Genpatsu


(2013年3月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 210号より)




民衆法廷で明らかにされる原発建設の舞台裏



原発民衆法廷が2月11日に三重県四日市で開催された。民衆法廷とは、法律に基づく裁判ではないが、原子力関連の法律を超えてより広い法律や憲法などによる法的判断を行うものだ。昨年2月、東京を皮切りにこれまで大阪、郡山、広島など6ヵ所で行われ、今回は7回目の法廷となった。

中部電力は現在の三重県南伊勢町に芦浜原発を建設する計画を立てていた。民衆法廷では建設計画の歴史を手塚征男さん(南伊勢町議)から証言してもらった。船で視察に来た中曽根康弘科学技術庁長官(当時)を追い返した実力行動とその後の逮捕による報復、三重県内で81万筆集めた署名運動、そして北川正恭三重県知事(当時)の仲介による中部電力の白紙撤回表明(2000年2月)への経緯と、推進派、反対派が真っ二つに割れた37年の歴史を短い時間でまとめてくれた。

また、町民の小倉紀子さんは、中部電力の金品による反対派切り崩し工作の実態や脅迫の手紙や無言電話、注文もしない品物が届くなどなど陰湿な行為の数々を赤裸々に語ってくれた。飄々とした語りに会場からは笑いがこぼれていたが、厳しい現実の一端を知った。

白紙撤回によって、親子二代にわたる反対運動(逆の側からは推進運動)に終止符が打たれたが、中部電力はいまだ買収した土地を所有したままだ。関西電力は和歌山県の日高原発計画を白紙にした後に買収地を町に寄付した。これに倣うべきだろう。

3・11の地震の後、東海地震・東南海地震・南海地震の同時三連動(マグニチュード9・1)を考慮すべきだが、耐震対策などの不十分さから、この三連動地震に浜岡原発は耐えられないだろうことを筆者が証言した。最後に、被曝の影響について、マーシャル諸島の島民調査を進めている竹峰誠一郎さん(三重大学地域戦略センター研究員)が証言した。

法廷なので、主尋問や中部電力の立場を代弁するアミカス・キュリエ(法廷助言人)と呼ばれる弁護士からの反対尋問なども挟んで進行していった。最後に判事が、芦浜の土地を町へ寄贈すること、浜岡原発を廃炉にすることなどを求める所見を述べた。判決は今年7月に予定されている。


伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)






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(ビッグイシュー・オンラインは、社会変革を志す個人・組織が運営するイベントや、各種募集の告知をお手伝いしております。内容については主催者様にお問い合わせください。)





子どもを取り巻く問題について学ぶ「Child Issue Seminar(CIS)」



社会的養護を巣立った子どもたちのアフターケアからみえる日本の若者と親の子育ての現状

主催:特定非営利活動法人3keys

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※ CISの開催趣旨
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若者の自殺、水商売に手を染めてしまう少女たち、若者のホームレス問題、
自信や意欲のない若い世代、フリーター、ニート問題・・・

これらの言葉を聞くと、解決すべき課題が多いのは外国のみに限らず
日本においても取り組むべき問題であると感じられる方も
多いのではないでしょうか。

なぜ子どもたちや若者はそのような状況になっているのか、
子どもたちや若者はどのような気持ちを抱いているのか、
そしてその子どもたちのまわりにいる大人たちはどのような気持ちを抱いているのか、
企業や行政、個人、そしてNPOとしてできることは何か..

複数回に渡って、あらゆる角度から子どもたちを取り巻く現状と向き合い、
私たちができることを考えていくことを趣旨としています。

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*第1回目について
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■講演者
高橋亜美(たかはしあみ)

小金井市にある「ゆずりは」は児童養護施設や自立援助ホームを退所した人たちを対象とした無料の相談所。
ひとりでは抱え切れない問題に悩む若者のため、昨年の4月にオープンしました。
2011年にゆずりはを立ち上げるまでは、自立援助ホーム「あすなろ荘」の職員として9年間勤務。
心の傷をかかえ精神的に不安定だったり、問題行動をしたりする、特に支援が難しい若者たちに、寄り添ってこられました。

高橋さんから、第一線で見てきたいまの社会的養護の子ども、若者の現状と、必要な支援についてお話いただきながら、
社会的養護の子ども達やその背景にある親の現状への理解を深め、
それぞれが自分にできることを考えていきます。

「あすなろ荘」と、「ゆずりは」については以下のサイトをご覧ください。
http://asunaro-yuzuriha.jp/index.html

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* 開催概要
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■日時
6月16日(日)14:30~16:30
開場:14:00

■会場
日本マイクロソフト株式会社
http://www.microsoft.com/ja-jp/mscorp/branch/sgt.aspx
スカイウェイ直結(2F)の入口玄関にて担当者がお待ちしております。

