(2012年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第202号

目立ちはじめた20代前半のホームレス。家族の限界と崩壊が背景に



2001年から、ホームレス状態にある人たちの生活相談をしてきたNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」。現場で相談を受けるスタッフの冨樫匡孝さんと碓氷和洋さんに、最近の状況について話を聞いた。


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(碓氷和洋さん)

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(冨樫匡孝さん)

高校中退、仕事経験なし、高い就職や自立へのハードル



リーマンショックを境に、20代、30代の若者ホームレスの姿を見かけることが多くなった。しかし、彼らはネットカフェ、ファストフード店などの24時間営業の店舗、寝るだけの空間を提供するゲストハウスなどで夜を過ごすことが多く、その実態を把握することは容易ではない。

「今年に入って若い人からの相談が急増しています」と話すのは、『自立サポートセンター・もやい』で困窮した人の相談に応じる冨樫匡孝さん。

最近目立つのは、実家との関係が悪化し、家にいられなくなったケースです。派遣切りに遭っていったん、実家に帰っていた人とか、不安定雇用のため自活できず居候を続けていた人が、家族に押し出されるかたちで路上に出てきた感じです。背景には、家族の経済的問題がある場合がほとんど。父親が定年で年金暮らしになるため、これ以上やっかいになれないと出てきた人もいました」

さらに最近、冨樫さんらもやいスタッフを驚かせているのが、20代前半層の増加だ。

「21歳とかで相談にやって来る人が増えています。複雑な家庭に育った人が多く、親の虐待や精神疾患などが原因で必要な養育をほとんど受けてこなかったという人もいます。家族との関係がうまくいかず、18歳から友達の家や路上を転々とし、今に至っている人。母親の病気にかかる費用の支払いが滞り、家を出てしまった人。ギャンブル依存で借金をかかえた両親が立ち退きを迫られており、本人は自立したいが精神的な問題で働けないというようなケースもあります」

特に20代前半の若者の場合、働いた経験がほとんどなく、また高校を中退しているケースも多いため、就職や自立のハードルはいっそう高くなる。

今年に入って相次ぐ生活保護バッシングの影響のためか、生活保護を受給している人からの相談が増えていると話すのは、もやいスタッフの碓氷和洋さん。

「生活保護受給中に懸命に仕事を探しても、求人自体が少なく、不安定かつ最低賃金ギリギリの仕事しか得られない場合がほとんど。そうした状況の中、意欲を失ってしまう人もいます。また、再就職できた人の中にも、数年のブランクがあったため現場の技術革新についていけず辞めてしまったケースもありました。教育訓練などアパート入居後に活用できる具体的資源が少ないことも、自立の妨げになっています」

単身者の公共住宅があればホームレスには陥らない



もやいでは、そんな孤立しがちな若者のための居場所づくりを数年前から続けてきた。「Drop-in こもれび」という集いで月2回、日曜日の午後、「こもれび荘」で集まりをもっている。

「食事を作って食べるほか、これといった決まりもない自由でゆるい集まりです。彼らは将来が見通せない職場でギリギリの状態で働いています。愚痴や悩みを言い合える仲間がいることで何とか乗り切ってもらえれば……」

20代でホームレス状態を経験し、もやいに相談に訪れたことをきっかけにスタッフになった冨樫さんだけに、その思いは強い。

若者の3人に1人が非正規雇用という雇用状況が改善される兆しはなく、今後もホームレス状態に陥る若者は増えていくことが予想される状況の中、冨樫さんは2万円程度の低廉な家賃で入居できる、単身者用の公共住宅を設けることを提案する。

都会では一人暮らしの経済的ハードルが高い。そのため自立したくても家を出られない人や家賃を払えなくなる不安を常に抱えている人は大勢います。住居だけでも安定すれば、ホームレス状態にまで陥ることはありません

若者支援施策がほとんどないこの国では、実家に暮らすことでかろうじてホームレス状態を免れている若者が大勢いる。しかし家族による包摂は、崩壊寸前にさしかかっていることが今回の取材でも明らかになった。

「若者を非正規雇用に押しとどめ、まったく育てようとしない企業や社会に『本当にそれでいいんですか?』と問いたい。このまま行くと次の世代は確実に貧しくなり、国は先細っていくでしょう。どんな状況の若者も平等にスタートラインに立てるよう、自分のこととしてこの問題に関心を向けてほしい」

(飯島裕子)
Photo:横関一浩

NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい
東京都内の路上生活者支援団体のメンバーが中心となり、2001年設立、03年よりNPO法人。「経済的貧困」と「人間関係の貧困」の二つの貧困を社会的に解決していくことが活動理念。ホームレス状態にある人がアパートに入る際に連帯保証人を提供する入居支援事業、生活困窮者の相談に応じて制度利用のサポートなどを行う生活相談・支援事業、生活が安定した後の孤立化を防ぐための交流事業を中心に活動している。04年以降、「こもれび荘」が活動拠点になった。

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月2万円の家賃を!生活保護費増大を食い止める家賃補助



平山 もう一点、付言したいのは、ヨーロッパでは社会住宅が「成熟」し、その建設に要した資金の償還が終わり始めているということです。住宅政策が他の社会保障や雇用対策と違うのは、それが「投資」だということです。償還が終わったら、家賃は低くても大丈夫、ということになります。だから、社会住宅の家賃を下げると、市場競争によって、「成熟」した民間賃貸の家賃も下がります。

ところが日本の住宅は寿命が短い。建てては壊し、ということばかりやってきた。「成熟」する前に住宅をつぶしてしまう。いつまでたっても借金付きの住宅ばかりなので、家賃を下げられない。寿命の短さは、「建築と環境を大切に」という点から悪いだけではなく、住宅問題の観点から非合理的なのです。いま、住宅政策にきちんと「投資」すれば、将来を乗り切れる、その最後のチャンスです。

