作家の星野智幸さん。2010年からは、ホームレスサッカーの練習に参加し、ダイバーシティフットサルカップの実行委員にも参加。サッカーへの想いやダイバーシティ・フットサルカップの目指す先について語って頂きました。

(聞き手:ビッグイシュー基金 長谷川知広)


あるかのようにされている境界線を、楽々と越えられる体験

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―これまで、野武士ジャパンのパリ大会、日韓戦にも関わってきましたが、印象的だったことは何でしょうか。また、サッカーがもつ可能性について感じていることを教えてください。

自分でサッカーをしていてもそうですけど、夢中になると素の自分になるというか、日頃の立場とかを全部忘れてしまいます。そのぶん感情的になって、言い争いになるとか、しょうもないこともありますけど。

素の自分、生の自分がぶつかりあう場、さらし合う場になるのが、サッカーやフットサルだと思うんですよね。そういう時は立場を超えるというか、忘れている状態なので、後から振り返ると、一緒に何かをしているという気持ちが、充実感とともにすごくある。

どんな人であってもそれが起こり得るし、それはサッカーのもつ素晴らしい可能性だと思います。

野武士ジャパンの場合には、ホームレス状態にあったり、その経験者だった人が参加しているわけですが、実際にいっしょにボールを蹴ってみると、みんな夢中になってムキになったり、シュートが決まらないとふてくされたり、自分と同じ普通の人間だってことを肌であらためて感じます。

そういうかたちで楽々と、本来あるかのようにされている境界線とか垣根みたいなものを越えられることが体験できる。そうした機会がもっと広がっていくといいなと思います。

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―今回の、ダイバーシティ・フットサルカップは、そういう立場を超えるきっかけになると思いますか?

なると思います。

参加するチームは、いろいろな背景や立場にある知らない人同士ですよね。本来は、お互いに出会う場がないですし、いきなり出会っても共通・共有するものがないから何を話していいかわからないと思うんです。

でも、サッカーというのは、国さえ越えてしまうくらいの言語です。国を越えるぐらいなので、同じ日本社会の小さな境界というか、境界だと思われているものくらいは、軽く越えられると思います。

いっしょにゲームをすれば、そこからまた共通の話題が作られるし、無理なくみんなが同じ場に、同じ地平の立場で、スーッと入っていける機会になるんじゃないかと思いますね。

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(ホームレスサッカー日韓戦では一緒にプレー!)


自分の小さな世界から出ると、楽になる。この大会はそのモデルのような試み

―以前、星野さんに「サッカーが日本社会で文化として根付くにはどうしたらいいか?」という質問をしたときに、「みんな、自分の領域を超える機会が無くなってしまっているのではないか。サッカーはそれをつなげる言語になり得るのではないか」という話をされていました。

たしかに、そう言った記憶があります。いろいろな意味で、今の社会では自分の立場に閉じこもってそれを正当化したり、そこからほかの人たちを非難したいとか、そういう欲求が溢れているように感じます。でも、そうやって非難すればするほど、お互いにどんどん苦しくなっていくわけです。

その流れを変え得るのは「自分が正しくて向こうがおかしい」というような形じゃないと思うんです。自分が閉じこもっている小さな世界から一歩出て、だけど相手の土俵の中に入っていくわけでもなくて、その代わりに、他の人たちにも出てもらうこと。そうしたときに、頑なに受け入れられなかったものが、全然思っていたものと違って、そんなに違いはないじゃないかと、そういう風に見えてくるのではないかと思うんです。

今は、自分を正当化するために自分と違う立場の人や世界を「見たがらない」ところがある。そうではなくて、むしろ自分の方を「カッコにくくる」かたちで、一歩外に出たほうが見えてくるものがあるし、自分も楽になると思うんですよね。

