貧富の差が激しいブラジルには、ほぼすべての都市郊外に貧困街「ファベーラ」が存在する。低所得層の人々が暮らすエリアにもかかわらず、長年、桁外れに高い電気代に悩まされている。
そんな状況をテコ入れすべく、2015年、2人の男性が主力となって太陽光発電の導入を推進するソーシャルビジネスを立ち上げた。活動開始から数年、早くも電気代の大幅削減に成功する事例が続いている。この取り組みが始まった背景ならびに現状について国際開発系ニュースに強い通信社「Inter Press Service」の記事を紹介する。
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「電気代を稼ぐためだけに働くなんてバカバカしい!」
そう愚痴をこぼすのはホセ・イラリオ・ドス・サントス。リオデジャネイロ市内のボタフォゴ地区にあるファべーラの一つ、サンタマルタの自治会長だ。
長年、サンタマルタは高額な電気代に悩まされてきた。その原因は、当地域の電力会社 Light社(参考)による電気使用量の測定方法にあるとサントスは見ている。各家庭の電気メーターではなく、遠隔測定装置で電気使用量を(推定)算出しているというのだ。
「家にいなくても旅行中であっても、高額の電気代が請求されるんですから」
電気代の着実な値上げにより、太陽光エネルギーを求める声が広がっていたのだ。ファベーラに暮らす貧困層(リオデジャネイロ市の人口660万の4人に1人が該当する)にとっては、電気代が収入の大半を占めるのだから、なおさらだ(*)
* ファベーラ住民の平均月収は約3万円未満
参照 https://www.bbc.com/news/world-latin-america-27635554
太陽光発電の導入を推進する社会事業「インソーラー」
サンタマルタでは、既に15カ所以上の公的機関にソーラーパネルが設置され、光熱費の削減を実現させている。そして、この動きを推進しているのが、2015年に立ち上がったソーシャルビジネス「インソーラー(Insolar)」社なのだ(参考)。具体的には、4つの保育所、教会、自治会館、音楽教室やサンバスクールなどに、大企業「ロイヤルダッチシェル社」の支援を受けて、太陽光発電設備が導入された。今後は、サンタマルタにある商店30店舗にも拡げていく計画。リオデジャネイロ市内に14ある他のファベーラでも太陽光発電への需要が高まっているため、試験運用を実施すべく財源を探している。
Mario Osava/IPS
サンタマルタの3つの建物に設置されたソーラーパネル。中央が保育所の「CEPAC」で、緑色のテラスにソーラーパネルが2セット設置され、電気代の80%節約を実現。
インソーラー創業者のエンリケ・ドルモンドはファベーラでの住民説明会でこう語った。
「わが社が目指すのは太陽光エネルギーの民主化です。プロセス全体の共有ならびに地域での職業訓練を実施し、地元住民との協働を進めていきます」
ソーラーパネルの導入で電気代の大幅削減に成功
サンタマルタで最初に太陽光発電のメリットを受けたのは保育所「ムンド・インファンティル(Mundo Infantil)」。1983年に母親らの就労支援を目的として地元女性らが設立した施設で、13名の職員とボランティアで60名の幼児(1〜4歳)を預かっている。ソーラーパネルの導入により、月に約300レアル(約8,680円)かかっていた電気代がゼロになる月もあるという。※1レアル=28.90円(2019年4月時点)
「節約できた資金は、子どもたちの食事の改善に充てています。市からの財政支援は十分ではありませんから」と所長のアドリアナ・ダ・シルヴァは述べた。
最大規模のソーラーパネルを設置したのは、別の保育所「CEPAC」(Centro Educativo Padre Agostinho Castejón)。比較的都市化されているサンタマルタの丘のふもとに立地しており、約150名の子どもを受け入れている。
5階建てビル「イエズス会教育センター」のジャナイナ・サントス教育部門長によると、太陽光発電の導入により2016年に5,000レアル(約144,750円)だった電気代が、5分の1にまで削減でき、浮いた資金は図書館および教材の拡充に充てたそうだ。
「本校の取り組みが参考事例となり、大学生が見学に訪れるようになりました。ソーラーパネルを活用し、エネルギーやごみのリサイクルなどについて児童への環境問題への意識向上にも役立てています」
このように、貧民街のサンタマルタが「太陽光エネルギーの見本市」同然となっているのだ。自治会館でもソーラーパネルを導入し、308レアル(=約8,910円)(*)の節約になっている。ファベーラでは停電も多いため、路地や中庭など主だった場所にはバッテリー式の予備電力や反射式ライトを設置し、緊急時に明かりを取れるようにしている。
*1米ドル=111.46円(2019年4月時点)