住宅政策を所管する国交省は貧しい人たちのことに興味をもっていません。厚労省は貧困者の住宅問題に対処しようとしていますが、「住宅は建築物で物的存在だ」ということがわかっていません。貧困ビジネスは悪い。しかし、劣悪住宅に住宅扶助を供給し、貧困ビジネスを可能にする制度設計に問題があります。




稲葉 そうですよね。東京では生活保護受給者目当てで家賃相場が上がり、質の悪い住宅であっても、共益費・管理費を含めると6万円くらいになっている。そのため、基礎年金だけの高齢者やワーキングプアの人も借りられなくなっています。

それに生活保護や住宅手当の受給者が、そこから抜け出しても高い家賃を払うことになるので、またすぐに困窮してしまう。私は「月2万円の家賃を」とずっと言ってきましたけど、ビッグイシューを販売している人でも、がんばっている人で月10万売り上げたとしても、東京だと生活できないですよね。月5万や6万の家賃は無理でも、何らかの家賃補助の制度や社会的住宅があって、月2万円で借りられれば生活保護を受けなくても何とかやっていけます。

東京は本当に貧乏人が暮らせない街になっている。低年金の高齢者も、ワーキングプアの若者も、住宅自体を借りられない状況になりつつあります。




平山 雇用対策や社会保障はもちろん重要ですけど、住宅保障はもっと重要です。たとえば、国民年金の高齢者の場合、持ち家でないと生活できないはずで、借家人が生活保護制度に流れ込む可能性があります。こうしたグループには、家賃補助を供給すれば、生活保護受給には至らないという人が多いと思います。

空き家などを含め住宅のストックはある。ストックと家賃補助を組み合わせ、民営借家市場に競争メカニズムを働かせ、住宅水準を上げながら、住居費負担を軽減し、国民年金だけでも暮らせるという仕組みをつくれるはずです。




稲葉 ビッグイシューで、月3万円の仕事を複数もつという連載がありますね。あれは地方での働き方の提案ですが、都市でも、家賃の補助があれば月3万円ビジネスを3つ、4つやれば暮らしていける。そうすると、働き方の選択肢も広がりますよね。





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持ち家8割の被災地で増える公営住宅入居希望。低家賃なら生きられる




平山 被災地の状況に目を転じますと、阪神・淡路大震災の場合と大きく違う東北の特徴は、「土地が壊れた」ということです。神戸は、たくさんの方が亡くなって本当にひどい目に遭いましたけど、瓦礫を撤去したら地面があって、そこに住宅を再建できた。

東北の地面は、水に浸かって物理的に潰れただけでなく、復興計画の建築規制を受ける場合が多い。制度的に戻れる場合でも、安全なのかどうか、地域の様子がどうなるのか、よくわからない。東北を取り巻いているのは、土地破壊による先行きの不透明感です。

去年と今年、釜石の仮設住宅で大規模なアンケート調査をしました。この1年で大きな変化がありました。去年は、家を建てて戻りたい人が8割でした。その数値が今年は4割に減りました。自由記入欄をみますと、去年は「大変だ」と「がんばろう」が半々でした。今年は「もうたまらん」という記述が大半。神戸の震災の時は、仮設被災者の8割が借家人でした。東北では8割が持ち家に住んでいた。だから、東北の被災者は持ち家指向が強い。しかし、持ち家再建の難しさが明らかになって、公営住宅希望が急増しています。




稲葉 住宅再建が進まないで、時間だけが進むと、若年層が希望を見いだせなくて外へ出て行くことになりかねないですね。

平山 若者は「今苦しくても5年後は大丈夫」という見通しがあればやっていける。しかし、被災地の先行きは不透明で、若者の流出が目立ちます。

被災地人口はすでに減っていて、さらに減少する可能性がある。ここで大切なのは、人口定着策を展開すると同時に、人口が減っても幸せに暮らせる地域をつくるという発想をもつことです。釜石では、長い歴史のなかで、人口が増えたのは製鉄で栄えた一瞬でした。東北はもともと人口が少なく、自然が豊かな地域。あの自然が受け止められるぐらいの人口に戻って、おだやかに暮らす地域をつくる。人口が増えて産業が発展するという20世紀的な地域像から解放される必要があります。

現在の被災地では、仮設住宅から公営住宅へ、という移行をどのようにデザインするのかが重要課題です。仮設の存立は、制度上は2年ですが、5年くらいに長期化する可能性があります。神戸の場合に比べれば、東北の仮設は、集落でまとまって入居するとか、木造建築とか、サポートセンターをつくるとか、進歩したと思います。いっそうの工夫が望まれます。

公営住宅については、阪神・淡路で問題になったのは、たとえば、早くに建った公営住宅に入居した後で、自分がもともと住んでいた近くに公営住宅が完成し、そこに移りたいと思っても、すでに公営住宅に入っているので応募資格がない、といったことです。この制度を変えて、まずはどこでもいいのでちゃんとしたところに住んでもらい、そこからの移動も認める、というルールにしてほしい。また、公営住宅の建設では、いろいろな工夫ができると思います。


稲葉 一戸建てでもいいわけですよね。

平山 いいです。木造の公営住宅を建てて、払い下げてもいい。集落ごとの多様な工夫が可能と思います。将来の東北では、公営住宅の入居希望が減るかもしれません。それを高齢者施設に転用するといった工夫もありえます。

稲葉 仮設は2年間という建前があるので、その間の住宅の質は考えなくていいという発想がいまだにありますね。

平山 今、安普請の仮設と、一戸当たり2千万ぐらいかかる立派な公営住宅と2種類しかない。その間にもっといろいろな種類の低家賃の住宅を作ればいいと思います。家賃さえ低ければ、とりあえず生きていける。木造の仮設は、手を入れてもっと長く住めるようにしたらいい。

釜石には、コミュニティケア型の良質の仮設団地があります。そこでは、動きたくない、公営住宅に行くとばらばらになるから寂しいのでは、とおっしゃる入居者がけっこう多い。だったら仮設団地に手を入れて、そこを街にすればいいのではないかと思ったりします。
稲葉 仮設住宅には格差がありますね。福島や岩手の住田町では木造の仮設を供給して、喜ばれていると聞きました。地元の大工さんが地元の木材を使って作るので、地域経済への波及効果もある。

平山 そうですね。仮設住宅のあり方は生活再建の正否を左右しますので、その工夫は重要です。大災害時では2年では終わらないという前提で、制度設計を再考すべきです。




若者の自立阻む住宅問題。未来へ、投資としての住宅政策を!




