日本の社会的企業根づくまでには時間。問われる市民の成熟度



欧米では大きな社会的インパクトを持つ社会的企業だが、はたして日本にも根づくのだろうか? 谷本寛治さん(一橋大学大学院商学研究科教授)が語る、日本の現状。






谷本氏 4






日本のはじまりは、地域の”変わり者“



社会的企業というスタイルは、欧米から輸入されたものと思われがちですが、実はそれぞれの国でそれぞれのかたちで生まれてきた経緯があります。

イギリスでは、ブレア政権以降の「第三の道」政策で、税制や支援策、啓蒙などのバックアップがありました。コミュニティビジネスの延長で、チャリティとカンパニーの間に「コミュニティ・インタレスト・カンパニー」という中間組織をつくったり、さまざまな組織形態がみられます。

また、もともとNPOが大きな影響力を持っていたアメリカでは、レーガンの新自由主義下でNPOの自立が課題となり、そこからビジネス発想のNPOが生まれるようになりました。




日本にも、昔から社会的企業のような発想を持つ人はいました。例えば、地域の障害者の人たちを雇い入れるような地元の中小企業がその良い例で、ユニークな社長さんはたいてい地域の”変わり者“として見られていた。特に「お上意識」が強い日本では福祉や慈善的な活動は国がやるものという認識で、社会には広がっていかなかったんです。

しかし、80年代頃から豊かさの意味が問われ始め、グローバリゼーションの自由競争下で経済的格差が広がると、見方が変わってきました。それまでの税金による福祉政策が頭打ちして、支援されてきた人たちの中にも「働いて社会に出たい」という多様な価値観を持つ人が出始め、ようやく2000年に入る頃から社会的企業の考え方が知られるようになってきました。




それまでは福祉領域でビジネスをして利益を出すことには批判的な声があった。日本の社会的企業は欧米から輸入されたというより、地域の”変わり者“が、目の前の差し迫った問題をなんとか解決したいと試行錯誤してきたことから発展してきたといえます。





社会インパクトの評価基準ない社会と金融市場



最近はメディアでも社会的企業が頻繁に取り上げられ、ちょっとしたブームです。しかし、その実態となると、まだ日本の社会に根づいているとはいえません。

社会的企業は社会的ミッションをクリアしながら、その商品が売れてビジネスとして成立しなければならない「ダブルボトムライン」が求められます。多くの社会的企業が顧客に支持される高いクオリティを確保していくことに苦しんでいます。

また、社会的企業は資金調達も容易ではありません。今の日本の金融市場には社会的企業が生み出す社会的インパクトの価値を測る物差しがない。その数値化しにくい社会的成果を評価する融資制度やファンドの構築は、これからの課題です。




そして、何より私たちの社会が、そうした社会的企業の活動を受け止めるだけの成熟度を持ち合わせているでしょうか。社会的企業の仕組みを知れば、多くの人はおもしろいと思う。しかし、継続的にかかわり続けるかというと、まだまだそこまでの意識やシステムにはなっていない。

また『もっと政府はしっかりしてくれよ』と、従来の「お上意識」を持つ人も少なくない。今ブームとなっているCSR(企業の社会的責任)が根づいていくためにも、市民や消費者の意識と声の存在が必要です。




NPO法以来10年経ちますが、まだ第三のセクターに成りえず、ようやく市民権を得た段階に過ぎない。10年後の社会的企業はどうなっているかというと、企業数が右肩上がりに増えているという可能性は少ないのではないか。

社会的企業家が引いた社会変革への引き金を、どのように社会全体へ広げていくのか。問われているのは、市民一人ひとりの意識なんです。

(稗田和博)
Photo:大川砂由里





たにもと・かんじ
一橋大学大学院商学研究科教授(肩書きは掲載時)。現在は早稲田大学商学学術院商学部教授。1955年大阪生まれ。79年大阪市立大学商学部卒、84年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。89年、経営学博士(神戸大学)。NPO法人ソーシャル・イノベーション・ジャパン(SIJ)代表理事。著書に『ソーシャル・アントレプレナーシップ—想いが社会を変える』(共編著、NTT出版)、『CSR—企業と社会を変える』(NTT出版)ほか。











(2007年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第78号より)





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