「エステティックの施術によって人を癒やし、励まし、QOL(生活の質)の向上に寄与する」ソシオエステティック(以下、SE)。発祥の地フランスでは医療現場や福祉施設などで広く行われているというSEの力を多くの人に知らせたいと活動を続ける、NPO法人「ソシオキュアアンドケアサポート」理事の光江弘恵さんに話を聞いた。

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理事 光江 弘恵さん

フランスで、精神科病棟での美容ケアから始まった

SEは、フランスのエステティシャン、ルネ・ルジエールが1960年代後半に、精神科病棟での美容ケアを行ったことから始まった。患者がメイクをきっかけに自身の身体に関心を向けることで社会復帰に至ったケースにインパクトを受けたルジエールは、医師と連携して研究を続け、治療をサポートするケアとしてのSEを確立した。現在は医療現場だけでなく、福祉施設や刑務所などにも広がっているケアだ。

 日本では2004年に、日本エステティック協会とフランスのソシオエステティシャン養成組織CODESが提携し「CODES JAPON(コデス ジャポン)』が設立された。NPO法人「ソシオキュアアンドケアサポート」の理事を務める光江弘恵さんは、「CODES JAPON」が07年から始めたソシオエステティシャン養成講座の第1期生だ。

 「入退院を繰り返していた母が、化粧をしていないことからどなたのお見舞いも受けずに亡くなってしまったという経験を高校時代にし、『ベッドの上でもお化粧をすることができていたら、友達とも気軽に会えて、最期の時をもう少し違ったかたちで迎えられたのではないか』という思いが残りました。その後、ピンクリボン運動(※)に力を入れている化粧品メーカーに就職し、ある時、抗がん剤の影響で眉が脱毛した方から『子どもの入学式に行きたいので眉の描き方を教えてほしい』と相談されました。私なりに一所懸命に描いたのですが、これらの経験から『もっとこの分野を勉強したい』と感じたんです」

「次」が約束できない出会いも
美容で困難な状況の人を支援

諸外国では「医療や福祉の知識に基づいて行う総合的なエステティック」。だが、「病気を治す」ことが中心の日本の医療現場では、少しずつその意味が理解されかけてきてはいるものの、発展途上の段階だという。光江さんは「SEによって前向きな気持ちになり、生活の質も向上することを広く伝え、思いを同じくする仲間を増やしていきたい」という願いから10年12月にNPO法人を立ち上げた。今では全国でSEの研修を受けたエステティシャン、医療・介護従事者など60人の会員が参加し、さまざまな施設で活動している。また、年1回開催する総会では「乳がん」「発達障害」といったさまざまなテーマについて、より深く学ぶ機会を作っている。

 「エステティックというと『よりきれいになる』ために受けるものとイメージしがちですが、SEが目指すのは『その人が一番元気になれる方法』です。たとえば、疾患の治療によって爪が傷んで恥ずかしいと思っている人には爪のケアをします。あるいは、腫れてだるい足を優しくさすって差し上げて心地いいなと思っていただくこともSE。エステティックの技術を使って『大切にされている』『自分らしさを尊重してもらえた』という思いや『自信の回復』へ導くという目的があります」

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 医療機関でケアを行う場合は、「手袋を着用する」「メイク道具は使い捨てのコットンや綿棒を使う」という基本とともに、「ベッドや車椅子など、対象者の楽な姿勢で行う」「肌の様子や体調を確認しながら施術する」「対象者の気持ちに寄り添う」など、SEならではの配慮や経験も必須となる。「次」が約束できない終末期の患者さんとの出会いも多く、「1回1回の時間が『ありがたいもの』という気持ちでさせていただいている」と光江さんは言う。

