(2008年4月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 92号より)





水上宏明さんに聞く、金貸しの日本史から見える「お金のリテラシー」



著書『金貸しの日本史 (新潮新書)』で金貸しと借金を切り口に日本史を見直し、お金のリテラシーをテーマに講演活動も行う水上宏明さん(NPO法人 マネー・マネジメント・アソシエーション事務局長)。歴史から学ぶ、人とお金の抜き差しならない関係について聞いた。 





H7A0181




くずしたお札が、すぐになくなる不思議。偉人たちも、お金に一喜一憂



「1万円札をくずすと、あっという間に財布の中身が減っていく。そんな気がしたこと、ありませんか?」

水上さんは、お金にまつわる話を、そんな問いから始める。

たしかに、いったん1万円札をくずしてしまうと、そこからお金の減りが早くなるように感じる。「何に使ったのだろう?」。そう思いながら、財布の中のわずかな小銭をなごり惜しげに眺めることが、しばしばある。

「それはね、国の施策だからなんですよ。5千円や千円にくずしたお金は、すぐに財布から出ていくようになっている。国が印刷した紙幣をよく見れば、そのメッセージがちゃんと載っています」と水上さんは意味ありげに話す。




それは、こういうことだ。

1万円札に印刷されている福沢諭吉。彼は、お酒をパーッと飲みに行く時でも、先に質屋に行って着物を売ってから出かけるような人だった。生涯、借金とは無縁だった人物だ。

一方、5千円札の樋口一葉は、若くして父親を亡くし、懸命に原稿を書いて生計を立てるも、無理がたたって24歳の若さで人生を閉じた薄幸の人。一生、借金生活から抜け出せなかった。千円札の野口英世にいたっては、残した業績もすごいが、破天荒ぶりも半端ではない。研究のために篤志家から捻出した支援金を豪遊で使い果たしてしまうなど、才能もあるが、借金の術にも長けた人だった。

借金と無縁だった福沢諭吉と、借金と縁が切れなかった5千円と千円札のふたり。

「つまり、国がお札に印刷した偉人のメッセージは、お金を貯めたいなら、とにかく福沢諭吉(1万円札)をくずすな、ということです」と水上さんは笑う。




それができるなら誰も苦労はしないし、身もふたもない話ではある。が、お札の偉人が国のメッセージかどうかは別としても、日本史に名を残す人たちでさえ、お金を警戒し、あるいは借金とともに生活があったことに違いはない。それほど人とお金は切っても切れない関係にあり、いつの時代も人はお金に泣き、笑い、一喜一憂してきた。

「個人だけではなく、国も同じ。貨幣の誕生以来、人の歴史は金貸しと借金にずっと振り回されてきたんです」と水上さんは続ける。




ギャンブルにはまった天武天皇。明治維新は、借金のおかげ?




金貸しは、お金の誕生とともに出現した、人類最古の職業といわれる。その金貸しと借金を切り口に日本史を見直した水上さんは、「こと借金という人間くさい問題については、昔も今の平成の世もほとんど変わっていない」と話す。

例えば、古代では、『日本書紀』に登場する天武天皇が日本最古の銭を使って、博戯という双六、つまりギャンブルにはまっていた記述がある。天平時代には、奈良の仏教寺院が受け取った喜捨をお金に換えて増やす高利貸しを始めている。利息をむさぼる僧侶のあまりの節度のなさに、天皇が不信感を露にした記述も残っており、水上さんは「奈良から京都への平安遷都(794年)は、高利貸しを始めた奈良の仏教寺院への不信感が原因ではなかったか」と推測する。


貨幣が末端まで行き届き始めた鎌倉・室町時代には、幕府が金詰りを起こし、借金をチャラにする徳政令に揺れた。特に政府公認の高利貸しが幕府の財政を支えていた室町時代には、借金返済に困った庶民がついに怒りを爆発させて、大規模な土一揆を起こした。それまで歴史の中で物言わぬ存在だった庶民の武装蜂起は、まさに金の恨みそのもの。幕府の屋台骨を揺るがすものだった。





そして、明治維新さえも、オカミの金詰まりが原因だった、と水上さんは話す。

「それまで長い間、各地を治めていた大名たちが、あっさりと朝廷に版籍奉還した背景には、全国114の藩の90%以上が金詰まり、つまり企業でいえば債務超過状態にあったからです。新政府はこの金詰まりを政府紙幣という、いくらでも印刷できる打ち出の小づちで解決しました。

また、新政府が民法よりも早く、真っ先に制定した法律が利息制限法ですから、それだけ金にまつわるもめ事が多かったということでしょう。日本を変えた明治という新しい時代は、借金のおかげで誕生したと言えるかもしれません」

後編に続く


    このエントリーをはてなブックマークに追加







(2013年4月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 212号より)





廃墟の駅、一頭の雄牛と遭遇—震災から、まる2年。警戒区域は今






富岡町役場前に仮置きされた除染廃棄物
(富岡町役場前に仮置きされた除染廃棄物)