マイクロソフトは児童養護施設及び自立援助ホームに対して
ITスキル講習を通じた就労支援プログラムを実施する等、
社会的養護下の子どもたちの支援に取り組んでいます。
http://ms-jiritsu-up.net/

■参加費
一般社会人4,000円 一般学生2,000円
※3keysマンスリーサポーター及びまなボラ登録者は1,000円
※一般学生の方は学生証をお持ちください。
 学生証が確認できない場合は一般社会人扱いとさせていただきます。

■定員
60名

■締切
2013年6月14日(金)15:00

■申込み方法
以下のURLからお申込み下さい
PCのかたはこちら:http://ws.formzu.net/fgen/S55931955/
携帯の方はこちら:http://ws.formzu.net/mfgen/S55931955/
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※ 主催団体情報
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特定非営利活動法人3keys
http://3keys.jp/

児童養護施設をはじめ、社会的養護下にいる子どもたちが
経済的な負担が少ない形でも学習支援が受けられることで
社会的に自立する前に力や基盤を形成できるような支援を行っています。
学習ボランティアの派遣や企業や大学との連携を通じて
継続的な学習支援を行っているNPO法人です。

設立:2009年4月(法人化:2011年5月 内閣府より認証)
主な活動地域:東京、神奈川、千葉
提携施設:述べ15施設
登録ボランティア:述べ350名
寄付会員:述べ107名
理事:森山誉恵(代表理事)、瀧口徹、三谷宏治、早川悟司
※上記はすべて2013年4月時点での数字となっています
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Genpatsu


(2013年2月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 209号より)




首都圏3千万人の避難の恐れもあった!法定の避難計画も、立てられない日本



報道によれば、福島原発事故を受けた新たな防災計画の作成が原発周辺自治体でほとんど進んでいない。3月18日が法律上の期限だが、難しいという。

防災計画の見直しの結果、避難対策を準備する範囲を原発から半径30キロメートル程度に拡大した。これによって、対象となる自治体が従来の3倍の135自治体に増えた。

従来の範囲は10キロメートル程度だったので、この範囲の自治体はすでに原子力防災計画があり、より具体的な計画に改正していくことになる。この範囲を超える自治体は一からつくらなくてはならない。事故時の情報入手など電力会社と安全協定を結ぶ必要もあるので、時間もかかる。電力会社はどうやら協定の締結に消極的なようだ。合意を得るべき自治体が増えることで、何かと面倒が増えそうだからだ。

自治体としては、この他にもあらかじめ避難先を決めておかなければならない。従来はおおむね同じ自治体内でコンクリートの建物に避難する計画で済ませていたが、今後はより遠くへ避難する計画が必要になる。遠方の自治体に協力をお願いし、どこへ受け入れてもらえるか十分な協議をしなくてはならない。避難が長引くことも考えると、受け入れ場所は相当に限定されるだろう。容易なことではない。計画の作成が遅れるのも無理はないと言える。

いっそう深刻な問題もある。30キロメートルに広がったことで、対象となる人口が爆発的に増えることになる。たとえば、東海原発では対象人口が93万人に膨れあがった。60人乗りの大型バスで、のべ1万5500回もの輸送になる。500台のバスでピストン輸送しても、10日以上かかるだろう。浜岡原発でも74万人に増えた。地震で道路が寸断され、また、避難車両で道路が渋滞することになれば、いっそう避難に時間がかかることになる。

30キロメートルの範囲で十分か?という根本的な問題もある。福島原発事故で、近藤駿介原子力委員会委員長は菅直人総理大臣(当時)の要請で最悪の事態を想定した。これによれば首都圏3千万人の避難も考えなければならない事態になる恐れもあった。

人口密度が高く、実効性のある避難計画が立てられない日本は、原発を建てるには適さない国といえよう。


伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)






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前編「住宅政策の研究者・平山洋介さん「親の家にとどまる若者が非常に増えているんです」(1/2)」を読む




また、これまで日本が推し進めてきた住宅政策は、政官財の鉄のトライアングルが生んだ持ち家取得を促進する政策だった。最近、政府は前代未聞の大規模な住宅ローン減税を実施し、住宅関連贈与税の非課税枠も広げた。

「しかし、住宅取得支援のために政府が用意した09年の補正予算のうち、利用されたのは現時点でわずか4割です。オイルショック以降、景気対策として持ち家支援策が何度も打ち出され、それにより住宅着工量は増加してきたけれど、今回はついに反応しなくなった。家を購入できる人が減ってきているんです」


つまり、持ち家政策は破綻したわけである。




自由と多様性は社会的につくられる



また、日本の公営住宅は絶対数が少なく、住宅困窮者に住まいを十分に供給できていない。しかも、公営住宅をめぐる議論は限られた戸数の中で誰を優先して入居させるかということに終始し、数そのものを増やすという発想では語られない。

