人種や国境を越え、語り継がれていく 「フード・ストーリー」



ロンドンの下町ブリクストン(Brixton)在住のアーティスト、ソフィー・ヘルクスハイマー(Sophie Herxheimer)さん。彼女の底抜けに明るく、フレンドリーでダイナミックなキャラクターは、まさにロンドンっ子たちのお母さん的存在。
ロンドンをはじめイギリス各都市で暮らす一般の人々から、食べ物にまつわる話「フード・ストーリー」を紡ぎだす彼女にインタビューした。






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「フード・ストーリー」を始めたきっかけ




タケトモコ:「フード・ストーリー」のプロジェクトを始めたきっかけを教えてください。

ソフィー:世界中のどんな場所に生きる人でも、毎日何かを食べていますよね。みなさんもそうだと思いますが、私も食べることが大好きで、 子どもの頃からキッチンに入り浸り、本を読んだり、詩を書いたり、絵を描いたりしていました。

現在、私にはふたりの子どもがいるんですが、下の息子が自閉症で、息子から話を聞くことの大切さを学んだんです。

人々から食べ物にまつわる話「フード・ストーリー」を聞いて、そこから大切なエッセンスを引き出し、相手の本質を理解することが、次第にトレーニングされていきました。日常生活の中で、人の話を聞いたり、詩を書くこと、ドローイングといったクリエイションの作業と食が、ごく自然に結びついていったのです。その人らしいユニークな食にまつわる話を引き出し、短い文章とドローイングに表現して、共有する面白さを発見し、ストリートに集ってきた人々に、じっくり話を聞くことから始めました。

話をひととおり聞き終わってから、印象的なシーンを短いストーリーとしてまとめ、ストーリーからインスピレーションを得て、話してくれた人の目の前でドローイングを描いていきます。





ロンドン・テムズ川の橋にかかった全長300mのテーブルクロス




ソフィー:ロンドンのテムズフェスティバル2010で行なわれた"橋の饗宴"では、ロンドンのテムズ川に架かる橋の上で、300mのダイニング・テーブルが準備され、朝から晩まで食事が振る舞われるという企画でした。ロンドン市民の声を作品として生かしたかったので、私はテムズ川近くのストリートにブースを構え、ロンドンっ子たちから「フード・ストーリー」を集めていきました。こうしてまとめた一つひとつのストーリーとドローイングを、毎日テーブルクロスにシルクスクリーンで手刷りしていき、長いテーブルクロスを作成しました。





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ソフィー:日本のみなさんもご存知だと思いますが、ロンドンはあらゆる人種や文化が解け合い、共存している土地です。地元の人々と新旧の移民が混ざりあうロンドンっ子の話はとても個性的で、一度たりとも同じ話を聞いたことはありません。

例えば、南ロンドン出身のある人は、こんな思い出話を語ってくれました。英国東部のサフォーク州にいた時からお父さんがニワトリを飼っていて、子どもの頃、いつも納屋から卵を持ってきてくれていたそうです。ニワトリや七面鳥の羽のむしり方や解体の仕方、ウサギの皮を剥ぐ方法まで教わったとのことでした。

またコンゴ出身の人は、ロンドンに移民としてやってきた学生時代に、シェアハウスで作ったスパゲティ・ボロネーゼの話をしてくれました。

「フード・ストーリー」の魅力は、ロンドンっ子がニワトリを飼っていたり、コンゴ出身の人がスパゲティ・ボロネーゼをつくるといった、ステレオタイプでないユニークな話が飛び出すことです。「食べ物」や「食べること」という普遍的な話から個人的な思い出を引き出し、人々と共有しながら、社会に還元していけるのです。

人種・肌の色や文化を超えて、個人の食にまつわる話にフォーカスをあてる、有機的なプロジェクトですので、それぞれの「フード・ストーリー」にドラマを感じます。音楽に例えると、1つのストーリーはメロディですが、たくさんのストーリーが集まると、オーケストラのような美しいハーモニーが生まれてくる―――私はいわば、オーケストラの指揮者のような役割ですね。






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タケトモコ:「フード・ストーリー」のプロジェクトの中で、一番面白いと思ったことは何ですか?


