(2007年9月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第79号より)




日本漁業は崩壊のせとぎわに—自給できていた魚介類。安全ではない輸入魚が崩す



モロッコのタコ、地中海のマグロ、ノルウェーのサケ。いつから、なぜ、魚屋やスーパーの店頭に輸入物の魚が増えてきたのか? 日本人の食、日本の漁業が変化している背景には何があるのか?






エビやマグロが、水産物輸入ダントツの1位2位



動物は身のまわりの入手しやすい食物を常食にしている。人間も例外ではない。海に囲まれた日本では、魚を重要なたんぱく源に日本人は生きてきた。

しかし、高度経済成長期以降、日本はその経済力によって、先進諸国の中で唯一、大半の食材を外国から輸入するという道を選び、飽食時代を実現させた。

そして、そのことにより、日本人の「ハレの食事」(特別な食事)と「ケの食事」(日常の食事)の構造が崩壊し、食卓の魚料理が一変したのだ。(『漁業崩壊―国産魚を切り捨てる飽食日本』木幡孜著/まな出版企画)




確かに、十数年前と比べると、エビ、マグロ、サケなどが頻繁に庶民の食卓に上がるようになった。平成19年版の『水産白書』をひもとき、水産物の主要品目別輸入量を調べてみた。すると、かつての「ハレの食事」だったエビやマグロ・カジキなどが、近年はダントツの1位、2位の輸入量を占めているのだ。エビやマグロ・カジキが、まさしく「ハレ」から「ケの食事」になってしまったことを裏づけるデータである(図1)。






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総務省の家計調査によれば、1965年に600グラムだったマグロの一人当たりの購入量は2006年に906グラムに、サケも500グラムから931グラムへと激増している。逆に、これまでの長い間、日本人の伝統的な「ケの食事」の主役であったアジは、1900グラムから546グラム、サバは1600グラムから492グラムと、半分以下に激減している。





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さらに、日本漁業の生産高を見てみると、1985年頃をピークに、現在は最盛期の半分程度に落ちている。1965年当時、日本の魚介類の自給率は110%あった。それが、2005年には57%へと低下、自給できなくなっている(図2)。






ダイオキシン、地中海マグロ51倍、ノルウェーサケ12倍







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しかし、世界的に見ると、水産物の需要は増大している。この30年間(1973〜2003)で、隣国の中国の国民1人当たりの魚介類の消費量は5倍も増え、またBSEや鳥インフルエンザによる食肉不安と健康志向の影響もあって、米国では1・4倍、EU15ヶ国では1・3倍に増えている(図3)。




世界規模で水産物の需要が高まる中、国連食糧農業機関(FAO)は、世界の海洋水産資源利用を、魚場の半分が完全利用状態、4分の1が過剰利用または枯渇状態、残り4分の1が適度または低・未利用と、4分の3が危機的な状況にあると報告した。

このような需要と供給のギャップから、2015年には世界で1100万トンの供給不足が起こると予測している。(2006年『世界漁業、養殖業白書』)。

さらに、海洋生態系の破壊が今のペースですすめば、2048年までに世界中の海産食品資源が消滅してしまうだろうという、国際研究チーム(カナダ・ダルハウジー大学、ボリス・ワーム氏ほか)によるショッキングな研究結果も『サイエンス』(06年11月)に発表された。




つまり、現在日本が輸入している魚介類を将来にわたって継続して輸入できる保証はまったくないのだ。また、たとえ輸入が可能であったとしても、輸入魚介類の安全性の問題が残る。

水産庁平成17年度報告によると、顕著な例では、地中海産(スペイン)の養殖クロマグロのダイオキシン類は国産天然のクロマグロ(メジ/九州南部沖)の約51倍、ノルウェー産の養殖サケ(タイセイヨウサケ)も国産天然のシロザケ(襟裳岬以東太平洋)の約12倍のダイオキシン類を含んでいるといわれる。




さらに、国産魚の消費低下によって、1949年には109万人いた日本の漁業者は現在わずか22万人に減少、漁業に携わる人の約半数が60歳をこえ高齢化がすすむ。そして、富栄養化の問題が追い打ちをかける。日本の漁業自体が崩壊の危機に瀕している。

本来自給できるはずの資源の魚介類を輸入に頼り、わざわざ安全性に問題のある魚介類を大量に食べ、沿岸海域を汚染し、枯渇の恐れある魚介類を乱獲し、国内漁業を崩壊に向かわせている日本人。この悪循環を止め、世界の海と水産資源を守るために、私たちができることは何だろうか?

まず、スーパーの魚売り場で、産地表示や品質表示に敏感になることが必要だ。そして、持続可能な水産資源として、かつて日本人の「ケの食事」であったサバ、アジ、イワシなどの地場の魚介類を節度をもって食すこと、それらを生み出す海や漁業者に思いを馳せ、海に注ぎ込む水の汚染を減らすことが、その第一歩かもしれない。

(編集部)













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4月15日発売のビッグイシュー日本版213号のご紹介です。



スペシャルインタビュー レオナルド・ディカプリオ


環境や社会問題に熱心に取り組むレオナルド・ディカプリオ。
『華麗なるギャツビー』では、『ロミオ+ジュリエット』のバズ・ラーマン監督と久々にタッグを組み、豪華絢爛で危ういアメリカンドリームの世界を描き出しました。ディカプリオが俳優の名声や、人生における大切なものについて語ります。



私の分岐点 飯田譲治さん


映画「アナザヘブン」、小説「NIGHT HEAD」など、数多くの作品を手がけてきた飯田譲治さん。30歳の時、理想世界だと思っていたハリウッドに身を置きますが、そこで目の当たりにしたある体験が人生の分岐点になったと語ります。