平山 繰り返しますが、「住宅政策は割に合う投資」なのです。これだけ住宅をないがしろにする国は珍しい。暮らしの問題が15年ほど前に政治化しました。日本の政治史では画期的でした。でも、みなさんの関心は、雇用と所得、次に年金、介護、教育、そこで終わりです。個人・世帯と社会全体にとって住まいがいかに重要かがまったく認識されていない。

政府だけじゃなく、市民も研究者も雇用と所得の議論ばかりしている。持ち家政策の結果として、住宅は個人の買い物の問題だということになってしまった。ホームレス問題にしても、雇用問題だという問題の立て方が多い。運動家の中で住宅問題を指摘する人は少ない。稲葉さんぐらいじゃないですか。




稲葉 やっぱり労働問題として考えるか、福祉の問題になってしまう。昔から不思議だったのは、特に派遣切りの時に、住まいを失った人たちが何らかの公的な支援を得たいと思ったときに、行く先が福祉やハローワークの窓口しかないことです。住宅課が住宅を直接提供してくれれば、みんなそこに行くんですが、そもそもそういう制度がないし、ないのが当たり前だとみんなも思っていますよね。

平山 住宅施策の救済を期待できない若いホームレスは、実家に帰るということもできないのでしょうか。

稲葉 帰れない人が多いですね。多いのが児童養護施設の出身の方で、18歳まではある程度、児童福祉の枠に守られてはいます。そこから先は住宅の支援がないので、施設を出る時は住みこみの就職をする場合が多いんです。社宅などで暮らすんだけど、そこで仕事を失うと、戻る場所がなくなってしまう。家族には頼れない。家族がもともといなかったり、家族から虐待を受けていたり、家族も生活保護を受けていたりするからです。最近は特に貧困の連鎖の問題が深刻化していますね。

それと親にある程度経済的余裕がある場合でも、失業して実家に戻ったり、実家でひきこもる人たちもどんどん高齢化している。本来ならば、その人たちも家を出たほうが自立の可能性が高まる。親との関係もいったん距離を置けるし、お互いの精神的な独立をはかるという意味でもいいんですね。でも家賃が高いので出るに出られない。そういう意味で住宅問題が若い人の自立を阻んでいる部分も大きいですね。

平山 家賃補助があれば、家を出る若者が増えると思います。社会を維持するには、若い人たちが、先行する世代に続いて、自分の人生の道筋をつくっていく、というサイクルの形成が必要です。日本の今の停滞感は、景気低迷だけではなく、社会的なサイクルが止まりそうになっている点に原因があって、そこに住宅政策のあり方が深く関係しています。住宅問題は、それ自体として問題であるだけではなく、社会持続の可能性をむしばむのです。




(編集部/敬称略)
Photos:横関一浩






ひらやま・ようすけ
1958年生まれ。神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授。専門は住宅政策。著書に『都市の条件――住まい、人生、社会持続』(NTT出版)、『住宅政策のどこが問題か――〈持家社会〉の次を展望する』(光文社)、『若者たちに「住まい」を!』(共著/日本住宅会議編/岩波ブックレットNO.744)ほか多数。






いなば・つよし

1969年広島県生まれ。東京大学大学院(地域文化研究専攻)中退。1990年代から路上生活者の支援活動を始める。2001年「自立生活サポートセンター・もやい」設立。現在、理事長。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。著書に、『ハウジングプア』(山吹書店)、『貧困待ったなし!――とっちらかりの10年間』(自立生活サポートセンター・もやい編/岩波書店)など。


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(編集部より:NPO法人自立生活サポートセンター・もやい代表理事、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人の稲葉剛さんに、住宅と貧困の問題についての寄稿をいただきました。)

鵺の鳴く夜を正しく恐れるために



皆さんは鵺(ぬえ)という伝説上の怪物をご存じでしょうか。

『平家物語』によると、平安時代の末期、夜な夜な京の都を騒がせる怪物がいました。鵺は、猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尾を持ち、「ヒョーヒョー」という気味の悪い声で鳴いたと言われています。

闇にまぎれてうごめく怪物を見た目撃者たちの証言は混乱したことでしょう。「猿だ」と言う人、「狸ではないか」と言う人、「いや、虎だ」、「蛇だ」と言う人、また鳴き声を聞いて鳥の一種だと言う人もいたのではないかと思われます。

それから800年以上の時が流れましたが、現代の日本社会に広がる「住まいの貧困」は、まるで鵺のようだと私は感じています。

1990年代前半、バブル経済の崩壊がきっかけとなり、全国各地の大都市で仕事と住まいを失った人々が路頭に迷いました。この問題に政府が重い腰を上げたのは1999年。関係省庁及び大都市の地方自治体で構成する「ホームレス問題連絡会議」を設置し、「ホームレス問題に対する当面の対応策」をまとめました。

しかし、ここでの「ホームレス」の定義は「道路、公園、河川敷、駅舎等で野宿生活を送っている人々」とされたため、とりあえず「今晩の宿」があり、簡易旅館、カプセルホテルなどで不安定な生活をしている人々は「ホームレス」ではないとされました。「ホームレス問題」は厚生労働省の旧厚生省部門の一つ、社会・援護局が担当することになりました。

