121人生相談





子どもを産んで、異常に涙もろくなりました



初めて気がついたのは、息子を連れてウルトラマンショーに行った時です。劣勢になったウルトラマンに向かって、子どもたちが「ウーターマン、がんばれええ~っ!」と絶叫した瞬間に、目からブワーッと涙が出て、自分でもびっくりしました。

先日の子どものピアノの発表会では、他人の子どもの演奏で、涙腺が全開。ちなみに、ベタな恋愛ドラマとか、映画とかでは涙は一滴も出ません。一歩間違えると、やばい人に勘違いされそうで困っています。
(女性/32歳/主婦)





このお母さんみたいに、泣ける人はうらやましいわ。世の中、泣く場面になっても、涙が出ない人が多いですよ。僕なんかもそうだけど、男の人は、感情を出すという場面では、泣くよりも怒りに出ちゃう。感情表現が下手なんやね。

最近、涙がこみ上げそうになったのは、仲間の販売者と話している時。その人のところに、子連れのお客さんが来てくれて、子どもが「ママー」ってジャレたついでに、販売者にも手を伸ばしてきてくれたんやって。

「こんなオレにもなついてくれるんかと思うと、泣きそうになった」って僕に言ってるはしから、またウルッときているのを見たら、僕もきちゃってね。同じ時期に販売を始めて、一緒に頑張ってきた人だから、僕もうれしかった。




泣いたとなると、ここだけの話、ちょっと前に流行った『世界の中心で愛を叫ぶ』。セカチューは2、3回観たけど、泣いたな。

それから、映画版『北斗の拳』。ラオウが天に向かって拳を上げながら、死んでいくシーンね。これぞ男の生きざまって感じで、カッコよかったな。




日雇い労働者をやっていた販売者には、映画好きな人がたくさんおる。ひとり暮らしだと、単調な生活でしょ。さみしがり屋なのに、人づき合いが苦手だから、お金があったら、パチンコや、競馬・競輪。それらをしない真面目な人は、映画で気を紛らわせて、ごまかすんですよ。


お母さんには、家族がいて、子どもがいて、日常生活に喜怒哀楽のドラマがある。僕らみたいに、わざわざ映画やドラマを観て泣く必要なんてない。幸せなことですよ。涙もろい人は、その分、喜びも大きいんじゃないのかな。流せる涙は、流した方がいい。ただ、あんまり泣きすぎると目が腫れてしまうかもしれないね。それだけ、注意してな。

(大阪/Mさん)





(THE BIG ISSUE JAPAN 第121号より)







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前編を読む




日本人のルーツは東アジア、そしてアフリカへ



こうして日本人のハプログループを一つひとつたどっていくと気づかされることがあります。それは、ほとんどのハプログループが東アジアにその由来を持ち、なおかつ同じ種類のDNAを持つ人びとが、日本だけでなく、東アジアの全域に数多く存在しているということです。

つまり、日本にいる私たちのルーツ、根っこをつかんでいくと、私たちの身体はいつのまにか海をこえ、国境をこえ、東アジアの大陸をまたいでいるのです。




「私は日本の人類学者ですから『日本人のルーツ』というのを一応のテーマにしてきました。そして日本人のルーツを探るとなれば、とりあえず東アジアまで追いかけるわけです。しかし人類はもともと『アフリカ』から出てきたことが最近わかったんです。

それまで日本人は北京原人などから進化して、日本で新人になったと考えられていた。それがアフリカで新人になったことがわかり、それまで考えられていた日本人のルーツ自体もがらりと変わってしまったわけです。

じゃあDNA分析にもとづいて日本人のルーツはどこにあるのかと探っていけば、それはまさに東アジアで暮らす人びとの成立に結びつくんですね




90年代に分子生物学が巻き起こした革命、それが新人の「アフリカ起源説」でした。従来は、世界中に散らばる北京原人、ジャワ原人、ネアンデルタール人などから私たちは新人に進化したと説明されましたが、実際にはそうした先行人類は絶滅し、私たちの共通祖先はみなアフリカで生まれていたことがわかったのです。それがおよそ10万〜20万年前のできごと。あるグループがアフリカを旅立ち、世界中に拡散していったのが、たった6万〜7万年前とされています。