特集 やり直す―出所者のセルフヘルプ


今、刑務所に入所する57.4パーセントの人々は、再犯者によって占められています(2012年『犯罪白書』より)。特に満期出所の人は、出所後の就労支援がほとんどないことから、10年以内の再入率が62.5パーセントにのぼります。
しかし、問題は就労支援だけではありません。出所者の多くが「今度こそ人生をやり直したい」と思っていても、そのために必要な住居、頼れる家族や適切な支援機関のないことも大きな理由になっています。
その悪循環を断ち切る鍵が、出所者のセルフヘルプ(自助活動)です。これまで「再犯につながる」と避けられてきた出所者同士の接触ですが、当事者が生活再建のために支え合うことで、再犯率が大幅に減少することが実証されてきました。
今号では、日本とスウェーデン、3つのセルフヘルプ・グループに取材。また、刑務所内でセルフヘルプ活動を行う「島根あさひ社会復帰促進センター」へも訪問取材しました。
犯罪を減らし、人生をやり直そうとする人々の挑戦を共有したいと思います。



国際記事 英国、「グルテンフリーダイエット」と「セリアック病」


英国では今、「グルテンフリーダイエット」という不思議なダイエット法が空前のブームを呼んでいます。そもそもグルテンとは何でしょうか? そのブームが、欧米に多いとされるセリアック病患者にもたらすかもしれない朗報とは?



この他にも、「ホームレス人生相談」やオンラインでは掲載していない各種連載などもりだくさんです。詳しくはこちらのページをごらんください。

最新号は、ぜひお近くの販売者からお求めください。
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(2007年9月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第79号より)




クラゲが大発生する、荒れ果てた日本の海




60年代東京湾、90年代瀬戸内海、そして2002年からは毎年のように日本海がクラゲだらけになる。この物言わぬ海の生物は私たちに何を警告しているのか?






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苛酷な海の環境に耐え切れなかった魚たち



日本の海がクラゲだらけになる。そんなSFかホラー映画のような話が現実に起こりつつある。

1960年代、高度成長期で富栄養化と沿岸開発が急速に進んだ東京湾にミズクラゲが異常発生。臨海の火力発電所に押し寄せて冷却水を止めてしまい、都市が大停電に陥った。「富栄養化と埋め立てが進んだ苛酷な海の環境に、弱い魚は耐え切れなかった。そんな状況にでも耐えられるクラゲだけが残ったんです」と広島大学、生物生産学部教授の上真一さんは語る。

1990年代には、漁獲量が半減した瀬戸内海でも猛威を振るったミズクラゲ。2000年代に入ると、02年からのほぼ毎年、体重200をこえる世界最大級のエチゼンクラゲが、朝鮮半島と中国本土に囲まれた渤海、黄海、北部東シナ海などから日本海に群れを成してお目見えするようになった。




なぜ、今クラゲなのか? この物言わぬ海の生物は、何を私たちに警告してくれているのか? 

クラゲ大発生の原因は、完全には解明できていないが、だいたい以下の四つが考えられているという。

「一つは、クラゲと餌を取り合うことになる魚類が、乱獲により減少していることがあげられると思います」。結果、餌となるプランクトンを独り占めできるクラゲの独壇場となった。

二つ目は、富栄養化によりクラゲの餌が増えたこと、三つ目は護岸工事や埋め立てが実施されることにより、海岸で付着生活を送るクラゲが個体数を増やす「ポリプ期」の付着場所が増えたことが考えられる。

そして、最後が温暖化だ。「黄海では、ここ25年間で冬季の水温が2度も上昇しています。クラゲの生殖能力は水温が高いほど高まるため、クラゲの増殖速度は年々増しているといえます」。

そして大発生したクラゲは、海流に乗って日本海に漂着する。





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赤潮は風邪、クラゲ大発生は内臓不全で瀕死の状態



上さんはもともと小型の動物プランクトンを専門にしていた。実験用のプランクトンを捕りによく海に出向いていたのだが、1990年代前後からクラゲの被害が出始め、容易にプランクトンを見つけることができなくなったことが、クラゲを研究するきっかけとなった。

「はじめはクラゲの入らない網で、プランクトンだけを取ったりしていました。でも、『これは海が変わった』というのを肌で感じて、まずは敵を知らなければならない、と思ったんです」と語る。




クラゲの研究を進めるうちに見えてきたことは、クラゲ大発生の裏に潜む人間の営みだった。

「海の”生物を支える力“というのは、昔も今もそれほど変化はありません。それでも、最終的に産物として取り上げる漁獲量が昔と比べてこれだけ減ってきているというのは、人間が乱獲によって生産資源そのものを相当低いレベルに追い詰めてしまっている現状があります」

結果、日本の海はクラゲがしばしば大発生するほど荒れ果ててしまった。一度クラゲが圧倒的優位に立ってしまうと、魚類の餌を横取りし、せっかく生まれた卵や稚魚をも捕食してしまう。逆戻りすることのできない「クラゲスパイラル」ともいうべき事態へと陥っていく。





そのスパイラルを食い止めるべく、対処法を探していた上さんたちの研究班は、クラゲのポリプ期の天敵として巻貝が有効であることを発見した。また、食塩とミョウバンを使って、クラゲを食用に加工することも考えた。