2007年にはテレビ報道がきっかけとなり、「ネットカフェ難民」という言葉が流行語になりました。不安定な非正規労働を続ける人々の中で、アパートの初期費用(敷金・礼金等)や保証人を用意できないためにネットカフェなどに宿泊せざるをえない人々が増加し、社会問題になったのです。

厚生労働省は緊急に「ネットカフェ難民」に関する調査を行ない、週3、4日以上ネットカフェに宿泊している人を新たに「住居喪失不安定就労者」と定義しました。「住居喪失不安定就労者」は「ホームレス」とは別の存在とされ、その支援事業は厚生労働省の旧労働省部門である職業安定局が担当することになりました。

東京では2010年にネットカフェへの入店に本人確認書類を義務づける都条例が施行されたため、ネットカフェで暮らしていた人々の一部がネットカフェに宿泊できなくなりました。そうした人々をターゲットに、近年、「シェアハウス」、「レンタルオフィス」などと称して1~2畳ほどの空間を月3~5万円で間貸しする業者が急速に増加しました。

今年に入り、「レンタルオフィス」、「倉庫」等を名乗りつつ、実際には多数の人々を居住させていた業者の建物が消防庁から消防法違反を摘発されるケースが増えてきました。マスメディアはこうした住まいを「脱法ハウス」と呼び、国土交通省も建築基準法などの法令違反物件について実態調査に乗り出しています。

しかし、この「脱法ハウス」問題も物件への規制にとどまるのであれば、結果的にそこに入居せざるをえない人々が他の場所に移るだけになってしまいます。

ホームレス問題、「ネットカフェ難民」問題、脱法ハウス問題…と、マスメディアや行政はその時々の「ホットな社会問題」を取り上げてきましたが、それらは一過性のブームやその場しのぎの対策にとどまってきました。私にはそれが、鵺を見て、「猿だ」、「狸だ」、「虎だ」等と言って怖がっている人々とあまり変わらないように見えます。

必要なのは、闇にまぎれる怪物の全体像を照らし出すことです。次から次へと噴出する社会問題の背景には、住まいの貧困(ハウジングプア)という根本的な問題があるのではないか。国や地方自治体の住宅政策が機能していないことや、私たち自身が「住まい」の問題に無自覚であることから、多くの問題が発生しているのではないか。そういう発想の転換が必要になっていると私は感じています。

*住まいの貧困に取り組むネットワークでは、東京都千代田区の「脱法ハウス」で入居者が立ち退きを迫られている問題に取り組んでいます。詳しくは下記のブログをご覧ください。

住まいの貧困に取り組むネットワーク ブログ

(編集部より:住まいの貧困に関心がある方は、ビッグイシュー・オンラインの「住宅政策」タグページもご覧下さい。稲葉さんのインタビュー記事も掲載しております。)
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6月15日発売のビッグイシュー日本版217号のご紹介です。



特集 対話の時代へ。わかりあえないことから始まるコミュニケーション


今、就活の現場や職場でやみくもに求められている「コミュニケーション能力」。それは一体なに? この問いに答えるため、劇作家の平田オリザさんをゲスト編集長に迎えました。
平田さんは言います。企業が求める「コミュニケーション能力」は、価値観をこえ自分を主張できる「異文化理解能力」と、空気を読んで反対意見は言わない「同調圧力」という矛盾したダブルバインド(二重拘束)の状態にある。それが、若い人や社会全体をひきこもり状態に追いやっているのではないか? 今、日本の社会に必要なのは「対話」と「対話的精神」であると。
10代に“ひきこもり”を体験した劇作家の岩井秀人さんと、平田さんが語る「ひきこもり」対談も実現しました。
わかりあえないことから始まるコミュニケーションを求めて、「対話」の時代を平田さんとともに考えます。



スペシャルインタビュー ナオミ・ワッツ


2004年に起きたスマトラ沖大地震を忠実に再現した映画『インポッシブル』。主役のナオミ・ワッツは『キング・コング』のヒロイン役で知られ、次回はダイアナ妃を演じる予定の、オーストラリアを代表する女優です。『インポッシブル』の過酷な撮影現場や、モデルとなった家族との出会いを語ります。



リレーインタビュー 私の分岐点 小曽根真さん


米CBSと日本人初の専属契約を結び、日本を代表するジャズピアニストとして活躍する小曽根真さん。自身の分岐点は「今のパートナーと出会ったこと。僕の人生は、彼女がしてくれたことに報いるためにある」と語ります。



国際記事 エジプト、頻発するキリスト教徒少女の誘拐


エジプトでは、コプト教徒(エジプト独自のキリスト教の一派)の少女が、忽然と姿を消す事件が相次いでいます。少女たちは、誰に、何のために連れ去られるのか? 背後には、イスラム原理主義勢力の存在が指摘されています。



この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

最新号は、ぜひお近くの販売者からお求めください。
販売場所検索はこちらです。

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前編を読む





公的住宅の建設を再開したヨーロッパやアジア。感度ゼロ? の日本




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稲葉 住宅が雇用の状況に振り回されるという問題は、リーマンショック、派遣切りが起こった時に、これは雇用・労働政策の問題だけではなく同時に住宅政策の問題でもあると、社会にアピールして、わかっていただいた部分もあると思います。

ただ、その後民主党政権になって、追い出し屋規制法案が国会に出されたり、住宅手当制度も本格運用されたのですが、住宅政策全体を転換するところまではなかなかいけていません。

追い出し屋規制法については、家賃1ヵ月遅れただけで追い出すというような居住権の侵害を規制する法案ができ、参議院は通りましたが、不動産業界が巻き返しのロビー活動を行い廃案になってしまった。さすがに、部屋のロックアウトや荷物の処分などの露骨な追い出しは減りました。が、法律自体の頓挫でいまだに被害はあり、ホームレス化を助長しています。