震災から、まる2年の3月11日、住民の居住が禁止されている「警戒区域」の富岡町に入った。

福島県の南端にある、いわき市から国道6号線を北上、広野町、楢葉町を通って富岡町へ。除染作業の重機と黒いコンテナバッグの山があちこちに見える。町の黒澤真也商工係長の先導で検問を通過し、まず福島第二原発の煙突が見える富岡町の小浜海岸に向かった。海岸に向かう道路の民家はみな1階部分が津波で壊されたままで、車が何台も放置されている。車体のさびが2年の時間を感じさせる。

小浜海岸から道路を迂回しながら、海に面した約15メートルの高台にある旅館「観陽亭」へ。風光明媚な「ろうそく岩」は地震と津波で流されて、なくなっていた。津波は崖の上まで押し寄せ、旅館の建物は一階部分が完全に壊れたままだ。南の方角には、東電の福島第二原発の煙突と建屋が見える。眼下の海岸沿いでは、行方不明の殉職警官の捜索作業が行われていた。

海岸沿いを走るJR常磐線の富岡駅に回ると、線路やホームには津波で流された車両が残されていた。ホーム上部の屋根に取り付けられた看板が津波の力で曲がっている。線路を覆うように雑草が伸び、駅舎の向こうには、津波で窓や柱が壊された建物が続いている。人けのない廃墟で、海から流れる風の音だけがしていた。

富岡駅に向かう途中、一頭の雄牛と遭遇した。200メートルぐらい離れた雑草の中に一頭、立派な角を持った牛がこちらを見ている。震災直後、酪農家が牛を放した「離れ牛の群れ」が話題になったが、この雄牛は群れずに一頭だけで行動しているのだろうか。生き物の気配がしない地域の中でも、自分の命を自己主張しているような存在感があった。




富岡町の離れ牛
(富岡町の離れ牛)




ショッピングセンターのある町中心部を歩く。すると突然、手持ちの線量計の数字が跳ね上がった。7マイクロシーベルト。この地域はまだまったく除染がされておらず、植え込みの低木、側溝などが高い放射線量を出していた。

政府は今月、富岡町のほかに浪江町、葛尾村の3町村で避難指示区域の再編を決めた。富岡町は現在、住民の立ち入りが禁止されているが、3月25日以降は空間放射線量に応じて、除染後に帰還できる「避難指示解除区域」、帰還には数年かかるとされる「居住制限区域」、帰還は困難で5年以上かかる「帰還困難区域」の3区域に見直される。

しかしこの日、線量計を手に現地を歩いていて、突然線量が高くなるマイクロホットスポットがあちこちにあることを実感した。町は、住民が戻れるように除染を進める方針だが、今住民が避難している会津や福島、いわきとは放射線量がケタ違いに高い。そういった現実を、町民はどう受け止めるのだろうか。

(文と写真 藍原寛子)


    このエントリーをはてなブックマークに追加




(2008年4月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 92号より)




多重債務、カード社会の落とし穴—女性自立の会、有田宏美さんに聞く



便利なクレジットカードの普及により、誰もが多重債務と隣り合わせの現代。
自らも父の借金に巻き込まれた経験を持ち、多重債務に悩む女性の相談を受けている
NPO法人女性自立の会・理事長の有田宏美さんに、その実情を聞いた。






JAN 1143





エステで自己破産した学生、夫の浮気が発端だった主婦



「多重債務は特別な人の問題ではありません。ここへ来るのは『本当にこの人が何百万円もの借金を?』と疑いたくなるくらい、ごく普通の人ばかりです」。NPO法人 女性自立の会・理事長の有田宏美さんはそう話す。これまでに面談した女性の数は1000人以上、メールや電話を合わせれば3000人にのぼる。

借金の原因は誰の身にも起こりそうな、ささいなことがほとんどだ。




例えば、幼い頃に母を亡くし、過食と拒食を繰り返してきた21歳の女性の場合はこうだった。ぽっちゃりした容姿にコンプレックスを持つ大学生の彼女に、キャッチセールスの女性が声をかけ、エステを勧めた。彼女は月々わずかな額だからアルバイトをすれば返せると、軽い気持ちで契約を結んだ。

ところが契約期限が終わりに近づくと「もう少しできれいになるのに」と施術チケットや化粧品の追加購入を勧められ、気がつくと借金は200万円にまで膨れ上がっていた。会を通して弁護士に相談した彼女は安定した収入がなかったため、自己破産の道を選んだ。




30代後半の主婦はパチンコが原因だった。あるとき、夫の浮気が発覚した。相手の女性は夫の姉の友人だった。夫と姉はかばい合い、彼女にも非があるかのような言い方をした。

それでも彼女は子どものためによりを戻そうと、夫の趣味であるパチンコにつき合うようになった。そのまま、すっかりはまってしまった彼女は、夫に内緒で借りたお金をパチンコにつぎ込み続けた。会のアドバイスに従って、夫にすべてを話した今は夫婦二人で立て直しをはかっているという。




「相談者の借金は少なくて百数十万円、ほとんどの方が数百万円抱えています。150万円借りているOLさんの場合だと、月々の返済額はだいたい5、6万円。アパートで一人暮らしだとすると、月収20万円ちょっとならそれでも十分に苦しい。初めはどなたもパニック状態で、泣きながら電話をかけてきます。まずは一対一の面談で現実を正しく把握して、それから法律家にバトンタッチします。ただ、法的に解決して借金をゼロにしても、その人の考え方を改善しない限り、多重債務は繰り返されていきます」




