに疑問を持つ若者や、経済観念を身につけたマサイにとって、家畜業は魅力がなくなり始めている。放牧スタイルの家畜業だからこそサバンナを守り野生動物と共存できていたのに、少しずつ変化が起こっているのである。
だが、そんなサバンナの守り神とも呼ばれるマサイの牛や家畜を守るための獣医療サービスは、ほとんどなきに等しい。マサイが、牛から得る利益がサバンナを貸し出す利益より少ないと感じてしまう日、また一つサバンナが消えてしまうというのに。
そこで、マラコンサーバンシーは、保護区や保護区周辺に暮らすマサイ族の牛、ヤギ、羊などの家畜の診療活動をするために、マサイマラ巡回家畜診療プロジェクトを立ち上げた。
マラコンサーバンシーが、地域の人々に一番必要とされている獣医を派遣することは、保護区が野生動物だけでなく、地域社会をも大事にしていることの証明となる。そして、家畜の健康状態が向上すれば、家畜からの利益が上がる。このプロジェクトは、地域社会の人々の暮らしを向上させることを通して、保護区の自然保護を実現させようとする、いわば保護区と地域住民の架け橋なのである。
滝田さんはこの巡回家畜診療プロジェクトの誘いを二つ返事で引き受け、現在、獣医として活動している。「学んできた動物学と獣医学の両方を活用できる自分にふさわしい活動かもしれない」と感じている。だが、プロジェクトはスポンサー探しや資金集めなどに苦労していて、プロジェクトを軌道に乗せようとするのに精一杯であるという。
最近、滝田さんはナイロビ郊外からマサイマラに引っ越した。愛犬、愛猫と共のケニア生活も、早8年。今日も滝田さんは、マサイの村に出かけて家畜の診療や治療を行う。時には、十分な器具もない中で、野外手術も辞さない。
どんな仕事もいとわない滝田さんに、マサイの人が贈った名前は「ノーンギシュ」(牛の好きな女)。マサイの人の親しみと愛情が表わされているような気がする。
「このプロジェクトが軌道に乗り、将来的にマサイの人たちの中で獣医、もしくは家畜アドバイザーを育て上げ、彼らが自分たちのコミュニティーの中で家畜の病気と闘っていけるようにするのが、私の今の将来の夢なんです」
滝田さんの夢が1日も早く実現することを、同じ地球市民として祈りたい。
(メールインタビュー/編集部)
(写真提供:滝田明日香)
サバンナの守り神、マサイ族。保護と住民の間を架橋する家畜診療プロジェクト
「現在、マサイマラ国立保護区の周辺で起きている問題に、マサイの個人所有の土地の貸し出しがあります」と指摘する滝田さん。主にナロックと呼ばれる町の周辺で起きている状況だが、ここではマサイが持つ土地を白人やインド人経営の大規模農園がリースし、今までサバンナだった地域が麦畑に姿を変えている。
野生動物と共存することが可能なライフスタイルを送る遊牧民と違って、農耕民族(農業)の野生動物との共存は不可能に近い。農作物を野生動物に荒らされないようにするため、農地はフェンスで囲まれる。そのフェンスは野生動物の食糧を奪うだけではなく、水や草を求めて移動する動物の妨げとなる。
「年間わずかのお金で大農園にリースされる、サバンナ。そして、小規模な炭作りのためにリースされた土地の、消え行く森林。観光客たちが触れることのない、マサイランドの中で起きている問題なんです」
伝統的な家畜業をいとなむマサイは、言ってみれば、サバンナの守り神である。マサイが家畜業を止め自分たちの土地を外部に貸し出し始める日。それは、サバンナが消えてしまう日だ。そして、保護区との境界線のサバンナが消え、フェンスが立てられることによって、今までより、さらに野生動物と地域住民との衝突が増える。
一方で、乾季などによる栄養失調や風土病などの問題から、マサイのゼブー牛は痩せていて「屠殺利益」は他の牛種に比べ、かなり低い。教育を受け、今までのライフスタイルに疑問を持つ若者や、経済観念を身につけたマサイにとって、家畜業は魅力がなくなり始めている。放牧スタイルの家畜業だからこそサバンナを守り野生動物と共存できていたのに、少しずつ変化が起こっているのである。
だが、そんなサバンナの守り神とも呼ばれるマサイの牛や家畜を守るための獣医療サービスは、ほとんどなきに等しい。マサイが、牛から得る利益がサバンナを貸し出す利益より少ないと感じてしまう日、また一つサバンナが消えてしまうというのに。
そこで、マラコンサーバンシーは、保護区や保護区周辺に暮らすマサイ族の牛、ヤギ、羊などの家畜の診療活動をするために、マサイマラ巡回家畜診療プロジェクトを立ち上げた。
マラコンサーバンシーが、地域の人々に一番必要とされている獣医を派遣することは、保護区が野生動物だけでなく、地域社会をも大事にしていることの証明となる。そして、家畜の健康状態が向上すれば、家畜からの利益が上がる。このプロジェクトは、地域社会の人々の暮らしを向上させることを通して、保護区の自然保護を実現させようとする、いわば保護区と地域住民の架け橋なのである。
滝田さんはこの巡回家畜診療プロジェクトの誘いを二つ返事で引き受け、現在、獣医として活動している。「学んできた動物学と獣医学の両方を活用できる自分にふさわしい活動かもしれない」と感じている。だが、プロジェクトはスポンサー探しや資金集めなどに苦労していて、プロジェクトを軌道に乗せようとするのに精一杯であるという。
最近、滝田さんはナイロビ郊外からマサイマラに引っ越した。愛犬、愛猫と共のケニア生活も、早8年。今日も滝田さんは、マサイの村に出かけて家畜の診療や治療を行う。時には、十分な器具もない中で、野外手術も辞さない。
どんな仕事もいとわない滝田さんに、マサイの人が贈った名前は「ノーンギシュ」(牛の好きな女)。マサイの人の親しみと愛情が表わされているような気がする。
「このプロジェクトが軌道に乗り、将来的にマサイの人たちの中で獣医、もしくは家畜アドバイザーを育て上げ、彼らが自分たちのコミュニティーの中で家畜の病気と闘っていけるようにするのが、私の今の将来の夢なんです」
滝田さんの夢が1日も早く実現することを、同じ地球市民として祈りたい。
(メールインタビュー/編集部)
(写真提供:滝田明日香)
たきた・あすか
1975年生まれ。幼少からシンガポールなど海外で暮らす。NY州のスキッドモア・カレッジで動物学専攻、アフリカに魅せられケニアとボツワナに留学。大学卒業後、ボツワナ、レソト、南ア、ジンバブエ、ザンビアなどを就職活動で放浪。ザンビアではルワンファ国立公園に職を見つけるがビザ問題で断念。2000年ナイロビ大学獣医学部に編入、05年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区のすぐそばに住み、獣医として、マサイマラ巡回家畜診療プロジェクトなどの活動を行う。著書に、『晴れときどきサバンナ』二見書房&幻冬舎文庫、『サバンナの宝箱』幻冬舎、がある。
〈寄付郵便振替口座〉
口座名義 マサイマラ巡回家畜診療プロジェクト
口座番号 00100・0・667889