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月2万円の家賃を!生活保護費増大を食い止める家賃補助
平山 もう一点、付言したいのは、ヨーロッパでは社会住宅が「成熟」し、その建設に要した資金の償還が終わり始めているということです。住宅政策が他の社会保障や雇用対策と違うのは、それが「投資」だということです。償還が終わったら、家賃は低くても大丈夫、ということになります。だから、社会住宅の家賃を下げると、市場競争によって、「成熟」した民間賃貸の家賃も下がります。
ところが日本の住宅は寿命が短い。建てては壊し、ということばかりやってきた。「成熟」する前に住宅をつぶしてしまう。いつまでたっても借金付きの住宅ばかりなので、家賃を下げられない。寿命の短さは、「建築と環境を大切に」という点から悪いだけではなく、住宅問題の観点から非合理的なのです。いま、住宅政策にきちんと「投資」すれば、将来を乗り切れる、その最後のチャンスです。
住宅政策を所管する国交省は貧しい人たちのことに興味をもっていません。厚労省は貧困者の住宅問題に対処しようとしていますが、「住宅は建築物で物的存在だ」ということがわかっていません。貧困ビジネスは悪い。しかし、劣悪住宅に住宅扶助を供給し、貧困ビジネスを可能にする制度設計に問題があります。
稲葉 そうですよね。東京では生活保護受給者目当てで家賃相場が上がり、質の悪い住宅であっても、共益費・管理費を含めると6万円くらいになっている。そのため、基礎年金だけの高齢者やワーキングプアの人も借りられなくなっています。
それに生活保護や住宅手当の受給者が、そこから抜け出しても高い家賃を払うことになるので、またすぐに困窮してしまう。私は「月2万円の家賃を」とずっと言ってきましたけど、ビッグイシューを販売している人でも、がんばっている人で月10万売り上げたとしても、東京だと生活できないですよね。月5万や6万の家賃は無理でも、何らかの家賃補助の制度や社会的住宅があって、月2万円で借りられれば生活保護を受けなくても何とかやっていけます。
東京は本当に貧乏人が暮らせない街になっている。低年金の高齢者も、ワーキングプアの若者も、住宅自体を借りられない状況になりつつあります。
平山 雇用対策や社会保障はもちろん重要ですけど、住宅保障はもっと重要です。たとえば、国民年金の高齢者の場合、持ち家でないと生活できないはずで、借家人が生活保護制度に流れ込む可能性があります。こうしたグループには、家賃補助を供給すれば、生活保護受給には至らないという人が多いと思います。
空き家などを含め住宅のストックはある。ストックと家賃補助を組み合わせ、民営借家市場に競争メカニズムを働かせ、住宅水準を上げながら、住居費負担を軽減し、国民年金だけでも暮らせるという仕組みをつくれるはずです。
稲葉 ビッグイシューで、月3万円の仕事を複数もつという連載がありますね。あれは地方での働き方の提案ですが、都市でも、家賃の補助があれば月3万円ビジネスを3つ、4つやれば暮らしていける。そうすると、働き方の選択肢も広がりますよね。
持ち家8割の被災地で増える公営住宅入居希望。低家賃なら生きられる
平山 被災地の状況に目を転じますと、阪神・淡路大震災の場合と大きく違う東北の特徴は、「土地が壊れた」ということです。神戸は、たくさんの方が亡くなって本当にひどい目に遭いましたけど、瓦礫を撤去したら地面があって、そこに住宅を再建できた。
東北の地面は、水に浸かって物理的に潰れただけでなく、復興計画の建築規制を受ける場合が多い。制度的に戻れる場合でも、安全なのかどうか、地域の様子がどうなるのか、よくわからない。東北を取り巻いているのは、土地破壊による先行きの不透明感です。
去年と今年、釜石の仮設住宅で大規模なアンケート調査をしました。この1年で大きな変化がありました。去年は、家を建てて戻りたい人が8割でした。その数値が今年は4割に減りました。自由記入欄をみますと、去年は「大変だ」と「がんばろう」が半々でした。今年は「もうたまらん」という記述が大半。神戸の震災の時は、仮設被災者の8割が借家人でした。東北では8割が持ち家に住んでいた。だから、東北の被災者は持ち家指向が強い。しかし、持ち家再建の難しさが明らかになって、公営住宅希望が急増しています。
稲葉 住宅再建が進まないで、時間だけが進むと、若年層が希望を見いだせなくて外へ出て行くことになりかねないですね。
平山 若者は「今苦しくても5年後は大丈夫」という見通しがあればやっていける。しかし、被災地の先行きは不透明で、若者の流出が目立ちます。
被災地人口はすでに減っていて、さらに減少する可能性がある。ここで大切なのは、人口定着策を展開すると同時に、人口が減っても幸せに暮らせる地域をつくるという発想をもつことです。釜石では、長い歴史のなかで、人口が増えたのは製鉄で栄えた一瞬でした。東北はもともと人口が少なく、自然が豊かな地域。あの自然が受け止められるぐらいの人口に戻って、おだやかに暮らす地域をつくる。人口が増えて産業が発展するという20世紀的な地域像から解放される必要があります。
現在の被災地では、仮設住宅から公営住宅へ、という移行をどのようにデザインするのかが重要課題です。仮設の存立は、制度上は2年ですが、5年くらいに長期化する可能性があります。神戸の場合に比べれば、東北の仮設は、集落でまとまって入居するとか、木造建築とか、サポートセンターをつくるとか、進歩したと思います。いっそうの工夫が望まれます。