未来のお金をあてにせず、カードを賢く使いこなす



女性自立の会では月に一度、面談を終えた相談者を対象に「再生プログラム」という勉強会を開いている。ここでは、自分より少し前を歩いている経験者の話が聞けるほか、家計管理の指導を受けることもできる。まずは1ヶ月に必要な生活費を知り、貯金の習慣をつける。さらにwant(ほしいもの)とneed(必要なもの)を区別し、買うものの優先順位をつける訓練もする。

相談者の中には店員に乗せられていらないものまで買ってしまうなど、『NO』と言えない人が多い。同僚に誘われて無理をして行った海外旅行が原因で、多重債務に陥った女性もいる。給料は同じでも、親元で暮らす人と一人暮らしでは貯金できる額がまったく違うことに、彼女は気づいていませんでした」。参加者は、店員と客、無理な仕事を頼む同僚などと役割を決めて、『NO』と言う練習にも励んでいる。

「ポイントがつくことだけを売りに、クレジットカードを安易に勧める側にも問題はある。ただ近ごろは、インターネットのプロバイダーもETCもカード決済の時代。カードなしで過ごすことは難しい。カードのメリットとデメリットを知った上で、自己管理する能力が求められます」と、有田さんは言う。

カードを使う上で最も注意すべき点は、未来のお金をあてにしないことだ。「派遣の仕事と仕事の間に、ほんのつなぎのつもりで生活費を借りて返せなくなる人は少なくない。また、たとえ利息ゼロのボーナス一括払いでも、その直前に会社を解雇されるかもしれない。返済能力がある場合、例えば、財布には1万円しかないけれど通帳にはカード利用した以上の預金があるという方以外、カード利用はおすすめできません」

他社から借り入れてまで返済に回している人は、すでにかなり危険な状態だ。

「『借金=恥』という考えが事態を深刻にしている。1日も早い相談が、自分を守ることにつながる。みなさん、自己破産はいやだと言われますが、実際は持ち家も処分せず、『民事再生手続き』を適用できるケースも少なくありません。まずは現状を、冷静な第三者の目で判断してもらうことが大切です」

(香月真理子)
Photo:高松英昭




ありた・ひろみ
1965年生まれ。NPO法人女性自立の会理事長。96年より、多重債務に陥った女性の相談業務に従事。2000年6月、女性の心の支援会として「NPO法人 女性自立の会」を設立。『借金の問題は心の問題』をコンセプトに、相談者の再発防止カウンセリング(再生プログラム)に努める。著書に『借金で悩んでいるあなたへ〜人生をやり直すための63の方法』評言社。

人生をやり直すための63の方法―借金で悩んでいるあなたへ

有田 ひろみ 評言社 2001-05
売り上げランキング : 1110932
by ヨメレバ


NPO法人 女性自立の会
電話 03・3253・9119
メール joseijiritu@nifty.com
URL http://www.joseijiritu.com
    このエントリーをはてなブックマークに追加




122人生相談




大人になってからの、友達とのつき合い方に悩んでます



友達との接し方について、悩んでいます。仲のよい友達が続々と結婚。主婦同士で盛り上がる家族や子どもの話題や、そのノリについていけません。独身の友達と親交を深めようと頑張ってみたのですが、彼女たちと違ってキャリア志向もなく、趣味も違い、いまいちしっくりいきません。大人になってからの友達のつくり方やつき合い。何かよい方法はありませんか。
(女性/34歳/会社員)







いろいろ理由をつけているけれど、頭の中では、まとまっているんじゃないのかな。主婦やキャリアのある人とは、ようつき合えんという答えが。

これからは自分の好きなことや趣味の世界で、この条件を満たす人を探していけばいいんとちゃう?

言うてみたら、新しい友達は、今までの自分を知らない相手。素のままの自分を見せられるから、楽につき合えると思うで。




そりゃ僕も高校生ぐらいの時はね、ちょっとでも自分の器を大きく見せようと格好つけてたわ。友達が、情報処理やら不動産の資格を取ったとか聞いたら、うらやましかったりして。かといって自分ができるかと言ったら、できないのにね。つくりものは、いずれ壊れてしまうし、年齢を重ねるごとに、だんだん自分の器っていうのが、わかってくるんかな。




「類は友を呼ぶ」というけど、販売者同士でも、同じ境遇やから仲よくなれるというわけでもないねん。僕が仲よくしている人は、7歳年上。お兄さんという感じではなく、同級生と思って接してる。価値観というか、考え方が似通ってるから、共鳴しあえるんかな。

あと毎日声かけてくれるお客さんがいてて、その人は僕に話しかけるまで1ヵ月かかったんやて。ところが、お互い同じ年とわかって、きっと同じような教育を受けて、似たような給食を食べてきた安心感があるって、言うてくれた。「違う、違う」じゃなくって、自分と似たようなところを、相手に見つけていくねんな。




今は主婦になった友達、キャリアのある友達は、縁を切るのではなしに、それはそれでおいたらいいねん。友達って、明日すぐなれるっていうのじゃないけど、そのかわり1年会わなくても、すぐ仲よくなれる。主婦になった友だちとは、自分が結婚したら、またつき合ったらええやん。自分がついていけない話題や、しんどいことは、正直に言ってみよう。人に甘えるって、難しいかもしれないけど、みんな応えてくれるで。まずは、声をかける勇気と、さらけ出す勇気を、ほんの少し出してみて。