アフリカを最初に出た人びとは160人ぐらいと見積もられているんですよ。最大でも550人と考えられている。私たちアフリカ以外に住む人びとはみな、この何百人から生まれ、派生していった子孫なわけです。一方は欧州へ向かいヨーロッパ人となり、一方はオーストラリアへ向かってアボリジニとなった。夢みたいな話に思われるかもしれませんが、実際そうだったのですよ」




必要な人類揺籃の地アフリカへのリスペクト



このことを裏づけるようなデータもあります。私たちはふつう、白人、黒人、黄色人種のように世界中の人びとを肌の色で区別しがちですが、DNA分析が描きだす世界地図はまったく異なった色合いをしています。

現在、世界中に住む人びとをDNAの違いの大きさから4つに分類することができるのですが、そうすると三つまでのグループがすべてアフリカ人によって占められるのです。

これはなぜかといえば、人類誕生の地であるアフリカではそれだけ遺伝子の歴史も長く、突然変異の蓄積が多い(多様性に幅がある)ということなのです。アフリカ以外に住む私たちが肌の色に関係なく残りの1グループにすべて含まれてしまうのも、それだけ遺伝子の分岐がごく「最近」に行われた結果なのでした。

「人類揺籃の地アフリカは一貫して多くの人口をかかえてきたことから、他の地域に比べると数倍もの遺伝的多様性を持っています。にもかかわらず、飢餓や疾病に苦しむ現在のアフリカ集団の衰退は、人類の遺伝的多様性を損なうことになるのです。人類誕生のこの地に対するリスペクトを忘れたら、将来大きなツケとして返ってくる可能性があることを忘れてはならないでしょう」




コロンブスの発見は、人類拡散、最初の旅の確認





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ではここで、私たちも日本を出発し、ゼロ地点に戻る旅へと出てみましょう。ほとんどの人はまず日本からユーラシア大陸へと渡ることになります。世界地図を見ながらのほうがイメージしやすいかもしれません。

ある人は南アジアを経由し、またある人はヒマラヤ山脈の北などを経由して、中東地域へと集合します。想像してみてください。あなたの横には次から次へと世界中の人びとが合流してきました。そうして私たちはアフリカ大陸へと渡るのです。

かつてその先には、私たちの共通祖先が住んでいました。私たち人類の旅は、一つの故郷から出発した長い長いお別れの旅でもあったのです。




『日本人のルーツ』と書くと、もっと狭い意味で日本人が特別な集団であるかのように取る人がけっこういるんですよ。でもそうではなくて、日本人というものは南アジア、ヒマラヤ山脈の北ルートなど、さまざまな経路を経て東アジアに成立したことがわかりました。

さらに遺伝子にはシャッフル(交配)による多様性のシステムがあり、それをたどれば私たちみんなの共通祖先がアフリカにいることもわかる。人類みんなのDNAはつながっているのだと私は言いたかったんです」




現生人類が世界中に散らばって、アメリカ大陸の南端にたどりついたのが約1万2000年前のこと。コロンブスが新大陸を「発見」したのは1492年ですから、彼がなしえたのは、人類拡散の最初の旅がすでに1万年以上も前に終わっていたことの確認でしかありませんでした。

こうした人類拡散はあらためていうまでもなく、国や民族といった概念が生まれるずっと以前に起こったことです。私たちが「日本人のルーツ」という部分にこだわってしまうのも、祖先の人たちからしてみればおかしな話なのかもしれません。




