(2009年10月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第128号




ハウジングプア—簡単にホームレス状態に陥ってしまう若者たち。




NPO法人自立生活サポートセンター・もやい(以下「もやい」)では連日、住居を失った若者たちの相談が絶えないという。代表理事、稲葉剛さんに、なぜ若者が住居を失うのか、それを防ぐために今、何が必要なのか、を聞いた。






Inabasan






月200件を超える行くところがないという相談



「派遣切りに遭って仕事を失い、寮も追い出されて行くところがない」

もやい」には、そんな切羽詰まった相談が連日寄せられている。相談件数は、派遣切りが相次いだ昨年秋以降に急増。現在も月200件を超えるという。

「今年初めは、派遣切りされ、住まいに困窮した人が中心でしたが、最近は企業をリストラされた正社員や自営業者など、あらゆる職種、立場の人に広がっています。失業保険や貯金で何とか食いつないできたけれど、それもなくなり、いよいよ家賃が払えなくなったという人も出始めている。20代、30代の若者が目立つのも特徴です」と稲葉剛さんは言う。




「もやい」で若年層からの相談が増え始めたのは、「ネットカフェ難民」という言葉が使われ始めた2003~4年頃のこと。

「『ネットカフェ難民』という言葉は、これまで目に見えなかった貧困層を可視化したという点で、非常に意味がありました。一方で、彼らを路上にいるホームレスとは別の存在としてカテゴライズしたことで、貧困の全体像が見えにくくなってしまったようにも感じています」




「ネットカフェ難民」と一括りにしてもさまざまなケースがある。

たとえば、お金がある時はネットカフェなどに泊まり、なくなれば深夜営業のファストフード店で夜を明かす。短期の仕事が見つかれば住み込みで働き、友だちの家に居候することもある。そしてすべてのお金が尽きると路上で過ごすなど、状況によって場は変わるが、住まいの不安定性は変わらない。




稲葉さんはこうした「貧困ゆえに居住権を侵害されやすい状態」を、ハウジングプアという概念で説明する。ハウジングプアには、3つの段階がある。

「1つ目は、派遣の寮など、当面は家があるが、派遣切りなどでいつ家を失うかわからない状態。2つ目は、ネットカフェ、ファストフード店など屋根はあるが家がない状態、3つ目は、路上、公園での野宿など屋根がない状態です。それぞれ状態は異なりますが、1つ目から2つ目へ、2つ目から3つ目へと、いつ転落するかわからないという意味でそれぞれがつながっています。可視化されにくいけれど、ハウジングプアという概念を用いることで、簡単にホームレス状態に陥ってしまう人が大勢いるのだということを知ってもらえればと思っています」




19 zu






特に若年層には、1つ目の状態にある人が多いという。これには彼らの置かれた労働環境が深く関係している。

「派遣法の規制緩和によって、製造派遣等で働く若者が急増しました。彼らの多くは派遣会社のアパートなどに住んでいるため、失業と同時に住まいを失い、最悪の場合、路上に出るしかないという状況に追い込まれてしまうのです」




早急に求められている、住宅のセーフティネット



派遣切りに遭わないまでも、若年層の多くが非正社員で給料が非常に安く、雇用も不安定なため、家賃が滞ってしまうというケースも少なくない。

「彼らは非正社員のため、住宅手当や社会保険等の『企業福祉』を受けることもできません。そんなに大変なら、親元に帰ればいいという声があるでしょう。かつて日本社会は『家族福祉』に強く依存してきました。しかし、核家族化した現在、『家族福祉』は限界に達していますし、親自身が貧困であったり、親から虐待を受けたりしている人もいます。『企業福祉』からも『家族福祉』からも見放されてしまっている多くの若者がいるのです

こうした状況を打開するには、公的な住宅政策が必要になる。

「そもそも日本には住宅政策と呼べるものが存在したのか?というところから問い直す必要があると思います。日本の住宅政策はローン優遇など、持ち家政策が中心。低所得者向けの公営住宅は全住宅の7パーセントしかなく、宝くじ並みの倍率を突破しなければ、入居できない。東京都は石原都政になってから公共住宅を1つも増やしていないんですよ」

終身雇用や右肩上がりの成長が当然だった時代は、社宅や賃貸住宅にはじまり、給料の上昇とともに、ローンを組んで持ち家を購入するという居住の階段を昇っていくパターンが一般的だった。しかし、今やこうしたモデルに乗れる人はごく少数に限られる。マイホームをゴールとする持ち家政策を転換する時期がきている。

「低所得者向けの公営住宅の充実はもちろんですが、若者のための『移行期支援』政策も非常に重要です。現在、非正社員として働く若者の多くは、重い家賃の負担に苦しんでいます。実家を出て一人立ちする若者のために、低廉な家賃の公的住宅あるいは、住宅手当を支給する『移行期支援』を行うことが必要だと思うのです




今年の3月に稲葉さんらは、「住まいの貧困に取り組むネットワーク」という団体を立ち上げた。公営住宅等の低家賃住宅の拡充に加え、家賃保証会社に対する法的規制などを求めている。

家賃保証会社は、借家人が家賃を滞納した場合、家主に対して家賃の立て替え払いを行うが、その際、高金利をかけられたり、高額な違約金支払いを求められるなどの問題が起こっているという。夜中に家賃を取り立てたり、荷物を撤去して鍵をつけかえたりする業者もあるが、そうした業者に対する法的規則がない現状を問題にしている。




稲葉さんは、日本人と住宅のあり方について考え直す時期ではないかと指摘する。

「給料の半分が消えてしまうほどの高額な家賃、一生かかって背負うことになる住宅ローンなど、家のために働いているといっても過言ではない人がほとんどではないでしょうか?

公的な住宅政策が貧弱なために、人生のかなりの部分を家に縛られてしまっている。若い人の住宅問題やハウジングプアの問題は、そのこと自体を考え直すいいきっかけになるかもしれません。贅沢な住まいでなくていい。たとえ失業して無職の時があっても、住居まで失うことがないように。そのための住宅のセーフティネットの整備が早急に求められているのです」




(飯島裕子)

Photo:高松英昭




いなば・つよし

1969年、広島県生まれ。東京大学大学院(地域文化研究専攻)中退。1990年代から路上生活者の支援活動を始める。2001年「自立生活サポートセンター・もやい」設立。現在、代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。10月20日『ハウジングプア』(山吹書店)発売。