住宅手当制度も、離職者対象にハローワークに通って就職活動を続ける条件で6ヵ月間家賃分だけを補助。努力しても見つからない時、最大3ヵ月延長で合計9ヵ月家賃が得られます。ただ、特に住まいを失った人の利用では、アパートの敷金礼金などの部分は貸し付けで、最大40万円まで借りられますが、融資がこげついた影響もあり、今どんどん審査が厳しくなっています。

これらは生活保護の手前の第2のセーフティネットとして始まりましたが、使い勝手が悪いために、生活保護の受給者が減らずに増えてしまいました。それで今、生活保護を締めつける動きが出ています。




平山 雇用がぐらつき、追い出し屋規制や住宅手当などが出てきたのですが、社会的な住宅保障の基礎がないので、つぎはぎにしかならない。

これまでの日本の住宅政策の基本線は中間層に家を買ってもらうということでした。GDPが伸びていた時代に「たいていの人は家を買えるだろう」という前提の政策が展開し、今になってもそこから抜け切れない。公営住宅が全住宅のたったの4%、家賃補助もほとんどないという日本の状況は先進諸国の中できわめて特異です。

日本は90年代あたりから「市場重視が当たり前」「公的住宅の時代は終わった」というイデオロギーにとらわれてきました。イデオロギーとは、ある考えを、根拠の説明・証明を抜きに、「自然」「当然」「当たり前」とみなすことです。住まいの実態を分析し、解決に向けて合理的な政策を組む、ということにならない。

日本に流布しているのは「今から公的住宅を建てるはずがない」という言説です。

しかし、リーマンショック後の西欧諸国では社会住宅の建設が再開しました。持ち家率が8割以上のスペインのような国でさえ、社会住宅供給や家賃補助を開始しました。東アジアでは、韓国が公的住宅の大量建設に着手しました。中国はずっと持ち家重視でしたが、住宅バブルで若い人が家を買えなくなって、公的賃貸住宅を建て始めました。日本は内向きになって奇妙なイデオロギーに縛られたままです。世界の動向をもっと知るべきです。

住宅保障にはお金がかかるので、「財政危機の時代にお金のかかる話をするな」と言われます。しかし、お金をかけて何が得られるのかが大事です。非正規第一世代の人が高年化する。生涯未婚が大量化する。貧しい高齢者が増える。住宅喪失が大量に発生すれば、それへの対処に巨額のお金が必要になります。今から住宅保障を整え、近い将来に到来するとんでもない事態に備える方が、安くつきます。「住宅政策は割に合う」のです。




食い物にされる生活保護。市場を利用できていない日本の住宅政策



稲葉 私も高齢者のことが気になっています。去年の11月に新宿区の大久保で木造アパートの火災があり、5人が亡くなられました。普通の民間の賃貸アパートだったんですが、そこに住んでいた23人のうち19人が生活保護受給者でした。

その背景には、単身で身寄りのない低所得の高齢者への入居差別の問題があります。生活保護を受けていれば、東京の場合は5万3700円まで住宅扶助が出ますが、大家さんがそういう人には貸したがらない。もしアパートで亡くなられた場合、原状回復にかかる費用が100万円ぐらいかかることもあります。それを誰が負担するのか? 大家さんか、保証人か、入居していた人の身内なのか、その押しつけ合いが始まるんですね。

そういうところに一部の不動産屋が「福祉可」という物件を用意している。ほとんどが築何十年という木造の老朽化した物件なんですが、他に入れる物件がないので、結果的に老朽化した木造アパートに高齢の生活保護受給者が集まってしまう。

しかも、「福祉可」物件の多くはもともと4万~4万5千円で貸していたのを、生活保護の住宅扶助費の上限の、5万3700円までつり上げているところが多く、生活保護費も無駄遣いされています。入居者が自分で契約して入っているから自己責任と言われますが、社会の構造として劣悪な物件にしか入れないことになっている。






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平山 大阪でも似たような状況があります。「生活保護歓迎」という意味の看板がけっこう目につきますし、底辺の民間木造借家の家賃が住宅扶助の上限にすり寄っています。

多くの国では、家賃補助を受けるには、良質住宅への入居が条件になります。だから、家賃補助は借家の物的改善を促します。日本では、劣悪な住宅であっても、住宅扶助の上限額が出ます。政府は市場重視といいながら、市場競争のメカニズムを使わず、住宅扶助の制度は、劣悪住宅を淘汰するどころか温存する結果を招き、食い物にされています。

日本でも、公営住宅だけでなく、民間の賃貸住宅に公的支援を投入し、それを社会住宅として供給するという制度をつくるべきです。ヨーロッパ諸国では、社会住宅がだいたい2割ぐらいです。オランダは35%、イギリスは21%、フランスは18%。

重要なのは、社会住宅が2割あると、市場メカニズムが働き、民間借家の家賃も低くなるということです。社会住宅に「反市場」のイメージがあるとすれば、それは誤解で、社会住宅は「市場利用」のシステムです。

ヨーロッパの社会住宅が賃貸市場全体に影響力をもつのに比べ、日本の公営住宅は少なく、孤立していて、市場から完全に切り離されています。日本の住宅政策には市場利用のセンスが乏しい。公的住宅を増やすと民業圧迫と言われる。しかし、民間には、土地所有者に粗悪な賃貸住宅を建てさせるといった悪質なビジネスモデルもあります。そういうモデルは、市場競争によって淘汰すべきです。




後編に続く


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(2012年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第202号





壊れつつある社会を直すのは住宅政策。




『ビッグイシュー日本版』128号で、特集「日本、若者に住宅がない」(2009.10.1)を組んだ。それから、3.11をはさんで3年。この特集に登場いただいた、住宅問題の研究者、平山洋介さん(神戸大学大学院教授)と、路上生活者の支援活動に取り組んできた稲葉剛さん(NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」理事長)に、対談をお願いした。

