(2012年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第202号





壊れつつある社会を直すのは住宅政策。




『ビッグイシュー日本版』128号で、特集「日本、若者に住宅がない」(2009.10.1)を組んだ。それから、3.11をはさんで3年。この特集に登場いただいた、住宅問題の研究者、平山洋介さん(神戸大学大学院教授)と、路上生活者の支援活動に取り組んできた稲葉剛さん(NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」理事長)に、対談をお願いした。

日本の住宅政策の弱さが貧困とホームレスを生む一方、家賃補助や公的住宅建設などの住宅政策の強化と転換が被災地の復興と日本の未来をつくる鍵になるのではないか? 豊かな実践と研究をベースにした、静かな魂こもる対談のハイライト部分を掲載する。





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10畳に10人のゲストハウス、コンビニハウス、押入れハウスも




平山 まず、稲葉さんに2009年以降の路上の変化についてお聞きしたいと思います。

稲葉 09年リーマンショックで派遣切りが起こり、大量の非正規労働者が路上にあふれました。新宿の炊き出しでは、派遣村の半年後、09年6月頃が一番多くて、600人。もやいに相談に来る人もその時が一番多く、月に200人ぐらいでした。その後、生活保護の適用などで状況は落ちついてきて、炊き出しに集まる人は400人前後。もやいに相談に来る方は月に80~90人ぐらいですね。

けれど、最近は増えつつあります。今年の8月ぐらいから20代、30代の相談が増えています。一つの要因は半導体のルネサスショックなど、製造業の不振。大きな企業の末端でまた派遣切りが起こっているという話もあります。労働者派遣法が10月から改定されるので、その前の駆け込みで切られているということも聞きます。

また最近、東北で復興関係の仕事をしていた30代ぐらいの若者に何人か会いました。一時期、東北に首都圏や大阪から日雇い労働者が集められて、仮設住宅の建設や瓦礫の撤去、一部は福島原発関係の仕事などに就いていました。仙台を中心とする復興バブルも徐々にしぼんで仕事が少なくなり、東京に戻ってくる人が徐々に出てきている。

実は、今、心配なのが日中関係です。2年前に中国漁船の衝突事件で、一部の企業の中国関係のビジネスがうまくいかず失業したとか、日本企業の中国法人の仕事がなくなって帰国し、路上に出たという人がいました。今回の問題の影響は前回の比ではないですから、日中の経済関係が冷えこむことで野宿者が増えかねないと心配しているところです。




平山 一方、ホームレスの数は減っていると言われていますね。

稲葉 生活保護の適用が進んだことによって、厚労省の統計でも、全国で1万人弱と減ってきています。ただ、これは昼間に目視でカウントした数なので、夜だけ路上で寝ている野宿者は正確にわからないし、路上一歩手前にいる人たちについては、どのぐらいいるかはまったくわからない。

以前は「ネットカフェ難民」に注目が集まりました。東京では10年にネットカフェ規制条例ができて、入店するのに住民基本台帳カードや免許証などの身分証明を求められることになりました。そこで、ネットカフェからいろんな場所に拡散していく。

最近増えていると聞くのが、ドミトリータイプのゲストハウスやシェアハウス。昔ながらの蚕棚みたいなもので、10畳の部屋に2段ベッドを5つ入れて、一人あたり月3万円とか3万5千円とか取る。

コンビニハウスとか押入れハウスといって、押入れ分1畳を貸し出して月2~3万というところも出てきています。あと、形式上、住居じゃないレンタルオフィスに事実上住んでいる人や、レンタル倉庫の中に入って寝たりする人、サウナやカプセルホテル、個室ビデオ店と、いろんな場所に拡散して暮らしている。

これだけ拡散するとメディアの方が取材したくても探しようがない。だからなかなか報道されないので、社会的にも問題化しづらい状況になっています。

路上一歩手前の若い人たちは、まだアルバイトや派遣の仕事をしていることが多く、少ないながらも収入があるので、ひどい条件ではあるんですが泊まれる所はあります。でも、その人たちの居住環境の問題が非常に見えにくくなっているのが、今の状況だと思います。

平山 そうした実態がほとんど知られていないことが問題ですね。厚労省の調査ではホームレスの数が減っているので、住宅の政策担当者にはホームレス問題はほぼ終わったという意識があるように思います。




結婚帝国・日本。単身・非正規雇用による貧困・住宅困窮の大量化



平山 日本の住宅政策の特徴は、公的住宅保障が極端に弱いことです。日本では、安定した雇用が住宅確保を可能にしていました。住まいを保障したのは、政府よりむしろ企業でした。給料が安定していたことに加え、正規職員では、福利厚生制度の社宅や家賃補助があり、非正規雇用の場合でも、製造業などでは寮がありました。

だから、経済危機で雇用がぐらつくと、非正規雇用の人たちは寮と雇用をまとめて失うなど、住宅問題が噴出します。住宅の状況が雇用情勢に振り回されるという点に日本の特徴があります。

経済危機下の住宅対策も雇用第一主義。リーマンショックの後、一連の施策が出ましたが、「職が見つかるまでの間、家賃を補助します」というかたちで、仕事さえ見つかればすべての問題は片づくという筋書きです。

しかし、「住宅は住宅として、社会的に保障すべき」です。雇用情勢がどうあれ、住まいを安定させる必要があります。住宅保障を拡充しないと、近い将来、住宅困窮が大問題になると思います。

まず第1に、99年の法改正(労働者派遣法1999年改正で、労働者供給事業の例外として認めていた労働者派遣事業の対象業務を原則的に自由化)で急増した「非正規雇用の第一世代」がもうすぐ40歳代に入り、あと15年ぐらいすると50歳代になります。このグループは、加齢によって、さらに不安定になります。

第2に、生涯未婚率が上がり、2030年には男性で3割、女性で2割に達すると予測されています。上野千鶴子さんらが言ったように、日本は「結婚帝国」。結婚が生活保障の要です。税・社会保障・企業福祉などの制度は、夫婦を含む家族に有利になっていて、結婚しない人はあらゆる面で不利です。非正規雇用の無配偶者がさらに増え、貧困と住宅困窮の大量化という事態が起こるのではないか。

第3に、高齢者が増える。特に借家の高齢者は不安定で、貧困率が高い。高齢者の9割は持ち家に住んでいて、借家は1割。しかし、人口高齢化で借家高齢者の絶対数は間違いなく急増します。

公的な住宅保障が弱いのに、社会がどうにか壊れずにすんでいます。その理由の一つは、親世代の持ち家の存在です。不安定就労の若者が親の家に住むというケースが増えました。しかし、彼らが低所得のままで高年化すると、老朽する家を修繕できないといった状態になっていく。親の家に依存するという方式をずっと続けられるとは思えません。




後編に続く