若年単身者は公営住宅入居資格すらないというのは、先進国の中では日本ぐらい。公営住宅を増やし、なおかつ若い単身者にも入居資格を与えるということが必要ですね。また、国の家賃補助政策がないのも先進国で日本だけです。住宅政策は国土交通省が所管し、社会政策ではなく建設政策とされてきたため、援助の対象となったのは建物を建てることだけでした」






平山さんは言う。「持ち家支援ではなく、家賃補助を」と。

それが実現されれば、生活が完全に崩壊して生活保護を受給する前に、職探しがスムーズになり生活がもち直すかもしれない。当人にとってもよいことだし、社会全体としてのコストも下がる。また、家が借りやすくなることで、大都市の住宅コストの高さが障壁となって若者から「移動の自由」を奪っている事態も回避できる。

「住まいを確保するための最初の取っかかりは非常に重要で、その時期だけでなくその後の生き方やライフコースにも影響を及ぼします」


日本では会社が家賃補助を担う伝統があるため、行政が家賃補助を出さなくてもよいだろうと考える風潮がある。しかし、大企業と中小企業では家賃補助に差があり、ましてや非正規で働く人は家賃補助など望むこともできない。




さらに、05年の30~34歳男性の未婚率は47パーセントとなり、90年生まれの結婚経験女性の36パーセントは50歳までに離婚を経験すると予想されるなど、シングルの人が急増している。また02年の時点で25~34歳の非正規で働く人は2割を超えた。

「ライフコースは多様化しているのに、政府が想定しているのはたった1本の線のみ。今後は、ライフコースの複線化に対応する必要がある。機会の平等がいわれだしてから、競争の結果の不平等は受け入れろという風潮になりました。しかし、生まれる地域や親の所得でスタートラインは大きく異なり、機会の完全な平等なんてありえません。だから、ある程度の結果の平等は、社会的に保障しないといけないと思いますね」





今や、空き家は全国で756万戸、3大都市圏でも363万戸ある(08.10.1 住宅・土地統計)。

「家賃補助のように住宅困窮者に直接届く政策の方が効果がある。民間の賃貸住宅にも409万戸、2割近い空き家があります。家賃補助が出て住まいが借りやすくなれば空き家も埋まる。非常に合理的です


今の若者は、生まれた時の生活水準は世界史的に見ても最高水準にあるという。しかし、先行きが見えないために描く将来像は保守的になりがちだ。

「学校を出たら会社に入って安定したいという学生の声を聞くと、複雑な思いがします。若い人がもっと自由に夢を追える社会になるべきだし、さまざまなライフコースを試せる社会じゃないとおもしろくないですよね。自由と多様性は放っておけば生まれるものではなく、社会的につくらないといけないもの。若い時の最初の住まいが保障されれば、安心できて、いろんなことに挑戦する人が増え、もっといきいきした、居心地のよい社会になると思います。住宅は生活の基盤であると同時に、社会のあり方を変えるという重要な役割をひそかに果たすものなのです。社会的に政策の転換を考えなければならない時期にきていると思います」





(松岡理絵)
Photo:中西真誠

ひらやま・ようすけ 
1958年生まれ。神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授。専門は住宅問題、都市計画。著書に『東京の果てに』(NTT出版)、『不完全都市 神戸・ニューヨーク・ベルリン』(学芸出版社)、『住宅政策のどこが問題か|〈持家社会〉の次を展望する』(光文社)、『若者たちに「住まい」を!』(共著/日本住宅会議編/岩波ブックレット)など。















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Genpatsu


(2013年2月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 208号より)





飯舘村の酪農家、長谷川健一さんの写真展



長谷川健一さんの講演会が1月12日にカタログハウスのセミナーホールで開催された。超満員の盛況だった。長谷川さんは飯舘村を日本一美しい「までいな村」にしようと尽力されていた酪農家で、今は隣の伊達市で避難暮らしをしている。

福島原発事故直後に、自分が区長を務める前田地区の住民に実態を伝えようと奔走した。空間線量率が事故前の1000倍にも跳ね上がっていた。だが、村はパニックを恐れて口止め。長谷川さんは地区住民を集めて、外出するな、換気扇をつけるな、マスクしろ、など必死に伝えた。その時が放射線が最も高かったことを後で知り、くやしい気持ちでいっぱいになった。

政府が村役場前に設置したモニタリングポストは、徹底して除染した場所のためグンと低い値を示している。これでは被曝を値切られてしまうと、毎月、地区内の各家を回って線量率を記録している。長谷川さんの家は昨年12月23日、約3マイクロシーベルト毎時の値を示した。

牛の屠畜を国から指示された時には、酪農家として涙が止まらなかった。屠畜しないために「死に物狂いになって動き回って」国会議員に訴え、肉の放射能測定もして、村外の酪農家に引き取ってもらう道をつくった。酪農家たちの希望がつながり本当にうれしかった。

まだ村には住めない。いや汚染状況からすれば、長期に住めないことも覚悟するべきだ。子どもたちを遊ばせられる環境をつくるために徹底した除染を目指すべきだし、それができない場合の移転も考えておくべきだ。フクシマを取り巻くさまざまな差別もなくしたい、そしてこの事故を決して忘れないでほしい!

