社会の高齢化とともに認知症患者が増加の一途をたどる中、独自のプログラムで介護家族を支援するNPO法人「HEART TO HEART」。昨年には、親の介護を理由に仕事を辞める「介護離職」を防ごうと企業内研修や電話相談の取組みも開始した。理事長の尾之内直美さんに、認知症介護と介護離職の今を聞いた。
理事長 尾之内 直美さん
高齢者5人に1人が認知症に。どう介護者を支えるかが問題
厚生労働省の推計によれば、12年時点の認知症患者数は462万人。これは65歳以上の高齢者の15%にあたるが、25年には1.5倍の730万人に達すると予測され、実に65歳以上の5人に1人が認知症になる時代が訪れる。認知症の介護は経験した者にしかわからない過酷な闘いだ。身近な人が認知症になったショックと常識を超えた言動に振り回される毎日。自らの時間は削られ、心身ともにギリギリのところで踏ん張っているところに、本人から不条理な暴言・暴力などを浴びせられれば、喧嘩や怒鳴り合いにもなる。加えて、実情を知らない親族から「もっと優しくしてあげて」などといった勝手な言い分……。
愛知県東海市にあるNPO法人「HEART TO HEART」の尾之内直美さんも、そんな認知症介護をめぐる人間関係に打ちのめされた一人だが、救いとなったのは同じ境遇の介護家族同士の交流だったという。
初めて家族会に参加した時は、とにかくものすごくしゃべりました。どうして私だけがこんなに大変なの!って。でも、驚いたことに自分だけじゃなかったんですね。同じような経験をしている人がこんなにもいるのかと。冷静になってくると、だんだん他の人の話も聞けるようになってきて、そうすると自分の視野が広がって、家に帰ってもちょっと優しくできたりする。追い詰められ空回りしていた自分が変わっていけるようになる。結局、認知症の問題は介護者をどう支えるかが問題で、支える力は交流会にあると思いましたね。ところが、当時はまだ認知症問題は緒に就いたばかり。認知症そのものの研究は成されていても、家族介護者が抱える問題にはまったく手つかずで、交流会の重要性も、行政はおろか医療職や介護職にある人にさえ知られていなかった。
認知症というのは家族を含めた生活の問題でもあるわけで、その家族介護者の支えとなる交流会や個々の介護体験は貴重な社会資源だと、私たちはずっと言ってきた。それをいかに世の中の仕組みに落とし込んでいくかが大事だと思っています。
家族支援プログラムの講座風景
仲間づくりや心のケア重視「家族支援プログラム」は20自治体で研修。交流会も発足
HEART TO HEARTは設立初期より、最も大変な混乱期(認知症初期から中期)の家族を対象にした「家族支援プログラム」の提供を中心に展開。これは団体の母体である「認知症の人と家族の会・愛知県支部」の活動で培ったノウハウをもとに考案された。半年間で全6回の研修講座を受講する中で自分なりの介護の仕方が学んでいけるという。講座のポイントは、いわば“井戸端会議の力”で、介護者同士の交流の持ち方を工夫して仲間づくりや心のケアの部分に重点を置くことで、他の人の体験から気づきを得て、状況に応じて自分なりに考えていける力を身につけてもらう。認知症はケースバイケースで段階によって悩み事も変わるので、一般的な介護の仕方を学ぶだけでなく、大変な状況でも開き直れたり、“まあいいか”と思える力を育てる支援が必要なんです。現在、プログラムは愛知県内の4ヵ所の医療機関で行われているほか、約20の自治体でも出張研修を実施。それぞれ講座終了後には受講者による交流会が立ち上げられている。
このほかHEART TO HEARTでは、啓発活動として買い物を通して地域で認知症の人を見守る「認知症買い物セーフティーネット」や、マンガで認知症の理解を広める『マンガで学ぼう認知症』シリーズなどを作成・配布しているが、なかでも最近、力を入れているのが介護離職の問題だという。
たとえば、独身で親の認知症介護を一人でしている人は、仕事は辞められないし休むわけにもいかないので、本当に大変。そういうシングル介護が増える一方で、中には母親が認知症診断されると、スパッと会社を辞めて、実家に戻ってくるような、介護者もいる。会社に言えずに苦労している隠れ介護者も多く、事前に情報や知識があれば仕事を辞めなくても済んだのに……と思う人がとても多いと感じます。仕事と介護の問題は真剣に取り組むべき時期にきました。
商業施設で買い物認知症啓発活動を開催
企業での「介護離職予防セミナー」に手ごたえ。「仕事と介護の両立」をマンガで伝える冊子も