しかし、結局このスパイラルを食い止めるために必要不可欠なのは、単にクラゲを退治するのではなく、「我々がどういう風に生きていくか」という問いを発することだという。乱獲、富栄養化、自然海岸の減少、温暖化……クラゲ大発生の要因すべてが、私たちの日々の暮らし方、生き方に密接な関係を持つからだ。




「資源としてその魚がたっぷりあるか、一目見てわかるようなシールを貼って販売するような試みも行われているようです。今でしたら、ウナギやマグロなんかはレッドカードでしょうね」。そうした消費者である私たちをも巻き込んだ、適正な漁業資源の管理が有効な手立てとなる。

海の状態を人間に例えれば、赤潮は少し風邪をひいて顔が赤くなった状態。クラゲスパイラルはいくつもの病気を併発し、内臓不全におちいったような瀕死の状態です。少しでも早く、手立てが必要です」




(八鍬加容子)
写真提供:上真一




うえ・しんいち
1950年、山口県生まれ。広島大学水畜産学部卒業。東北大学大学院農学研究科博士課程を経て、現在広島大学生物生産学部教授。
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前編を読む




その典型は、サバやアジである。実際、国産で獲れるサバはほとんどが食用にできないほど小さく、餌や飼料用になるものが多い。

「獲るのを1年待てば、食用として市場に出せるのに、漁船団の競争があるため、それが待てない。その結果、日本の海にも消費者のニーズを満たすだけのサバもいるにもかかわらず、実際に食卓に上るサバは約7割がノルウェー産という構造になってしまっているんです」

「それに、政府の補助金といっても漁船費用の半分は自己負担だから、漁業の現場には借金が残り、借金返済が乱獲体質に拍車をかけた。漁船など工業製品を売った人たちはすぐに補助金で代金回収できたことを考えれば、実は日本の漁業や海は工業化社会のマーケットの一つとして利用されたにすぎなかったのではないかと思えるんです」





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多種多様な日本沿岸の魚を、いつどのように食べるのか?海の“物語”を失った日本人



成人病にかかった海、漁業の乱獲体質…。そんなさまざまな日本の漁業をめぐる変化を背景に、悲しいことに私たち消費者の味覚やニーズも変わってしまった。

例えば、今や子どもが好んで食べるのは、マグロやサーモン、ネギトロなどがトップクラスで、ほとんどが回転寿司メニュー。「消費者がほしがるのは脂が乗った魚か、砂糖が入ったもの、つまりは寿司。魚を売る側からすれば、脂の多いものは冷凍に強いため、原価率を下げられるし、シャリの甘みで本来の魚の味もあまり問われない。ネギトロなどはほとんどがイワシ油で、食用というよりどちらかといえば、飼料に近い」と話す。





鷲尾さんによれば、消費者のニーズは世界中のおいしい魚を食べあさるセレブ的グルメか、本来なら食用にしなかったような加工食品に二分された、と言う。そして加工食品はその魚資源をペットフードと取り合う。

そんな消費者ニーズから抜け落ちていったのは、イワシ、アジなどの大衆魚やその地域の沿岸で獲れる多種多様な地魚たちだった、と言う。

「昔は、多種多様な魚を目利きできるプロの魚屋が対面販売で地元の魚のおいしい食べ方を教えていましたが、末端の魚屋がスーパーに代わり、魚が値段だけで大都市圏に出荷されるようになると、多種多様な魚をどの季節にどのようにおいしく食べ、バランスよく栄養をとるのかという“物語”が途切れてしまったんです。

その結果、見た目がキレイで調理しやすいものだけが好まれるようになり、それ以外の魚は水揚げしても養殖の餌や飼料になって、日本の食卓から姿を消していったのです」





寿司くいねー





そうして、かつての栄光から置き去りにされた日本の沿岸漁業。今や、後継者となる担い手も少なく、漁業の圧力も薄まったためか、30年ぶりに貝や魚たちも徐々に戻り始めていると言われる。

「不景気が続いたことも影響して、瀬戸内海は局所的に貧栄養体質に戻りつつある」と、鷲尾さんは指摘する。

「日本の漁業が没落した真の原因は、魚がいなくなったこと以上に、日本沿岸で獲れる多種多様な魚を資源として活用する能力を私たちが失ってしまったことにあった。魚が戻り始めた今、今度は私たちが多様な日本の海とのかかわり方を試されているのかもしれません」

(稗田和博)




わしお・けいじ

1952年、京都市生まれ。京都大学大学院農学研究科水産学専攻博士課程修了。明石市林崎漁協に就職後、イカナゴ「くぎ煮」の普及など明石の魚の宣伝マンとして活躍。林崎漁業協同組合企画研究室室長を経て、京都精華大学人文学部教授(肩書きは掲載当時)。現在は、独立行政法人 水産大学校理事長。著書に『ギョギョ図鑑』(朝日新聞)、『水の循環』(藤原書店)などがある。


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104人生相談





居心地の悪い自分の部屋に、彼氏を呼ぶのが憂うつです



ひとり暮らしの部屋に、彼氏が遊びに来たがります。彼の家は広く、DVDを観たり、料理をしたり楽しく過ごせるのですが、うちは狭くて、何もないので、女友達も呼んだことはありません。前の彼氏にも断り続けていたところ、「他の男と一緒に住んでいるのでは?」とあらぬ疑いをかけられたこともあります。自分でさえ、居心地の悪い家で、どうやったら楽しく過ごせるのでしょう?
(女性/会社員/35歳)






つき合うきっかけは、見た目かもしれないけれども、やっぱり中身。みんな言うじゃないですか。優しくて思いやりのある人がいいって。格好つけずに自然体につき合ったほうがいいと思うよ。