長谷川さんの話は迫力があった。私たちも福島原発事故と人々の暮らしの不安や苦労を決して忘れないように、伝えていきたいものだ。

長谷川さんは事故後に記録を残すことが非常に重要だと思い、写真やビデオを撮りためている。およそ1万枚の写真の中から50枚を選んで、関東の住民が実行委員会を立ち上げて、写真展を開催した。講演会は飯舘村写真展の企画の一つだった。同時に『写真集飯舘村』も出版した。4日間で500人を超える人々が来場した。この後、島根、三重、愛知、青森、新潟などでの開催が決まっているが、実行委員会はさらに全国各地で開催してほしいと呼びかけている。





伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)






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(2009年10月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第128号



若い単身者に、家賃補助と公営住宅入居資格を 住まいの保障が、いきいきした、居心地いい社会を生み出す





今、若者たちが住宅問題に直面している。不安定な雇用で所得は低下し、若者たちの独立への第一歩だった低家賃の住宅も減少。日本の住宅政策は世帯の持ち家取得を促進するもので、単身者への補助はほとんどない。今こそ住宅政策の発想の転換が必要だと、住宅問題の研究を続ける平山洋介さん(神戸大学大学院教授)は語る。






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増える、親の家にとどまる若者たち



世帯内単身者、つまり親の家にとどまる若者が非常に増えているんです」。そう語るのは、若年層の居住類型についての調査を行った平山洋介さん。

一時期、成人後も親と同居する若者は「パラサイト・シングル」と揶揄され、自立心を欠いているなど精神論をもって非難されたことがある。しかし実は、世帯内単身者は若年層の中でも最も所得が低く、雇用条件が悪いということがわかってきた。新自由主義的な労働市場の再編で若者の雇用が不安定化した中、親と同居するというのは暮らしを守る合理的な手段にならざるを得ないという。

「これほど低所得で、非正規の不安定就業者が増えても、社会がまだもちこたえていられるのは親世代の持ち家という受け皿があったから。しかし、いずれは親の所得も下がり、高齢化する。いつまでも受け皿とはなりえません」





若者が親の家を出て独立するためには、最初のステップとして低家賃の住宅が必要だ。しかし、バブル後、所得は下がり、デフレが続いた。デフレだったら家賃は下がるはずだ。ところが、実際には、家賃だけは市場に反応せずに上昇した。

賃貸住宅市場が再開発や投資の対象とされてしまい、昔ながらの2~3万円という低家賃の住宅が激減したせいである。所得が低く、安い住まいがないとあっては、親の家を出るのは難しい。




若者の未婚率の上昇や雇用条件の悪化と同様に、このような住宅問題がもっと取り上げられていいはずだと平山さんは指摘する。

「当事者である若者自身は『自分の給料が安いから家を借りられない』と考えてしまいがちですが、これは低家賃の家がないという社会政策の問題。安い家賃の良質な家が十分にあり、若い人がそこに住めたならば、職探しもしやすくなる。結婚したい人や子どもをもちたい人も、将来の見通しを立てやすくなる。社会が大きく変わるはずです」




日本の、メンバーズオンリー社会と持ち家政策は破綻



ここで、これまでの日本の住宅政策や社会政策を振り返ってみよう。

平山さんは日本の社会を、「グループに所属することによって安心感が得られるメンバーズオンリーの社会」だと言う。会社に所属して正規雇用の仕事を得る、結婚して家族をもつ、住宅を購入する、それが昔ながらの標準コースでありメインストリーム。その流れに乗ってメンバーになれば、充実した支援が得られる。

その結果、日本社会は身分社会ともいえるほど、正規雇用と非正規雇用、大企業と中小企業、既婚者と単身者、男性と女性、といった、それぞれが属するグループによって所得や暮らしの格差が生まれている。

たとえば、大企業に就職すれば住宅補助や社宅など住宅に関する企業福祉が受けられる。その間に資金を貯められ、家を購入する段になれば住宅取得に対する公的な補助も手厚い。一方で、単身者が賃貸住宅に住むことを想定した公的な補助はほとんどない。




「もともとはその流れに乗れない人を差別するという意図はなく、『さあ、みんなでメインストリームに参加しましょうよ』という考えだったんでしょう。一億総中流といわれた80年代までは、実際に多くの人がそのメンバーになれた。でも今や、メンバーになれない若者が激増している。今後、グループ主義を中心に政策を立てていくのは無理。住宅などの社会保障をグループや家族単位ではなく、個人単位に変えていく必要があると思います」





後編「平山洋介さん「国の家賃補助政策がないのも先進国で日本だけ」(2/2)」を読む


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前編を読む




そんな彼らが、住む場所に一番求めるものは何なのだろうか?