(大阪/Mさん)





(THE BIG ISSUE JAPAN 第120号より)







    このエントリーをはてなブックマークに追加




こんにちは、ビッグイシュー・オンライン編集部のイケダです。現在路上で発売中の227号から、これは!と思った読みどころをピックアップします。続きを読む
    このエントリーをはてなブックマークに追加




中編を読む>




わたしたちは誰をサポートしていくべきなのか:会議3日目



最終日のテーマは、「私たちは誰をサポートしていくべきなのか」。

冒頭の講演では、貧困問題・ホームレス問題に関して欧州各国にまたがって活動するNGO・FEANTSAから、ヨーロッパにおけるホームレス問題の状況、政策の動向が報告された。この中では、「ホームレス状態にある人の若年化(若者ホームレス)」や「長期化」といった、日本における状況と共通する現象も見られた。

また、ホームレス問題に関する政策を推進するためには、具体的な数値などの根拠が欠かせないという点が強調された。EU諸国では、シェルターなどの支援機関や、行政のセーフティーネットの利用申請に来た人の情報がデータベースに蓄積されているという。そのデータベースから、国全体のホームレス状態にある人たちの人口を割り出しているそうだ。




ひるがえって日本では、シェルターなどの一時避難所や貧困層のための社会的住宅等が圧倒的に不足しているだけでなく、24時間営業の店やネットカフェなどの不安定な環境で生活しているであろう人たちについては、正確な人数すらとらえきれていない。そのためこういった場所で生活する「若者ホームレス」の人たちは見えづらい存在となっている。




つづくグループディスカッションでは、「金融危機下におけるホームレス問題」のグループに参加した。

リーダーは、深刻な財政危機がおそったギリシア・アテネで今年2月に『SHEDIA』を創刊したばかりのクリス・アレファンティス氏と、『Cais』(ポルトガル・リスボン、ポルト)のエンリケ・ピント氏。グローバルな経済不況は、世界中で失業とホームレス問題の深刻化を招いた。新たな仕事を求める人たちが増える社会状況の中で販売者のニーズは何か、それはどのように変化してきたのか。また、ストリートペーパーはそれらのニーズに応えられてきたのか、現在直面しているそれぞれの課題について話し合った。




世界的な経済状況が大きく変化してきた中で、これからもストリートペーパー販売の仕事を「一時的な仕事」とのみ位置づけて、販売者を次のステップへと送り出していくべきなのか、それとも、望む販売者には永続的なものとして仕事を提供するべきなのだろうか、という論点が提示された。このことは、「スタッフ・ベンダー制」に関して『BISS』事務所見学ツアーの際に参加者の間でなされた議論と共通するものだった。


この点については、すぐに答えがでるようなものではないだろう。しかし、「ストリートペーパーは常に時代に適応していかねばならない存在である」という1日目のパネルディスカッションの議論をふまえて考えれば、社会の変化に呼応して、販売者にとっての「最後の仕事」となることを視野に入れて取り組んでいかざるを得ないのは、世界的に共通した状況なのだと感じた。




「私たちは誰をサポートしていくべきなのか」という問い



サポートすべきは目の前にいる販売者であることは言うまでもない。そのためにストリートペーパーは存在している。

しかし、販売者である期間だけを見つめていては不十分だというのが実感だ。一人一人の販売者と関わっていくと、ホームレス状態に至ったさまざまな背景が見えてくる。不安定な雇用、失業、家族関係や生育歴、借金、依存症を含めたさまざまな病気、気づかれなかった障害など、それらが複合的に絡み合っていることも少なくない。


そのような個々の背景を踏まえて、「販売者」からその「次のステップ」へどう送り出していけるのか、その点の重要性と難しさを痛感している。

非正規雇用率が雇用者全体の3分の1を超え、安定した仕事に就きづらい社会状況を背景に、安定した住まいや仕事のある生活へステップを進めていく支えとなることは容易ではない。自分たちだけでできることは限られているだろう。「販売者」である期間だけでなくその前後も、さらにはその周辺にいる人たちのホームレス化の予防まで広く見据えて、関連する領域の人たちと連携しあいながら、サポートしていくべきではないかと考えている。




5
(会議参加者が一堂に会した)




「この仕事は僕のハートなんだ」:会議を終えて



初めての参加であるにもかかわらず、初めての場所とは思えないような、古くからの友人たちと話しているような、不思議な楽しさと充実感のある会議となった。

編集、販売者のサポート、経営、ふだん関わっている業務は違っても、「ストリートペーパー」という仕組みに魅力を感じて働いている者同士が感じる親しみがその理由だったように思う。挨拶もそこそこに、互いの仕事の近況、聞きたいこと、ヒントがほしいことなどを次々と話し合えるような、活発な雰囲気が本当に心地よく感じた。




すべての会議日程を終えた夜、多くの参加者が部屋に戻らずに未明まで語り合っていた。そのときのクリス・アレファンティス氏(『SHEDIA』創業者)の言葉を、帰国後も何度か思い出すことがある。