「タイムスパンの取り方が学問によって違うなということも感じますよね。

例えば、大化改新のころや、奈良時代の研究をやっている人たちからしてみれば『縄文人は日本人ではない』という感覚なんです。それはそうなんですよ。日本なんてものはそのころありませんでしたからね。『国民』というもののとらえ方だって、私はほかの人とずいぶんちがうと思いますよ。今フランス人といったって黒人もたくさんいるわけでしょう。これは文化的な絡みあいから生まれてきたものです。

もっと長いタイムスパンでものごとを考えてみましょうよ。日本だって新しい人たちが入ってきて、それを受け入れてここまできたわけです。人類学者は客観的にものごとを見ていますが、世の中にはそういう視点もまた必要でしょう」




人はどこから来て、どこへ行くのか? 

私たちの旅はこれからも続いていきます。




(土田朋水)
Photo:高松英昭

篠田謙一(しのだ・けんいち)
1955年生まれ。分子人類学者。日本や周辺諸国の古人骨DNA解析を進めて、日本人のルーツを探る。著書に『日本人になった祖先たち』(NHKブックス)。国立科学博物館人類第一研究室長。


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(2008年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 86号より)


ミトコンドリアDNAでたどる人類の起源



DNAの分析技術が進歩し、現代人はもとより古人骨に残された遺伝子(ミトコンドリアDNA)から日本人のルーツ、そして人類拡散の経路が明らかになった。篠田謙一さん(国立科学博物館)にその物語を聞く。



P1820p

分子生物学が巻き起こした人類のルーツ革命


これから私たちは、長く、壮大で、不思議な旅にでかけます。人はどこで生まれ、どのようにして世界へ広がっていったのか。あなたの祖先はどのような人たちで、日本人のルーツは一体どこにあるのか。そんなことをこの旅で探っていきたいと思います。

あなたがこれまで教科書で勉強してきたことは、もしかしたら少しお荷物となってしまうかもしれません。とりあえずそうしたものは横に置いて、今回はどうぞ身ひとつでおつき合いください。

ナビゲーターは分子人類学がご専門の篠田謙一さん。「分子生物学」はDNAを解析する学問ですが、「分子人類学」はそうしたDNA分析をもとに人類のルーツなどを研究している学問です。

どうしてこの研究にDNA分析が欠かせないのか? そのことをまず篠田さんから説明していただきましょう。

DNA分析の話で一番おもしろいのはオサムシという虫です。この虫は非常にいろんな種類がいるんですが、ある研究者が日本中にいるオサムシを集めてDNA分析をしました。そうしたらオサムシたちの姿かたちが種のレベルではDNAの近縁性と関係なく、バラバラだったことがわかったんです。ものすごく似ているかたちで先祖も一緒だったと思えるようなやつが、実はぜんぜん違うDNAを持っていたりする。だから分類学の研究者も、今ではみんなDNA分析を使うようになったんですね。





これと同じことが人類についても当てはまります。これまでのように人のルーツを化石からだけ探ろうとすれば、私たちはどうしても見た目や姿かたちにとらわれなければなりませんでした。

DNA分析のすごいところは、代々受けつがれる遺伝子情報そのものを見ることによって、人のルーツを探れる点にあります。実際、分子生物学が90年代に巻き起こした革命は、私たちにつながる現生人類誕生の考え方を一夜にして一変させるものでした。それについては後ほど、またあらためて触れましょう。




ミトコンドリアDNAをたどる。日本人最大のハプログループは「D」


さて、DNA分析でどんなことがわかるのか、ということの一つに、お酒の「強い人」「弱い人」があります。あなた自身はどうでしょうか? もしお酒に弱い人であれば、少なくともあなたの祖先のひとりが中国南部の出身であることがわかりますよ。

ALDH2という遺伝子があります。この遺伝子の正常型を持つ人はお酒に強く、変異型を持っている人はお酒に弱いとされます。アフリカやヨーロッパなどの地域ではほとんどの人が正常型を持つのですが、中国や日本などの極東アジアに目を向けると変異型の人が目立ってきます。