5人に1人が「利便性」(街へのアクセス、通勤、交通、最寄り駅との距離)を求めている。東京では、「居心地」や「環境」(広さ、快適さ、安心、安全、公共施設)についても3人に1人が望んでいる。

さらに6人に1人は家賃そのものや家賃とのバランスをあげるが、これは東京の家賃が高いからだろう。一方、大阪では「居心地」(安らぎ、くつろぎ、落ち着き、暮らしよさ、清潔感)をあげる人が多い。

「暮らしやすさ。防音、清潔感、台所の広さすべて。前に住んでいた部屋が電話の会話が聞こえるぐらい壁が薄かったり、台所が狭かったり、生活する家ではなく、単に『寝に帰るだけの家』の造りだったので、引っ越す時にこの点を考えた」(25歳/男性/法律事務所/大阪)という意見が象徴的だ。

結婚(同棲)したら住みたい家についても聞いてみた。「広いところ」と答えた人が、3人に1人。「自分の空間を持ちたい」という人を加えると半数におよぶ。現在住む住宅は狭くても、結婚したら自分の空間を確保したいという願望が強く現れている。






アンケートイラストサブ修正




家賃補助賛成は半数、4人に1人は条件つき賛成か、否定的



国の住宅政策については、半数近くが「家賃補助」に賛成している。具体的には、「求職活動中の身なので、その間に受けられる補助制度があれば、家賃を気にせず仕事探しに専念できてよい」(26歳/女性/求職中/東京)、「敷金や礼金、家賃の補助があれば非常に助かる」という意見があった。

反対に、「会社が福利厚生として社員に補助すればいいこと」(33歳/女性/会社員/東京)など、否定的な意見も4人に1人あった。

また4人に1人は条件つきで賛成している。具体的には、「若者に限定する意味は? たとえばひとり暮らし支援制度のようなものができれば住宅の分散が進んでしまい、ますます住宅環境が悪化してしまうのではないか。ルームシェアやハウスシェア、ドミトリーハウスのようなものの需要への補助は賛成」(24歳/男性/音楽家/東京)、「ハウジングプアが発生しないようにしてほしい。派遣切りの際に生じたような、仕事を失うと住宅を失う状況が生じないようにしなければならない。若者への家賃補助がいいのか賛否は留保するが、安くてまともなところに住む権利は奪われてはならない」(35歳/男性/会社員/東京)

そのほか、「最優先して税金を投入すべきは耐震性の確保。100年住宅など、日本らしい街並み形成も視野に入れる」「敷金、礼金の見直しを」「増改築への補助」「相続税の軽減」「低所得者全体へ」などの意見が寄せられた。




同居から独立へ、ネックは親との関係(東京)とお金(大阪)



現在、親と同居している若者(20人)に、ひとり暮らしの意向について聞いてみた。

東京では7割が独立してひとり暮らしをしたいと考えている。その理由としては、「いい歳だから……。自宅ってちょっと格好悪いかも……」(31歳/女性/会社員/東京)、「職場が家から遠い(通勤1時間半)、残業で終電に間に合わない」(25歳/女性/DTPデザイナー/東京)、「親元を離れて自立しなければと思い、親からもそろそろ家を出て行く時期なのではと促されている」(29歳/女性/染織り物染色工場勤務/東京)など。

それに対し大阪では、「作品制作のアトリエを確保したい」(33歳/男性/フォトグラファー/大阪)という意見もあるものの、6割がひとり暮らしをしたいと思っていない。




では、独立のネックになるのは何だろうか? これについても、東京と大阪は際立った違いを見せている。東京ではたとえば、「母親が病気がち」「親に甘えてしまう」など「親との関係」が4割あるのに対して、大阪では8割が「収入面での不安」など「お金」をその理由にあげている。

住宅を探す第1条件は、東京では「環境・立地」、大阪では「住宅条件」(広さ、水まわりなど)が多く、東京と大阪で共通するのは、「利便性」であった。

ルームシェアについては、「してみようとは思わない」人が6割を占め圧倒的に多い。現在、親と同居中であるから、ひとり暮らし優先でルームシェアは検討外ということかもしれない。

結婚(同棲)したら住みたい家については、3人に1人が利便性を望み、東京では半数にも及ぶ。

国の住宅政策については、「家賃補助など住宅政策が必要」と答えた人が半数弱あるのに対し、「住宅政策自体がいらない」と答えた人が約3人に1人あった。親と同居することでそれなりに良質な住環境を得ているので、住宅そのものへの要求が生まれにくいともいえる。

日本の若者の住宅要求の弱さは、親との同居を許容する風土が生んだのかもしれない。




最後に、親と同居する27歳、女性の意見を紹介したい。

「突然の不況によりワーキングプアやネットカフェ難民になってしまった人たちに対して、住宅だけでなく医療保険、年金なども含めて包括的に支援する政策があればよい。今後格差がますます広がり、生活保護までいかないが困窮する人は増えていくのではないか。高齢化社会に向かって若者の存在が今以上に社会を支えていく必要があるのだから、セーフティネットをもっと幅広くしてもいいのではないかと思う」(保育士/東京)

