前編を読む




なお、この日の夜、ミュンヘン市庁舎でひらかれたレセプションパーティーには市長も出席し、参加者をあたたかな雰囲気で迎えてくれた。

市庁舎の前では、ある販売者が長年販売していて、歴代の市長はその販売者から『BISS』を買い、市民もまたそのことをごく普通のこととして受け止めているという。ミュンヘンという街の中で、ストリートペーパー『BISS』の存在が市民に根づいていることを印象づけられるエピソードだった。

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(『BISS』事務所見学ツアー。窓にはカラフルなペイントが施されていた。)

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(ヒルデガルド氏による誌面づくりの説明)




ストリートペーパーがこれからも価値ある存在であるためには:会議1日目



会議は3日間にわたって行われた。日ごとにテーマが設定され、講演とパネルディスカッションのあと、いくつかのグループにわかれてのワークショップやディスカッションが開かれる。

1日目のテーマは「ストリートペーパーが21世紀においても価値ある存在であるためには」。

まず、今年はじめにドイツの12都市で行われたというストリートペーパーに関する調査報告があった。ストリートペーパーを買う動機として、「内容がおもしろいし、販売者が直接収入を得られるから」「このアイディアはサポートされるべきだと思うから」「販売者を応援したいから」「販売者がいつもフレンドリー。彼に楽しみをあげたいから」などがあり、日本で読者から寄せられる声とかなり近いという印象をもった。




パネルディスカッションでは、「ストリートペーパーは常に時代に適応していかねばならない存在である」「新聞などの大手メディアとは異なる立場から、読者の理解をより深めるために物事の背景も含めて報道する存在である」「個々のストリートペーパーは小さな存在かもしれないが、このストリートペーパーの国際的ネットワークは非常に強いものである」といった発言がなされた。

経済不況の影響で失業・貧困に苦しむ人が増え、その中でも公的なセーフティーネットや家族などの私的なセーフティーネットにつながれない人がホームレス状態に至るという状況が、各国で起こっている。このことは、今回の会議で会ったヨーロッパ各国の参加者の話、また、昨年夏に韓国で生活困窮者向けの低額宿泊所を視察で訪れた際に聞いた話から得た、たしかな実感だ。

もちろん、日本もその例外ではない。『ビッグイシュー日本版』の販売の現場では、2008年のリーマンショックと世界同時不況に呼応するように、その後「若者のホームレス化の加速」と「販売者の若年化」という大きな変化を経験している。以来、販売者へのサポートのあり方も大きく変化してきた(http://www.bigissue.or.jp/about/aboutbif.html)。このような経緯から、「ストリートペーパーは常に時代に適応していかねばならない存在である」という発言に特に強い共感を覚えた。




ワークショップでは、「社会的な支援プログラムと販売者のサポート」のグループに参加した。

自国における課題を共有する場面では、ヨーロッパ圏の参加者から「移民」「ドラッグ」が大きなトピックとしてあげられていた。その国の言葉を話せない移民を販売者として受け入れるには、まずは言葉のトレーニングが必要であったり、家族での移民の場合にはその子どもへのサポートも必要である。

また、ドラッグ依存の問題に関してはかなり対応が難しいようで、休み時間に個別に話を聞くと「どうすることもできない」といった答えが返ってくることが多かった。そんな中で、ドラッグ依存から脱却して健康的な生活を送っている販売者の人たちの話もあり、救われる思いがした。

日本に関しては、「リーマンショックのあとの一時期、新たに販売者として登録した人の平均年齢が10歳も若返り、それまで想定していなかったような20代、30代の販売者が生まれた」「若年層と中高年層の販売者とでは、仕事における意識や経験の点で大きな違いがあり(この点については、過ごしてきた社会背景や労働環境の違いによる影響が大きいのではないかと感じている)、若年層の販売者に対しては中高年層とは異なるサポートが必要であると感じている」と伝えると、参加者から「自分の国でも同様だ」「精神面まで、より踏み込んだサポートが必要」という声が数多くあがった。

それに付随して、いくつかの国から、若年層の販売者向けに音楽やサッカー、ダンスのプログラムを提供している事例が報告された。日本でも、ビッグイシュー日本を母体に設立された認定NPO法人ビッグイシュー基金が同様の取り組みを行っており、それらの取り組みにもっと可能性があるのではないかと感じる時間となった。