この場合、中国南部から遠ざかれば遠ざかるほど、この傾向が弱くなるように見えるため、正常型の遺伝子が突然変異を起こした(お酒に弱い人が生まれた)起源地が中国南部にあるのではないかと推定されています。




「日本人のルーツを探るのも基本的にはこのやり方と同じなんですよ」と篠田さん。

ミトコンドリアDNAの種類によって日本人もいくつかのグループに分けられます。そのグループの分布図をもとに、私たちの祖先がどのようにして日本へやって来たかをたどるのです


ミトコンドリアDNAとは、母方からのみ子どもに受け継がれる遺伝子のことです。さまざまな利点から分子人類学の研究に用いられてきました。このミトコンドリアDNAのタイプによって分けられるグループを「ハプログループ」と呼びます。

日本人のハプログループはだいたい16種類ほどあって(その他は別とします)、そのなかでも最大のハプログループは「D」と判明しました。さらに細かくD4、D5、D6と分けることもできるのですが、日本ではD4、D5の人たちが4割ほどを占めています。ハプログループDは中央アジアから東アジアにかけてもっとも優勢なグループであり、朝鮮半島や中国の東北集団でも3割から4割ほどを占めていることがわかりました。

また、日本人の7人に1人とされる第2の集団がハプログループ「B」。このグループは分布図や人口の多さなどから、およそ4万年前に中国の南部で誕生したということが推定されています。




篠田さん自身のハプログループは「N9a」と判明しました。「DNAのデータバンクを通じて、私も同じハプログループの人たちが現在どこにいるのだろうかと調べてみました。すると数は少ないのですが、東南アジアや漢民族にいることがわかったんです」

このハプログループN9aは、はるかヒマラヤ山脈の北を越えて、東アジアにやって来たのではないかと篠田さんは考えています。

自分の祖先もヒマラヤ山脈を越えてきたんだろうなと想像しますよ。大変だったろうな。苦労したんだろうなと。ただ、彼らは苦労しながらもきちんと子孫を残してきたわけです。そうして今、私がここにいる

このようにミトコンドリアDNAからわかることは数多いのです。が、そこから導き出されるのはあくまで母方のルーツだけ、ということも私たちは忘れてはならないでしょう。

「私の父親のハプログループはAですし、私にはそちらのルーツもある。一人ひとりにはあらゆる遺伝子が受け継がれている、と考えたほうがよいのでしょう」




http://bigissue-online.jp/2013/11/11/shinoda-san-2/">後編<
分子人類学者・篠田謙一さん「日本人のルーツは東アジアの大陸をまたいでいる」(2/2)>に続く>
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前編を読む





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市民参加を盛上げるノウハウを蓄積する



イケダ: 行っていることは、専門的なことというよりは、学生が提供できる先生役というか、家庭教師的なものになるんですか?

森山: 昔であれば、ボランティア参加というと、地域の目があってやめづらかったんです。でも、今では、個人のボランティア参加が多いので辞めやすかったりもします。そこで、どうやって長く続けてもらうのかということは課題です。「ボランティアで子供たちの支援をする」というと聞こえはいいですが、ボランティア活動の優先順位も低くなりがちなので、それをどう担保していくのかが日本では遅れていると感じています。

実際、ボランティアのノウハウの仕組み化がされていないので、3keysでは他のNPOへの研修も行っています。法人化してまだ3年ほどですが、自分たちで実験中してボランティアのノウハウ構築をしているんです。これからは、徐々に個人だけでなく企業なども巻き込み、非営利分野、さらには市民参加を盛り上げていきたいと思います。

イケダ: 学習支援を行いつつ、ノウハウをためているんですね。ちゃんと先が描けているのが素晴らしいと思います。




不適切な支援は、子どもたちを傷付けかねない



森山: やはりノウハウを仕組み化していかないと、参加する人の自己満足の活動になってしまいがちです。例えば、単発の活動を行って、子供たちがもっと求めているのに、それで終わってしまったとします。それでは、結局のところ、支援対象の子供たちのためになりません。

