前編「旺盛な助け合い精神が、窮状を隠してしまう:「派遣切り」と日系ブラジル人」を読む


最初は出稼ぎして数年で帰るつもりでも、子どもの成長につれて、日本での定住を選択し、暗中模索する家族もいる。 トヨタ系列の会社で派遣社員をしていた下山さん(仮名/日系2世)は、妻と中学生の娘2人の4人家族。娘たちが日本で進学することを希望したため、しっかりした生活基盤を築きたいと3年前、中古の木造住宅を購入した。40年ローンで1700万円という大金だったが、当時は共働きで月40万円程度の収入があり、銀行も貸してくれた。

 しかし、下山さんは2月に失業。妻もパートをクビになり、今、一家の収入は7万円の失業保険のみだ。日本定住を決めた矢先の出来事に下山さんはショックを隠しきれないが、仕事を見つけ、住宅ローンを返せるメドはなく、個人破産するしかないという。

「日本人もクビを切られる時代、ブラジル人に仕事があるわけない、国に帰ったほうがいいという意見もあるでしょう。しかし、彼らにもそれぞれ複雑な事情があって、そんなに簡単なことではないのです」と野元さん。

人手不足を補うため呼び寄せられ、危険できつい仕事に従事し、日本経済を下支えしてきた日系人労働者。仕事がなくなると、過去の貢献は顧みられず、雇用の調整弁として真っ先に切り捨てられる──あまりに都合のいい話だ。

2つの文化生かす地域学校、日本人からも支援の手

 首都大学東京教員でもある野元さんは、パウロ・フレイレ(※抑圧や貧困からの解放、自由で自立した人間を目指す教育を求めたブラジルの教育者・ヒューマニストとして世界的に知られた人物)というブラジル人教育者を研究するため、ブラジルに留学。帰国後、保見団地で日本語を教え始めたことが、保見団地とかかわるきっかけになったという。

 02年に生活、労働相談、翻訳、医療通訳などを行う「保見ヶ丘ラテンアメリカセンター」を設立。05年には、ブラジル人学校「パウロ・フレイレ地域学校」を立ち上げた。現在、生徒は83人。全日制の幼稚園、小・中学校があるほか、成人向けの夜間部もある。


「外国籍の子どもたちは義務教育でないため、日系ブラジル人の子どもたちの中には、小学校、中学校で中退してしまう子がいるんです。その結果、日本語もポルトガル語も満足に読み書きできなくなってしまう。00年前後には、窃盗や交通違反で少年院へ入る子どもたちが増加しました。そんな彼らの居場所をつくりたいと思ったのが、学校を始めたきっかけです」

 今も夜間部では、小・中学校に通うことができなかった若者たちが学んでいる。「パウロ・フレイレ地域学校」の一番の特徴はバイリンガル教育だ。日本の言葉、文化、歴史に加え、ブラジルの言葉、歴史、文化もしっかり教えている。


「日本とブラジル、2つの文化をもった彼らの力を積極的に伸ばし、活用していかなければあまりにもったいない。学校からドロップアウトし、最底辺の仕事しか得られず、貧困が再生産されていく──教育の力でそれだけは避けなければと思うんです」

「パウロ・フレイレ地域学校」では、授業料を低く抑えているが、昨今の・派遣切り・によって親が失業している場合、授業料を無料にしている。


「今は試練の時。最近、大人向けの日本語教室に通う人が増えてきました。製造の仕事で日本語を話す必要性を感じなかった人も、新たな仕事を探す上で日本語能力が重要であることに気づいたのでしょう。また、これまでごみ出し問題などでもめることが多かった保見団地の日本人住民の方からも、支援の手が差し伸べられるなどしています。共生というのはきれいごとではなく、こうした試練や摩擦を繰り返しながらつくられていくものなんだと、そう思ってがんばっていくしかありませんね」

 (飯島裕子)

Photo:伊藤卓哉

写真提供:保見ヶ丘ラテンアメリカセンター


NPO法人 保見ヶ丘ラテンアメリカセンター

2002年、日本に住むブラジルやペルー出身の人たちの生活向上と日本人と外国人が共生できるまちづくりを目指して設立。生活・労働相談、翻訳・通訳、地域ニュース発行などの活動を行っている。さらに05年、不就学の子どもや母語による学習を選択した子どもの居場所づくりのため、同センター内に「パウロ・フレイレ地域学校」を付設。全日制の小、中学校、夜間中学、日本の公立高校へ通う子どものための学習支援等も行っている。

(2009年8月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 248号より)




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