まずは人をもてなすよりも、自分が居心地のよい部屋づくりだと思うけど、テレビの大改造番組みたいな部屋にするのは、お金がかかるし、夢みたいなもんです。

きれいに片づいた部屋にお花のひとつでも飾ってあったりするだけでも、すてきなんじゃないでしょうか。

彼氏の家では料理を作っているみたいだけど、男からすると料理は手の込んだものじゃなくていいんです。お酒が飲めるんだったら、缶詰を開けただけ、刺身パックを皿に移しただけのツマミでも十分。彼女と一緒ならうれしいもんです。




俺も彼女と映画を観に行ったり、コーヒーを飲みに行ったりしたこともある。だけど、外って食事をしている隣で、化粧をする人がいたりして落ち着かなかった経験がある。




最近俺は、ご好意で部屋を貸してもらえるようになった。これまで夜はファストフード店で過ごすか、お金があるときは漫画喫茶。そこはリクライニングの椅子があるから、ちょっとは楽だけど、人の目があると、眠れないもの。テレビを見ながら、ごろんと手足を伸ばして寝れる。何もない3畳の部屋だけど、ほんと幸せだよ。




これからの季節は、温かい鍋を2人でつっつくのも最高なんじゃない? アルミ入りのできあいの鍋やおでんを、カセットコンロにのせるだけ。熱燗は口当たりがいい分、調子づいて飲み過ぎることがあるから、くれぐれも二日酔いには気をつけて。

あなたがちょっと酔っぱらっている姿は、とてもかわいいと思いますよ。

(東京/S)




(THE BIG ISSUE JAPAN 第104号より)







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(2007年9月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第79号より)





“成人病”にかかった日本の海




かつて世界一の水産大国を誇った日本の漁業生産高が、今や最盛期の半分まで落ちている。日本の漁業で何が起こったのか? 明石の漁港(兵庫県)をフィールドにし、日本漁業の再生に取り組む鷲尾さんに、漁業の今を聞いた。







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海の中で“貧富の格差”拡大。富栄養化がもたらした魚の危機



豊かな海の栄養を北の海から運んでくる親潮と暖かさを運んでくる黒潮が近海でぶつかる日本は、世界四大漁場の一つに数えられる。かつては水揚げ量、消費量ともに世界一だったが、今やスーパーでは海外産の魚介類を目にすることが多く、魚介類の自給率も50%を切る。

なぜ、そのような事態に陥ったのだろうか?

日本の海は糖尿病、つまり成人病にかかったんです」と鷲尾さん。




その海の成人病の原因の一つは、極めて低い日本の食糧自給率にあった。

今や、日本には世界中から食糧が運び込まれ、私たち日本人は多くの食べ物を消費している。その食糧は人の口に入った後、排泄物となって下水処理場で処理されるが、窒素やリンといった栄養成分の半分以上は無機化されただけで、下流の海に流される。

また、人の口に入らなかったものも廃棄物となり、一部は肥料や飼料として使われるが、最終的にはいずれも環境中に出て行くことになる。つまり、世界中から栄養分が食糧輸入というかたちで日本列島に集まり、その結果として、日本の海が「富栄養化」したというわけだ。




この富栄養化は、もともとあった海の生態系を壊し、赤潮の多発やヘドロの堆積といった問題を引き起こした。そして、魚の再生産をも阻害する事態になった、と鷲尾さんは指摘する。

「例えば、富栄養化の影響で、過剰な栄養環境(窒素環境)に適応した大粒の植物プランクトンが海の中の栄養分を独占しました。

すると、それまで細かいプランクトンを食べていたイワシやイカナゴ、貝といった沿岸域でつつましく繁殖していた魚介類が栄養吸収できなくなり、一方で大粒のプランクトンを口にできるクラゲ類に栄養分が偏るようになったんです。つまり、富栄養化によって魚たちの間で貧富の格差が拡大するようになったんです




その格差拡大の象徴が、巨大クラゲの大発生だった、と解説する。

「“白砂青松”といわれる日本の美しい砂浜の風景を思い浮かべればわかりやすいのですが、日本の風土はもともと海も陸も貧栄養体質なんです。

火山でできた島国であるため、雨が降って花崗岩を削り流し、沿岸部にやせた砂浜や砂丘ができる。だから、砂浜の拡大を防ぐために日本人は古来よりやせた土地で青々と茂る松を植林してきたわけです。

それは海の魚も同じで、例えば、明石の海ではプランクトンなどの餌が増える春にマダイや鰆(さわら)が増え、露になれば、雨で陸から流されてきた栄養分でマタゴや磯魚が食べごろになる。

秋には、冬ごもりのため脂が乗ったブリやイワシがドッと押し寄せた。いずれも限られた海の栄養分をギリギリのところで利用する魚たちの生態系があったのですが、それが富栄養化によって壊れ、一時的にはイワシなどの魚の豊漁をもたらしたのですが、やがて栄養吸収できなくなった魚が減ったことで沿岸漁業の漁獲量が落ち込んだんです」





大漁




近海のサバは飼料用に、食卓に上るのはノルウェー産。工業化社会に利用された漁業、その乱獲体質。



日本の沿岸から魚介類が姿を消しはじめたのは、富栄養化ばかりが理由ではない。日本の漁業の乱獲体質にも原因があった。

日本の漁業は、漁業の近代化を目的とした政府の補助金政策によって漁船を大きくし、
設備を充実させることで漁獲量を増やしてきた。だが、漁師が一斉に漁獲キャパを増やすことで漁船団の競争が激しくなり、魚が減り始めると、さらに乱獲体質に拍車がかかった。今でも漁業の乱獲体質は夜の海に光る漁り火を見れば一目瞭然、と鷲尾さんは言う。