だから、ダイバーシティ・フットサルカップは、その小さなシミュレーションというか、一つのモデルケースのような試みだと思います。


―今後、ダイバーシティ・フットサルカップを続けていくときに、「こんなことができたらいいな」というものはありますか。

どうしてもこういう時に参加するのは 大抵が男性になってしまいますよね。

なので、いろいろな形で女性の人にも参加できるものになったら良いなと思います。サッカー好きの女性でもいいし、何らかの困難を抱えている女性でもいいしですし。

カテゴライズされにくい困難を抱えている女性というのは、外に出ると攻撃を受けやすいということがあるので、すごくデリケートなことではあるとは思うんですけど、でも、そういう人たちでも、何の不安もなく参加できるような場になればよいなと。

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(ホームレスサッカー日韓戦では女性ボランティアも一緒にプレー)

―たしかに今回も男性の方が多いです。

一般的にも、日本ではサッカーの女性への普及がまだ十分でないので仕方ないとは思いますが、世界的にみれば女子サッカーは今ものすごい勢いで拡大しています。

もちろん、DVから逃れてきて路上に出てしまい、名前も明かせないという人もいるので、そうした人たちは、なかなかサッカーのような場には出てきにくいと思います。

でも、サッカーをすることで、何もかも忘れてスイッチオフできて、それがいろいろな新しい出会いにつながっていく機会になったら、理想ですけど最高ですよね。大会を重ねていけば、そういう方たちにもアクセスし得る存在になっていくと思います。そういう視野を持ちながら続けていきたいですね。


社会の「標準」を変えて、多様性が日常のことになればいい

―サッカーは勝ち負けも大事ですけれど、それだけじゃないですよね。

サッカーっていうのは、人を救う要素があります。いろいろ困難を抱える人が、観るのでもやるのでも、サッカーに触れることで自分をリセットできるような要素もありますから。

あとは、なんていうか、「標準」の概念というのを変えるものになったらいいですよね。路上に出るとか、いわゆる一般の社会から外れた人たちに対して、「社会復帰」という言葉を使うときに、いつもすごい違和感を覚えるんです。

復帰する社会の方がおかしいのだったら、それに合わせることを目指して一生懸命努力してもどうなのか。自分を排除するような社会のところに、もう一度適応できるように自分をつくりなおして入るということがいいのかどうかって、いつも思うんですよね。

標準を変えて、社会のほうがもっといいものになるべきであって、ダイバーシティカップはそういう社会像の一つの提示になると思うんです。多様性があるということが、社会の日常になったらいいと思います。社会はそういうものになり得るということを示すのも、大事なことかなと思います。


―LGBTの方などへの偏見は以前はも強かったですし、存在しないものとされていましたよね。

常に自分を偽った状態にしてなければいけなかったのが、今は、それがその人一人ひとりの「標準」なのだから、それでよいのではと徐々にではあるがなってきた。その存在を提示していくことによって、普通の光景になっていきましたよね。


―今回、LGBTの方と話して、スポーツをしようにも更衣室の問題で困っていて、多目的トイレで着替えている人もいるということを初めて知りました。存在は知っていても、その人たちが日常どんな困難を抱えているかについては知る機会がありません。今回集まる人も、それぞれが違った背景や可能性をもっていますが、そこをお互いに知り合う機会にもしたいです。

この大会をイベント的なもので終わらせて、また元の日常に戻ってしまうのではなく、ここで得たものをそれぞれの日常に持ち帰ってほしいですね。


プロフィール 星野智幸(ほしの・ともゆき)

作家。1965年米国ロサンゼルス生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2 年半の新聞記者勤めを経て、メキシコに2年間留学。1997年『最後の吐息』で文藝賞を受賞してデビュー。2000年『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞、2003年『ファンタジスタ』で野間文芸新人賞、2011年『俺俺』で大江健三郎賞、2014年『夜は終わらない』で読売文学賞を受賞。他の作品に『ロンリー・ハーツ・キラー』『われら猫の子』『無間道』など。エッセイ集に『未来の記憶は蘭のなかで作られる』がある。2010年から路上文学賞を主宰。


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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。