(奥田みのり/沢田恵子/中島さなえ/野村玲子/山辺健史/編集部)


イラスト:Chise Park
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[編集部より:〈もやい〉理事長の稲葉剛さんの「衆議院厚生労働委員会における発言要旨(2013年5月31日)」を、〈もやい〉ウェブサイトからビッグイシュー・オンラインに転載させていただきました。生活保護法改正に関しての貴重な提言、ぜひご一読ください。]





5月31日午前、〈もやい〉理事長の稲葉剛が衆議院厚生労働委員会に参考人として呼ばれ、生活保護法「改正」法案に関する意見を述べました。
その動画は以下のページでご覧になれます。

*衆議院インターネット審議中継ビデオライブラリ
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=42847&media_type=wb


以下に、発言の要旨と委員会で配布された資料を掲載します。





衆議院厚生労働委員会での発言要旨



(NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長 稲葉剛)

本日は発言の機会を与えていただき、ありがとうございます。

私は過去20年間、東京都内を中心に約3000人の生活困窮者の方の生活保護の申請に同行してきました。なぜ申請の同行が必要かというと、一人で行くとほとんどの場合、「家族に養ってもらいなさい」、「働けるからダメ」などと言われて追い返されるからです。私たちが同行することで、生活保護につながった方もたくさんいますが、一方で支援の手を届けることができずに、路上生活のまま、貧困状態のまま餓死した人、凍死した人を、私は何人も見てきました。また、かろうじて生活保護につながっても、その時には結核やガンなどの疾患が手遅れの状態になり、命を落とした人にもたくさん会ってきました。

つい先日、5月24日にも、大阪市北区で28歳の女性と3歳のお子さんが亡くなっているのが発見されました。死因はまだ特定されていませんが、餓死の疑いがあると言われています。報道によれば、ドメスティックバイオレンスの被害から逃れるために転居をされており、大阪市に引っ越し前に一度、守口市で生活保護の相談をされていたということです。なぜ生活保護制度につながることができなかったのか、徹底した究明をしていただきたいと思います。




昨年1月には札幌市白石区で40代の姉妹が孤立死をされるという事件がありました。白石区の福祉事務所に三度にわたって相談に行っていたにもかかわらず、非常用のパンを渡されただけで、事実上追い返されていました。

お手元の資料の7ページ目から9ページ目にかけて、情報公開請求で明らかになった白石区福祉事務所の面接記録の写しを添付しています。「急迫状態の判断」という欄を見ていただければわかりますが、ライフラインの状況など詳しい聞き取りをほとんどしていません。

二回目、三回目の相談では、「保護の要件である、懸命なる求職活動を伝えた」とあります。要するに「がんばって、仕事を探しなさい」と言って追い返したわけです。




こうした餓死事件、孤立死事件は「氷山の一角」に過ぎません。

資料の2ページ目にあるように、厚生労働省の「人口動態調査」に基づく統計で国内の餓死者数は1995年から急増し、95年から2011年までの17年間に「食糧の不足」が原因で亡くなった方は実に計1129人に及びます。年間70人近い方が「食糧の不足」により亡くなっているのです。

しかも、実際は餓死であっても何らかの疾患を伴っていることが多いので、別の死因になる場合もあります。この数字自体が「氷山の一角」であるということを知っていただきたいと思います。




さまざまな事情により生活保護制度などの社会保障制度につながることができずに餓死、孤立死してしまう。制度の知識がなかったり、制度を利用するのが恥ずかしいという意識、スティグマから制度の利用をためらう人もたくさんいます。

また、窓口に行っても、いわゆる「水際作戦」によって追い返されてしまう。貧困ゆえに餓死や凍死、孤立死に追い込まれる人は跡を絶ちません。これは政治の責任であり、私たち社会全体の責任です。




資料の6ページにあるように、国連の社会権規約委員会からも先日、日本政府に対して勧告が出されました。そこには生活保護の申請手続きを簡素化し、かつ申請者が尊厳をもって扱われることを確保するための措置をとるように求める、また生活保護にともなうスティグマを解消するよう政府は務めるべきだと書かれています。





そうした事実を前提に、今回の生活保護法改正案をめぐる動きを見ると、残念ながら改正の方向性が正反対を向いていると言わざるをえません。


政府が提出した生活保護法改正案について、私たちは、24条1項・2項の規定が、申請書や添付書類の提出を要件化するもので、違法な「水際作戦」を合法化する内容になっていること、親族の扶養義務を強化することで事実上、扶養を要件とするものだと批判してきました。

このうち、申請権侵害の問題については、与野党による法案修正により、一定の歯止めがかかったと評価しています。しかし、もう一方の扶養義務強化の問題は未だ解消されていません。