「かつての漁り火は、イカ釣り漁船など、魚の群れを追って漁をする小さな船の明かりがたくさん見えたものですが、今は大きな漁り火がポツポツと点在しているだけなんです。

なぜかというと、魚を追うと船が燃料を食うため、大型の巻き網を装備した大きな漁船で強烈な光を照らし魚を集め、一網打尽にしているからなんです。

いつも同じ沖合いで魚を獲り尽くしてしまいますが、それでも漁船の維持費を捻出するのがやっとなので、だんだん魚が減ってきてもやめられない体質になっている




後編に続く


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(2007年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第78号より)




企業、NPO、市民がつくった「東京ホームレス会議」--人あふれる、排除された人々の声を聞く場



ビッグイシュー主催、NEC協賛でNEC・NPOサロンが、7月25日、NEC本社ビルで開催された。100名をこえる参加者が熱心に静かに耳を傾けた「東京ホームレス会議」とは?





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企業戦士にも起こりうるホームレス化



「今はビッグイシューのおかげでデパ地下の最高のお弁当が食べられるんです。夜の9時とかになると、お弁当におまけのお惣菜がつくのが楽しみでねぇ。マンガ喫茶に泊まったりして、シャワーも100円で浴びられるし、最高の環境ですよ」

渋谷駅東口の販売者、小倉正行さんの言葉に、思わず会場からはドッと笑いがわきおこる。小倉さんのそのしみじみとした語り口に誰もが思い浮かべただろう、シャワーで一日の疲れを癒す小倉さんの立ち姿。マンガ喫茶、ネットカフェが最高の環境に思えてしまうほど、そのホームレス生活は長かったのだろうと気づかされる話だ。




ビッグイシュー主催、NECが協賛したNEC・NPOサロン「東京ホームレス会議」前半に行われた「本音トーク」の一場面では、こんな話が聞けた。ビッグイシューから3人の販売者が登場し、彼らに根ほり葉ほり、ホームレスの、そして販売者としての本音を聞いてみようと企画されたコーナーだ。




会場にやって来た100名をこえる参加者たちが熱心に耳を傾けるなか、3人は時にしんみり、時に笑いを誘ってそれぞれの話を続けていく。それでもホームレスになった当時のことが話題となると、小倉さんの明るい声がすこしだけ小さくなった。

「昔、母親と暮らしていて、日韓ワールドカップの年ですか、二人でしし座流星群を見た思い出があります。その母親が死んでしまいショックを受けて、もう生きているのがどうでもいいというふうになりました。友人の連帯保証人になっていたことで借金も背負い、恋人にも去られ、そういう人間関係の問題が続いてホームレスになったんです」




単に仕事と家を失うだけではなくて、孤独な状況に追い込まれてしまうことがホームレスとなる「第三の条件」。小倉さんの置かれた状況は、まさにそうした「第三の条件」に当てはまるものだった。

この話に共感を寄せたのが、NEC社会貢献室として会議を共催した東富彦さん。
「小倉さんの話で人とのつながりについて考えさせられましたね。母を亡くしたり、恋人が去ることのショックは一般の企業戦士にも言えることです。家庭とのつながりがなくて、運悪く会社がつぶれたら、誰にでも起こりうる話なんだと感じました」




公開されたホームレス販売者会議



「まだまだ聞きたりない!」という雰囲気は残ったまま、やがて時間が尽き、次のプログラム「販売者定例ミーティング」へとバトンタッチ。各地の売り場から販売者が続々と駆けつけてきて、総勢26名の円卓、それを囲む一般参加者からの大きな輪がたちまちのうちにでき上がった。

「東京ホームレス会議」は、日頃社会から排除されているホームレスの人たちの声を聞くために開かれた場所をつくろうとするもの。それならば、これまでに44回、月1回のペースで開かれてきたビッグイシュー販売者とスタッフによる定例会議も、今回は一般の人々に公開してみようと特別に企画されたのだ。




当日の会議のテーマは、「どうしたらビッグイシューをもっと広めることができるのか?」。それぞれが智恵と経験を出し合ってアイディアを練ってゆく。会場からも「こんな販売者さんから買いたくなる」と、雑誌購入者としての視点からビッグイシュー体験が披露された。

「販売者が雑誌と一緒にプレゼントしている折り紙をお守りにする読者もいるんです」「雨の日に雑誌をビニール袋へ入れてもらって、そういう小さな心づかいが嬉しかった」「ボソボソとしゃべる人がいるんだけど、あの人は笑顔がいいんだから、笑ったほうがいいよね」 

大学生の坂崎あゆみさんは、「私はやっぱり心を打たれる人から買いたい。ビッグイシューのポスターのシルエットのように、腕を伸ばして売っている人って単純に”カッコいい“んですよね」と発言。

これが神保町の販売者・吉田十三さんにとっては、心に響く、嬉しい一言だった。

「自分も声を出すタイプじゃないからね。手を掲げてるだけでも”カッコいい“と言われたのが嬉しかったよ」

かつて、こんなにも深く、温かく、多くの人々に支えられる雑誌が存在しただろうか?