支援を受けたのにもかかわらず、何もできていないことに対して傷つく子供たちもいます。さらには、参加する側も問題の根深さに気付かず、離れていったりするので、問題解決が先送りになるんですよね。

イケダ: 不適切なボランティアや未成熟な支援によって、支援を受ける側の人たちが自分の尊厳を傷つけられてしまうことがあるんですね。未熟な市民参加が課題を悪化させているという視点は面白いですね。

では、個人でボランティアに参加する時に気をつけるポイントなどはあるんですか?

森山: 理想的には、自分の能力やキャパシティを客観的に見れることですね。ボランティアのみなさんは最初に一番やる気があって、家庭教師だと何教科でも教えられるという人もいますが、結局早く辞めていっています。そういう人たちはあらかじめ自分の中でストーリーを描いているために、現実とのギャップが生まれるとやる気をなくしてしまうんです。

また、3keysでは、「週1時間1教科」という仕組みをつくっていて、ボランティアの理想通りにはならないものの、長く活動参加が続けられるように設計しています。結局のところ、属人性のある部分をいかにマニュアル化していくのかが大事になってくると思いますね。


イケダ: 3keysはNPOとして受益者とボランティアをつなぎ、支援を提供していることもあり、中間団体ということなんですね。




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「共助」のバランスを戻していく




イケダ: NPOでいうと寄付型とソーシャルビジネスとも言われる事業型という分け方がありますが、森山さんはソーシャルビジネスに関心はありますか?

森山: 関心はありますが、定義が結構ごちゃまぜになっていると思うんです。まず、ビジネスモデルを整理すると、受益者が負担できる形とできない形があります。負担できる事業は広義のCSR、理想的な企業の追求とも言えると思います。一方で、受益者からお金がもらえないモデルは、拡大を続けてもコストがかかっていくだけです。このモデルでは拡大=成長とはなりません。

このようなモデルでは、無償の担い手を増やしていくことが重要なポイントになると考えています。つまり、コストを最小限にして、市民参加を促していくことが大事になるんです。そのため、3keysでは、現場で3年ほど活動してきたノウハウをもとにNPOや自治体へのコンサルティングなども行っていきたいと考えています。

イケダ: 森山さんは、今は市民が未熟で、まだかなりの資本が眠っていて、そこに水をやったり、耕すことで、花を咲かせ、最終的にはお金を介せずに地域の助け合いが復活してくると普通に信じていますよね?

森山: そうですね。もともと昔の地域社会に存在したバランスが、いま崩れることはないと思っているんです。自分がバランス主義なのかもしれませんが、昔あった助け合い、共助を含めたバランスをもどしていくことを目指しています。引き続きNPOでの実践を通じて、これからあるべき社会を少しずつ作っていきたいです。

イケダ: 今日は興味深いお話をありがとうございました!




インタビューを終えて



本当は児童養護施設の現状と支援について伺う予定だったのですが、思わず話が脱線して、「市民参加」について語ってもらうことになりました。「眠れる市民たちが社会参加すること、世の中が良くなっていく」というポジティブな未来は、エネルギーをいただける内容になっていると思います。

3keysは11/9に、ライフネット生命の出口氏を招いて、これからの働き方を考えるための「Child Issue Seminar」を実施予定です。参加費は2,000円、高校生は無料となっております。こちらもふるってご参加ください。


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ビッグイシュー・オンライン編集部のイケダです。講談社「現代ビジネス」の協力のもと、児童養護施設の子どもたちの教育問題に取り組む「3keys」の代表・森山さんにお話を伺ってきました。





東京だけで、3,000人以上の子どもが児童養護施設に




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(森山誉恵さん)





イケダ: 今回は、NPO法人3keys (スリーキーズ)代表理事の森山誉恵さんにお越しいただきました。子供の貧困や教育格差、そして3keysの活動についてお話を伺えたらと思います。