 そうした経験を経て、東日本大震災後には4年間にわたって被災地に通った。「避難所に行った際には温めたタオルで顔を拭いてからマッサージをして、お化粧をしました。『震災以来、鏡を見ていない』という被災者の方も多く、ケアを受けた後、気持ちがすごく明るくなったという声も聞きました。やることは美容ですが、その時々に応じて困難な状況にある人たちを支援する活動だと思っています」

母子の孤立の悩みにも向き合う
美容でネグレクトを乗りこえた

実際にケアを行った現場では「口紅を塗ったら認知症の方のコミュニケーション力が上がった」など、手ごたえが感じられるというが、フランスのように、専門分野として確立していくためには、医療の中で求められる“エビデンス”が必要だと話す光江さん。今春から、大学の研究者とも協力して対象者への効果測定や評価方法などの確立に取り組む予定だ。「触れるという感覚の大切さ」やその効用についても明らかにしていきたいという。さらに今年2月からはファイザープログラムの支援を受け、子育てに困難を抱える母親を対象とする「無料美容ケア&ワークショップ」を開催している。

 「発達障害のお子さんを育てている友人が内にこもる姿を見て、孤立しがちな子育て中の女性を対象に何かできないかと考えたのが、この取り組みのきっかけです。母子生活支援施設で子どもや自分に対して日常的な身だしなみを整えるのが難しい状態にある女性にフェイシャルマッサージやネイルを定期的にしたところ、その後、ご自身はもちろん、子どもさんにも気を配るようになり、社会復帰ができたと施設の方から聞きました」

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高齢者施設でのフェイシャルマッサージの様子

 今回のプロジェクトでは、ケアを受ける以外にワークショップ形式でハンドマッサージやメイクの基本的な方法を習い、参加者同士で実際に体験することもできる。光江さんと共にプロジェクトにかかわる徳永加奈子さんは、自身の乳がんの闘病体験から「身体を整える」大切さを実感し、SEの研修を受けた。普段は病院や老人ホームでの活動が多いため、プログラムの参加者と触れ合う中で感じることも多いと語る。

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ハンドマッサージは男女問わず人気のケア

 「30歳に近いひきこもりの娘さんを持つ方から『今までの育て方がよくなかったのではないか?』と悩みを打ち明けられたりもします」。ケースによっては他の支援窓口につなぐこともある。「まずは、多くの方に気軽に来ていただければと思っています」

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徳永 加奈子さん

 より多くの人にSEを知ってもらい、施術を届けたいと願う一方で、「資格を取った人たちが病院や高齢者施設でケアを行うことが、職業として認められる世の中にしたい」と将来を見つめる光江さん。「そうなれば、もっと多くの人がソシオエステティシャンからケアを受けられるようになる」。SEの可能性を広げる取り組みは、始まったばかりだ。



(団体情報) 
NPO法人 ソシオキュアアンドケアサポート
2011年にNPO法人化。ソシオエステティックを通してQOLの維持・向上をサポートする、エステティシャン、医療・介護従事者などによる団体。がんケア・人工透析ケア・在宅ケア・ホスピスを中心に活動し、被災地支援の活動も継続。
TEL 03-3726-6202

※寄付のお申込み先
ゆうちょ銀行 
店  名 〇一八(ゼロイチハチ)
口座番号 33912771 
特定非営利活動法人
ソシオキュアアンドケアサポート


【ファイザープログラム~~心とからだのヘルスケアに関する市民活動・市民研究支援】

第19回新規助成 公募のお知らせ
応募期間 2019年6月3日(月)~17日(月)

製薬企業ファイザー株式会社が、2000 年に創設した社会貢献プログラム。
医薬品の提供だけでは解決することのできない「心とからだのヘルスケア」にかかわる様々な社会的課題に取り組む市民活動・市民研究への助成により、“心もからだも健やかな社会”の実現を目指す。創設以来、400 件近くのプロジェクトを支援。特定非営利活動法人市民社会創造ファンドの企画・運営協力のもと、市民活動のさらなる発展を応援している。
https://www.pf izer.co.jp/


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