公営住宅については、阪神・淡路で問題になったのは、たとえば、早くに建った公営住宅に入居した後で、自分がもともと住んでいた近くに公営住宅が完成し、そこに移りたいと思っても、すでに公営住宅に入っているので応募資格がない、といったことです。この制度を変えて、まずはどこでもいいのでちゃんとしたところに住んでもらい、そこからの移動も認める、というルールにしてほしい。また、公営住宅の建設では、いろいろな工夫ができると思います。
稲葉 一戸建てでもいいわけですよね。
平山 いいです。木造の公営住宅を建てて、払い下げてもいい。集落ごとの多様な工夫が可能と思います。将来の東北では、公営住宅の入居希望が減るかもしれません。それを高齢者施設に転用するといった工夫もありえます。
稲葉 仮設は2年間という建前があるので、その間の住宅の質は考えなくていいという発想がいまだにありますね。
平山 今、安普請の仮設と、一戸当たり2千万ぐらいかかる立派な公営住宅と2種類しかない。その間にもっといろいろな種類の低家賃の住宅を作ればいいと思います。家賃さえ低ければ、とりあえず生きていける。木造の仮設は、手を入れてもっと長く住めるようにしたらいい。
釜石には、コミュニティケア型の良質の仮設団地があります。そこでは、動きたくない、公営住宅に行くとばらばらになるから寂しいのでは、とおっしゃる入居者がけっこう多い。だったら仮設団地に手を入れて、そこを街にすればいいのではないかと思ったりします。
稲葉 仮設住宅には格差がありますね。福島や岩手の住田町では木造の仮設を供給して、喜ばれていると聞きました。地元の大工さんが地元の木材を使って作るので、地域経済への波及効果もある。
平山 そうですね。仮設住宅のあり方は生活再建の正否を左右しますので、その工夫は重要です。大災害時では2年では終わらないという前提で、制度設計を再考すべきです。
若者の自立阻む住宅問題。未来へ、投資としての住宅政策を!
平山 繰り返しますが、「住宅政策は割に合う投資」なのです。これだけ住宅をないがしろにする国は珍しい。暮らしの問題が15年ほど前に政治化しました。日本の政治史では画期的でした。でも、みなさんの関心は、雇用と所得、次に年金、介護、教育、そこで終わりです。個人・世帯と社会全体にとって住まいがいかに重要かがまったく認識されていない。
政府だけじゃなく、市民も研究者も雇用と所得の議論ばかりしている。持ち家政策の結果として、住宅は個人の買い物の問題だということになってしまった。ホームレス問題にしても、雇用問題だという問題の立て方が多い。運動家の中で住宅問題を指摘する人は少ない。稲葉さんぐらいじゃないですか。
稲葉 やっぱり労働問題として考えるか、福祉の問題になってしまう。昔から不思議だったのは、特に派遣切りの時に、住まいを失った人たちが何らかの公的な支援を得たいと思ったときに、行く先が福祉やハローワークの窓口しかないことです。住宅課が住宅を直接提供してくれれば、みんなそこに行くんですが、そもそもそういう制度がないし、ないのが当たり前だとみんなも思っていますよね。
平山 住宅施策の救済を期待できない若いホームレスは、実家に帰るということもできないのでしょうか。
稲葉 帰れない人が多いですね。多いのが児童養護施設の出身の方で、18歳まではある程度、児童福祉の枠に守られてはいます。そこから先は住宅の支援がないので、施設を出る時は住みこみの就職をする場合が多いんです。社宅などで暮らすんだけど、そこで仕事を失うと、戻る場所がなくなってしまう。家族には頼れない。家族がもともといなかったり、家族から虐待を受けていたり、家族も生活保護を受けていたりするからです。最近は特に貧困の連鎖の問題が深刻化していますね。
それと親にある程度経済的余裕がある場合でも、失業して実家に戻ったり、実家でひきこもる人たちもどんどん高齢化している。本来ならば、その人たちも家を出たほうが自立の可能性が高まる。親との関係もいったん距離を置けるし、お互いの精神的な独立をはかるという意味でもいいんですね。でも家賃が高いので出るに出られない。そういう意味で住宅問題が若い人の自立を阻んでいる部分も大きいですね。
平山 家賃補助があれば、家を出る若者が増えると思います。社会を維持するには、若い人たちが、先行する世代に続いて、自分の人生の道筋をつくっていく、というサイクルの形成が必要です。日本の今の停滞感は、景気低迷だけではなく、社会的なサイクルが止まりそうになっている点に原因があって、そこに住宅政策のあり方が深く関係しています。住宅問題は、それ自体として問題であるだけではなく、社会持続の可能性をむしばむのです。
(編集部/敬称略)
Photos:横関一浩
ひらやま・ようすけ
1958年生まれ。神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授。専門は住宅政策。著書に『都市の条件――住まい、人生、社会持続』(NTT出版)、『住宅政策のどこが問題か――〈持家社会〉の次を展望する』(光文社)、『若者たちに「住まい」を!』(共著/日本住宅会議編/岩波ブックレットNO.744)ほか多数。
いなば・つよし
1969年広島県生まれ。東京大学大学院(地域文化研究専攻)中退。1990年代から路上生活者の支援活動を始める。2001年「自立生活サポートセンター・もやい」設立。現在、理事長。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。著書に、『ハウジングプア』(山吹書店)、『貧困待ったなし!――とっちらかりの10年間』(自立生活サポートセンター・もやい編/岩波書店)など。