日本の住宅政策の弱さが貧困とホームレスを生む一方、家賃補助や公的住宅建設などの住宅政策の強化と転換が被災地の復興と日本の未来をつくる鍵になるのではないか? 豊かな実践と研究をベースにした、静かな魂こもる対談のハイライト部分を掲載する。





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10畳に10人のゲストハウス、コンビニハウス、押入れハウスも




平山 まず、稲葉さんに2009年以降の路上の変化についてお聞きしたいと思います。

稲葉 09年リーマンショックで派遣切りが起こり、大量の非正規労働者が路上にあふれました。新宿の炊き出しでは、派遣村の半年後、09年6月頃が一番多くて、600人。もやいに相談に来る人もその時が一番多く、月に200人ぐらいでした。その後、生活保護の適用などで状況は落ちついてきて、炊き出しに集まる人は400人前後。もやいに相談に来る方は月に80~90人ぐらいですね。

けれど、最近は増えつつあります。今年の8月ぐらいから20代、30代の相談が増えています。一つの要因は半導体のルネサスショックなど、製造業の不振。大きな企業の末端でまた派遣切りが起こっているという話もあります。労働者派遣法が10月から改定されるので、その前の駆け込みで切られているということも聞きます。

また最近、東北で復興関係の仕事をしていた30代ぐらいの若者に何人か会いました。一時期、東北に首都圏や大阪から日雇い労働者が集められて、仮設住宅の建設や瓦礫の撤去、一部は福島原発関係の仕事などに就いていました。仙台を中心とする復興バブルも徐々にしぼんで仕事が少なくなり、東京に戻ってくる人が徐々に出てきている。

実は、今、心配なのが日中関係です。2年前に中国漁船の衝突事件で、一部の企業の中国関係のビジネスがうまくいかず失業したとか、日本企業の中国法人の仕事がなくなって帰国し、路上に出たという人がいました。今回の問題の影響は前回の比ではないですから、日中の経済関係が冷えこむことで野宿者が増えかねないと心配しているところです。




平山 一方、ホームレスの数は減っていると言われていますね。

稲葉 生活保護の適用が進んだことによって、厚労省の統計でも、全国で1万人弱と減ってきています。ただ、これは昼間に目視でカウントした数なので、夜だけ路上で寝ている野宿者は正確にわからないし、路上一歩手前にいる人たちについては、どのぐらいいるかはまったくわからない。

以前は「ネットカフェ難民」に注目が集まりました。東京では10年にネットカフェ規制条例ができて、入店するのに住民基本台帳カードや免許証などの身分証明を求められることになりました。そこで、ネットカフェからいろんな場所に拡散していく。

最近増えていると聞くのが、ドミトリータイプのゲストハウスやシェアハウス。昔ながらの蚕棚みたいなもので、10畳の部屋に2段ベッドを5つ入れて、一人あたり月3万円とか3万5千円とか取る。

コンビニハウスとか押入れハウスといって、押入れ分1畳を貸し出して月2~3万というところも出てきています。あと、形式上、住居じゃないレンタルオフィスに事実上住んでいる人や、レンタル倉庫の中に入って寝たりする人、サウナやカプセルホテル、個室ビデオ店と、いろんな場所に拡散して暮らしている。

これだけ拡散するとメディアの方が取材したくても探しようがない。だからなかなか報道されないので、社会的にも問題化しづらい状況になっています。

路上一歩手前の若い人たちは、まだアルバイトや派遣の仕事をしていることが多く、少ないながらも収入があるので、ひどい条件ではあるんですが泊まれる所はあります。でも、その人たちの居住環境の問題が非常に見えにくくなっているのが、今の状況だと思います。

平山 そうした実態がほとんど知られていないことが問題ですね。厚労省の調査ではホームレスの数が減っているので、住宅の政策担当者にはホームレス問題はほぼ終わったという意識があるように思います。




結婚帝国・日本。単身・非正規雇用による貧困・住宅困窮の大量化



平山 日本の住宅政策の特徴は、公的住宅保障が極端に弱いことです。日本では、安定した雇用が住宅確保を可能にしていました。住まいを保障したのは、政府よりむしろ企業でした。給料が安定していたことに加え、正規職員では、福利厚生制度の社宅や家賃補助があり、非正規雇用の場合でも、製造業などでは寮がありました。

だから、経済危機で雇用がぐらつくと、非正規雇用の人たちは寮と雇用をまとめて失うなど、住宅問題が噴出します。住宅の状況が雇用情勢に振り回されるという点に日本の特徴があります。

経済危機下の住宅対策も雇用第一主義。リーマンショックの後、一連の施策が出ましたが、「職が見つかるまでの間、家賃を補助します」というかたちで、仕事さえ見つかればすべての問題は片づくという筋書きです。

しかし、「住宅は住宅として、社会的に保障すべき」です。雇用情勢がどうあれ、住まいを安定させる必要があります。住宅保障を拡充しないと、近い将来、住宅困窮が大問題になると思います。

まず第1に、99年の法改正(労働者派遣法1999年改正で、労働者供給事業の例外として認めていた労働者派遣事業の対象業務を原則的に自由化)で急増した「非正規雇用の第一世代」がもうすぐ40歳代に入り、あと15年ぐらいすると50歳代になります。このグループは、加齢によって、さらに不安定になります。

第2に、生涯未婚率が上がり、2030年には男性で3割、女性で2割に達すると予測されています。上野千鶴子さんらが言ったように、日本は「結婚帝国」。結婚が生活保障の要です。税・社会保障・企業福祉などの制度は、夫婦を含む家族に有利になっていて、結婚しない人はあらゆる面で不利です。非正規雇用の無配偶者がさらに増え、貧困と住宅困窮の大量化という事態が起こるのではないか。

