ビッグイシューオンライン編集部より。2月15日発売の305号から、「被災地から」を転載します。

猫や犬、ダチョウや牛…震災後、現地に残った命とともに生きる人々を描く

 2016年3月22日、原発もターゲットにされた同時多発テロがベルギーで起きた。その日、EU本部のある駅の一つ先の駅で、自爆テロリストと同じ車両に乗り合わせ、犠牲になったジル・ローラン監督。
その彼の初作品で遺作となった福島原発事故後の人々の暮らしを追ったドキュメンタリー映画『残されし大地』が完成し、3月から全国各地で順次公開されることが決まった。

305hisaichikara_2
福島を撮影ロケ中の在りし日のジル・ローラン監督(右)と出演した半谷夫妻、スタッフ


 猫や犬、ダチョウに牛――。東日本大震災後、避難区域に指定された福島県富岡町で、家畜やペットなど置き去りにされた動物の世話をしながら現地で暮らす松村直登さんを軸に、松村さんの友人、半谷信一、トシ子夫妻ら、被災地の人々と、避難指示後も現地に残った命、自然環境を描いた。筆者もキャスティングされ、富岡町の松村さん宅を訪問。富岡町と大玉村の仮設住宅、片道80キロを軽トラックで行き来する半谷夫妻の日常生活の取材にかかわった。

 ローラン監督の妻で、リサーチなども行った鵜戸玲子さんは「ジルは自然が大好きでナチュラルに生きることやサステナブル(=持続的)な社会を考えていた人。動物のために避難せずに残った松村さんのことをより深く知りたいと思ったのも自然なこと」と言う。

 映画は福島第一原発から約12キロにある富岡町から始まる。原発の爆発直後から住民が一斉に避難したため、地域にはペットの犬や猫、家畜の牛、ダチョウが残された。松村さんは父の代祐さんとともに地元に残り、置き去りになった動物たちの世話をしている。なぜそこに暮らすのか。なぜ動物の世話をしているのか。父親と動物と暮らす日常が静かに描かれる。

「99%が逃げてんのに、1%だけ逃げていない。逃げてねえ俺らは変わりもんだ」と、半谷夫妻とともに笑う松村さん。大多数の住民は、国の指示で避難した一方で、こうした指示に従わなかった人々がいた事実。山や川、畑や森。富岡町を中心に、福島の風景が描かれる。言葉もなく富岡町にある畑を黙々と耕す半谷さん。動物たちにえさを与える松村さん。言葉のないシーンが印象的だ。


“人生には続きがあるよ”
被災地に残された命を見て見ぬふりをしていないか

 避難区域の夜。松村さんの自宅だけ電気がついている。空には美しい月。虫の声、空気の冷ややかさ、夜の静けさが広がる。「ここにも生活がある」と、命の存在を主張しているようだ。「自分は富岡で死ぬことしか、選べない」。避難できなかったのか、しなかったのか。残されしものは、大地とともに多くの命もあったのだが、それに対して私たちは見て見ぬふりをしてきてはいなかったか。大きな問いが映像を通じて投げかけられているように筆者には感じられた。  鵜戸さんは話す。「私自身がこの映画で、『自分のふるさとで同じようなことが起きたらどうなるだろう』と考えました。子ども時代の思い出の風景や、大事にしたふるさとへの思いはどうなるだろう、と」

 そして「自分の夫がテロで亡くなるという、天と地がひっくり返るような出来事が起こりました。でも、その後も、人生には続きがあるよというメッセージを、彼がこの映画で遺してくれたように思います。もちろん原発事故に遭った多くの方々の人生も。映画を通じて、彼の命への想いを多くの人に感じていただけたら」。3月11日から東京のシアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開。

映画「残されし大地」公式サイト:http://www.daichimovie.com/
フェイスブック: https://www.facebook.com/nokosareshidaichi/

305hisaichikara_1
ローラン監督の妻・鵜戸玲子さん

 (文と写真 あいはらひろこ)

あいはら・ひろこ

福島県福島市生まれ。ジャーナリスト。被災地の現状の取材を中心に、国内外のニュース報道・取材・リサーチ・翻訳・編集などを行う。

ブログhttp://ameblo.jp/mydearsupermoon/






過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。