彼は社会問題について報じるジャーナリストとして20年以上働いてきたという。6年前にストリートペーパーの存在を知り、3年間の本格的な準備期間を経て、財政破綻の危機と失業率の増加にあえぐギリシアでついに『SHEDIA』を創刊した。「ストリートペーパーの果たす役割を考えると、あなたにはぴったりの仕事だよね」と声をかけると、半分は肯定するような表情でこう答えてくれた。

「僕にとっては、これは仕事以上のものなんだ。僕のハート、魂といってもいいかもしれない」




この会議で出会った多くの参加者たちもまた、彼のような強い情熱でストリートペーパーを立ち上げ、参加し、試行錯誤を繰り返しながら、販売者とともに働いているのだということが、強い実感と共に印象に残った。その「仲間」の存在は、日本で働く私にとっては非常に頼もしく、勇気づけてくれる。




<主な会議スケジュール>
●1日目:ストリートペーパーが21世紀においても価値ある存在であるためには
◇外部スピーカーによる講演 ドイツ12都市における調査報告
◇パネルディスカッション
◇ワークショップ「ストリートペーパーの交流」
グループ1:社会的な支援プログラムと販売者のサポート
グループ2:誌面づくりにおける工夫
グループ3:戦略的なパートナーシップとファンドレイジング
グループ4:収入の安定化と多様化
グループ5:時代を牽引する戦略づくり




●2日目:ストリートペーパーはデジタル時代をどう生き残るか
◇外部スピーカーによる講演 プリントメディアからデジタルメディアへの変遷
◇パネルディスカッション
◇グループディスカッション
グループ1:デジタル購読
グループ2:プリントメディアとデジタルメディア
グループ3:キャッシュレス決済
グループ4:デジタルマーケティング




●3日目:わたしたちは誰をサポートしていくべきなのか
◇外部スピーカーによる講演 ヨーロッパにおけるホームレス問題の状況、政策の動向
◇パネルディスカッション
◇グループディスカッション
グループ1:経済移民
グループ2:金融危機下におけるホームレス問題
グループ3:女性販売者と家族
グループ4:国際ストリートペーパーベンダー(販売者)週間




長崎友絵

有限会社ビッグイシュー日本、販売サポートスタッフ。1979年生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒。人材派遣会社での勤務を経て、2010年より現職。

有限会社ビッグイシュー日本 2003年9月、ストリートマガジン『ビッグイシュー日本版』を創刊。今年9月で創刊10周年を迎えた。雑誌販売では累計589万冊、販売者に8億2812万円の収入を提供。のべ1,492人の販売者が登録し、138人が全国15都道府県で販売し、164人が卒業。(販売累計冊数、販売者収入は7月末、それ以外の数字は8月末)
    このエントリーをはてなブックマークに追加



11月15日発売のビッグイシュー日本版227号のご紹介です。



ビッグイシュー・アイ 加藤登紀子さん


愛を歌い、悲しみを歌い、小さき者への共感を歌い継いできた登紀子さん。年末の代名詞となった「ほろ酔いコンサート」を前に、ビッグイシューに届いたメッセージ。



特集 原発閉鎖をチャンスに――原発地元の未来


福島原発の事故から2年半。今年9月には大飯原発が点検停止、稼働中の原発が再びゼロになりました。一方、福島では汚染水漏れが発生、収束のめども立たないなか、政府は原発を再稼働する方針を変えていません。
もはや、原発は安いという根拠がなくなった今、「脱原発」で地元経済が破綻するというストーリーが、再稼働の最後の根拠になっています。それは本当でしょうか?
そこで、脱原発を決断したドイツなどの事例を朴勝俊さん(関西学院大学准教授)に、また、住民投票で閉鎖された米国のランチョ・セコ原発について、長谷川公一さん(東北大学院教授)に聞きました。
さらに、福島の原発労働の現場を取材。原発銀座といわれる若狭地方で脱原発の活動にかかわってきた松下照幸さん(森と暮らすどんぐり倶楽部)、中嶌哲演さん(明通寺住職)にインタビュー。新潟巻町の原発計画住民投票の経験を振り返りました。
そして、あの高速増殖炉「もんじゅ君」からも、メッセージが届きました。
原発地元の人々とともに、日本の原発地元の未来を考える時がやってきた。



スペシャルインタビュー The xx


メンバーがみな20代前半という若さながら、すでにアルバム2枚を大ヒットさせ、楽曲「Together」はバズ・ラーマン監督の映画『華麗なるギャツビー』にも使われました。女性ボーカル、ロミー・マドリー・クロフトに聞く、The xxの固い友情。



リレーインタビュー 私の分岐点 伊武雅刀さん


俳優としてだけでなく、ラジオ番組「JET STREAM」のナレーションなど、声優としても活躍する伊武雅刀さん。日雇いで解体作業をするなど、さまざまな仕事を経験し、60代になった今も「落語や朗読に初挑戦」という、伊武さんの分岐点とは?



