<前編を読む>
●西洋からし菜
春になると、あちこちの土手や空き地を一面に黄色く染める西洋からし菜。花から、葉、茎、種になってからも楽しめる万能選手だ。大海さんは花が終わって背が伸び黄色く枯れた西洋からし菜についたさやから種を取り出し、自家製マスタードまで作る。葉はふつうにゆでて、栄養豊富なおひたしに。また、生の葉に熱湯をかけ、しばらく置くとわさび菜のようにピリピリとした辛味のあるおひたしになる。
【西洋からし菜の花の春サラダ】
〈材料〉西洋からし菜の花、レタス、キュウリ、ウド
1. レタス、キュウリの薄切り、酢水にさらした薄切りのウドを混ぜ合わせ、西洋からし菜の花を前面に散らす。
2. 食べるときに中華ドレッシングをかける。菜の花畑のようなかわいくおいしいサラダ。
晩春編—桑の実と葉、すべりひゆ、ニセアカシア
新緑のころになると、道草風景も変わる。
●桑の実と葉
「意外と気づいていない人が多いけれど、桑はあちこちにあります。養蚕業が盛んだったころの桑畑をそのままにしているところとか。実が熟す5月半ばから6月上旬ごろが採りごろ。夜の間に落ちることが多いので、桑の木を見つけておいて朝イチで拾いに行くのがおすすめです。桑の実は甘く、ケーキやタルトなどのお菓子の材料にピッタリ。砂糖を入れて煮詰めて桑の実のジャムにしてもいいですね」
実際に桑の実ジャムを頂いたが、桑の実の香りと天然の甘さが出ていて美味だった。さらに桑の葉はお茶としても人気が高い。
「桑の葉を干して乾かし、適量をお湯に入れるだけでいい。誰にでもできます。外で干せなければ換気扇の下で十分ですよ」
●すべりひゆ
これもどこにでもある道草。ヨーロッパでは食用として普通に食べられているという。
「繁殖力が強く、道端の雑草の中によく生えています。少しぬめりがあって肉厚で味がよく、和洋中どんな味つけでもいけます。道草は摘んだらすぐ食べないと堅くなってしまうものが多いんですが、これは固くなりにくいので便利。山形では『ひょう』と言い、昔から日常的に食べられていました。上杉藩の時代は干して非常食として保存しました。これは『干しひょう』と呼ばれ、今でも一部の地域に残っています。また、一般家庭ではゆでてからし醤油、かつおぶしで食べるのが人気です」
●ニセアカシア
蜂蜜を採るため持ち込まれ、日本全土に広がったニセアカシアの木。花はアカシアの蜂蜜と同じ味がする。在来種をつぶす害木とされ、いまではさかんに切られているので、安心して花を摘める。花を天ぷらにすると、香りの甘さがまるでスイーツのようだ。
雑踏の中の雑草、都会で生きる現代人のよう
道草料理をいくつか紹介していただいたが、一番感じたのは、素材の味が濃密で香り高いこと。味と香りで季節を感じることができるところも道草の魅力だろう。
今の時代、栽培法の発達や輸入のおかげで、季節にかかわらず、あらゆる野菜を手に入れることができる。一方、旬を待つ喜びや旬が去ってしまう寂しさを感じる機会も減ってしまった。
「人間には体内時計があるというけれど、時計の針に追われ、それを無視するとバランスが狂ってしまいます。それと同じように私たちには季節時計もあると思う。外に出て季節の空気に触れたり、旬の野菜を食べたりすることで季節時計をキープするんでしょうけど、現代人はそれが難しい。そんな時、家のまわりを散歩して道草を摘み、それを食べることはバランスを保つ意味でもとてもいいと思います」
道草は「季節時計」を調整し、人間本来のあるべき姿を思い出させてくれるものなのかもしれない。
「都会の雑踏の中で頑張ってる雑草って、都会でもまれながら必死に生きてる現代人みたいで、何だかとってもいとおしく感じるんです。通勤途中の車窓から、買い物途中の道端で—目を凝らしていれば道草はきっとある。出会いは突然訪れるものなんですよ」
(飯島裕子)
Photo:浅野カズヤ
写真提供:大海秀典
大海勝子(だいかい・かつこ)
1951年、さいたま市生まれ。料理研究家。著書に『道草料理入門—野山は自然の菜園だ』文化出版局、『積みたてハーブレシピ』、『四季を楽しむ週末スローライフ』、共著に『きのこの見分け方』(いずれも講談社)がある。