森山: よろしくお願いいたします。

イケダ: まず最初に、児童養護施設の子供たちが抱える課題について教えてください。

森山: 私たちが支援の対象にしているのは、格差のもとにある子供たちです。その中でも特に児童養護施設にいる子供たちに焦点を当てて活動しています。

前提として、児童養護施設は、戦後孤児を預かる場所として始まったものでした。親戚なども預かれなくて、行政が保護するしかない子供たちの場所としてできたので、現在でも学校法人や宗教法人が運営していることが多いです。

しかしながら、そのような文化がなくなっている中で、社会保障化が進んでいます。昔に比べて地域や親族とのつながりなども希薄になってきていることもあり、ニーズが増えている状態です。今では、東京だけでも18歳以下で3000人以上の子供たちが児童養護施設で暮らしています。そのため、定員が埋まっていて、常に待ち状態です。






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(参考:「東京都の社会的養護の現状」)




その中で、身近にサポートする人が足りていない子供たちに対して、3keysでは学習支援にフォーカスしています。しかしながら、子供たちが幼いころに身に付けるなければいけないことが身に付いていなかったり、愛情不足だったり、教養面なども足りていないので、問題は根深いです。

イケダ: 児童養護施設に来る子供たちは、基本的に親が子供を育てられなかったり、親と死別してしまったことなどが原因なんですか?

森山: そうですね。昔は親を亡くした子供たちが来ることが多かったんですが、現在では、施設に来る子供たちの95%には親がいます。しかし、その親が精神疾患だったり、虐待をしたり、また親自身も生活保護を受けているケースもあり、世代をまたぐ複雑な問題となっています。




18歳で「自立」を迫られる子どもたち




イケダ: 施設の子供たちは、18歳で施設から出て行くんですか?

森山: 基本的には、児童福祉法行政のもと18歳まで守られていますが、2年前くらい前に行政の方で、20歳まで延長してもいいということが通知されました。ただ、施設の方もいっぱいいっぱいなので、次の子供たちのために、できるだけ18歳で出ていくことが暗黙のルールになっています。

イケダ: 要するに18歳以上になったら、自立しなきゃいけないということなんですね。たとえば、勉強したい子供というのはどうなんでしょう。どうしても働きながら通える学校に進学するということになるのでしょうか?

森山: 進学の場合は、夜間になることが多いですね。施設の子供たちの8割が就職の選択肢をとっている状況で、基本的に働くことを選ぶ子供たちが多いです。親からの支援や奨学金の活用をもとに進学する子もいますが、まだ一握りしかいませんね。

また、意欲的に高校まで学習しようという子供たちの方が圧倒的に少ないです。中卒も2~3割ほどいますし、たとえ高校に進学したとしても、中退してしまうケースが多いです。





「共助」を取り戻すために



イケダ: 児童養護施設の子供たちに対して、3keysは学習支援をしていますよね。具体的にはどのようなことをやっているんですか?

森山: 基本的には学習支援が目的ではありません。昔の地域社会における、共助の文化が都心部では失われているので、それ別の形で再生できないかと考えて活動しています

私自身は両親が共働きだったこともあり、マンションのおばさんが夜遅くまで面倒を見てくれていました。そういうお金ではない、つながりが支えていた部分をもう一度取り戻していかないと、自己責任論になったり、社会保障が膨らむだけなんですよね。

私は、昔の地域社会でいう「おすそわけ」が「寄付」で、「助け合い」が「ボランティア」だと思っています。おすそわけをいただきながら、公助だけに頼らず、子供たちに最低限の支援をしていけたらと考えて、活動しているんです。

昔、地域の中でボランティアをやっていこともあるんですが、退職された教師を含む60~70代の方々が多く、大学生だとなかなか居づらかったり、子供たちが昔の常識で勉強を教えられたりしていました。