この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

最新号は、ぜひお近くの販売者からお求めください。
販売場所検索はこちらです。

"
    このエントリーをはてなブックマークに追加

前編を読む




なお、この日の夜、ミュンヘン市庁舎でひらかれたレセプションパーティーには市長も出席し、参加者をあたたかな雰囲気で迎えてくれた。

市庁舎の前では、ある販売者が長年販売していて、歴代の市長はその販売者から『BISS』を買い、市民もまたそのことをごく普通のこととして受け止めているという。ミュンヘンという街の中で、ストリートペーパー『BISS』の存在が市民に根づいていることを印象づけられるエピソードだった。

1
(『BISS』事務所見学ツアー。窓にはカラフルなペイントが施されていた。)

2
(ヒルデガルド氏による誌面づくりの説明)




ストリートペーパーがこれからも価値ある存在であるためには:会議1日目



会議は3日間にわたって行われた。日ごとにテーマが設定され、講演とパネルディスカッションのあと、いくつかのグループにわかれてのワークショップやディスカッションが開かれる。

1日目のテーマは「ストリートペーパーが21世紀においても価値ある存在であるためには」。

まず、今年はじめにドイツの12都市で行われたというストリートペーパーに関する調査報告があった。ストリートペーパーを買う動機として、「内容がおもしろいし、販売者が直接収入を得られるから」「このアイディアはサポートされるべきだと思うから」「販売者を応援したいから」「販売者がいつもフレンドリー。彼に楽しみをあげたいから」などがあり、日本で読者から寄せられる声とかなり近いという印象をもった。




パネルディスカッションでは、「ストリートペーパーは常に時代に適応していかねばならない存在である」「新聞などの大手メディアとは異なる立場から、読者の理解をより深めるために物事の背景も含めて報道する存在である」「個々のストリートペーパーは小さな存在かもしれないが、このストリートペーパーの国際的ネットワークは非常に強いものである」といった発言がなされた。

経済不況の影響で失業・貧困に苦しむ人が増え、その中でも公的なセーフティーネットや家族などの私的なセーフティーネットにつながれない人がホームレス状態に至るという状況が、各国で起こっている。このことは、今回の会議で会ったヨーロッパ各国の参加者の話、また、昨年夏に韓国で生活困窮者向けの低額宿泊所を視察で訪れた際に聞いた話から得た、たしかな実感だ。

もちろん、日本もその例外ではない。『ビッグイシュー日本版』の販売の現場では、2008年のリーマンショックと世界同時不況に呼応するように、その後「若者のホームレス化の加速」と「販売者の若年化」という大きな変化を経験している。以来、販売者へのサポートのあり方も大きく変化してきた(http://www.bigissue.or.jp/about/aboutbif.html)。このような経緯から、「ストリートペーパーは常に時代に適応していかねばならない存在である」という発言に特に強い共感を覚えた。




ワークショップでは、「社会的な支援プログラムと販売者のサポート」のグループに参加した。

自国における課題を共有する場面では、ヨーロッパ圏の参加者から「移民」「ドラッグ」が大きなトピックとしてあげられていた。その国の言葉を話せない移民を販売者として受け入れるには、まずは言葉のトレーニングが必要であったり、家族での移民の場合にはその子どもへのサポートも必要である。

また、ドラッグ依存の問題に関してはかなり対応が難しいようで、休み時間に個別に話を聞くと「どうすることもできない」といった答えが返ってくることが多かった。そんな中で、ドラッグ依存から脱却して健康的な生活を送っている販売者の人たちの話もあり、救われる思いがした。

日本に関しては、「リーマンショックのあとの一時期、新たに販売者として登録した人の平均年齢が10歳も若返り、それまで想定していなかったような20代、30代の販売者が生まれた」「若年層と中高年層の販売者とでは、仕事における意識や経験の点で大きな違いがあり(この点については、過ごしてきた社会背景や労働環境の違いによる影響が大きいのではないかと感じている)、若年層の販売者に対しては中高年層とは異なるサポートが必要であると感じている」と伝えると、参加者から「自分の国でも同様だ」「精神面まで、より踏み込んだサポートが必要」という声が数多くあがった。

それに付随して、いくつかの国から、若年層の販売者向けに音楽やサッカー、ダンスのプログラムを提供している事例が報告された。日本でも、ビッグイシュー日本を母体に設立された認定NPO法人ビッグイシュー基金が同様の取り組みを行っており、それらの取り組みにもっと可能性があるのではないかと感じる時間となった。


3
(大会議室の後方には各国のストリートペーパーが置かれ、自由に持ち帰ることができる)




ストリートペーパーはデジタル時代をどう生き残るか:会議2日目



2日目のテーマは、「紙媒体の衰退が進むこの時代をストリートペーパーはどのようにして生き残っていくことができるか」。

ストリートペーパーの販売者は、世界中の路上に立ち、働いている。「ストリートペーパーの売買をきっかけに、路上で働く販売者と購入者が直接に言葉を交わし、濃淡のある人間関係が形作られていくこと自体が、販売者と購入者の双方においてホームレス問題解決のための大きな意義がある」という視点から、「インターネット上でテキストメディアの売買が主流になりつつある現代社会において、ストリートペーパーはどのようにしてその意義を失わずに生き残っていくことができるのか」という問いに対して、ストリートペーパーのデジタル版の販売や、ネット上でのファンドレイジング(資金調達)など、実際に進んでいるプロジェクトの報告がなされた。