扶養義務が強化され、生活保護を申請した親族の資産や収入に対して徹底した調査がおこなわれることになると、当然、それは水際作戦の口実に使われることになります。資料3ページ目に掲載した日弁連の電話相談会の報告でもわかるように、今までも「家族に養ってもらえ」というのは最も多い追い返しの手法でした。今回の法改正により、各福祉事務所がこうした「水際作戦」を強化しかねないと懸念しています。

また、扶養義務が強調されると、生活に困って役所に相談に行く人にとって、「自分が申請すれば、親族の資産や収入が役所によって丸裸にされてしまい、家族に迷惑をかけてしまう」という意識が働くことになり、申請の抑制につながってしまいます。DVや虐待が過去にあったケースでは、親族に連絡されてしまうことで、自分や子どもの身の安全にも影響することがあり、これまでも問題になってきました。大阪で亡くなった母子の方も、もしかして家族に知られたくないという意識から助けを求められなかったのではないかと推測します。




生活保護の捕捉率は2割~3割と推計されています。扶養義務が強化されてしまうと、ただでさえ低い生活保護の捕捉率がますます下がってしまいかねません。それは餓死・孤立死、貧困ゆえの死者が増加するという結果をもたらすものです。

それゆえ、改正法案の24条8項、28条、29条の各規定については削除または修正していただきたいと考えます。




ほかにも、生活保護利用者に生活上の責務を課すなど、修正案にはさまざまな問題が残されています。国連の社会権規約委員会が求める「尊厳をもった扱い」や「スティグマの解消」とは正反対に、生活保護の申請者や利用者、その家族を上から管理しようという発想が随所に見られます。

暴走している機関車が今まさに人々をひき殺そうとしている時に、自ら列車に飛び乗って軌道を変えてくれた方々には感謝しています。しかし残念ながら、列車の暴走は止まっていません。

今回の生活保護法改正は63年ぶりの抜本改正であり、拙速な形ではなく、もっと時間をかけて審議すべき問題だと思っています。生活保護を利用している当事者の声も聴いた上で、慎重に議論を進めていくべきです。




生活保護制度につながることができずに亡くなった方は、もはや声を出すことはできません。しかし、生きている私たちは、貧困ゆえに餓死された方、凍死された方、孤立死された方々の無念や絶望を想像することはできるはずです。

貧困による死をなくすには何が必要なのか、何を変えるべきで、何を変えるべきでないのか。ぜひこうした観点から国会での議論を進めてください。ぜひ、政治の責任を果たしていただきたいと思います。





稲葉発言資料P1~6
稲葉発言資料P7~9
http://moyai-files.sunnyday.jp/pdf/130531inabahatugen_p10.pdf" target="_blank">稲葉発言資料P10

稲葉発言資料 一括ダウンロード(ZIPファイル)




特定非営利活動法人 自立生活サポートセンター もやいウェブサイト


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前編<研究者・酒井章子さんが語る「花が美しい理由」>を読む




ボルネオの熱帯林のてっぺんはさわやか



花と送粉者の関係を研究してきた酒井さんの調査地は、マレーシア、ボルネオのランビル国立公園の熱帯林。60mの巨木がそびえ立っている。

ここには、高さ80mのクレーンが建てられていて、そのアームの先につるしたゴンドラに乗って、熱帯林の林冠(キャノピー:森林で樹冠どうしが接して横に連なる部分)で植物や昆虫を観察する。クレーンは林冠の上を360度ぐるりと動く。この林冠クレーンを使うと、アームの内側ならば、どこにでも重い測定装置を持って移動できる。




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「熱帯林中は湿度が高くてじとっとしているんですけれど、林冠の上に出てしまうと、日差しはきついですけれど、空気はさわやかですね。木に登ると、鳥とか昆虫など動物との距離がちょっとだけ縮まる気がするんです。地上より動物の数が多いせいもあって、鳥も少し警戒を解いているような気がします」





月面よりわかっていないといわれる熱帯林の林冠。

「まだ基本的な情報も限られていて、教科書に書いてあることがどんどん簡単にひっくり返っていく。そういうおもしろさがあります」


熱帯林には、温帯よりもずっと生物の種類が多いという。植物の数はほぼわかっているが、昆虫はいったい何種類いるのかもわかっていない。

「地球上の昆虫の多くの種が熱帯に分布しているわけですけれど、どれだけの種類の昆虫がいるのかわからない。昆虫学者によって、推定値が一桁とか二桁とか簡単にずれるような状況なんです」





なぜ、ボルネオ熱帯林の樹木が60〜70mもの高さになるのかも、わかっていない。

「樹木が60〜70mになると、相当の圧力で水を持ち上げなければならない。強い風が吹かないので高くなれる、光をめぐって競争しているという説もありますが、なぜそこまで高くなるのか?」と首をかしげる酒井さん。