標高360メートル、4,000人が暮らすサンタマルタの丘への移動手段となっているケーブルカーにも、太陽光エネルギー式の非常用照明が取り付けられている。主要スポットには、誰でも使える携帯電話の充電スポットもある。
Mario Osava/IPS
貧民街の住民35名がソーラーパネル設置の研修を受講
サンタマルタの観光案内所でもソーラーパネルを2枚取り付け、発電した電気を小型バッテリーに蓄電することで運営している。観光ガイドを務める12名はサンタマルタの住人で、観光省から認定を受けている。なかには、インソーラー社提供の「ソーラーパネル設置研修」を受講した者もいる。サンタマルタ全体では、35名が電気技術及びソーラーパネル設置の研修を終えた。すでにそれを仕事にしている者もいる。
「彼らの存在こそ我々の強みです」とドルモンドは言う。ガイドの一人、カルロス・ボルボサは「私は電気技師の立場からガイドをしています」と言うが、美容師と環境活動家の顔も持つ。
別のガイドで、コンゴ民主共和国出身の男性マンドゥドゥ・ムジアラ・ワシワ(50)は、2006年に旅人としてブラジルを訪れて以来、この地に暮らしている。
「12名のガイドは週代わりの当番制で、朝8時に案内所をオープンし、個人・団体客を問わずその日の最初のお客さんを案内します」と教えてくれた。
Mario Osava/IPS
ワシワは、現在リオデジャネイロ市内でツアーガイドをしている。
サンタマルタの入り口に建つ観光案内センターはソーラーパネル2枚で電気を確保している。
その後は、他のガイドたちも加わって交代で対応する。ガイドは個人事業主扱いのため、観光客からの支払いをそのまま受け取る。ツアー料金は、ブラジル人が13ドル(約1,400円)、外国人はその4割増しと設定されているが、柔軟な対応も可能だ。
マイケル・ジャクソンのミュージックビデオ撮影地になったことで観光客が急増
サンタマルタ中心部の広場には、アメリカの伝説的アーティスト、マイケル・ジャクソンの銅像が建っている。というのも、96年にこの地で彼のミュージックビデオの撮影が行われたからだ。「ここはファベーラ観光の聖地になっています」とワシワは言う。Mario Osava/IPS
マイケル・ジャクソンの銅像が建つ広場のテラス。1996年にここでミュージックビデオの撮影を行ったことから、この貧しい地域に観光客が訪れるようになった。正面の「ソーラーツリー」にはソーラーパネルとバッテリーが設置され非常用照明となる。携帯電話の充電設備もある。
マイケル・ジャクソンの『They Don’t Care About Us』の撮影が行われた。それまでは観光客が足を運ぶ地ではなかったが、この影響で多くの観光客が訪れるようになった。
「ワールドカップやオリンピックが開催された2014年から数年は観光客が押し寄せましたが、その後、市街地の治安が悪化し、観光客も激減してしまいました」と嘆くワシワ。
だが、フランス語が話せる彼は別の仕事を見つけることができた。現在は、リオデジャネイロの中心部で、アフリカからの奴隷にまつわるモニュメントや建造物など、ブラジル史跡を巡る観光プロジェクトに携わっている。
マイケル・ジャクソンの銅像が建つ広場には小さな店舗があり、スーパースターにちなんだTシャツや関連グッズを販売している。店主のアンドレイア・ミランダ(38)は近々この店にソーラーパネルを導入したいと考えている。
「先月の電気代は960レアル(約27,760円)もしたんです。この暑さじゃエアコンは必須ですし、今後売り場面積も広げたいと思っています。今こそインソーラーの支援を受けるべき時です」
「サンタマルタ商工会議所」の会頭も務める彼女いわく、現在コミュニティ内の店舗数は100店ほどで「8年前より倍増」しているそう。「私たちは都市部の富裕層よりも、ばか高い電気代を支払わされているんです」とミランダは言う。
コロンビアからの移民ビビアーナ・アンヘル(35)も似たような不満を口にした。有名なコパカバーナビーチ(リオデジャネイロ市南部)近くの貧民街バビロニアでホテル「エストレラス」(参考)を経営している彼女は、2016年にソーラーパネルを設置した。
そのおかげで電気代は毎月600レアル(約17,350円)ほど節約でき、ソーラーパネル12枚を購入した時のローン返済は2年きっかりで終えることができた。
彼女のホテルでは環境保護プロジェクトも推進しており、太陽光発電の他にも、低エネルギーの照明や機器を使用、小さな苗床で苗を育て寄付するといった活動も行っている。ごみを分別し、リサイクル可能な素材を電力会社のライト社に提供すると、電気代が安くなる。
今後、ファベーラの地元住民たちは組合を組織し、一般家庭でのソーラーパネル設置も推進していきたい考えだが、コストならびに分散型発電の規制などの課題にも直面している。
By Mario Osava
Courtesy of Inter Press Service / INSP.ngo
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