路上生活がどんなものか、よく知ってるさ。毎日、絵を描きながら、路上をすみかにしてる人たちとたくさんつきあってきたからね。

ヨーロッパを10年間旅した後、スイスのベルンに「ホーム」を見つけたアーティストのスラヴォ。ツォリコフェンにある小さなアパートで、ぼろいけど座り心地の良さそうなソファに腰かけている。すっかり落ち着いた雰囲気で、10年も放浪生活をしていたようには見えないが。

ブルガリア出身の48歳。腎臓結石を取り出す手術を受けたばかりだが、ユーモアのセンスはまったく失われていない。よく笑いながら、力強い声で、2005年から始まった放浪生活について語ってくれた。

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Annette Boutellier

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彼の妻は若くして癌で亡くなり、幼い2人の子どもが残された。実母の助けを借りながら男の子と女の子を育てたが、子どもたちが10代半ばになると、それまで以上にお金がかかるようになった。

「子どもの教育が一番大切だった」とスラヴォは言うが、経済停滞に苦しむブルガリアで仕事を見つけるのは難しかった。26歳の時に自動車事故で左腕のひじから先を失っていたからなおさらだ。そこで彼は、2人の子どもを母親に任せ、仕事を探すべく西へ向かうバスに乗り込んだ。

最初に降り立ったのは、イタリアのベネチア。友人はいない、イタリア語も話せない、お金もない、腕も片方しかない。最初は何もかもが大変で、労働市場に入っていけそうになかったが、それで落ち込む彼ではなかった。
一番大切なのは、怖れず人に心を開くこと。
直接仕事につながらなくても、自分の「適所」を見つければいいんだから。
屋外の公共スペースで絵を描き始めた。ステンシルで道路にチェ・ゲバラの肖像を描いたり、石にきれいなミニチュアの海岸を描いて、観光客に土産物として売った。

フランスで出会い、町の名前にちなんで名付けた愛犬ルルドが、ご主人の一挙手一投足を見つめ、耳を傾けている。

イタリアから始まり、フランス、ベルギー、オランダ、デンマーク、ドイツ、ギリシャを転々とした。行く先々でストリート・アーティストとして金を稼ぎ、星空の下や廃墟のような建物の中で眠った。
ある日、ルルドが廃墟のような建物に向かって吠え始めたんだ。しばらくしたら、かすかに猫の鳴き声がしたんだ。
掘削機を持ってる人の助けを借りて、がれきの下から雪のように真っ白な猫を助け出した。弱り切っていたので獣医に連れていき、数百ユーロかかったが肺炎の処置をしてもらった。片方は青く、もう片方は緑色の目をしたその猫は蘇り、「マッツ」と名付けられた。

スラヴォ、ルルド、マッツのトリオが結成された。

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Annette Boutellier

スラヴォは強く「自由」を求めるタイプ。現在、ガールフレンドはいないが、まったく寂しくはないと言う。言葉が異なる国々を移動し、コミュニケーションに苦労することもあるけど、旅の途上で、親切で信頼できる人たちにたくさん出会ってきた。
嫌な思いはほとんどしてない。いつも素晴らしい仲間に出会えた。心を開き、礼儀正しく接すれば、人は同じように返してくれますから。
スラヴォは、遠く離れた2人の子どもたちとも親しくしている。今や彼の娘は6歳の女の子の母となり、ブルガリアのソフィアで地質学を学んでいる。息子はITの専門家としてフランスで暮らす。

ワクチン接種、去勢手術、病気の治療…ルルドとマッツと旅をするのはお金もかかるし、苦労も多かった。スペインでは、犬を公共交通機関に乗せてはいけない。スウェーデンには「動物持ち込み」に厳しい規制があり、それを知らなかったスラヴォは動物密輸の疑いで身柄を拘束され、ルルドとマッツは検疫所に入れられた。

「大丈夫。1万クローネ払えば、返してあげますよ。きみの連絡先はどこ? ホテルですよね?」
「いえ、公園です。」
「そんな人がどうやってバスで入国できたんだい?」

動物のことが心配で、スラヴォは泣いた。剛健そうな見た目とは裏腹に、心根はとても優しいのだ。だが、この話はハッピーエンドで終わる。
なんとか必要なお金を用立てられたんだ。
スラヴォは笑う。

トリオは再結成された。

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Annette Boutellier

スラヴォはフィンランド行きのフェリーを予約。その後、ドイツを経由し、初めてスイスにやって来た。
ベルンに到着してから次の目的地フランスに向かうまで、たっぷり時間があったので、駅前に建つ教会の階段で、こいつらのごはんをやってたんだ。すると、おばあさんが近寄ってきて、20スイスフラン(約2,300円)くれたんだ。
この温かい歓迎が忘れられず、ベルンにはまた訪れたいと思っていたところ、2011年にその願いが叶うこととなる。友達もすぐにでき、最初からしっくりきた街だと、スラヴォは笑顔で語る。そうこうするうちに、友人が今の安アパートを探してきてくれた。住み始めて4年になる。現在は、無所属のアーティストとして「滞在許可(Permit B)」を取得して生活している。本と絵の売り上げだけで手に入れた暮らしだ。路上の絵描きだった彼も、今では自分の部屋で、キャンバスに向かって力強い色調の風景画を描いている。

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Annette Boutellier
彼、すごく話し上手でしょ。
訪ねてきた友人が言う。放浪生活について文章を書いてみたらと勧めたのは彼女だ。スラヴォは、マッツとルルドを連れてのヨーロッパ旅とベルンでの路上生活の物語を、たった2カ月で書きあげた。200ページにもわたる原稿はドイツ語に翻訳され、ブルガリアで印刷された。彼の寝室には、届いたばかりの200冊が積み上げられている。

マッツ(スラヴォの左肩が定位置だ)とルルドを連れて街を歩くと、人目が集まる。おまけに自作の電子音響装置のような箱も持ち歩いている。スイスでは路上で絵を描くことが禁止されているため、他の収入手段をと、MP3プレーヤーとスピーカーを内蔵した箱を作ったのだ。しかし、音楽を電気的に増幅することも禁止だと後でわかり、スラヴォは罰金を払うこととなった。
最近は読書机として使ってるよ。
ニコッと笑うと、歯の隙間がよく見える。

10年間、家を持たずに旅を続けた日々を振り返っても、嫌な思い出は数えられるほどしかないと言う。
世の中には人種差別の話がいっぱいあるけど、路上ではそれがないからね。
結局、すべては人生をどう見ているか次第。悪い面ばかり見ていると、それしか見えてこない。

スイスは、どれだけお金を持っているかが問題とならない国なんだ。ありのままの自分を受け入れてくれる。
しかし、スイスに多くのルールがあるのも事実だ。
明確なルールがある国の方が好きだし、旅中もそういう国の方がしっくりきた。僕ら3人の定住の地が見つかり、うれしいよ。もう旅には疲れたから、ちょっと落ち着いて、新しい本でも書こうかな。
ルルドの毛をなでながら言った。

次回作は子ども向けだという。語り手は、青い目と緑の目をした白い猫だ。

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Annette Boutellier

By Gisela Feuz
Translated from German by Edward Alaszewski
Courtesy of Surprise / INSP.ngo

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