第3に、高齢者が増える。特に借家の高齢者は不安定で、貧困率が高い。高齢者の9割は持ち家に住んでいて、借家は1割。しかし、人口高齢化で借家高齢者の絶対数は間違いなく急増します。

公的な住宅保障が弱いのに、社会がどうにか壊れずにすんでいます。その理由の一つは、親世代の持ち家の存在です。不安定就労の若者が親の家に住むというケースが増えました。しかし、彼らが低所得のままで高年化すると、老朽する家を修繕できないといった状態になっていく。親の家に依存するという方式をずっと続けられるとは思えません。




後編に続く


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(2009年10月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第128号




ハウジングプア—簡単にホームレス状態に陥ってしまう若者たち。




NPO法人自立生活サポートセンター・もやい(以下「もやい」)では連日、住居を失った若者たちの相談が絶えないという。代表理事、稲葉剛さんに、なぜ若者が住居を失うのか、それを防ぐために今、何が必要なのか、を聞いた。






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月200件を超える行くところがないという相談



「派遣切りに遭って仕事を失い、寮も追い出されて行くところがない」

もやい」には、そんな切羽詰まった相談が連日寄せられている。相談件数は、派遣切りが相次いだ昨年秋以降に急増。現在も月200件を超えるという。

「今年初めは、派遣切りされ、住まいに困窮した人が中心でしたが、最近は企業をリストラされた正社員や自営業者など、あらゆる職種、立場の人に広がっています。失業保険や貯金で何とか食いつないできたけれど、それもなくなり、いよいよ家賃が払えなくなったという人も出始めている。20代、30代の若者が目立つのも特徴です」と稲葉剛さんは言う。




「もやい」で若年層からの相談が増え始めたのは、「ネットカフェ難民」という言葉が使われ始めた2003~4年頃のこと。

「『ネットカフェ難民』という言葉は、これまで目に見えなかった貧困層を可視化したという点で、非常に意味がありました。一方で、彼らを路上にいるホームレスとは別の存在としてカテゴライズしたことで、貧困の全体像が見えにくくなってしまったようにも感じています」




「ネットカフェ難民」と一括りにしてもさまざまなケースがある。

たとえば、お金がある時はネットカフェなどに泊まり、なくなれば深夜営業のファストフード店で夜を明かす。短期の仕事が見つかれば住み込みで働き、友だちの家に居候することもある。そしてすべてのお金が尽きると路上で過ごすなど、状況によって場は変わるが、住まいの不安定性は変わらない。




稲葉さんはこうした「貧困ゆえに居住権を侵害されやすい状態」を、ハウジングプアという概念で説明する。ハウジングプアには、3つの段階がある。

「1つ目は、派遣の寮など、当面は家があるが、派遣切りなどでいつ家を失うかわからない状態。2つ目は、ネットカフェ、ファストフード店など屋根はあるが家がない状態、3つ目は、路上、公園での野宿など屋根がない状態です。それぞれ状態は異なりますが、1つ目から2つ目へ、2つ目から3つ目へと、いつ転落するかわからないという意味でそれぞれがつながっています。可視化されにくいけれど、ハウジングプアという概念を用いることで、簡単にホームレス状態に陥ってしまう人が大勢いるのだということを知ってもらえればと思っています」




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特に若年層には、1つ目の状態にある人が多いという。これには彼らの置かれた労働環境が深く関係している。

「派遣法の規制緩和によって、製造派遣等で働く若者が急増しました。彼らの多くは派遣会社のアパートなどに住んでいるため、失業と同時に住まいを失い、最悪の場合、路上に出るしかないという状況に追い込まれてしまうのです」




早急に求められている、住宅のセーフティネット



派遣切りに遭わないまでも、若年層の多くが非正社員で給料が非常に安く、雇用も不安定なため、家賃が滞ってしまうというケースも少なくない。

「彼らは非正社員のため、住宅手当や社会保険等の『企業福祉』を受けることもできません。そんなに大変なら、親元に帰ればいいという声があるでしょう。かつて日本社会は『家族福祉』に強く依存してきました。しかし、核家族化した現在、『家族福祉』は限界に達していますし、親自身が貧困であったり、親から虐待を受けたりしている人もいます。『企業福祉』からも『家族福祉』からも見放されてしまっている多くの若者がいるのです

こうした状況を打開するには、公的な住宅政策が必要になる。

「そもそも日本には住宅政策と呼べるものが存在したのか?というところから問い直す必要があると思います。日本の住宅政策はローン優遇など、持ち家政策が中心。低所得者向けの公営住宅は全住宅の7パーセントしかなく、宝くじ並みの倍率を突破しなければ、入居できない。東京都は石原都政になってから公共住宅を1つも増やしていないんですよ」

終身雇用や右肩上がりの成長が当然だった時代は、社宅や賃貸住宅にはじまり、給料の上昇とともに、ローンを組んで持ち家を購入するという居住の階段を昇っていくパターンが一般的だった。しかし、今やこうしたモデルに乗れる人はごく少数に限られる。マイホームをゴールとする持ち家政策を転換する時期がきている。

「低所得者向けの公営住宅の充実はもちろんですが、若者のための『移行期支援』政策も非常に重要です。現在、非正社員として働く若者の多くは、重い家賃の負担に苦しんでいます。実家を出て一人立ちする若者のために、低廉な家賃の公的住宅あるいは、住宅手当を支給する『移行期支援』を行うことが必要だと思うのです




今年の3月に稲葉さんらは、「住まいの貧困に取り組むネットワーク」という団体を立ち上げた。公営住宅等の低家賃住宅の拡充に加え、家賃保証会社に対する法的規制などを求めている。

家賃保証会社は、借家人が家賃を滞納した場合、家主に対して家賃の立て替え払いを行うが、その際、高金利をかけられたり、高額な違約金支払いを求められるなどの問題が起こっているという。夜中に家賃を取り立てたり、荷物を撤去して鍵をつけかえたりする業者もあるが、そうした業者に対する法的規則がない現状を問題にしている。




稲葉さんは、日本人と住宅のあり方について考え直す時期ではないかと指摘する。

「給料の半分が消えてしまうほどの高額な家賃、一生かかって背負うことになる住宅ローンなど、家のために働いているといっても過言ではない人がほとんどではないでしょうか?