ホームレス会議で再び原点に立ち返ったビッグイシューは、今号で4周年を迎え、更なる一歩を読者のみなさんと共に歩んでいくだろう。

(土田朋水)
Photo : 高松英昭


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背が低いし短気。そんな性格に悩んでいます



体力がなく、背が低いのでいじめられます。しかも短気です。たとえば、前から人が来てもぼくからよけたくないと頑張ってしまいます。でも、実はいつ殴られるかなと思ってたりして、本当は心配だったりするんです。こんな性格、どうしたらいいですか。
(男性/10代)





ぼくも子どものころは、ちっちゃかった。母親がよく言ってたなぁ、「小学校に入ったときで、やっと1メートル2センチ。並んでも前から2番目」って。でも、低学年のころはあんまり気にならなかったなぁ。高学年から中学に入って気にするようになったね。

背の高い子に「なに食べてる?なに飲んでる?」って聞いてた。少しでも大きくなりたいから、「牛乳飲んだらいい」「鉄棒にぶら下がったら伸びる」とか聞いたことは全部試した。

牛乳はね、あんまり好きじゃなかったけど、中学校のときは強制的に飲まされたもんだよ。朝学校に行ったら、教室の前に牛乳屋さんが人数分ちゃんと置いてるんだ。そのおかげか、ただの成長期か、身長はそのころに一番伸びたね。高校入ってからはとまっちゃったけど。




ぼくも背がちっちゃいことで「バカにされてるんじゃないかな」とか、そういう感覚はあったなぁ。野球やってたんだけど、背はやっぱり大きい方がいいと思ってた。球も速くなるし体力的にもね。

だけど、ちっちゃいからっていじめられたことはなかったな。僕の場合、足が速かったんだ。リレーの選手にもなったぐらい。だからその点でカバーできたし、多少は認められたよ。

もし、君に体力がないんだったら好きなことに打ち込む。やりたいことがあるんだったら、そっちにエネルギー使ってみる。まずは今の自分だったらどこまでやれるかなって、考えてみたらどうかな。

人よりちょっとでも得意なものを探してみたり。ちっちゃいからと努力していれば、きっと違う自分が見えてくると思う。




若いころってカッコつけたいときじゃない、実物大以上に自分を大きく見せたいっていうのかな。ぼくも弱いくせにプライドだけは高かった。

コンプレックスって取り除くことは難しいけれど、30代ぐらいになったらわかるようになるよ。「あ~、あのころはアホなこと考えてたな」ってね(笑)。

(大阪/T)




(THE BIG ISSUE JAPAN 第103号より)







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2013年3月9日、オランダ・アムステルダムのメディアマティック・ファブリックで開催された、東日本大震災チャリティイベント「HOPE STEP JAPAN!」。 トーク・プログラムのゲストにお越し頂いた アムステルダム・スマートシティ(Amsterdam Smart City)プロジェクト・マネージャーのヘル・バロン(Ger Baron)氏の講演概要と、スペシャル・インタビューをレポートする。





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(「HOPE STEP JAPAN!」でのヘル・バロン氏の講演)




「アムステルダム・スマートシティ」とは?



2010年にアムステルダムの中心部にある運河の橋や町並みなどの歴史的建造物が立ち並ぶ運河地区が「アムステルダムのシンゲル運河内側にある17世紀の環状運河地区」として、ユネスコの世界遺産に認定されるなど、歴史的建造も多いアムステルダムは、古い町並みを保全しつつも技術革新を用いて、欧州一の環境都市の実現をかかげる。

プロジェクトの名前は「アムステルダム・スマートシティ」。スマートグリッドとあらゆる最新技術を組み合わせ、官庁、研究機関、企業、アムステルダム市民の間の架け橋となる先駆的な試みだ。首都の持つ情報や資本、都市のインフラの効率的活用を可能にすることで、持続可能で質の高いエコロジカルな生活と新たな経済成長を同時に実現することを目指している。

2025年までにCO2排出量を90年当時の40%削減を目標に、エネルギー供給の仕組みと消費量を、市民にもわかりやすい形で視覚化する。また、企業の技術力を生かし、無理なく持続可能な環境都市を目指す。

欧州でも先駆けて、最も意欲的に進められているこのアムステルダム市の環境都市構想は、2006年、アムステルダム市経済開発会議と*公益事業(ユーティリティ)企業が、持続的に発展可能な環境都市について検討したことにより始まった。そこで作成された草案をもとに、2009年、アムステルダム市とアムステルダム・イノベーションモーター(AIM)、 民間企業、LIANDER(エネルギー供給網 オペレーター)、 KPN (固定/携帯電気通信会社)などが中心となり、アムステルダム・スマートシティを設立。プロジェクトが始動した。

その後、NUON(エネルギー供給会社)、PHILIPS(電機・家電メーカー、ヘルスケア事業などの多国籍会社)なども参入し、現在、インフラ整備におけるイノベーション(技術革新)のパートナーは75組織にものぼり、2013年度の核となるプログラムの予算は、年間80万ユーロ (約9992万円)、パートナーによるインフラ整備への投資額は、年間2,000万ユーロ (約25億円)と急進している。

(*公益事業(ユーティリティ)企業とは、電気、ガス、水道、郵便、電信、電話、運輸などの公共交通機関と鉄道貨物事業など、公共利益のための日常生活に不可欠な事業を指す。オランダでは”Nutsbedrijf”と呼ばれ、19世紀から20世紀にかけて、経済·社会政策のためのツールとして、オランダ政府によって設立された。公営住宅(ソーシャル・ハウジング)も含まれる。国家や自治体から自治体、準公共または非営利団体の助成金によって開発されている。)




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(アムステルダム・スマートシティのプロジェクト分布図)




この「スマートシティ」の核となるスマートグリッドの技術は、将来的には、一般市民がエネルギー事業者に依存することなく、リサイクル・エネルギーを生産・運用することができるといった、分散型のエネルギー電源システムを構築する大きな可能性を秘めている。次にスマートシティでの実践例を見ていこう。