『Street Wise』(アメリカ・シカゴ)では、従来の路上販売に加えて今年2月から、PayPalを利用してスマートフォンから雑誌を買うことができるシステムを導入した。これにより、購入者はキャッシュレスで決済し、スマートフォンで記事を読むことができる。販売者には4桁のコードが割り当てられており、購入者はそのコードを入力することで、好きな販売者から購入する形をとることができる。また、販売者との接点として、コード入力画面では販売者のストーリーを読むことができるという。販売者は自分のコードから購入された金額を月末にまとめて得る。




『The Big Issue in the North』(イギリス・マンチェスター)では、違った形でのデジタル版の販売を試験的に開始した。購入者はQRコードが記載されたカードを、路上に立つ販売者から現金で購入し、スマートフォンで記事をダウンロードして読む、というものだ。ストリートペーパーのデジタル化がすすむことにより懸念されることのひとつに、購入者と販売者のコミュニケーション機会喪失が挙げられるが、この取り組みは、購入者と販売者との交流の機会を保ちながら、読者の利便性を高めることができる取り組みといえるだろう。




『The Big Issue Australia』(オーストラリア・メルボルン)では異なる側面からオンライン販売を活用している。オンラインで決済した購入者への商品の発送を女性販売者の仕事にしているという。オーストラリア国内では46,000人の女性ホームレスが存在する。シェルターで生活するホームレス状態の人の約4割が女性で、ホームレス状態に至る最大の原因は家庭内の暴力だという。女性にとっては、路上で暮らし、働くことは男性以上に危険が伴うことから、女性専用の安全な場所でできるこのような仕事を提供し、それと同時に、遠隔地の読者拡大を図った。




『ビッグイシュー日本版』のデジタル版が実現できれば、これまで販売場所から遠いなどの理由から接触できていなかった読者にもコンテンツを届けることができる。一方で、オンライン販売を取り入れる際には、読者と販売者との接点を作り出すことや、販売者への収入をどう反映させるかといった点で工夫をこらした方法を模索することが重要であると感じた。




インターネットを活用したファンドレイジングの方法としては、『factum』(スウェーデン)が行ったプロジェクト「FACTUM HOTELS」が興味深い。

このプロジェクトは、公園のベンチや橋の下など、ホームレス状態の人が寝る場所を、プロジェクトの賛同者がホテルのように「予約」することでその金額を寄付するものだ。実際にその場所に宿泊するわけではない。自分のためだけでなく友人に「予約」をプレゼントすることもできる。

寄付者やこのプロジェクトの応援者によるメッセージと共に、facebookやTwitterで次々と拡散されていく。発想の斬新さに驚くと同時に、スタイリッシュなサイトデザインが、プロジェクトを後押ししているように感じた。




「ストリートペーパーの販売以外の仕事の機会をホームレス状態の人たちに提供することもまた重要である」という視点から、実際に進行している雑誌の販売以外の仕事作りに関する議論もなされた。

『Asphalt』(ドイツ・ハノーヴァー)からは、「Asphalt Bicycle-Project」が報告された。寄付された自転車を修理するワークショップを受けた何人かの販売者が、自転車店に就職したという。

同様の事業は前述の『BISS』でも行われている。こちらは独立した組織として、マイスターの称号を取るような専門的な訓練や、自転車の修理・販売事業、個人経営の小規模自転車店に訓練生を送り出す就労支援などを展開している。


4
(グループディスカッション)




後編に続く
    このエントリーをはてなブックマークに追加




ほどこしではなく機会(仕事)を!ストリートペーパーの国際会議「INSP年次総会」




2013年夏、ストリートペーパーの国際的なネットワークであるINSP(International Network of Street Papers)の年次総会がドイツのミュンヘンで開催された。日本で唯一INSPに加入するストリートペーパー『ビッグイシュー日本版』を発行する有限会社ビッグイシュー日本で働く私(長崎友絵)は、初めてこの会議に参加することができた。

ここでいう「ストリートペーパー」とは、都市のホームレス問題や失業・貧困問題の解決を目的として設立された、独立した新聞や雑誌をさしている。ホームレス状態の人たちに雑誌販売という「仕事」(働く機会)を提供するために、質の高い雑誌や新聞を発行するものだ。

ストリートペーパーがINSPに加盟するためにはいくつかの条件があるが、「雑誌の定価の半分以上が販売者の収入になること」は重要な条件の一つである。ホームレス状態(国によっては失業状態)にある販売者は、定価の半分以下の価格で雑誌を仕入れ、それを売ったお金を収入として、食べものを買い、寝る場所を確保し、いずれは住まいや仕事を獲得していく。各国のストリートペーパーは、その助けとなることを目指している。

なお、『ビッグイシュー日本版』の定価は現在300円(創刊時は200円)。販売者は最初に10冊無料で提供される雑誌を販売する。その売り上げ3,000円を元手にして、11冊目からは140円で仕入れ、1冊あたり160円の利益を得る。




国際ストリートペーパーネットワークINSP(International Network of Street Papers)とは



INSPとは、41カ国・122誌のストリートペーパーが加入する国際ネットワークで、1994年、『THE BIG ISSUE』(イギリス・ロンドン)の創業者であるジョン・バード氏らによって設立された。