公的な住宅政策が貧弱なために、人生のかなりの部分を家に縛られてしまっている。若い人の住宅問題やハウジングプアの問題は、そのこと自体を考え直すいいきっかけになるかもしれません。贅沢な住まいでなくていい。たとえ失業して無職の時があっても、住居まで失うことがないように。そのための住宅のセーフティネットの整備が早急に求められているのです」




(飯島裕子)

Photo:高松英昭




いなば・つよし

1969年、広島県生まれ。東京大学大学院(地域文化研究専攻)中退。1990年代から路上生活者の支援活動を始める。2001年「自立生活サポートセンター・もやい」設立。現在、代表理事。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。10月20日『ハウジングプア』(山吹書店)発売。
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Genpatsu


(2013年5月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 214号より)




毒性強いプルトニウム900キロを輸送中



船は4月17日にフランスのシェルブール港を出港した。希望岬を経由しオーストラリアの南側を通って、日本に到着するのは6月中旬のようだ。地球の3分の2を回る長い航海になるのは、攻撃の恐れを避けてパナマ運河やスエズ運河あるいはマラッカ海峡などを通らないからだ。シェルブール港での写真を見ると燃料の輸送容器は3つ見える。

燃料は20体なので容器は1つで十分だが、襲われた時の用心にダミーを乗せる。船は機関銃を装備し、武装した兵士に守られて、しかも相互に護衛しながら2艘でやってくる。向かった先は関西電力の高浜原発だ。

たった20体の燃料のために、これだけ物々しい警備が必要なのは、これがプルトニウムを混ぜた燃料だからだ。20体の中に約900キログラムのプルトニウムが含まれている。この燃料から核兵器への転用はそれほど難しくないとされている。

プルトニウムを混合している燃料はMOX燃料と呼ばれている。原発の使用済み燃料の中にわずかに含まれている(0・8パーセント程度の)プルトニウムを取り出して燃料に使用する政策を、日本では50年代に定めた。ところが、頼みの綱の高速増殖炉が開発できない。実用2段階前の原子炉「もんじゅ」で1995年に火災事故を起こして以来止まっている。そこで普通の原発で使用しようというプルサーマル計画が進行していた。

プルトニウムはウランよりも核分裂しやすく、制御棒の効果が悪くなるなど、事故時にいっそう危険が増すとされている。

原発はもともとウラン燃料用に設計されたのだから、使うのも燃料全体の3分の1以下。福島第一原発の事故時、3号炉で使用されていたが、この燃料は10年以上も前に運ばれて貯蔵されていたものなので事故に大きな影響を与えなかったとされている。運んだばかりの燃料だったら事故はいっそう深刻になっていたかもしれない。

プルトニウムは毒性が強く、もしプルトニウムが環境に飛散することがあれば、避難対象の範囲は少なくとも4倍に拡大しなければならないだろう。

関電は、福島原発事故を他人事に考えているようだが、事故を真摯に受け止め、プルサーマル利用をやめるべきだ。





伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)






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(2009年10月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第128号




公的住宅手当、保証金の無利子貸与も。若者の自立を支えるフランス・スウェーデンの住宅政策



イギリスやフランス、スウェーデン、フィンランドといった国では、ほとんどの若者がより早い時期に親から自立をはたす。日本のように、親元にとどまる若者は少ない。若者が自立するうえで、住宅政策が大きな役割をはたしている2つの国、フランスとスウェーデンに注目してみたい。

フランスでは、住宅ストックの17%を低家賃の社会住宅(公営住宅)が占める。その対象は低所得世帯であるが、日本のように年齢や家族形態によって制限されず、若い単身者でも入居が可能だ。

若年世帯は規定の所得水準以下であれば、家族向けや単身者向け(学生を含む)の公的住宅手当を受給することができる。また、若い失業者や就業者、学生などを対象とした住宅制度(ロカ・パス)として、借家契約の際の連帯保証人の代行、保証金の無利子貸与、未払い家賃の保証(18ヵ月まで)などのサポートがある。

スウェーデンの住宅政策は、すべての人に良質で適正な価格の住宅を供給することを目的としている。そのため、収入などにかかわらず、すべての世帯に社会住宅への入居資格がある。全住宅に対する社会住宅の割合は、約2割と多い。

公的住宅手当は、子どものいる世帯はもちろん、29歳未満の子どもがいない世帯(学生を含む)にも給付され、子どもの数などに応じて手当額の上限が設定されている。また、住宅サポートは、若者の自立を保障する包括的な青年政策の重要な柱の一つに位置づけられ、国が地方自治体に積極的な補助を行っている。

他国と同様、両国でも住宅政策に関するコストの削減は大きな課題であるが、それでもなお、多くの人がアクセスできる社会住宅の供給は維持されている。公的住宅手当も縮小がはかられる中で、社会的弱者としての側面が強まる若者の自立と家族形成への対策には重きが置かれ、柔軟な対応がなされてきた。

今、日本においては各政党のマニフェストに家賃補助の導入が含められるなど、住宅保障に関する議論が高まりつつある。他の先進諸国の経験と課題から多くを学び、住宅政策の新しい展開をはかるべき時がきている。




川田 菜穂子(かわた・なほこ)

1977年、神戸市生まれ。大阪市立大学生活科学部を卒業後、住宅メーカー勤務を経て、神戸大学大学院総合人間科学研究科・修士課程を修了。現在は同研究科・博士課程に在籍。専門は住宅問題・居住政策。著書に『若者たちに住まいを!−−格差社会の住宅問題』(岩波ブックレット)などがある。


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