消費電力を視覚化することで、市民の意識を変革



アムステルダム・スマートシティは現在、5つのテーマ(住居、労働、交通、公共施設、オープンデータ)をもとに、3つのエリア(ニューウエスト、サウスイースト、アイブルグ)で32のプロジェクトを実践している。




■住居
オランダ最大の都市であるアムステルダムには40万人以上が暮らしている。全ての世帯をあわせると、アムステルダムのCO2総排出量の約33%を占めるが、スマートグリッドや省エネルギー技術を適用することで、CO2排出量とエネルギー消費量の両方が大幅に減少した。
一般家庭にスマートメーターやスマートウォールプラグ、ディスプレイといったエネルギー消費量を可視化できる装置を設置することにより、住民のエネルギーへの意識やライフスタイルの変化を促進し、消費電力の節約に繋がることつながっている。




■労働
アムステルダムには多国籍企業から個人事業主まで、数多くの企業があるが、そのオフィスは現代的なオフィスタワーでなく、古い運河沿いの歴史的建築物に立地している。スマートビルディングと名図けられたプロジェクトでは、インテリジェント技術によるビルエネルギー管理システムを導入することにより、自動的にエネルギー消費量のデータを収集し、監視・解析を行ない、冷暖房/照明/セキュリティ機能を制御する。

また、エネルギー消費は視覚化され、入居者によるエネルギー使用量の抑制も促進する。同時に、オフィスビルの屋根に太陽光発電パネルを設置したり、市役所のエネルギー消費量をオンラインで可視化するなど、持続可能で最も効果的な方法を模索している。




■交通
車、バス、トラック、スクーターからクルーズ船など交通手段から排出されるCO2は、アムステルダム市の総排出量の約3分の1を占める。 これらのCO2総排出量削減を実現するため、船舶用充電ステーションの設置やカーシェアリングのプラットフォームを市民に提供したり、市内全域に電気自動車や電動スクーターのための充電ポイントを設けている。




■公共施設
アムステルダムの市町村は、アムステルダムのスマートシティの設立パートナーとして、地域において重要な役割はたしている。「持続可能な公共空間」のために、最も効果的な方法をもちいた公共サービスの提供に力を入れる。例えば、スイミングプールのエネルギー消費量の可視化、公共施設の屋根を用いた太陽光発電、ゴミ収集における電気自動車の利用や太陽光発電によるゴミの圧縮機を各店舗へ導入するなどだ。また、学校や病院、スポーツ分野、図書館、街路等での大規模なプロジェクトを実験的に行なう。




■オープンデータ
上記の技術の開発や情報化社会の発展にはオープンデータの存在が欠かせない。アムステルダム市は活発なオープンデータのプログラムがあり、アムステルダム・スマートシティの活動の中核の一つである。使用したい人は誰でも利用可能な公共的データは、アムステルダム市民が事実と数字に基づいて、新しいアイディアを実際に移すことを可能にしている。

例えば、アムステルダムで若者から人気の繁華街、ユトレヒト・ストラート地区では、「気候ストリート」(Klimaatstraat)構想を推進している。各店舗のスマートメーターとエネルギー消費量をオープンデーターとして可視化することにより、市民のエネルギー意識とライフスタイルの変革を促進し、最終的に省エネルギー化を目指すというものだ。この地区では、 ゴミ収集に電気自動車を導入し、ゴミ圧縮には太陽光エネルギーを使用している。また、トラム(路面電車)やバスの停留所、街路、建造物の壁面に効率の良いLED照明の設置をするなど、街全体の環境プロジェクトとして、行政・企業・店舗経営者・市民が一体となって積極的に取り組んでいる。




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(アムステルダム・スマートシティのプロジェクト概要)



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(アムステルダム・スマートシティのスマートグリット構想)




震災後の福島への訪問



「アムステルダム・スマートシティ 」プロジェクト・マネージャーのヘル・バロン氏は、東日本大震災の3ヶ月前、2010年12月にスマート・シティ推進アドバイザーとして日本を訪問した。さらに昨年2012年3月2日(金)、外務省・経済産業省・環境省主催、福島県共催により福島県福島市において開催された国際エネルギー・セミナー「被災地復興へ向けたスマートコミュニティ提案」に招かれた。
この国際エネルギー・セミナーでは、 「国内外のスマートコミュニティの先駆的取組」と 「復興に向けたスマートコミュニティ提案」をテーマに、国内外からの登壇者による講演と、パネル・ディスカッションが行なわれた。

バロン氏はエネルギー・セミナーについて次のように語る。「福島では、招待された外国専門家たちが互いに経験を共有し、かつそれを日本の人々とも共有することができました。私たちが助言したのは、人を中心としたインセンティブ(=動機付け)が適切な方法であると確認してから、スマートコミュニティを始めることと、技術革新(イノベーション)を難しくしているのは、伝統的な構造であると理解することです。滞在中には日経BP、東電、ソニー、NEC、アクセンチュアなどの企業とも話しました。」

「また、セミナーのディスカッションで、『政府は自らの存在感を誇示するだけでは、実質的に被災地の人々の助けにならない』と話をしました。このセミナー以外で、福島の周辺に暮らす人々に会う機会があり、人々は政府に対して大変な怒りを感じているように見えたからです。これは私にとって印象的で、貴重な経験となりました。」