ソフィー:人々から話を聞いていると、突然ヴィジョンが浮かんできて、言葉が飛び出してくることがあるんです。

例えば、ノルウェー・オスロ出身の女性から話を聞いている時、突然に小さなサルと彼女がいる場面が浮かんできたので、「ああ、あなたの飼っている小さなサルと一緒に行ったんですね。」と言ったら、その人が「なぜ私が小さなサルを飼っていることを知っているんですか?今あなたに話そうと思っていたところなのに!!!」と目を丸くして驚いていました。

「フード・ストーリー」を始めてから、何百人、何千人の話を聞いていると、時々、目の前にいる人が、次に何を話そうと思っているのかが、ヴィジョンとして見えてくることがあるんですよ。そういう体験も含めて、「フード・ストーリー」は面白いんですよね。






ゴーストタウンに暮らす難民たちの「フード・ストーリー」




ソフィー: イギリス東南の海沿いの地方都市マーゲート(Margate)でも、「フード・ストーリー」のプロジェクトを行ないました。この土地は1950年〜60年代には、ドリーム・ランドと呼ばれ、労働者階級の観光客がひしめき合っていた土地です。

しかし今では、観光客は激安フライトでスペインやポルトガルなどの国外のビーチに訪れるため、ゴーストタウンと化してしまった土地です。

ここで私は、難民としてこの土地に来て、暮らしている人たちから話を聞いて、たくさんの「フード・ストーリー」を集めました。多くの難民たちの話は、非常に個人的で琴線に触れるものでした。そのストーリーとドローイングをまとめて、”PIE DAYS & HOLIDAY”という本にしました。




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海岸で偶然拾った、銀のナイフの話




タケトモコ:マーゲートでのプロジェクト、”PIE DAYS & HOLIDAY”で印象に残っている話を聞かせてください。


ソフィー:ある男性の話なんですが、彼がまだ子どもの頃、彼のお父さんが農場従事者で、農場の土を肥やすために、海から海草を採ってきて、乾燥させた海藻を粉々にして農場に蒔き、土にミネラルを補給していたそうです。

この話をしてくれた男性が6歳の頃、彼のお父さんがいつものように海岸に海藻をとりにいくと、海岸に豪華な装飾が施された純銀のナイフが落ちていました。

お父さんは海からの宝物だと思い、 大切に家に持ち帰り、 銀のナイフをポケットから取り出し、嬉しそうに拾ったときのエピソードを彼とお母さんに話しました。しかし、お母さんはその薄汚れた銀のナイフを見て、頭ごなしに怒鳴りつけ、誰のものかわからないナイフを食卓に並べることに批判的でした。

しかしお父さんは、その銀のナイフを毎日美しく磨き上げて、食事をするのを楽しみにしていました。




貧しい環境と家庭環境で育った子どもの彼は、お父さんの夢のような宝物の話が、現実のおとぎ話のようで、羨ましくもあり、誇りに思っていたそうです。

食事のたびに、両親は、その銀のナイフのことで喧嘩をしていましたが、結局そのナイフは捨てられることはなかった。彼はその頃からすると随分年を重ねて、現在60歳だそうですが、その当時にはわからなかった、両親の心理が理解出来るようになったと話してくれました。

その話を聞いてから、ストーリーをまとめあげ、銀のナイフのドローイングを描いたのですが、そのナイフがお父さんの持っていたものとそっくりだと、その男性はいたく感動して、涙ぐんでいました。




ソフィー:難民の人たちは貧しい家庭に育ち、英語が話せても、読み書きが出来ない人が多いので、このプロジェクトは、文字の表現よりも、それ以外のコミュニケーションやドローイングが生かされました。

食べ物にまつわる「フード・ストーリー」から、その人の背負ってきた背景、その人の生きざま、価値観、 そしてそこから文化が見えてくるのです。「フード・ストーリー」は、なにもなさそうに見える日常から、大切な「なにか」を生み出します。人々の食べ物にまつわる話は、私というアーティストの媒体を通して、ストーリーとドローイングとして視覚化され、人種や国境を越えて、あらゆる人々に共有されながら、様々な土地で語り継がれていくのです。





タケトモコ
美術家。アムステルダム在住。現地のストリート・マガジン『Z!』誌とともに、”HOMELESSHOME PROJECT”(ホームレスホーム・プロジェクト)を企画するなど、あらゆるマイノリティ問題を軸に、衣食住をテーマにした創作活動を展開している。
ツイッター:@TTAKE_NL
ウェブサイト:http://tomokotake.net/index2.html