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(大会議室の後方には各国のストリートペーパーが置かれ、自由に持ち帰ることができる)




ストリートペーパーはデジタル時代をどう生き残るか:会議2日目



2日目のテーマは、「紙媒体の衰退が進むこの時代をストリートペーパーはどのようにして生き残っていくことができるか」。

ストリートペーパーの販売者は、世界中の路上に立ち、働いている。「ストリートペーパーの売買をきっかけに、路上で働く販売者と購入者が直接に言葉を交わし、濃淡のある人間関係が形作られていくこと自体が、販売者と購入者の双方においてホームレス問題解決のための大きな意義がある」という視点から、「インターネット上でテキストメディアの売買が主流になりつつある現代社会において、ストリートペーパーはどのようにしてその意義を失わずに生き残っていくことができるのか」という問いに対して、ストリートペーパーのデジタル版の販売や、ネット上でのファンドレイジング(資金調達)など、実際に進んでいるプロジェクトの報告がなされた。




『Street Wise』(アメリカ・シカゴ)では、従来の路上販売に加えて今年2月から、PayPalを利用してスマートフォンから雑誌を買うことができるシステムを導入した。これにより、購入者はキャッシュレスで決済し、スマートフォンで記事を読むことができる。販売者には4桁のコードが割り当てられており、購入者はそのコードを入力することで、好きな販売者から購入する形をとることができる。また、販売者との接点として、コード入力画面では販売者のストーリーを読むことができるという。販売者は自分のコードから購入された金額を月末にまとめて得る。




『The Big Issue in the North』(イギリス・マンチェスター)では、違った形でのデジタル版の販売を試験的に開始した。購入者はQRコードが記載されたカードを、路上に立つ販売者から現金で購入し、スマートフォンで記事をダウンロードして読む、というものだ。ストリートペーパーのデジタル化がすすむことにより懸念されることのひとつに、購入者と販売者のコミュニケーション機会喪失が挙げられるが、この取り組みは、購入者と販売者との交流の機会を保ちながら、読者の利便性を高めることができる取り組みといえるだろう。




『The Big Issue Australia』(オーストラリア・メルボルン)では異なる側面からオンライン販売を活用している。オンラインで決済した購入者への商品の発送を女性販売者の仕事にしているという。オーストラリア国内では46,000人の女性ホームレスが存在する。シェルターで生活するホームレス状態の人の約4割が女性で、ホームレス状態に至る最大の原因は家庭内の暴力だという。女性にとっては、路上で暮らし、働くことは男性以上に危険が伴うことから、女性専用の安全な場所でできるこのような仕事を提供し、それと同時に、遠隔地の読者拡大を図った。




『ビッグイシュー日本版』のデジタル版が実現できれば、これまで販売場所から遠いなどの理由から接触できていなかった読者にもコンテンツを届けることができる。一方で、オンライン販売を取り入れる際には、読者と販売者との接点を作り出すことや、販売者への収入をどう反映させるかといった点で工夫をこらした方法を模索することが重要であると感じた。




インターネットを活用したファンドレイジングの方法としては、『factum』(スウェーデン)が行ったプロジェクト「FACTUM HOTELS」が興味深い。

このプロジェクトは、公園のベンチや橋の下など、ホームレス状態の人が寝る場所を、プロジェクトの賛同者がホテルのように「予約」することでその金額を寄付するものだ。実際にその場所に宿泊するわけではない。自分のためだけでなく友人に「予約」をプレゼントすることもできる。

寄付者やこのプロジェクトの応援者によるメッセージと共に、facebookやTwitterで次々と拡散されていく。発想の斬新さに驚くと同時に、スタイリッシュなサイトデザインが、プロジェクトを後押ししているように感じた。




「ストリートペーパーの販売以外の仕事の機会をホームレス状態の人たちに提供することもまた重要である」という視点から、実際に進行している雑誌の販売以外の仕事作りに関する議論もなされた。

『Asphalt』(ドイツ・ハノーヴァー)からは、「Asphalt Bicycle-Project」が報告された。寄付された自転車を修理するワークショップを受けた何人かの販売者が、自転車店に就職したという。

同様の事業は前述の『BISS』でも行われている。こちらは独立した組織として、マイスターの称号を取るような専門的な訓練や、自転車の修理・販売事業、個人経営の小規模自転車店に訓練生を送り出す就労支援などを展開している。


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(グループディスカッション)




後編に続く