INSPは、各国でのストリートペーパーの創業時のサポートの他、メンバー誌に対するオンラインのニュースサービスを通じた各国ストリートペーパーの記事の無料共有サービス、誌面作りやデジタル購読に関する好事例の共有、さまざまな局面での助言など、ストリートペーパーを立ち上げ、運営していくための総合的なサポートを提供している。




今年の年次総会には29カ国・58誌から、約100名が参加した。開催国であるドイツからは14誌が参加。会議や食事会には地元ミュンヘンの販売者も参加した。

各国の参加者と朗らかに交流する雰囲気は、つい先日の10周年交流イベントなどにジョン・バード氏やボランティアの人たちと共に参加した日本の販売者を思い起こさせるものがある。会議の日程を追いながら、以下に報告してみたい。




市民から絶大な支持をうける地元誌『BISS』訪問:会議前日



3日間の会議日程が始まる前日、会議が行われるホテルに到着した直後、日本から参加した同僚と共に地元ミュンヘンのストリートペーパー『BISS』の事務所見学ツアーに参加した。

経営に苦労するストリートペーパーが多い中、今年20周年を迎え、ミュンヘン市民からの絶大な応援を受ける『BISS』の存在感は特別だ。今年の総会に、私を含む3名のスタッフが日本から参加できたのは、今回の会議のホストをつとめる『BISS』の協力によるところが大きい。

『BISS』の事務所を訪れると、大きなガラスの壁面にINSP総会の開催を歓迎するカラフルなペイントがほどこされていた。このペイントは、『BISS』で雇用しているアーティストによるもので、障害や依存症などが理由で雑誌販売が難しいホームレス状態の人を、このような形で雇用しているという。ホテルのチェックイン時に渡された会議資料一式に同封されたキーホルダーやゴム製の小銭入れもこのアーティストらによるもので、参加者から好評だった。




事務所見学には、前述の『THE BIG ISSUE』のジョン・バード氏をはじめ、10人ほどが参加し、販売者向けのさまざまなワークショップや会議を行うスペース、数々のバックナンバー、6人のスタッフが働く場所などを丁寧に見せてもらうことができた。

マネージング・ディレクターで、経営手腕に定評のあるヒルデガルド・デニンガー氏によるチャーミングで誠実さと情熱に満ちた説明に、参加者からいくつもの質問が飛び交った。中でも、販売者を雇用する「スタッフ・ベンダー制」に関する質問がもっとも多かった。




販売者を正規雇用、『BISS』における「スタッフ・ベンダー制」



『BISS』では、安定して月に800〜1000冊以上の売り上げが見込まれる販売者は「スタッフ・ベンダー制」の対象となり、本人の希望があれば、ソーシャルワーカーとの面談、借金や依存症など生活再建に関する具体的なプランニングといったステップを経て、スタッフ・ベンダーとして雇用される。

雇用されると、月収が保障され、基準の冊数以上を販売した分は給与に上乗せされる。正規雇用された販売者は収入に応じた税金を納めるが、必要に応じて社会保障や医療費のサポートを『BISS』から受けることができる。週に1度の会議にはすべてのスタッフ・ベンダーに出席が義務づけられており、経営について透明度の高い議論がなされるという。




「スタッフ・ベンダー制」の導入により、販売者は「行政による住宅や生活費の保障を受けずに自分の力でやれ、納税者として社会を支える一員となる」という自信や誇りを取り戻すことができ、また、意欲の高い販売者が一定数いることから、会社の経営の面からみても非常にうまくいっているという。

『ビッグイシュー日本版』を含む世界のストリートペーパーのほとんどは、その販売者との間に雇用契約を結んでいない。「ストリートペーパーの販売の仕事は、就職などの次のステップへの足がかりとして一時的に機能するもの」という位置づけであることがその大きな理由である。また、財政的負担という側面も否めない。販売者を「雇用」すると、雇用保険、健康保険、年金など社会保険料の負担が発生する。

前述のように、INSPに加入しているストリートペーパーはいずれも、定価の半分以上が販売者の収入になるような利益配分で運営している。したがって、定価の半分以下の収入から捻出している制作費や人件費の他に、社会保険料などの負担が非常に難しいのはどこも共通している。そうした背景からすると、『BISS』が社会保障制度と寄付を組み合わせて実現させた「スタッフ・ベンダー制」は驚きをもって受け止められていた。





ある参加者からは、「ストリートペーパーの役割は、ホームレス状態の人や失業・貧困状態にある人が、安定した住まいや仕事を得るという“次のステップ”に進むために、あくまでも“一時的に”機能を果たすことではないのか? 雇用することは販売者の立場を固定化させてしまうことにつながらないか?」という意見があった。

これに対しては、「“次のステップ”を見つけることが容易ではない昨今の経済・社会状況を考えれば、“ストリートペーパーの販売”という仕事を、より安心して続けられる環境をととのえるべきだ」という意見もあり、私自身も日本の状況に照らし合わせて改めて考えさせられる議論だった。

※日本でも、『ビッグイシュー日本版』の販売が最後の仕事とならざるを得ないような高齢の販売者を対象に同様の仕組みを導入できないか、かなり詳細に調査し、真剣に検討した。しかし、住宅などの社会保障のしくみの違いなどから「今すぐの導入」は難しく、現在も検討中である。




中編に続く


    このエントリーをはてなブックマークに追加

このページのトップヘ