2016年の夏、ワシントン州キング郡の民主党副党首オマハ・スタンバーグ氏がとあるオンライン討論に加わり、大きな論争を巻き起こした。それというのも、「シアトル市内のホームレスを島に送って生活させる」という提言に関する討論だったからだ。スタンバーグ氏の発言が反発をまねく中、ひとつの疑問が投げ掛けられた。「ここ、ワシントン州最大のキング郡において、ホームレスの人たちはどれくらい歓迎されていると感じられているのか?」これは、社会的孤立や移動性欠如にもつながりうる問題だ。

そこで、『リアル・チェンジ(Real Change)』(ワシントン州シアトルで発行されているストリートペーパー)編集部は、実際にトランジショナル・ハウジング(※)の入居者に取材を行い、自身のホームレス経験と現在の暮らしぶりを聞いた。

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シアトル市中心部にあるトランジショナルハウス「ニッケルズビル・タイニー・ハウス・ヴィレッジ」 (Photo: Andrea Sassenrath)

取材を依頼したのはキング郡の中心部に14戸の小さな家が建ち並ぶ「ニッケルズビル・タイニー・ハウス・ヴィレッジ(Nickelsville Tiny House Village)」の住人。取材に応じてくれた3名は、ホームレスという困難な経験の後、トランジショナル・ハウジングでの暮らしが自分たちの状況を大きく改善してくれたと語った。

(※)トランジショナル・ハウジング:ホームレス状態から恒久住宅に入居できるまでのあいだ、一時的に入居する住居のこと。「トランジショナルハウス」「ステップハウス」ともいう。



ホームレスは「歓迎」とはほど遠い感覚を共有している(カーン-キャンベル親子)

若い一家を養う父そして夫である私は、「タイニー・ハウス」というかたちの支援を受け入れざるをえなくなりました。最初こそ容易ではありませんでしたが、すぐにこれは今後のための足掛かりであり、われわれ家族がバラバラにならないためと捉えられるようになりました。特に、娘が2〜3才の時期においては、どうしても必要なものでした。

大小の寄付金や援助の申し出など、我々が社会のつまはじき者と感じないよう、さまざまなかたちで支援してくれたこのコミュニティには感謝の気持ちでいっぱいです。私と同じ境遇にある多くの人たちは「歓迎」とはほど遠い感覚を持ってしまっています。むしろそういった感覚はホームレスの人たちが共有するコンプレックスともいえます。

行き場を失っている人たちのためのトランジショナル・ハウジングという小さな世界が、これに否定的な人たちのどんな意見をも凌ぐ大きな価値となりうるということを、ここのコミュニティははっきり示してくれました。

後の人生でこの短い期間を振り返ったなら、建設的かつ謙虚な気持ちになれた期間だったと思えるに違いありません。トランジショナル・ハウジング構想をシアトル市がこのような前向きさで積極的に推進するのなら、このシアトル市とそこに暮らす進歩的かつ人道的な市民の方々こそが、最もふさわしい場を形成できるでしょう。そして、今こそが最もふさわしいタイミングです。

「タイニーハウスヴィレッジ」の規模が小さく、自己管理型であるところがお気に入り(シェイラ・ジャクソン)

「タイニー・ハウス・ヴィレッジ」は多くの人々にとって大切な場となっていますが、私の家族にもたらしてくれたことについてお話したいと思います。

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シアトルのニッケルスヴィルのタイニーハウスビレッジの住人の一人、シリア ジャクソン。(Photo: Andrea Sassenrath)

私の子供達にとっては生まれて初めてのホームレス経験でした。終わりの見えないサイクルに陥ってしまったように感じている家族にもたくさん会いました。社会とのつながりを取り戻すことに苦労していましたが、それもこれも彼らには「家」と呼べる場所がなかったからです。

ここの小さな住まいは、個人レベルでコミュニティとつながれる機会を提供してくれます。まさに私の家族も、安全に生活できる場を与えてもらっただけでなく、ここでの小さなコミュニティ、そして周辺地域の一般家庭の方々とも関わりあえる機会を提供してもらいました。

「タイニー・ハウス・ヴィレッジ」の規模が小さく、自己管理型であるところが特に気に入っています。自尊心と言うのでしょうか、誇らしさも感じられるようになり、ホームレスにつきものの孤独感も和らげてくれました。