横浜市との連携プロジェクト



バロン氏: 「(日本に滞在中)私たちは日本の様々な業種の15企業代表団に招かれ、横浜市と連携し、アムステルダム・スマートシティのアプローチについて話し合いました。まだ実行に移されていませんが、最近は実現に向けてかなりスピードアップしてきました。横浜の好きなところは、日本ではめずらしい『実験とエラー(試行錯誤)が許される余裕がある』ことですね。


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(国際エネルギー・セミナー「被災地復興へ向けたスマートコミュニティ提案」 案内)






「アムステルダム・スマートシティ」今後の課題



オランダ自治行政局UWV*1の調査結果によると、大学やカレッジを卒業した高学歴の若者の失業率は、昨年比で2倍に増加し、昨年の25歳以下の失業率は15%と1980年以降では最も高くなった。

また、昨年10%を切っていたオランダの若者失業率が今年1月に15%に上昇したため、オランダ政府は失業対策として、この2年間で5000万ユーロの予算を割当てた。*2  この予算は教育機関における雇用者との研究奨励プログラム、高齢者の雇用促進を強化するために使われる見込みだが、新規事業による雇用拡大が見込まれる、アムステルダム・スマートシティの構想は、今後さらに注目されることになるだろう。

しかし、よいニュースばかりではない。2月28日付けのロイター通信の記事によると、オランダ経済機関CPBの予測では、本年度のオランダ財政赤字は3%とするEUの目標を超え、国内総生産(GDP)比3.3%、さらに2014年も3.4%となる見込みで、*3 さらに、先週、オランダのインフレ率はユーロ圏で2番目に高いと発表された。

オランダ国家統計局CBSによると、ユーロ圏の消費者物価指数の平均は1.8%だが、オランダは3.2%前後と、10年ぶりに最も高い数値となった。ちなみに2011年では、オランダのインフレ率は欧州で最も低い国の1つだった。*4 今後これらの景気停滞の影響により、アムステルダム・スマートシティの財政確保が厳しくなることも懸念される。オランダ政府は、財政赤字を縮小するために、2013年予算案として120億ユーロの大幅財政赤字削減案を盛り込んでいる。




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(「HOPE STEP JAPAN!」でのヘル・バロン氏の講演と会場の様子)




もう一つの課題はオランダが内包する多様性だ。

オランダの首都アムステルダム市は人口約82万人(2012年)であり、人口の内訳は非オランダ国籍が50.5%、オランダ国籍が占める割合は49.5%と半数を割っている。176の異なる国籍を持つ人々が暮らす、多彩な文化がミックスされたユニークな国際都市である。

しかし、近年のオランダ全域でイスラム系移民が増加し、これらの在オランダ・イスラム教徒約100人が主にシリアなどに渡り、イスラム過激派の「聖戦」に加わったとみられている。一部は既にオランダに戻っており、この影響でイスラム系の若者の過激化が進む可能性があると、オランダの治安当局は警戒を強めている。*5

今年の3月13日、オランダの治安当局は、イスラム過激派の若者たちによる国内外のテロの警戒レベルを4段階評価のうち、今までの「限定的」から上から2番目の「高い」に1段階引き上げた。

新たなイスラム系移民はこれまでオランダに住んできたイスラム教徒より信仰心が強い傾向がある。モロッコ系在蘭2世は、ハラール食品を日常的に摂取し、ラマダンを行う人も多く、モスクに通う人の中でも、モロッコ系在蘭の若者率は61%。現在、約82万5千人のイスラム教徒が、オランダに在住しているが*6、アムステルダムでは人口の半数以上がこうした「移民」で成り立っており、 旧植民地からの移民も多数暮らしている。また、オランダ生まれ・オランダ育ちの「移民」2世や3世も多く、どこからどこまでを「オランダ人」と呼ぶのか、という線引きは明確ではない。

2009年のリーマンショック以降、オランダの経済状態が悪化したことも重なり、オランダの極右政党である自由党(PVV)が、イスラム諸国からの移民受け入れ停止などの政策を掲げ、イスラム系移民排斥の動きが表面化してきた。そういった政治や世論の空気が、現在のイスラム系移民を、さらに過激派へと追い込んでいることは否めない事実でもある。

アムステルダム・スマートシティ構想が地域に根ざすにつれて、市民同士の対話や参加が不可欠となってくる。異なる国籍・宗教・思想を持ち、176の異なる文化背景を抱えるアムステルダム市民と共に、「持続可能な」強い連携をかたちづくることができるならば、アムステルダムの「スマートシティ」は新しい都市のモデルとして真に世界に誇れる取り組みとなる。そのためにも、今やマジョリティとなった移民を、どのようなかたちでプロジェクトに組み込んでいけるかが、今後の大きな鍵となるであろう。





脚注:

Amsterdam Smart City (英語)

HOPE STEP JAPAN!


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*1. オランダ自治行政局UWV
雇用保険の実施、労働市場およびデータサービスを提供するために、社会雇用省から委託を受けている。

*2. 参考資料:2013年3月5日オランダの新聞

*3. 参考資料:ロイター通信の記事 “UPDATE 3-Dutch give up on EU deficit target for 2013”

*4. 参考資料:オランダ国家統計局CBSのホームページより

*5. 参考資料;JOOP.nl の記事 “Honderd Nederlandse jihadstrijders vechten in buitenland”

*6. 参考資料;Dutch News .nl の記事 “Dutch Muslims are becoming more religious”




タケトモコ
美術家。アムステルダム在住。現地のストリート・マガジン『Z!』誌とともに、”HOMELESSHOME PROJECT”(ホームレスホーム・プロジェクト)を企画するなど、あらゆるマイノリティ問題を軸に、衣食住をテーマにした創作活動を展開している。

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