熱帯林と日本の森林の林冠の風景は、上から見ると違いがよくわかる。

「ボルネオ熱帯林は、林冠がボコボコしているんですよ。日本の森林は風も吹くし、樹の種類も少ないので頭が揃っているんですが、熱帯林にはところどころに「突出木」と呼ばれる高い樹があって、ちょうどカリフラワーみたいにボコボコしているんです。でも、なぜ突出するまで高くならないといけないのかがよくわかっていない。例えば、となりの樹から葉っぱを食べる虫が来るのを防ぐために、ほかの樹と肩を並べないようにしているとか、いろいろとおもしろいことを言う人もいますが、本当のところはわからないんです」






人間の想像をこえる昆虫の生きかたがおもしろい




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(アザミの花を訪れるマルハナバチ)




酒井さんにとって、熱帯林の魅力とは何なのだろうか。

「研究者によって熱帯林の魅力は違うと思うのですけれど、わたしが一番おもしろいと思うのは、生物の多様性というか、いろいろな生物がそれぞれ個性的な生きかたをしていること。例えば、昆虫は人間の想像をこえて、いろいろな生活をしているんです。それにはいつも驚かされます」


ここで、酒井さんが見た、彼女の想像をこえていた昆虫の話を四つほど紹介しよう。




①パナマで見た昆虫の話。

あるとき花に来る虫の中に、羽のないハエがいた。しかもメスだけ羽がない。どうやら、オスがメスをつかんで運ぶらしい。オスがメスを運んで、ちゃんと産卵場所まで連れて行く。面倒見のいいハエである。




②放浪するミツバチの話。

オオミツバチというミツバチの仲間は、数千、数万匹の家族で旅をする。いつも偵察隊を出して、花がある場所を調査している。花がなくなると花があるところに、意を決して移住する。数十キロも放浪生活をして、巣を移動させる。エネルギーと冒険心もあるミツバチだ。




③あるアリの話。

ある植物の幹には穴が開いていて、その中に特定のアリが住みつくという。植物はアリに餌を与え、アリは餌をもらってその植物の防衛をする。毛虫が来ればせっせと追い払い、つるが伸びてきて樹に巻きつけば、それを噛み切る。家と餌を提供してもらう代わりに、その植物を守る住み込みボディガードだ。




④奇妙な匂いを出す花の話。

花は「蘭に似た」という名を持つほどきれいなのだが、変わった匂いがする。いったいどんな動物が花粉を運んでいるのか? 実はその花粉を運んでいるのは、エンマコガネというフンコロガシの仲間だった。花なのに、動物の糞の真似をして昆虫を呼んでいた。




そんな数々の、謎と不思議と活力に満ちた、生物多様性の宝庫が熱帯林だ。だが、最近、酒井さんが気になるのは、熱帯林が伐採や開発のために減り続けていることだ。また、そのような森林の縮小や過剰な狩猟によって、大型哺乳類がいなくなるという「森林の空洞化」がすでに各地で起こっている。

花粉を運ぶ昆虫が消滅すれば花を咲かせる植物が困るように、大型哺乳類の数が減れば、彼らに食べてもらうはずだった果実を実らせる樹木が困る。せっかく実った果実が食べられもせず、種子も運ばれず朽ちていく。

「狩猟の問題もありますが、森林の伐採や開発も大きな問題です。例えばマレーシアの低地で、オイルパームのプランテーションがすごい勢いで広がっている」と、酒井さんは指摘する。

オイルパームからは、日本では環境にやさしいと宣伝されているヤシ油がとれる。皮肉な話だが、温暖化対策としてのバイオエネルギーの導入による植物油の需要が、多様性の喪失という別の環境問題を加速しているのだ。




そんな熱帯林の問題に思いを馳せながら、酒井さんは、人と生物のかかわりを大事にすることが生物多様性の存続を考えていく一つの手掛かりとなるのではないか?と考えている。

「生物多様性がなぜ大切なのか、という問いにはいくつもの答えがあります。私は、人間が生物多様性から受けてきた文化的な豊かさは小さくないと思っています。例えば日本人は、いろいろな色を表現するのに、生物にちなんだ名前をたくさん使ってきました。いろいろな生物に象徴的な意味を持たせたりもします。年中行事で何か決まったものを食べるとか、祝いごとで何かを飾るとか。また、野球やサッカーのチームで動物をシンボルとして使ったりする。生物多様性は一度なくしたら取り返しがつかない。そんな文化的な豊かさをどれくらい大事に思えるのかということが、これから生物多様性を守っていくことにつながっていくと思うのです」

(編集部)
プロフィール写真:中西真誠
写真提供:京都大学生態学研究センター





さかい・しょうこ
京都大学生態学研究センター准教授。千葉県生まれ、1999年京都大学博士(理学)。日本学術振興会海外特別研究員、筑波大学講師などを経て現職。専門は植物生態学。主な著書に「森林の生態学・長期大規模研究から見えるもの」文一総合出版(共著)。






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