長年、近所の人たちの名前すら知らずに生活できる場所もたくさんあると思いますが、ここでは住人同士がつながり、互いに助け合っています。シンプルかつユニークなデザインが施された小さな箱には、すばらしい人たちが暮らしているのです。建物の落ち着いた色合いは、前を通り過ぎるまで気づかないくらいです。

ご近所さんの多くは、子どもたちを通してわれわれのことを知るようです。寄付で子どもたちに贈り物をいただくこともあります。それも、この小さな「タイニー・ハウス・ビレッジ」が、独特な存在としてコミュニティに貢献できているからでしょう。

この小さな住まいのおかげで、われわれ家族は再び社会の一員になれたように思います。家族がひとつにまとまり、ようやく子供をひとり亡くした後の心の傷を癒すことができています。今夜はどこで寝ようか、どうやってシャワーを浴びようかといった心配をしなくてよいのですから。

シリア ジャクソンは、ニッケルスヴィルのタイニーハウスヴィレッジに住む機会を得たことで、家族がバラバラになることなく、豊かなコミュニティの一員として生活を営むチャンスを与えられたと語る。

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(Photo:Andrea Sassenrath)

今でも食糧や石けんがない時もありますが、われわれはひとつのコミュニティなので、できる限り助け合っています。このような小さくて自分たちで運営管理する村(コミュニティ)での暮らしは、例えばゴミ拾い活動「リッター・バスターズ」などを通じて、近隣の方と積極的に関わるよう背中を押してくれます。

子どもたちは、テント・シティ(※)で暮らす友だちのことを気にかけています。他人の心配をできているのは、この小さなおうちがあることで自分たちの住まいの心配がないからです。。彼らも再び社会参加できていると感じています。今や子どもたちの関心は、学校のこと、日曜教会での牧師さんの教え、そこでどんな贈り物や寄付をもらえるかなどですから。

夫も家族の心配ごとばかりせずに、働くために必要な睡眠をしっかり取れています。やっと彼は、仕事のことや、今後長期的に暮らせる住まいのことについて考えられるようになりました。できれば早々に自分たちの家に移り、ここでの小さなコミュニティ、そして周辺地域をも含む大きなコミュニティに参加できるチャンスを他の、ここを必要とする家庭にお譲りしたいと思っています。

(※)テント・シティ:ホームレスの住みかとして法的に認められた場所。シアトル市内には8ヵ所ある。

シェルターよりも高い自由度とプライバシーが確保されている(トニー・D)

私のストーリーは数年前までさかのぼります。職を失って以来、ずっと失業状態だったため、家賃が払えなくなり、あらゆる支払いが滞り、アパートを追い出され、住まいを失くしました。その時点でホームレスになったのです。

それからの2年間はシェルターからシェルターへと渡り歩き、時々は友人宅のソファで寝かせてもらっていました。ラッキーだったのは、YMCAでインターンとして働けるようになったことです。その後、有給スタッフになることができ、現在でもこの仕事を続けています。

仕事をしていても、安定した、安い家賃の住宅を見つけることは大きな課題でした。公的住宅サービスにもいくつか応募しましたが、なしのつぶてで、ストレスの大きい日々でした。シアトル市の家賃はとんでもなく高いので、自分ひとりのアパートに入居するなんてことは問題外でした。「タイニー・ハウス・ヴィレッジ」のことは、キャピトル・ヒルにあるシェルターに滞在していた時に偶然知ったのです。

応募から2〜3ヵ月が経った頃、空きが出たとの連絡をもらいました。ここの家賃はかなり手頃なので、今後の住居のために貯金もできます。従来のシェルターと比べると、高い自由度とプライバシーも確保されています。

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ニッケルスビルのタイニーハウスビレッジには共有キッチンや独自のセキュリティシステムもある。 (Photo: Andrea Sassenrath)

今日はどこでシャワーを浴びられるか、今夜はシェルターに入れるだろうかといった不安は、次第に人の心をむしばんでいきます。ホームレスの人々というのは、恐れられるものでも世間からののけ者のように隠されるべきものでもありません。「タイニー・ハウス・ヴィレッジ」のような施設は、入居者に希望や安定を生み出すのみならず、空き地の有効活用ともなり、近隣地域に彩りを与えてくれる存在です。

インタビュー:アーロン・バークアルター

Real Changeのご厚意による/ Real Change – USA



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