しかし、そこで活動している方々がいなくなった時に、若い人が参加していかないと、ますます共助がなくなっていくと感じたんです。そこで、大学在学中の2009年に、周りの大学生に声をかけて団体を作ったことが3keysのはじまりでした。

学生主体ということでSNSを活用したり、学生が参加しやすいこともあり活動が広がっていきました。一方で、学生の団体で心のケアまで行うのは行き過ぎとも考えていたので、現実的な子供たちに対する自立支援として「学習」にフォーカスしています。さらには、この問題に市民参加を促していかないと手遅れになってしまうとも感じています。




後編に続く



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こんにちは、ビッグイシュー・オンライン編集部イケダです。現在発売中の226号より、オンライン編集部が気になった「読みどころ」をピックアップいたします。続きを読む
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前編<「空(くう)」の思想:すべての世界を否定、すべてのものの価値を認める>を読む




「キリスト教はもともと個人の救済だけでなく、労働の意味を考えたり、他者に働きかけたりする意識が鮮明にありました。つまり、社会というものを意識していたんです。しかし、仏教は常に自己と世界の関係にかかわったために、自分と同じ人間が社会をつくっているという観点が弱かったんです。

そのために、仏教的な自己否定の考え方は現実社会における経済的、政治的なガイドラインを生み出すことができず、インドから追い出され、その後もさまざまな国に伝播しましたが、厳しい運命をたどりました。仏教の『空』の歴史は、滅びの歴史ともいえるんです」




「空」の否定体験から見える、「世界の美」と「他者への慈悲」



あらゆる仏教思想の源となりながら、その歴史の中でいつしか影を潜めていった「空」の思想は、今や一般社会はおろか仏教界においてさえマイノリティーな存在となった。

立川さんは、その「空」の思想がたどった足跡を求めて仏教2000年の歴史を遡り、長い過去のトンネルから返ってきた時、「マックス・ウェーバーの理論について考えるようになった」と話す。




マックス・ウェーバーの理論とは、営利の追求を敵視していたはずのプロテスタントの倫理が、実は近代の資本主義の誕生に大きく貢献していたことを解き明かした研究のことである。

キリスト教、特にプロテスタンティズムは、ぜいたくや怠惰などを否定的にとらえ、労働に励むことが神のおぼし召しにかなうことだ、と考えた。その禁欲的態度こそが近代合理主義を形成し、蓄財を奨励し、現代につながる資本主義を成立させる精神的起動力となったのである。





「現代に生きる私たちは産業を興し、財を蓄積し、自由競争すれば、個人同士は競争していても結局は世界がうまく収まると考えています。マルクスでさえ、資本家が搾取しなければ、生産によって人びとの生活は楽になると考えた。

でも、今日のグローバライゼーションや地球環境問題を考えた時、その楽観主義はもう通用しないのではないかと思うんです。自然科学の技術を含めた生産形態は、私たちの手によって制御される必要があり、これまで利潤をいかに合理的にあげていくかと考えて積み上げてきた知恵を、今度は欲望を制御する方向に用いるべきではないかと思うのです」




仏教は、伝統的に人間の行為や煩悩、業といった欲望を否定することを教えてきた。その否定の典型的なあり方が「空」の思想だった。立川さんは、この「空」の思想に、今こそ世界に向けてメッセージを発信できる何かがあると感じている、と言う。

「『空』は、神の存在を認めていないにもかかわらず宗教たりえている。根本原理からすべてを導き出すという発想がないところに私は『空』の可能性を感じるんです。

すべての世界を否定して、その後の甦りによって、世界はもろもろのものが一つの原因から生じるのではなく、原因と結果によって成り立つものが寄り集まっていると考え、すべてのものの価値さえ認める。その世界のとらえ方や発想こそが、今の私たちに必要ではないかと思えるんです」




そして、否定は、人間に欲望を抑え我慢することだけを教えるわけではない。「空」による否定は、人間にとっての聖なるものの提示、美と崇高なるものの尊さを教え、感じさせていると立川さんは言う。