現在、介護を理由に離職する人は年間10万人。仕事を辞めたいと思っている人に至っては20万人に達すると言われる。そうした現状の中で、HEART TO HEARTは16年にファイザーの助成を得て、「介護離職予防プログラム」を開発。企業と就労者がともに介護の知識・情報不足から離職に至らないよう企業内での研修を行うとともに、就労者の電話相談に対応する「介護相談コンシェル(土・日曜)」を新たに設置した。企業内研修は大手企業3社で計7回のセミナーを実施したが、参加者からは「もっと早くに聞きたかった」との声もあがるなど手ごたえを感じた。「私たちは家族会などで見聞きしてきた実例をもとに、離職しないための仕事と介護の両立を語ることができるので、特に企業の人から評価をいただきました。企業内研修をもっと企業で実施していくためにも、今後は自治体も巻き込んでいけたら」と話す。
企業研修の様子
また、助成2年目となる今年は、認知不足だった「介護相談コンシェル」のPRに力を入れると同時に、仕事と介護の両立支援をわかりやすく伝える冊子『マンガで学ぼう 仕事と介護の両立編』を作成。誰でも手に取りやすいマンガ形式で、介護離職の問題を身近なものとしてより広く周知していくことを目指している。
『マンガで学ぼう認知症』シリーズ
まだ企業には、介護離職の問題についての切迫感が感じられないが、尾之内さんは「5~10年後の危機に向けて離職防止体制をしっかりつくっていきたい」と語る。
介護休業など要介護状態の介護を行う従業員に対する制度は企業でも意外に詳しくは知られていないので、企業側の認識を高めてもらうと同時に、何より家族介護者には“仕事を辞めなくていい”ということを知ってもらいたい。認知症はすぐに悪くなるものでもなければ、看取りまで少なくとも10~15年はある長期戦ですから、蓄えがあってもすぐに底をついてしまう。今は介護度によって家族がどのぐらい手をかければよいかの指標もしっかりあるので、まずはあわてないこと。さまざまなサービスを上手に組み込めば、仕事を辞めなくてもなんとかなるものなんだということを地道に伝えていきたいと思っています。
【NPO法人 HEART TO HEART】 認知症人口の増加に伴い、多角的サポートを行うため、04年に設立。母体は介護家族が中心の「公益社団法人 認知症の人と家族の会・愛知県支部」で、同会と連携して活動を行う。独自に考案した認知症の介護家族を支える「家族支援プログラム」は3000人以上が受講。また、啓発活動の一環である『マンガで学ぼう認知症』は英語、中国語、韓国語、ポルトガル語の4ヵ国語に翻訳されている。 TEL 0562-36-2353 ホームページ http://www.hearttoheart.or.jp/npo/ 寄付などの振込先:ゆうちょ銀行 加入者名:認知症の人と家族の会愛知県支部 口座番号:00880-1-62576 NPO法人HEART TO HEARTへの寄付は寄付金控除の対象になります。通信欄に「寄付」とお書き添えください。 |
【ファイザープログラム~心とからだのヘルスケアに関する市民活動支援】
ファイザー株式会社の市民活動助成プログラム。2000年に創設。「心とからだのヘルスケア」の領域で活躍する市民団体による、「健やかなコミュニティ」づくりへの試みを支援することを目的としています。医薬品の提供だけでは解決することのできないヘルスケアに関する様々な課題解決のために真摯に取り組んでいる市民団体を支援することによって、心もからだも健やかな社会の実現に取り組む。http://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/philanthropy/pfizer_program/index.html
ファイザープログラム 2017年度(第17回)新規助成募集中
2017年度新規助成公募 6月5日~16日ビッグイシュー・オンライン編集部より: [この記事は「ファイザープログラム~心とからだのヘルスケアに関する市民活動・市民研究支援」の提供でお送りしています]
「認知症」関連の『ビッグイシュー日本版』のバックナンバー
THE BIG ISSUE JAPAN248号特集:いのち喜ぶ
フランスで始まった認知症の看護技法「ユマニチュード」を取り入れた国立病院機構「東京医療センター」の取り組みの紹介。
https://www.bigissue.jp/backnumber/248/
THE BIG ISSUE JAPAN353号
特集:大丈夫、認知症。
「認知症になると何もわからなくなる」というイメージを一新する、当事者や市民の取り組みが始まっている。
https://www.bigissue.jp/backnumber/353/
THE BIG ISSUE JAPAN345号
国際記事:高齢者に外国語教育!? 認知症の進行を遅らせる 社会的企業「リンゴ・フラミンゴ」の挑戦
https://www.bigissue.jp/backnumber/345/
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