<前編「「蛇被害」は見過ごされた熱帯病—年40万件の手足切断」を読む>
被害の大部分が医療施設から隔絶された地方の農村部で発生することも、この問題が顧みられなかった大きな理由の一つだ。このため、治療されることなく、また事故の記録がなされないという結果をもたらしている。
さらにアフリカ地域などでは病院に解毒治療を行う設備が整っておらず、多くの被害者は、シャーマンや魔術、ハーブなどによる伝統的な治療にすべてを委ねるほかない。
冒頭のスワジランドでは特に顕著である。ブラック・マンバの毒に倒れ、病院で亡くなったにもかかわらず、治療を受けなかったテンゲティレの死は正式に報告されることはなかった。
(コブラに足をかまれた1歳半の少女、ザモクレ。右足を失う危険がある)
大量生産が可能な解毒薬の開発に期待
支援活動家のテア・リツカ・コーエンは、スワジランド東部の平野部、サトウキビ畑の広がるシムニエの地で、夫とともにNGO「スワジ蛇解毒財団」を運営している。
「自分で目の当たりにして初めて、被害の深刻さを知りました。蛇の咬傷被害は、貧しい人の病です。脆弱な住居に住み、床に布を敷いて眠る──。そういう人たちがかまれるのです。そして、彼らの声なき声には誰も気づかないのです。スワジランド政府の厳しい財政事情から、国内の病院や医院は常に薬がない状態です」
受傷後でも毒の作用を中和できるのは、血清しかないが、使用方法は比較的易しいものの、その製造工程には多くの時間と予算がかかる。血清は、家畜などの動物に微量の毒を接種し抗体を作ることで製造される。いったん動物の体の免疫の中に毒に対する抗体ができあがると、免疫たんぱく質のみが取り出され、抗毒薬へと精製される。
ところが、この血清は、抗体を精製した特定の蛇の毒にのみ有効で、たとえばインドのある種のコブラの解毒のために作られた抗体は、ナイジェリアの毒蛇の被害者にはまったく効かないのである。
この点が、蛇解毒薬の安定供給に大きな障害となるのだ、とワレル教授は指摘する。現段階では大量生産ができず、グローバルな販売展開もできないため、大手製薬会社にとっては採算的に魅力の薄い製品となってしまう。
「私たちは、より安全で効果が高く、また低コストの解毒薬を開発できるような革命を起こそうとしています」と、GSIのワレル教授は話す。プロテオミクス(たんぱく質研究)によって、毒の成分と毒を作り出す遺伝子の両面から研究を進め、あらゆる種類の蛇毒に対応し、大量生産が可能な解毒薬が将来開発できると期待している。
蛇は自然界最古の捕食者、調和して生きていくしかない
(蛇捕獲のワークショップ)
蛇毒の被害がいかに深刻であろうと、自然界最古のプレデター(捕食者)を除去することはできない。蛇は生態系の重要な一翼を担っており、ネズミなどを捕食することによってまた別の病気の蔓延を阻止し、人間に貢献もしている。問題は、人間が人口増加を続け、蛇の生息領域に侵入したことで、遭遇機会が増えてしまったことである。
ワレル教授は、シンプルな自己防衛方法がたくさんあると指摘する。たとえば、ハンモックや蚊帳の中で休むこと。蛇がどこに生息して、1日のうちいつ頃どこにいるか、1年のうち何ヵ月はどこにいるかなどの習性を知ること、などである。被害の4割近くを占める子どもたちにとって、教育と知識は特に重要だ。
スワジランドのテアも言う。
「蛇の知識を伝え、かまれた場合にどう行動すべきか、ワークショップや応急処置教室の開催などを通じて教えようとしています。人が蛇の生息域を侵害している以上、人と蛇が出会ってしまうのはごく当然のことで、蛇が脅威を感じた時に自己防衛のためにかむことも自然の習性です。私たちには、できる限り蛇と調和して生きていくことしかできません」
蛇は古来、不老長寿や健康の象徴でもあり、2匹の蛇が杖に巻きつく「蛇杖」は医学のシンボルにもなっている。蛇の研究が進み、すべての人が入手可能な安価な咬傷治療薬を作りだす奇跡がいつの日か起きるかもしれない。
(Laura Smith / INSP, ©www.street-papers.org)
Photos: Antivenom Swazi Foundation
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