「『空』の否定体験を経て、新しく世界をとらえ直してきた人は、世界は美しく、かけがえのないものであるという畏敬の念を感じ、人の命の尊さを実感している。そして、その美と崇高なるものを実感した時、人は自己の精神的救済だけでなく、他者に向けて動き出すんです。そこにあるのは、他者を慈しみ、悲しみを取り除こうとする慈悲なんです」

(稗田和博)
Photo:伊藤卓哉




立川武蔵(たちかわ・むさし)
1942年、名古屋生まれ。名古屋大学文学部卒業後、ハーバード大学大学院でPh.D取得。名古屋大学教授を経て、現在、愛知学院大学文学部教授、国立民族学博物館名誉教授。著書に、『中論の思想』『西蔵仏教宗義研究(第1・5巻)』『日本仏教の思想』『空の思想史』などがある。
※肩書きは取材当時






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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。


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11月1日発売のビッグイシュー日本版226号のご紹介です。



スペシャルインタビュー ポール・マッカートニー


11年ぶりの来日コンサートが迫るポール・マッカートニー。70歳になった今、ますます精力的にライブをこなしています。英ビッグイシューの取材に応じ、ビートルズメンバーとの思い出や、変わらない音楽への情熱を語ります。



リレーインタビュー 私の分岐点 番外編
『アプロポ』編集長ミカエラ・グリュンドゥラーさん


今回のリレーインタビューは番外編。モーツァルト生誕の地・ザルツブルクで販売されているストリート・マガジン『アプロポ』に14年間携わっててきたミカエラさんに話を聞きました。自身の生い立ちや販売者さんとの思い出、夢を語ります。



連続企画 堤未果さんに聞く貧困大国アメリカ その①
―進行する「フードスタンプ」。米国企業による巨大支配


2001年の同時多発テロ後、変節する米国に危機感を抱いた堤未果さんは、長年住んでいた米国から帰国し、ジャーナリストに転職。『ルポ 貧困大国アメリカ』『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』『(株)貧困大国アメリカ』を次々に執筆しました。その間10余年、執筆を通して見えてきたことを、3回シリーズで伺います。一回目のテーマは「食と農業」です。



特集 ただ触れ合う―皮膚から見える世界


江戸期、貝原益軒の『養生訓』によると、身体に異変があったときには、まずマッサージをしたといいます。江戸まで時代を遡らずとも、つらいとき・かなしいとき、100の言葉よりもただ背中をさする手が心をほぐしてくれるのは、誰しも体験のあることでしょう。先が見えない現代社会で心身に不調を訴える人が多いが、いま私たちに必要なのは、医療やカウンセラーだけではなく、ただ「触れ合う」ことではないでしょうか。
振付家の近藤良平さんには、「触れ合うコミュニケーション」についてお話を伺い、『手の治癒力』などの著書のある山口創さん(桜美林大学准教授)には、「触れ合いで取り戻す心と身体のバランス」を、またNPO法人「タッチケア支援センター」代表の中川玲子さんには、いつでもだれでも始められるタッチケアを教えていただきました。
この秋、あなたの皮膚が、新たな世界を拓きます!



ビッグイシュー・アイ 棒人間、日本に再上陸!


223号に登場のStikさんが日本に帰ってきた!ビッグイシュー大阪&東京事務所を訪れた際のサイン会や、大阪・難波&京都・西院でのライブペインティングの様子をレポート!



この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

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(2008年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 86号より)

今、「空(くう)」の思想:すべての世界を否定、すべてのものの価値を認める


インド仏教が生んだ「空の思想」は、この世にあるものすべては存在しない、と考える。
神も世界も私すらも実在しないという「空」とは、いったい何か? そして空の思想は現代の私たちに何を語りかけるのか。『空の思想史』の著者である立川武蔵さんに聞いた。
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